~異世界で貴族になったので、悪い奴には落とし前を付けます⑦~
◇
「御一行、少しお時間を頂けませんか?」
王太后との交渉を終えて、王宮を出発しようとしている僕らに声がかけられた。
声がした方を見ると立派な様相の騎士と見られる男が立っていた。しかし、見た目も立派で顔もハンサムなのに、なぜか嫌な感じがする男だ。その理由は直ぐに分かることになる。
これに馬車の準備をしていたバートが対応した。
「バルガス殿ではありませんか? 何か御用ですかな?」
バルガスと呼ばれた騎士は、ニコニコしながら近付いてきて、
「折角「剣豪五指」全員が会合しているのです。私とお手合わせ願いたい。」
既に出発の準備を終えた公爵の一団を引き留めてまで「手合わせ」を申し込むなど、普通ではありえないことだが、それにピンときたのはアヴェーラ公爵だった。
「良いだろう。誰か相手をしてやれ。」
「ありがとうございます。出来ればバート殿かロメル殿下にお願いしたいのですが。」
公爵の前に跪いて頭を下げるバルガスに、
「ほう‥‥」
アヴェーラは、その姿を上から睨みつけた。
(こやつ‥‥恐らくはバーシアの差し金だな。帰り支度をしている我々を引き留めてまで、手合わせを望み、‥‥しかも、私の身内を指名するなど、そうとしか思えん。)
「準備をするから少し待て。」
「はっ、ありがとうございます。」
「さて面倒だが、誰かが相手をしてやらねばならんな。アヴェーラの奴、面倒な事をさせおって‥‥。」
「手合わせ」の準備のためにバルガスが戻り、僕達は対応について相談していた。
「やはりこれは、王太后の差し金ですか?」
「そうであろうな。でなければ、帰り支度を終えて旅発つばかりの我々を引き留めるなど、ありえんだろう。‥‥だがな‥‥それなら、なおさら乗ってやろうと思ったのだ。」
それまで目を閉じて黙っていたバートが、
「ならば私にお任せいただけませんか。バルガス殿には、少しお仕置きが必要なようですので。」
「お、バート。何か考えがあるようだな。ではお前に任せるぞ。‥‥ただし、分かっておろうな。私に恥をかかせるなよ。」
「はい。心得ております。つきましてはユウ様、そしてヴォルフに相談があります。」
アヴェーラに目配せしてから、僕とヴォルフを見て微笑むバートだった。
◇
王宮の庭に急ごしらえの会場が造られていた。そこで椅子にどっかりと腰かけて、従者の少年少女に手足のマッサージをさせているバルガスがいた。
「バルガス殿、お相手は私がさせて頂くことになりました。だだし、ひとつお願いがあります。私と手合わせする前に、腕試しをさせて頂きたい男がおります。」
バートはバルガスに声を掛けると、僕とヴォルフに手をかざした。
「ヤマダユウ様と彼の従者のヴォルフです。このヴォルフとお手合わせ頂けませんか? もちろん、別途お礼もさせて頂きますが、いかがですか?」
バルガスは、僕らを一瞥するなり、
「亜人かぁ、まあいいだろう。それと、ヤマダユウ殿でしたか? あなたは凄腕の魔導士だそうですが、あなたと彼の二人がかりでもいいですよ。」
僕は、この男がなぜ嫌な感じなのか分かった。やたら偉そうなのだ。さっき聞いたことだが、剣豪五指の一人だそうで、その腕を買われて王宮警備隊長を務めているが、剣豪五指の名声にあぐらをかいて、最近は腕を磨くことも、すっかり忘れているそうだ。
「とにかく相手を敬わない。いえ、常に相手を見下している。その態度が気に入りません。私の前にヴォルフとの手合わせを申し込めば、おそらく邪推した上で受けてくれるでしょう。」というのがバートの言葉だった。
バートの予想通り、ヴォルフとの手合わせは受けてくれた。そしてその理由も予想通りのものだった。
「バート殿も、もう「いい年」だからな。手合わせの前に俺の体力を少しでも削っておきたいのだろうが、無駄な抵抗だ。準備運動にもならん。」
「何を言うか! バートさんがそんな姑息な‥‥」
いきり立って飛び出して行きそうなヴォルフを僕が押さえつけた。ヴォルフは自分がバカにされて怒っているのではない。師匠であるバートが侮辱されたことが我慢ならないのだ。
そしてそれは僕も同じだ。
「そうですか? 僕達二人がかりなら、五つ数えるうちにあなたに勝てますよ。もちろん魔道を使えば、ですけどね。でも魔道は、使ってほしくないですよねー。」
僕がワザと嫌味な言い方をすると、
「なにぃ‥。ヤマダユウ殿、ご存じないようだから教えてやるが、私は騎士といっても「聖騎士」という称号を得ておってな。男爵とは同等以上の地位だと思っている。無礼な言動は許さんぞ!」
「そうですか? では僕も言っておきますが、バートさんは肩書を得ることを窮屈に感じて貴族になっていないだけです。この方を敬わない人は愚か者ですね。」
バルガスは、いきり立って立ち上がった。
「手合わせと言っても手加減せんぞ! 」
「僕達二人がかりでも、よろしいのですか?」
「良いに決まっておろう! その代わり俺も、手加減せんからな!」
手合わせではあるが、かなり危険なことになりそうだ。