~異世界で貴族になったので、悪い奴には落とし前を付けます⑥~
◇ ◇
「よし、行くぞ!」
僕らの隊列は、王都の公爵邸を出発して王宮へ向かった。
先導するのはバイクに乗った僕とヴォルフ、その次にアヴェーラ公爵とロメル殿下、バートさんが乗った馬車、そして騎馬のドルクとバルクが続き、後ろに僕の直属騎士団10名だ。
総勢20人にも満たないが、この国の戦力の頂点と言っても差し支えないメンバーだ。これを指名したのは他ならぬアヴェーラ公爵だ。
「もしもの時には、500人の王宮警備隊を敵に回すかも知れん。」という物騒な事を言っていた。
そして、その後ろから、妙な雰囲気の馬車が付いて来る。窓枠に鉄格子がはめ込んである。いわゆる護送車だ。この中には、見張りの兵士と共にゲラン伯爵が乗せられていた。
今日は、アヴェーラ公爵が王太后と会合して「落とし前を付ける」ため、王都・王宮を訪れたのだ。
◇
「アヴェーラ、良く来てくれましたね。そして此度は大変でしたね。こんなことになるなら、あなたの所に出兵要請など、しなければ良かったですね。」
「王太后様‥‥今日、王子様は、同席なされないのですか?」
「そうです。王子は体調がすぐれないため、今日は同席しません。」
王宮の応接室に通されると直ぐに王太后がやって来た。二人は挨拶もそこそこに、話し始めると直ぐに火花を散らし始めた。
「そうか、なら私も遠慮はしなくてよいな。今日はバーシア、あなたの企てを暴き、その落とし前を付けに来たのだ。」
「おや、アヴェーラ。いくら私とあなたの仲とはいえ、無礼が過ぎるようですね。いきなり何を言い出すのですか?」
王太后は、微笑んで余裕を見せているが、こめかみの辺りがヒクヒクしている。
「引っ立てて来い!」
アヴェーラの指示で部屋の中に、後ろ手に縛られたゲラン伯爵が連れて来られた。王太后の前に突き出されると、伯爵はすくっと立ち上がり、王太后の隣に回った。
「王太后様、助けて下さい!アヴェーラ公爵の手勢は少人数です。王宮警備隊なら、ひとひねりですぞ!」
「な、なんとゲラン! 卑怯だぞ!」
アヴェーラが大げさに慌てて見せたが、王太后は冷静だった。
「ゲラン、控えなさい。私はそなたを庇うつもりはありません。だいたいアヴェーラが用心して来ないわけが無いでしょう。慌てるふりをして、ボロを出させようとしているのです。ワザとらしい。」
そう言われてアヴェーラが不敵に微笑んだ。
「そうだな。王太后は分かっているな‥‥。このヤマダユウは、魔物と互角に戦える、いや、魔物を倒せる魔導士であることを王太后は知っている。そして今日は、ヤマダユウの直属の魔道騎士団を連れて来た。加えて国内の剣豪五指のうち四人。‥‥我々の方が王宮警備隊500人よりも強いかも知れんな。」
「フン、嫌な余裕ですね。‥‥それなら本題に入ったらいかがですか?」
王太后は、椅子に座ると横を向いて機嫌悪そうに促した。
「では、本題に入らせてもらう。王太后は、このゲランの甘言に乗せられて、私の領地の守りを手薄にさせた。そして、ゲランが奸計を企てる様な状況を作った。そして実際にゲランがファーレを襲う準備をしているのを察知した我々が、国境の兵を戻すことを嘆願すると、今度はその使者を殺した。」
アヴェーラが下から王太后を睨みつけた。
「アヴェーラ、そのような言いがかり‥‥無礼にも程がありますよ! そもそも証拠があって言っているのですか?」
今度は逆に王太后が上からアヴェーラを睨みつけた。
「このゲランが、全て自白しました。王太后に魔族の情報を流した事、自分の領地からは出兵を免除してもらう約束事も。」
ロメルが報告する。
それを聞いた王太后は、今度はゲランを睨み付けて、
「ゲラン、そなたは自らの保身のために、私を陥れているのではないですか? 本当の事を今ここで申しなさい。「本当の事を」ですよ!」
「えっ、えーと、ほ‥‥本当の事ですか?‥‥」
ゲラン伯爵は頭を巡らせた。彼にとっての「本当の事」とは、自分が逃れることが出来る言い訳だ。しかし、王太后にとっては、「私は関わっていない。」ということになるだろう。彼にとっては、何が自分が逃れられる近道かどうか、が重要なのだ。
「え、えーと‥‥本当は‥‥」
伯爵が考え込んでいる様子なので、僕は大きめのタブレットでモニターの準備を始めた。それを見て、ピンと来たのであろう。王太后が明らかにうろたえている。
それに対してゲラン伯爵は、「なぜ王太后は、そわそわしているのだろう?」と思っているようだ。
「ゲラン伯爵が喋りにくいようですから、私達が伯爵から話を聞いた時の様子を、見ていただきましょう。ユウ、頼む。」
ロメルに促されて僕はビデオを再生させた。
ユウとロメルの前に、縛り上げられたゲラン伯爵が座っている映像が始まった。
城から突き出されて、二人に自白するゲランの様子は、ユウが録画していたのだ。
「では、ゲラン伯爵。今回の経緯を話しなさい。」
「は、はい。私は国境近くに魔物が集結するという情報を得て、それを王太后様に伝えました。そして、その警備のための出兵を免除して頂く様にお願いしました。「王太后様は不出来な王子とロメル殿下を比べられて、アヴェーラ公爵を妬んでいる。」という噂の通りで‥‥この願いは了承して頂けました。」
「止めなさい!!魔法の鏡を止めなさい! 不愉快です!」
王太后が立ち上がって大声を上げた。
「ゲラン、そなたも‥そなたも私を馬鹿にしていたのですね?! 馬鹿な母親だと思って‥‥、みんな‥‥みんな、そう思っていたのでしょう!!」
ヒステリックに大声をあげる姿にゲラン伯爵が慌てて、
「王太后様、こんな‥こんなものは魔道の作り物です!私はこんなことは申しておりません!」
狼狽する二人を見て、アヴェーラ公爵が立ち上がった。
「ゲラン、見苦しいぞ。王太后は、これが事実を記録する魔道具だと知っているのだ。そしてこれを証拠に使って‥‥既に宰相を処分した実績もあるのだ。」
そして王太后に向き直った。
「同じようにあなたが、私の使者を直訴と決めつけて断罪したことも記録してある。見ますか?」
問われた王太后は、唇を噛みしめて肩を震わせた。
「あ、あなたは、そうやっていつでも皆を、覗き見ているのですか? ‥‥いやらしい! 本当に、いやらしい!!」
アヴェーラは、つかつかと王太后の前に進んだ。それに怯んだように後ずさりする王太后に向かって、
「信用できない相手にしか、使いません。」
それを言われた王太后は、へなへなとその場に座り込んで、
「何が‥‥何が望みですか?」
絞り出すように言った。
その後、ゲラン伯爵は会議室から出されて「落とし前」の取り決めが行われた。
「ゲラン伯爵領は、当面の間‥、向こう十年間は、ファーレン公爵領に組み入れた形で管理させてもらいます。」
「や、やむを得ないでしょう。」
領主不在となった領地は、王家へ返還されるのが当たり前だが、今回のケースの様に公爵家が隣接する場合は、王家の代理として一時的に公爵家が管理する事は自然だろう。
しかし問題はその期間だ。十年間という長期間では、事実上の領地併合のようなものだ。王太后は、これを承諾させられたのだ。
「それともう一つ。」
「ま、まだ要求があるのですか?!」
慌てる王太后にロメルが続けた。
「王宮に損はありません。形式だけのものです。我がファーレン公爵家を「大公爵家」に昇格させて頂きたいのです。今回は、我々ファーレン公爵家だけが国境警備を担い、同時に領地に攻め込んできた魔物とも戦いました。功績はファーレン公爵家だけのものです。
そして今後はゲラン伯爵領を管理しますので、領地の規模も三つの公爵家の中で最大になります。公爵家の中で、ファーレン公爵家を特別に扱って頂きたいのです。」
「だ、大公爵なんて‥‥王位を譲った王の兄弟が得る地位ではありませんか!? それに、そんな重大なことは、私の一存では決められません。」
「バーシア、これは「落とし前」なのだ。受けてもらおうか! その代わりと言っては何だが‥‥、あなたの企ては、王子には内緒にしておいてやる。」
身を乗り出して来るアヴェーラに、王太后は歯ぎしりして、
「な、ならず者のようなやり方ですね。‥‥アヴェーラ。」
嫌味を言うくらいしか、抵抗するすべは無かった。