余談ですが ~食い意地が張っているわけでは無い。食文化を広げているのだ。~
「ねぇお兄ちゃん。ラーメン食べたくない?」
市政官詰所を訪ねて来たミクが言い出した。
「ウルドの直売所を拡張するんだけど、その時にフードコートも拡張されるの。それに合わせてメニューを増やすんだけど、どうせなら自分の食べたいメニューを増やしたいじゃない?」
「ラーメンかぁ。たしかに食べたいけど作れるのか?」
「そこで相談なのよ。」
ウルドの村ではスラム街からの移住民を大勢受け入れて労働力が確保出来たため、以前からやりたかった直売所の店舗拡張に取り掛かっている。これまでもファーストフードのような食べ物は出してきたが、店舗拡張に合わせて本格的な調理メニューも増やしていきたいそうだ。
「それでね、目玉メニューを考えないといけないのよ。」
「それでラーメンなのか‥‥でも麺の作り方なんて分かるのか? うどんとかとは、多分違うぞ。」
「そこでお兄ちゃんの出番なのよ。」
僕は、ミクの依頼を受けて現世日本へ行き、ラーメンの麺とスープの作り方に関する情報収集とサンプルや材料を購入してくることになった。
◇
現世日本に到着した僕は、情報のダウンロードを済ませた後、ラーメンの麺に良く使われている小麦粉と「かん水」を手に入れてみた。小麦粉は、ほぼ同じ物が向こうの世界にもあるし、パスタも既にあるので、この「かん水」の代わりになる物が見つかればラーメンの麺は作れるだろう。
スープについては、ウルドの村では岩塩が名産だし、既に収穫されている大豆から醬油の製造も始めたというので、ダシの取り方等に関わる情報と素材を購入していけば良いだろう。
また「有名店の味をご家庭で」みたいな箱入りのラーメンを、サンプルとしていくつか買って行くことにした。
◇ ◇
「うまい! 何ですかこれ?」
「スープにパスタみたいな麺が入っているんですね。」
「こんなに美味しいのは、スープに旨味があるからなのかねぇ?」
ルー姉さんをはじめとする直売所スタッフを集めて、ユウの持ち帰ったラーメンの試食会を行ったところ、予想通りの大好評だった。
「ミク、これ直売所で売りだすの?」
「大人気になるぜ!」
「いつから売り出すの?」
みんなミクにすごい勢いで迫って来た。
「ちょっと待って! これはお兄ちゃんに持って来てもらった見本品よ。これを直売所で一から作れるようにしなければいけないの。この国で手に入る材料を使って商品に仕上げていくのが、あなたたちの仕事なんだからね!」
直売所の新たな目玉商品「ラーメン」の商品開発が、ミクの号令によって始まった。
◇
ミクはラーメンの商品開発は、スープと麵の二つのチームで行うことにした。
スープは、ルウ姉さんを筆頭に直売所の調理スタッフが担当することになった。料理の経験と知識が無ければ、出し汁と調味料で成り立つスープを作るのは困難だと考えたのだ。
そして麺は、「かん水」に使える素材をミクが探すところから始めることにした。
ユウが現世でダウンロードしてきた情報によると「かん水」は、カリウムやナトリウムを主成分とするアルカリ性物質の作用で、小麦粉に弾力を出したり黄色っぽくしたりするらしい。
昔は草木の灰を溶かした水の上澄みを使っていたこともあるようだ。
しかしユウの情報によると、かん水の代用品として重曹が使えるという情報もあった。重曹に似た物は職人ギルドで革製品を磨くために使われていることが分かったし、ベーキングパウダーに似た物は既にパンで使われている。
これらを組み合わせて麺に使ってみることにした。
◇
「第一回ラーメン試食会を始めまーす!」
「だから、なんで僕の家でやるんだよ。」
ユウの宿舎にスープと麺の試作品を持参して、ミクとルウ姉さんをはじめとする直売所スタッフがやって来た。
「みんなが、お兄ちゃんとヴィーの新居が見たいんだって。台所も広いって聞いたし‥‥、あれ?ヴィーは居ないの?」
ユウからヴィーが後宮勤めになったことを聞かされるとミクは、
「そっかぁ、じゃあ、ヴィーのついでに、ミリア姫様にも声をかけてみようか?」
「ミク、姫様を呼ぶのに「ついで」とかいうなよ。でもヴィーを仕事から抜けさせるには、姫様を先に押さえちゃった方が良いのは確かだな。」
「そうよね。あ、ついでにリーファちゃんにも声かけてみよっと。」
「だから「ついで」って言うな。「姫子爵」だぞ!」
直売所のスタッフに準備の指示を済ませてから、ミクは後宮に向かった。
◇
「ウルド直売所のみんな、久しぶりね。あ、紹介するわね、お兄様の婚約者のリーファよ。」
「リーファです。よろしくお願いしますね。」
ミクに連れられて、ミリア姫とリーファ姫がやって来た。
二人の姫君の登場にみんな恐縮してしまったが、「気楽にしてね」というミリアの言葉に(ミクは最初から気楽だが)、みんな少し気が楽になった。そして姫たちの後ろにいた二人に、ミクが声を掛けた。
「ヴィーちゃん、リリィちゃん、久し振り。」
ミリアに声を掛けてもらって、ヴィーとリリィがお供の形で同行してきたのだ。
「二人が後宮に行っちゃってからはもう、ウルドは灯りが消えたみたいになっちゃったのよ。特に男達がもう、やる気無くなっちゃって困っちゃう。」
「そ、そんなことねえですよ。そうだ、準備しなくっちゃ。」
照れ隠しで男性スタッフは厨房に駆け込んでしまった。
「今日食べてもらうのは‥‥あ、召し上がって頂きますのは、ですね‥‥」
ユウの顔を見て慌てて言い直すミクに、
「気楽にして下さいね。」とリーファが優しく微笑んだ。
「姫様がお優しいからって、デレデレして失敗するんじゃないよ!」
「ヘイ!」
リーファに見とれていたところをルー姉さんに一括されたスタッフによって、用意されたラーメンが運ばれて来た。
「ミク。取りあえずラーメンになっているじゃないか。」
「当然よ。」
ユウの言葉を聞いたミクは、ふんぞり返ったポーズをとったが、内心は自信がなかった。
(いっぱい試食しているうちに、何が良いのか・悪いのか、分かんなくなっちゃったのよね‥‥。)
「スープは二種類あります。鳥出汁根菜・岩塩スープと魚出汁・しょうゆスープです。麺は一種類だけ、幅広の中太麺です。どうぞ召し上がって下さい。」
「チョット下品に感じるかも知れませんが、啜って食べてくださいね。ご遠慮なくお願いします。」
ユウに声を掛けられて、二人の姫もラーメンを啜った。
ずず‥‥
ちゅるちゅる‥‥
「えっ‥‥」
「これ何‥‥」
二人の姫の顔が思案顔になる。
「これは‥‥」
ユウの顔も思案顔だ。
「ねぇ、どうなのよ? お姫様二人はこんな物、食べたことがないでしょうけど、お兄ちゃんは感想聞かせてよ。」
「‥‥ラーメンじゃないか。」
「当たり前でしょう。ラーメンを作ったんだから。」
「そうじゃないよ。「ちゃんとラーメンになってる」って言ってるんだよ。ちゃんとラーメンとして美味いよ。」
ユウとミクのやり取りを見ていた二人の姫が顔を見合わせた。
「ラーメンというのですか。この不思議に美味しい食べものは‥‥」
「とっても美味しい。のど越しが良くって食べやすいのも良いわね。」
二人の姫にもラーメンは好評だった。
それを聞いたミクとルウ姉さんが、僕の感想の続きをうずうずしながら待っているので、
「ベースの麺とスープは、もう十分美味しいと思うよ。これからトッピングを色々考えて行けばいいんじゃないかな。」
「やったーっ! ウルド直売所の新メニュー「ラーメン」完成だよ!」
ミクが掛け声とともに、拳を高々とを上げた。
こうして新たな食文化は異世界でも広がっていくのだ。