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~異世界でも仕事をさがします③~

完結を機会に誤字脱字。てにおは修正をしています。

      ◇ 


 ウルド領は、ファーレの街と川を挟んで対岸にあるので、川を渡ることになる。ファーレの街を過ぎて川に近づいていくと、堤防が見えてきた。 

(治水工事について殿下から相談があったけど、それなりに立派な堤防があるんだなー。)


 僕たちはファ―レ側の堤防の上で、いったん馬車を降りた。


 日本でも武田信玄をはじめとする名将が、自分の所領と領民を守るため、昔から治水事業に力を入れてきた。異世界でも同じようなことなのだろう。

 ファーレ側の堤防から対岸を見ると、ウルド領側にも立派な堤防が見える。他国の支配下から変わった先々代公爵の時代に堤防を整備したらしいが、それ以前はウルド領側の堤防がファーレ側に比べて、とても小さなものだったそうだ。

 自らの領地であるファーレ側の堤防だけを大きくする計画だったが、心優しい公爵は計画を変更させて対岸のウルド側にも大きな堤防を整備した。それが今の堤防だそうだ。


 川の中には、小さな橋が架かっている。ファーレとウルド側を結ぶ橋は、僕の予想通り「潜り橋」だった。川の中(堤防の内側)の常時水が流れている部分だけを渡れる様に堤防の内側に小さな橋がかかっている。橋は石造りの堅牢なタイプで、洪水時に水没するいわゆる「潜り橋」だ。


 橋を渡って今度はウルド側の堤防の上に立つと、ウルド領が見える。やはり、というか想像した通りの光景だった。今まで通ってきたファーレ側の街道は、全て石畳の舗装道路だったが、ウルド領側の街道は、未舗装であるばかりか馬車の轍があることで、辛うじてそこが道だと分かるような状態だ。


 走り出すと凹凸が酷く、馬車が通るにも難儀する有り様だ。

 「私たちは、降りて歩きましょう。」

「そうするです。」

 リリィがヴィーに声をかけて馬車を下りることにした。

「僕も、歩くよ。」

三人で馬車の後ろを歩いて代官屋敷に向かった。


       ◇ 


 「あんた達、こんな処に何しに来たんだ?」

 途中、道沿いの畑で農作業をしていた初老の男が声をかけてきた。作業着とはいえ、あちこち擦り切れて破れた古い衣服が生活苦を思わせる。

 「この度、この領地の代官様に就任された「ヤマダユウ」様である。」

 御者の青年が答えると、初老の男は驚いた顔で僕を見た後、ぺこっ、と小さくお辞儀をして「こりゃ‥‥大変だ。」とつぶやいた。 


 「後で、村長(むらおさ)にあいさつしたいと思っているから、村長に伝えておいて。」

僕の言葉に男は固まってしまった。そして馬車が出発すると、

「こりゃ‥‥ほんとに大変だ!」慌てて駆け出した。


     ◇


 「これが代官所なのかぁ‥‥。」

 到着した僕らを迎えた建物は、比較的新しいが「木造の普通の家?」というか「大きめのバンガロー?」という感じだった。

「先代の代官様の時に代官所は…その、…焼失しているそうですので‥‥。」

 御者の青年が言いにくそうに答える。

(ああ、例の不審死の火事かぁ‥‥。)

「と、とりあえず雨風を凌げて打ち合わせスペースがあれば、代官所としてはこと足りるんじゃないかな。居住スペースも二階にあるっていう話だし、いいんじゃない?」

 僕は、努めて明るく振舞った。


 「‥木造は燃えやすいのです。」

「変なこと言わないの。」

 心配顔でつぶやくヴィーを、リリィが小声でたしなめる。

「とりあえず、荷物を入れて一休みしようか。」


 僕はみんなに声をかけてから、もう一度代官所を見て、そして空を見上げた。

(なんにせよ僕の新しい人生が、ここから始まるんだ。 兄ちゃん。僕がんばるからね。)

(「ユウ、どこに行っても強く生きろ!」)

 空を仰ぐと、兄ちゃんの声が聞こえてくるような気がした。

「おっしゃ!」


 僕は気合を入れて両手で自分の腰を叩いて、皆と一緒に荷物を下ろした。


 

 生活用品や家具などが追って公爵家から送られてきたため、それらを設置すると概ね生活していける環境が整ってきた。リリィとヴィーは可愛らしいメイド服を着ていたが、これは公爵がくれたものだ。公爵が「好きな物を選べ」と言って何着も広げた可愛らしいメイド服の中から、比較的地味なものを選んだ。それでも充分ラブリーなデザインだと思う。


 僕は日本から持ってきた荷物も確認しておくことにした。着火用の柄の長いライターを使えるか確認していたら、ヴィーが驚いて目を丸くした。

「えっ、それ便利なのです。魔法道具ですか?」

「まぁ、‥‥そんなもんだね。」

「これは、なんですか?」

数本のスプレー缶をみて、不思議そうにリリィが聞いてきた。

「これは護身用の、‥‥毒霧噴射器だね。 後で使い方を教えるけど、危ないから気を付けてね。」

「は、はい。」

 リリィは、伸ばした手を慌てて引っ込める。護身用にサバイバルナイフも買ったが、実戦的なのは、この「クマ撃退用唐辛子スプレー」だろう。僕やリリィたちがナイフなんかで戦うよりも、よっぽど簡単に相手を戦意喪失させることが出来るだろう。


 「これは弓ですか? 小さいですけど‥あ、結構重いです。」

ヴィーが、手に取ったのはクロスボウだ。アウトドアショップの棚の奥に眠っていたものを購入した。

「そうだよ、後で使ってみて。」

(ダークエルフに限らず、エルフって弓が得意なイメージがあるからなー。)


 そんなやり取りをしながらふと外を見ると、こちらに向かう人影が見えた。僕らはテーブルに広げたそれらの怪しい道具を慌てて片付けた。


  

 「村長(むらおさ)のヘスと申します。」

 落ち着いた感じの初老の男性が、同年代の男性二人を伴って代官所を訪れた。村長と村長の補佐を務める世話役の二人だった。

 僕は彼らを会議室へ招き入れ、テーブルを挟んで座った。 リリィとヴィーはテーブルに同席せずに、後ろに控えさせる形で椅子に座らせた。


 「お呼びだそうですが、どのような御用でしょうか? やはり税の引き上げですか?」

 村長は、眉間にしわを寄せて、心配そうに尋ねてきた。

「えっ?‥‥税金は当面、現状どおりですよ‥‥。領内のことも確認しないで、増税なんかできませんからね。」

 僕が答えると、三人は、そろって大きなため息をついて、ほっとした様子だ。


 「あのう‥‥、とりあえず、領内で困っていることを、聞かせてもらえませんか?」

 僕が尋ねると三人は、驚いたように顔を見合わせると、しばらくひそひそ話した後、村長が、重そうな口を開いた。

「し、失礼しました。前任の代官様は、着任の日に「税率を大幅に上げる。」とおっしゃいました。その年は、ひどい不作で、逆に税率を下げてもらわないと、領民は生きていけないような年だったのに‥‥。」

「ひど‥‥」

リリィが思わずつぶやいてから、慌てて口を手で覆った。

「ヒドイです。悪代官です。」

「私たちは、口を挟む立場ではありません。」

鼻息を荒くして憤慨するヴィーを、リリィが小声でたしなめている。


 僕が笑顔で「続けてください」と促すと、重い口を開いて村長は話し始めた、


 「昔は、ウルド領は豊かな領地だったそうです。今からはとても想像がつきません。土地がやせてしまったようで、畑では一部の穀物しか作ることが出来ません。

 しかし、山にも面していますからまき拾いや炭焼きなどで何とか生計を立てることも出来るのですが、それにも重い税がかけられました。まきや炭はファーレの街に持っていけばそれなりの値が付きますが、代官様が領地を行き来することに対して、高額の税をかけたのです。」

 「そんな奴、殺されてもしょうがないのです!」

ヴィーが気分悪そうに言い放つと、村長は「はっ」として、口をつぐんでうつむいてしまった。

「前任の代官は、代官所の火事で、不幸にして亡くなったと聞いています。」


フォローする僕の後ろで、リリィに睨まれてヴィーが小さくなっていた。

僕が再び「領内でお困りのことを」と促すと、村長は再び口を開いた。


 「見ていただかないと分からないかもしれませんが、泉が崖崩れでひどい状態になっています。危険で水汲みに行った者が、よく転落して怪我をします。領内の道はどこも酷くて‥‥ファーレからいらっしゃったなら、その違いが判ると思います。あと、用水路も‥‥」

 村長はいったん話し始めると、堰を切ったように、領内の窮状を訴えた。

 リリィは席を立ち、お茶の用意を始めた。ヴィーはリリィを手伝うか、どうしようか迷っていたが、一緒に話を聞く方を選んだようだ。


 お茶を飲んで一服している時に、僕から提案してみた。

「とりあえず、今お話を聞いた現地を、これから確認させてください。一緒に立会ってもらえませんか?」

「えっ‥‥はい! 喜んで!」

 村長は、驚いたように立ち上がって返事をした。

 前任の代官たちは、どのような窮状を訴えたとしても、話すら聞かず、現地を確認することなど、なかったということだ。


       ◇   


 「これは、‥‥危ないですよね!」

 最初の現場「泉」と呼ばれる水汲み場に来て、僕は驚きの声をあげてしまった。

「泉」の名のとおり、小高い山のふもとに水が湧き出る処があるのだが、その手前の道が、がけ崩れによって崩落してしまっている。人一人がやっと通れるような幅が辛うじて残っているのだが、重い水瓶を抱えてこの道を通るのは危険だ。実際に、昨日も水汲みに来た子供が転落してケガをしたということだ。


 僕はカメラ代わりのスマホで写真を撮っていた。記録は現地調査の基本だ。

「何をなさっているのですか?」

村長に尋ねられて、僕は考えながら答えた。

「写真‥‥えーと、僕は、魔法道具が使えますが、これは「魔法の鏡」という道具で、鏡に映った景色を記憶しておくことが出来るのです。」

「はぁ‥‥」

せっかく考えて答えたのに、村長には「よくわかりません」という感じでスルーされてしまった。


 続いての現場。「道が酷い状況」の箇所は、大雨の時に雨水の流れが集中した所が掘られてしまったのだろう。大きな窪地によって道が分断されていた。僕らが馬車で通ってきたところは、まだ、ましな方だったようだ、歩くのも危険なようなひどい所が何か所もある事がわかった。


 農地にも行ってみたが、農業にあまり詳しくない僕が見ても「痩せた土地」という印象を受けた。川沿いに広大な農地があるものの、低湿地で水はけも悪いため使われていないところも多かった。


 

 「代官さま、今日は、ありがとうございました。」

村長さんたち三人は、僕に深々と頭を下げた。

「いいえ、これからもよろしくお願いします。僕は、もう少し、領内の現地調査を続けます。」

村長さんたちは、お互いの顔を見合わせて「良いお方が来てくれてよかったな」などと、話しながら帰って行った。


 僕は、代官屋敷で現地の写真を整理しながら考えていた。

(まるで、広域の災害復旧だな‥‥。優先順位を考えて、順番に対処しないと‥‥。)

夜遅くまで考え込む僕のことを、リリィとヴィーが覗いている。二人は、ひそひそ何かを話した後、大きく頷きあっていた。


    ◇ 


 「ユウ様、ご相談があります。」

翌朝の朝食後、リリィに声をかけられた。ヴィーも一緒で、真剣な表情をしている。

「私たちにも、何か、お手伝いをさせてください。たいしたことは、出来ないかもしれませんが、お役に立ちたいのです。」

「うん‥‥そうだね。二人にも、手伝ってもらいたいことがあるよ。」

僕の言葉に「やったぁ!」と両手のハイタッチで喜び合っている。


 「代官様、お目通りをお願いします!」

突然、玄関の方から声がしたので、

「はーい、お待ちくださーい。」とヴィーが、パタパタ玄関口に向かう。 一緒に向かったリリィは、なぜか、途中で立ち止まり、口元に手を当てて立ちすくんでいる。


 来客は、「亜人」というのだろうか‥‥、概ね人間と変わらないが、頭からふさふさの耳が出ている。もみあげが顎ひげに続き、ちょっとワイルドな風貌だが、彫の深いイケメンという感じだ。肩幅も広く背も高い。

「オレは‥‥いや私は、ヴォルフと申します。使用人でも、何でも構いません。代官所で私を雇って頂けないでしょうか?」

(エルフに続いて、ファンタジー要員だ。しかもイケメン‥‥)など僕が考えていると、

「ヴォルフ‥‥」

リリィが驚いたような顔で、彼と顔を見合わせた。

「‥‥お嬢!」


 ヴォルフと名乗った青年は、オオカミの亜人「狼人族」の血が入っており、取り潰されたリリィの家に仕えていたそうだ。家が取り潰しになったときは、あらぬ嫌疑をかけられたり、いわれのないような借金を背負わされたりと大変だったそうだ。

 リリィは借金返済のため奴隷として売り出されることになり、それに反対したヴォルフは後ろから殴られ、気を失っている間に、リリィは連れ去られてしまったということだ。 


 「お嬢が、お元気そうで安心しました。お顔の方も‥‥」

「ユウ様が、きれいにしてくれました。」

リリィの話を聞いて、ヴォルフは僕に改めて深く頭を下げた。僕は、彼を屋敷内に招き入れながら、内心そわそわしていた。

(獣人の亜人が、キター!) 

そのことに。


 「申し訳ありません。私の身内が押しかけまして、雇っていただかなくても結構ですので‥‥。」

リリィは、申し訳なさそうに頭を下げている。

「えっ、来てもらうよ。だって強そうだしさ。 用心棒的な仲間も必要だよね。」

「仲間‥‥ですか?」

 リリィが、不思議そうな顔をしている。みんなに僕の考えを聞いてもらった方が良さそうだ。


 

 「僕と君たちの関係を、確認しておこう。」

テーブルを挟んで、リリィとヴィーと向き合っている。ヴォルフも座らせようとしたが、「俺は、結構です」として、リリィ達の後ろに立っている。

「奴隷と‥‥ご主人ですよね。 良くして頂いていますが‥‥」

リリィの言葉に、うんうんと、ヴィーが頷いている。

「うーん、‥‥それなんだけどね‥‥」

僕は、頭の後ろに手を組んで、「どう説明しようかなー」とつぶやきながら椅子の背にもたれた。


 「あのう‥‥ご不満なのでしょうか。その…私たち‥‥夜伽とか、していませんし……」

リリィは、顔を紅潮させてうつむく。

「そうなのです。夕べも、あたし達、先に寝ちゃったです。」

ヴィーは、割と平然としているが、すまなそうにはしているようだ。

「あっ、そうじゃなくて、そこじゃなくて!!」


 僕は手のひらを突き出して、慌てて否定したが、この機会に全て説明することにした。


 自分は魔導士のような男によって、異なる世界から連れてこられたこと。

途中で幼いころに亡くした兄の魂によって救われて、この地に偶然やってきたこと。

偶然出くわした少年の命を救ったら、公爵家の殿下で、お礼の大金を手に入れて、二人を買うことが出来たこと。


 「絶対秘密にしてほしい」と念を押した上で、異世界間を渡る「トラベラー」の力があるらしいこと。これらを全て話したが、こんな荒唐無稽な話をみんな信じてくれているようだ。やはり魔法が実在するような世界だからだろうか。


 その上で続けた。

「僕のいた世界には、奴隷なんていなかったから、奴隷の扱いなんて分からないんだ。それより、この世界で一人ぼっちの僕は、仲間が欲しい。 奴隷市場では、二人とも‥‥キレイだし、カワイイなー、と思ったよ。だからと言って奴隷にして思い通りにしたかったわけじゃない。二人を、ヤバそうな奴らが狙っていて、絶対渡せないと思ったから買うことにしたんだ。」


 「守っていただいたのですね。」

「助けてくれたのです。」

安堵の笑みを浮かべるリリィの言葉に、ヴィーが同意する。


 「すみませんでした!」

突然、後ろに立っていたヴォルフが床に座って頭を下げた。

「俺はお嬢が、ど、奴隷市場で売られてしまってから‥‥、ここにいることが分かったので‥‥つ、連れて逃げようと思っていました!」

「ヴォルフ‥‥」

リリィは、ヴォルフの言葉に驚いたあと、優しく見つめた。

「お、俺は、もう‥‥失礼します!」

「ちょっと待って!」

立ち上がって、去ろうとするヴォルフに、僕は慌てて声をかけた。

「僕は、この世界で生きていくと決めて‥‥、この二人は、協力すると言ってくれたけど、‥‥今の僕では、この二人を、守り切れないんだ!」


 僕は、手の平に巻いた包帯を見つめた後で続けた。

「この世界で、生きていくためには、強くならなくちゃいけない。でも、僕は弱い。僕らには、ヴォルフ、君が必要なんだ。」

「俺なんかで、‥‥いいんですか?」

僕は、ヴォルフに歩み寄り、立ち上がらせて握手を求めた。


「ようこそ、今日から仲間だ。一緒に働いてもらうよ。」


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