~異世界で貴族になったので、街を守って戦います⑧~
◇ ◇
ファーレの街にも夜の闇が迫っていた。
後宮の城壁の中には2万人以上の市民が避難していた。
僕は、市民への情報伝達用として、アンプ付きスピーカーシステムを影の手に設置させておいた。そして、メガホンマイクも後宮のお付きに持たせておいた。
それらはユウが用意した「声が大きくなる魔道具」として伝えておいた。
夜の闇は、人を不安にさせる。
集まった市民の中には、こんな事を言う者が出てきた。
「城の城壁の中に避難させてくれたのは、ありがたいけど、公爵家の人達はどうしたんだろう?」
「見当たらないよね。」
「もう、どこかへ逃げてしまったんじゃねえのか?」
「じゃあ、俺達はなんでこんな塀の中にいるんだよ。」
「囮とか‥‥」
「変な事言うんじゃねえよ!」
「じゃあお前は、黙ってここで魔物を待ってろよ。」
「何だとこのヤロウ!」
いつの間にか、市民の間ではいくつもの小競り合いが起こっていた。
それを怖がって子供が泣き出す。
「黙らせろ!」という怒鳴り声がそれに拍車をかける。
「こんな時、ユウならどうするのだろうな?」
城の中、アヴェーラ公爵ほか公爵一家は側付きの使用人達と、会議室に集まっていた。その部屋の中まで、市民の騒ぎは聞こえて来ていた。
騒ぎの声が大きくなると、反射的に視線がそちらに向いてしまう。
公爵家の末っ子のラングも、不安げにそちらを向いてしまった時、
「ミャー‥‥」
ラングに抱かれていたノワが、ラングの胸をチョンチョンと突いている。まるで「大丈夫だからね。」と言われているようだった。
「うん、ノワ。僕は大丈夫だよ。」
ラングとノワが、窓の方を見た。窓際にはヴィーが立っていて、心配そうに外を見ている。
ユウの事を心配しているのだろう。
「ミャー‥‥」
ヴィーが、声に気付いて下を見ると、ノワを抱いたラングが心配そうに自分を見上げていた。
「ラング殿下‥‥」
ヴィーが、しゃがみ込んでラングと視線を合わせた。
「ヴィー、ユウは大丈夫だよ。ユウはロメル兄さまの次くらいに強いから、‥‥世界で二番目くらいに強いと思うよ。」
「ありがとうです。ラング殿下。私もそう思うですよ。」
ヴィーは、ノワごとラングを優しく抱きしめると、目を閉じた。そして少しの間ラングを抱きしめてから目を開くと、
すくっ、と立ち上がり、胸の前で、両の拳を握りしめた。
「私も‥‥私も、自分の出来ることをするです。」
ヴィーは、みんなの方を振り向くと、声を掛けた。
「子供が泣いているのです。親とはぐれた子もいるかもです。私は外に出て、そんな子供たちを守りたいです。」
それを聞いたアヴェーラ公爵が、
「待て、ヴィー! あの群衆の中に入って行くなど危険だ。もし何かあっても、衛士が守ってくれるわけでは無いのだぞ!」
「でも‥‥。」
ヴィーが、拳を握りしめる。
「お母さま。私も行きたい! みんな不安なのよ。私達公爵家の者が顔を見せることで、みんなの不安を和らげる事が出来るかもしれない。」
「ミリア‥‥」
アヴェーラはミリアの顔を見て驚いた。
(この子は、いつの間にこんなに大人びた表情をするようになったのだ‥‥)
「ユウ様の魔道具があれば、大きな声でみんなに話が出来るです。」
ヴィー遠慮がちに進言した。
「よし! 行くか!」
アヴェーラ公爵が立ち上がるのを見て、リーファ姫も笑顔で頷きながら立ち上がった。
◇
「みんな、話を聞いてくれ。」
アヴェーラ公爵の声が、城の中庭に響いた。
「おい、あれは公爵様じゃねえのか?」
アヴェーラ公爵と公爵家の面々は、中庭に面したバルコニーから、避難してきた市民達に呼びかけを行うことにしたのだ。
ここにはユウが市民への情報伝達用に設置したマイクと音響機器があったのだ。
「皆、不安な時を過ごしていることだろう。しかし、こんな時こそ心を一つにして欲しい。ヤマダユウとやつの騎士団が中心となり、ファーレの街を守っている。
そして、ロメルには使いを出した。ロメルは直ぐに戻って来てくれるだろう。それまで必ずや、ヤマダユウがこのファーレの街を守り抜くだろう。」
人衆にどよめきが広がっている。
ヤマダユウとロメルの名前を出すことで、民衆の気持ちが前向きになることを期待したアヴェーラだが、民衆は気持ちを切り替えられずにいるようだ。
「みんな聞いて! ミリアです。私は、ヤマダユウとお兄様を信じています! 二人は、絶対にファーレの街を守ってくれるって!」
ミリアが前に出て来て語りだしたが、民衆の反応は良くはない。
そんなこと言ったって、ロメル殿下は国境にいるじゃないですか!
そうだそうだ!
間に合わなかったらどうするんですか?
そうだ! そうだ!
群衆の中から厳しい反論も聞こえてくる。
普段なら公爵一家に反論など「もってのほか」だが、群集心理が働いているのか、反論も聞こえてくるのだ。
「うぐぐ‥」
アヴェーラが歯ぎしりをしているが、実は、そのことには彼女も自信が持てていなかった。
(送り出した使者は、状況を王宮へ伝えることが出来ているのか? それが出来なかった場合、ロメルへの連絡は届いたのか? そして伝わったとしても、果たしてロメルは、間に合うのか‥‥)
「間に合います! お兄様は絶対に間に合います! 誓いましょう。私のこの命に賭けて!」
「ミ、ミリア!」
アヴェーラが驚きの声を上げ、公爵一家と使用人たちが息をのんだ。
ミリアは決意に満ちた顔で、自分の胸に手を当てて続けた。
「この私の命に賭けて誓いましょう! ヤマダユウは、ファーレの街を守り抜くでしょう。そしてお兄様の助けは間に合うでしょう。もし万が一、間に合わなかった時には‥‥」
「や、止めろ‥ミリア‥」
アヴェーラが顔を強張らせている。ミリアの決意に満ちた表情から、何を言おうとしているかが分かってしまったのだ。
「この私の命を捧げましょう! もしもユウが敗れ、お兄様が間に合わなかったその時には、私を敵方に差し出しなさい。少しは時間稼ぎが出来るでしょう。」
「ミ‥ミリア‥‥」
アヴェーラが、ミリアに向かって届かない手を伸ばすような仕草をしていると、その脇をスタスタと進んでいく人影があった。
「私も、誓いましょう! この命を懸けて!」
ミリアの隣でリーファが声を上げた。
「ミリア様と一緒に、私も差し出しなさい!」
中庭の群衆は一気に静まり返った。
しばらくして、静まり返った中から声が出てきた。
「おいおい! ファーレの街に男は居ないのかい! あたしは情けなくって泣けてくるよ!」
「そうよ!」
「姫様達を犠牲にしてまで、生き延びたいなんて思わないわよ!」
「そうよ! そうよ!」
ルー姉さんとウルド直売所の女性達だ。
「そ、そうだ、そうだ!」
「俺達だって戦うぞ!」
男達からも声が出て来た。
「街に入って来やがったら、二階の窓からレンガや大石を落とせばいいんじゃねえか?」
「おお、探せば他にも武器になりそうなもんがあるだろう!」
「俺も戦うぞ!」
「俺達にも協力させてくれ!」
「俺もやるぞーっ!!」
うおーっ!
うおーっ!!
流れが変わった。
群衆の一人一人から活気が溢れ、まるで何か見えない力が沸き上がっているような気がする。
そしてそれが、大きなうねりとなっているような気がするのだ。
「ミリア、リーファ‥‥」
「お母様!」
アヴェーラが駆け寄って来た二人の姫を抱きしめた。
「お前達は‥‥お前達は、私の誇りだ。」
「そしてファーレン公爵領の誇りです。」
ミリアの側付きメイドのマリナが、涙を拭いながら笑顔で呟いた。