~異世界で貴族になったので、街を守って戦います⑤~
◇
「アヴェーラ公爵に敬礼!」
二千百人の兵士が一斉に騎士の敬礼をする様は、見事という他なかった。
公爵居城の庭と繋がる広場に集合した遠征隊第一陣の出陣式が行われている。午後には第二陣について行われ、合計で四千人の兵士を遠征させることとなる。
四千人の遠征というのは、準備だけでも大変な労力と出費になるが、その辺りについて僕は以前から少し協力している。現世日本から大量の武器を持ってくることは出来なかったが、装備品には協力することにしていたのだ。
例えば水筒だ。金属の水稲は重いし高価なため、革袋の水稲が一般的だったが、中の水の状態が分かりにくく腐った水を飲んで腹を下す兵士も少なくないそうだ。そこで、使用済みペットボトルを使ってもらったところ大好評だった。軽くて丈夫でしかも透明なため、中の水の状態が良く分かるというのだ。
また、糧食として「〇ロリーメイト」が好評だった。かさ張らない携帯食はそれだけで便利な上、バランス栄養食である。それらに加えてバッテリー式ランタンや、百円ライター等、アウトドアで役立ちそうな物は既に使ってもらっており、重宝しているそうだ。
なお、遠征先に到着してからは、王都から物資補給があるそうだが、出発初日の弁当はウルド直売所が用意した。
「行ってらっしゃい。気を付けてね!」
「美味しい物いっぱい用意しておくからね。無事に帰って来るんだよ!」
ミクやルー姉さんを含む直売所女性スタッフが、見送りを兼ねた弁当配布を行ったが、これによって遠征に向かう多くの兵士が元気付けられたようだ。
「では、行ってくる。ユウ、留守を頼むぞ。」
ロメル殿下は、リーファ姫の護衛に大男のドルクさんを残し、バルクさんとバートさんを伴って出発した。
僕はそれを、アヴェーラ公爵を筆頭とする後宮の人達と一緒に見送った。
遠征隊を見送った後、早速僕はファーレの街の警備体制を確認していた。
ファーレン公爵領は、大きく二つのエリアに分けられる。背丈の倍程の城壁に囲まれた都市エリアと、その外側に広がる農村エリアだ。
有事には農村エリアの住民を都市エリアに呼び込むことになっている。
街を囲む城壁は、それ程高く出来なかったのであろう。現世に残る「万里の長城」のようなイメージだ。同じように騎馬兵や魔物の侵入を一時的に阻むことが目的だろう。
ファーレの街の守りは、この城壁と旧ウルド領(現在はファーレン公爵領に併合)との間を流れる川の堤防によって囲まれている。
しかし、城壁の延長は数キロにも及ぶ。これを残った100人足らずの衛士で警備しなければならない。このため、僕は現世から持ち込んだ機器を最大限活用することにしていた。
一つはトランシーバーだ。こちらにも魔石を使った通信装置はあり、長距離通信も可能だが「地脈と繋がっていないとダメ」とかで携帯できるものではなく、あまり遠距離では難しいようだ。
そして既に使っているドローンや監視カメラ等の機器は「影の手」のメンバーに使い方を習得させている。そしてその他にも街の生活を便利にしようとして現世から購入してきたものを警備に使うことにしていた。
また僕は、アヴェーラ公爵に相談しておいたことがある。
いざというときに街の人達を公爵居城の城の城壁の中に避難させてほしいということだ。城の城壁は街を囲む城壁よりも高く安全だ。しかし、住民全員を避難させるにはやや手狭であるため、大教会にも避難所としての役割をお願いした。
遠征隊がファーレの街を出発してから七日後の事だった。
周辺地域で日頃から情報収集をさせている影の手の下部組織「耳」から情報が入った。
「ゲラン伯爵領の砦で300人程の兵士が出兵準備をしている。その中には先日夜逃げしたハラー男爵家の残党や盗賊団と見られるような輩も混じっている。」というのだ。
◇
「ゲランの奴め、何のために準備しておるのだ? しかし、ハラー男爵家の残党や盗賊団と手を組むとなれば、目当てはファーレの街なのか? 私の領地から出兵させておいて、留守を襲おうとでもいうのか‥‥。そんな無法なことを貴様はやるというのか‥‥?」
アヴェーラ公爵を囲んで公爵領の留守を預かるメンバーで相談となった。ミリア姫とリーファ姫、リーファ姫の側近騎士のバルク、そして僕と直属騎士団のゾラだ。
さらに僕は、リリィをウルドに向かわせた。この状況をウルドのヴォルフに伝え、城に来てもらうためだ。
僕らが、ゲラン伯爵の真意を測りかねていた所に、続報がもたらされた。
「魔物と思われる集団が、ゲラン伯爵領の近くの森で確認されました。」
報告する影の手のシアンは、ドローンで魔物の姿を撮影したとのことで、僕はタブレットを使って画像を皆に見えるようにした。
「こ、これは、オーガと黒牙狼だ! このデカいのは‥‥ジャイアントオーガか!?」
アヴェーラ公爵が驚きの声を上げる。
「ええっ! た、大変だー!」
「キャーッ!」
それを聞いた後宮のお側付き使用人たちが騒ぎ出した。ファーレン公爵領は、先の大戦で魔国と戦っているため、魔物の恐ろしさが忘れられない領民が多い。使用人たちが、さらにざわつき始めた時、
「静かになさい! あなたたちはそれでも公爵家のお側付きですか! 公爵様の前でうろたえるなど、もってのほかです!」
一括したのは、ミリア姫の側付きメイドのマリナだ。そして、
「失礼をいたしました。お許しください」
アヴェーラ公爵に向かって深々と頭を下げた。
それを受けてアヴェーラは「うむ」と頷き、ミリア姫は、胸の前で両の拳を握りしめて「うんうん」と頷いている。
「魔物が近づいていることを察知して、これに対抗するためにゲランが、兵を集めているという事ではないのか?」
「それが‥‥、これをご覧ください。」
シアンがタブレット画面を指さして説明を始めたので、僕がその部分を拡大すると、
「なんと!魔獣使いがおるのか!?」
画面には、不気味な仮面を被って黒牙狼に跨る、山間民族のような男が映っていた。
「その変なカッコの奴は何者ですか?」
僕が聞くと、
「先の大戦の時、愚かにも魔国に組した者どもがおりました。その者どもが、魔物と人との中立ちにしたのがこ奴ら、魔獣使いだったのです。」
リーファ姫の側近ドルクさんが教えてくれた。魔獣使いがいるということは、人と魔物が共闘しようとしているということだというのだ。
「くそう、ゲランめ‥‥魔国に魂を売ったのか?!」
「この状況を大至急王宮に伝えよ! 早馬を出すのだ!兵を早急に戻してもらわねばならん。」
アヴェーラの命により王宮に使者が送られた。
「ユウ。ロメルや兵達が戻る前に、奴らが攻めて来た場合、我々に迎え撃つ力があるだろうか?」
アヴェーラ公爵の問いかけに、そこに居た全員の視線が僕に注がれた。
「うーん‥‥まともにぶつかれば、戦力的には何とかなるんじゃないですか?‥‥ただ、相手がどこから攻めてくるか分からないから、警備のために兵力を分散させるのが痛いですね‥‥」
「つっ‥‥貴様という奴は。」
アヴェーラが小さくため息を漏らしてから微笑んだ。
怪しい兵団だけならともかく、魔物の軍団が攻めて来たら絶望的だろう、と、この場の誰もが考えていたのに、ユウは「何とかなる」と言ってのけたのだ。
ミリア姫がユウに歩み寄ると、ユウの頭をぺしぺし叩きながら、
「まったく、あなたはもう‥‥まったくぅ‥‥」
「何ですか? やめて下さいよ。」
ミリア姫は目に涙を浮かべながらも笑顔で、ユウの頭をぺしぺし叩いていた。
◇ ◇
時は8日前、国境近くの森に集結した魔物に対抗すべく、ファーレン公爵領から遠征隊が出発するのと同じ頃、
ゲラン伯爵の居城を、ルガーノと顔に包帯を巻いた男(ゾーディアック卿)が訪問していた。
「本当に、貴公らの言うとおりになったな。うち領から出兵せずに済んで大助かりだ。しかし、ルガーノ殿から匿うように言われている奴らは「今が攻め時だ!」と大騒ぎしていてな。」
「それで、ゲラン伯爵様はいかがなさいますか?」
ルガーノが、伯爵の表情を窺うように下から見上げるような視線を送る。
「なにを‥‥、私は、無宿の残党どもに少しの間、宿を貸しただけで、それ以上は‥‥」
「そうですねぇ。ですから残党どもが奪い取った財宝や女達も皆、あ奴らのものとなってしまいますな。」
「んん?」
ゲラン伯爵が眉をピクリと動かした。それに気づいた包帯の男が、語り始めた。
「ファーレン公爵領の好景気には、ある男が関わっております。その男は何処からか大量の銀を公爵領に持ち込んでおります。それを元手に公爵領は運河を造り、領内は好景気に沸いております。」
「大量の銀とな?!」
「はい。噂では城の地下には、大量の銀が貯蔵されているとか‥‥」
伯爵が「ゴクリ」とつばを飲み込む音を聞いて包帯の男は続けた。
「また、後宮にはアヴェーラ公爵の嗜好なのか、若く美しい娘達を抱え込んでいるとのこと。それらが 皆、残党どもの手に渡ってしまうのかと思うと、少々惜しいと思いまして‥‥」
「惜しい‥‥それは惜しいな!」
ルガーノは「乗って来た。」とばかりにたたみかける。
「王太后様は、我々の提案に乗って下さったのです。それが何を意味するのか? 王太后様も公爵家を疎ましく感じておられるのではないかと。」
「それはそうだな。ロメル殿下を摂政公にしてからは、クラン王子とロメル殿下を比べられる日々となってしまったからな。王太后はさぞかし憂鬱な事だったろう。しかし、貴公らは、私に「ファーレン攻め」を進めているように感じてならないのだが、‥‥何が目的だ?」
ルガーノが再び伯爵をしたから見上げる様に見た。
「銀でございます。銀が手に入りましたら、我々にも少々融通して頂けないかと‥‥」
「‥なるほど。しかし、私の‥ゲラン伯爵領が加担していることが表に出ない方が良いな。何か良い案は無いか?」
「ハラー男爵家の残党と結託した盗賊団は、思いの外数が多かった‥‥」
包帯の男がボソッと呟いた。
「偽装か? 私の領兵を盗賊団に偽装させれば良いのだな!?」
「そして事が終わった後で、盗賊団やハラー男爵家の残党は、伯爵様が「盗賊団を成敗する」として、始末してしまえば良いのでは‥‥?」
「おう、それは名案だ。」
ゲラン伯爵と二人の男は声を落として笑った。
◇ ◇
公爵の城では敵の襲来に向けての準備が進められていた。
まずは市民の避難場所の確保だ。
先日、いざという時に備えた避難訓練を実施したが、実際に市民を参加させてはいない。しかし、避難住民受け入れ側が何をすれば良いか確認してあるだけ助かった。
でも実際に魔物がこちらに向かって進軍して来た時、パニックを起こさないで市民誘導が出来るだろうか?
そんな心配をしていた時、
息を切らせた衛士が駆け込んできた。
「大変です! 街で魔物が暴れています。既に多くの市民が‥‥こ、殺されているという連絡が入りました!」