~異世界で貴族になったので、貴族同士の決闘をします①~
少し投稿期間があいてしまいましたが、今後もよろしくお願いします。
◇ ◇
「ところでお前達、結婚式はしないのか?」
先日の運河完成式典以降、運河を活用した物流・交通によりファーレの街は活性化している。また完成式でファーレを訪れた人がきれいな街並みや美味しい食べ物のことを広めてくれているらしく、領地外からファーレの街を訪れる人がかなり増えているそうだ。
それに気をよくしたアヴェーラ公爵が、僕とヴィーを夕食に招待してくれて公爵一家とテーブルを囲んでいた。
「いや、中々機会がつかめないと言いますか‥‥」
僕は言葉を濁したが、下を向いて黙っているヴィーの様子を見てアヴェーラ公爵は察するところがあったようだ。
「ヴィー、お前が遠慮することは無いのだぞ。」
この様子を見ていたミリア姫が、
「もしヴィーが自分の家の事とか気にしているなら、あれはどうかしら? ほら何年か前に後宮から嫁がせたメイドがいたわよね。」
「おお、あれは良かったな。」
自分の出自をあまり語りたがらないヴィーだが、アヴェーラ公爵をはじめとする公爵家の皆さんは、あまり詮索しないでいてくれる。
ミリアの話を聞いてみると、
数年前、公爵家で働くメイドを子爵家の次男が見初めたが、そのメイドは身寄りがなかったため、子爵家側が難色を示した事があった。このため、その娘の身分は公爵家が保証することにしたが、簡単に公爵家の養子にするわけにもいかず「後宮から嫁に出す」ということにしたのだ。
花嫁を新郎へ引き渡す役割を執事のバートさんが担ったため、新郎へのプレッシャーが半端では無かったようだが、花嫁の身分保障としては好評だったそうだ。
ヴィーが結婚式に前向きでなかったのは、ミリア姫をユウに嫁がせようとしている公爵家に遠慮しての事だった。
「後宮から嫁に出す」という形式は良く分からなかったが、何よりミリア姫が提案してくれたことに、ヴィーも安心したらしい。
その話を受けることにして、翌日からヴィーは住込みで後宮に勤めることになった。
◇
「ヴィーは私の所に来てくれるんじゃないの?」
「待て、ヴィーはリーファの恩人であり顔なじみだからな。私たちの所に来てリーファの相談相手になってもらうのが良いだろう。」
後宮ではロメルとミリアがヴィーの取り合いになっていた。
「お前達なにを揉めているのだ。ヴィーは私の手元に置くに決まっておろう。」
「えーっ!」
アヴェーラの横やりにミリアが不満げにしている。
「先の事を考えた時には、その方が良いに決まっておろう。」
「ふーむ、それはそうかもしれませんな。」
アヴェーラの言葉にロメルが同意している。
「えーっ!?何よ、お兄様まで。」
むくれているミリアを横目に見ながらアヴェーラが、
(同じ正妻の立場になるかもしれんのに、ミリアに仕えさせるわけにはいかんだろう。)
(それもそうですよね。)
ロメルとヒソヒソ話をしている。
「ヴィー、荷物はこれだけか?」
「はい、そうなのです。」
ヴィーは大きめのカバン一つと子猫のように見える「闇ヒョウ」のノワを抱いて後宮へやって来た。
ノワについてはユウの側においておきたかったが、昼間誰もいない宿舎では淋しいだろうということで、ヴィーが連れて来たのだ。
なお、後宮と同じ敷地内のユウの宿舎に魔物の類が接近すれば、闇ヒョウは感知できるようだ。
ヴィーにメイド服が貸与されたが、襟の装飾が少し変わっていた。よく見るとミリア姫の側付きメイドのマリナと同じデザインの襟飾りが付いている。後宮では一般のメイドと「特別な存在」のメイドが区別出来るようになっているそうだ。
なお、マリナは礼儀作法を身に着けることや公爵家とのツテを作るために貴族の家から来ているということだ。
ヴィーが連れて来たノワを見て、アヴェーラ公爵が、
「なんだ、子猫も連れて来たのか?」
「ごめんなさいです。お邪魔にならないようにするです。」
「いや、手が空いている時は私が見ていてやろう。なに、遠慮せずに置いていけ。」
公爵の執務室にノワを置いて行かせて、ヴィーが退出したのを確認したアヴェーラが、
「カワイイでちゅねー。ノワちゃんていうんでちゅかー?」
猫なで声でノワを抱き上げた時、
「あ!」
変な声に驚いてこちらを向いた別のメイドと目が合ってしまった。
もう一人のメイドが室内を清掃中だったことを忘れていた。
「‥‥わ、私だって、子猫を抱いてみたかったのだ。ラングが「ユウの家の子猫がカワイイ」と言っていたが、まさかこの私が「子猫を見せてくれ」とユウの家に行くわけにいくまい。」
「大丈夫です。ナイショにしておきます。」
「うむ、そうしてくれ。」
あらためてノワを撫でるアヴェーラであった。
ヴィーは公爵のそば仕えの一人として、公爵に仕えて過ごすことになったが、後宮で働き始めてみると覚えなくてはいけないことも多く、慣れるまで大変だった。しかし顔見知りのメイド達がいろいろ教えてくれるので、つらくは無かった。ただ一つの事を除いては。
ユウと初めて出会った日から、ウルドの代官所の暮らしでも今の宿舎の暮らしでも、ユウがいくら忙しくても毎日顔を合わせることが出来た。
これまでは当たりだったのだが、後宮に住み込みで働いているとユウの顔を見ることが出来ない。
いつしかヴィーは、夕刻になるとユウが働く市政官詰所が見える窓辺でため息をつくようになっていた。
夕陽に照らされた窓辺で、瞳を伏せたヴィーがため息をついている。その表情がとても美しく見えたのであろう。いつしか使用人やメイド達が「窓辺の君」と呼んで噂するようになっていた。
◇
「おい。あれが使用人たちが噂していた「窓辺の君」じゃないのか?」
「綺麗な娘だな。」
ヴィーが側にノワを座らせて庭で花壇の花を摘んでいると、近くを通った派手な馬車の御者がその姿を見て囁き合った。
すると馬車の中でそれを聞いていた貴族と思われる青年が窓から顔を出した。
「どれ‥‥おお、確かに綺麗な娘だが‥‥ダークエルフの様ではないか。‥‥まあいい。お前ら、あの娘を連れて来い。」
「ええっ? 後宮のメイドですよ。公爵家の誰かのおそば付きだったら大変ですよ。」
「大丈夫だよ。ダークエルフなんかお付きにするような酔狂な貴族はいねーよ。いいから行って来いよ。」
御者を小突いている貴族の青年はハラー男爵家長男のセナだった。
新興の男爵家であるハラー男爵家のセナは、本来なら貴族間の付き合いを大切にすべきだが、自分が下位の立場になってしまう貴族間の付き合いを避けていたため、ヴィーがアヴェーラ公爵のお気に入りのそば付きメイドであることも知らなかったのだ。
「すみません。チョット道をお尋ねしたいのですが、西門へ行くにはどの道を通ればいいですか?」
御者の青年がヴィーに声を掛けた。
「あ、はい。西門は、この‥‥」
もう一人の御者の青年が、後ろからいきなりヴィーに猿ぐつわを噛ませたのだ。
「モガ‥モガ‥」
声の出せないヴィーを二人で抱え上げると、馬車に運んで押し込もうとしている。
ミャーッ!
ヴィーを馬車に押し込もうとする御者の足首に、ノワが噛みついた。
「痛ぇな、このやろう!」
御者は足をばたつかせてノワを振り払うと、蹴飛ばそうとして足を振り上げた。
「モガーッ(ダメーッ)!!」
ヴィーが暴れたためバランスを崩した御者は振り上げた足をついた。
「おい、早くしろ。誰かに見つかるぞ。」
セナに急かされて、二人の御者は急いでヴィーを押込み、馬車を出した。
ヒヒーン!
ガランガラン!
「うわっ!」
物凄い勢いで走り去る馬車に轢かれそうになり、後宮の使用人の男が慌てて道を開けた。
「あっぶないなぁ。‥‥って! ヴィーさん?!」
走り去る馬車の窓に一瞬だけヴィーの姿が見えたような気がした。
「そんなはずないよな。」
使用人の男性が仕事に戻ろうとした時、
何かをくわえた黒猫の子猫がヨタヨタと近づいてきた。
「あれ、お前はたしかノワだよね。何をくわえているんだ? その襟飾りは!?」
ノワは洋服の襟飾りをくわえている様だった。
独特のデザインの襟飾り。特別なメイドに貸与されるメイド服のものだ。
「その襟は‥‥ヴィーさんの? やっぱり今のは見間違いじゃなかったのか! ヴィーさんはさらわれたのか!? 大変だ!」
使用人の男性はノワを抱えて後宮へ走った。