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~異世界で貴族になったので、運河に付加価値を付けます➁~

 「お前達、良くやった。本当にスゴイぞ。」

 舞台から降りてくる3人を1人ずつ抱擁してから、シリアは舞台に上がった。


 シリアは水面を見下ろして、

 「私からも、来てくれたそなた達にお礼をせねばなるまい‥‥」

 シリアは、舞台の上にあぐらをかくように座った。

 従者の笛の音が、舞台から水面に流れていくように響いている。

 既に日は落ち、満月に近い月が式典会場を照らしている。


 笛の曲調が変わり、シリアが立ち上がった。


 シリアが両手を手の平の先まで広げると、ひらひらさせながら上下させている。

 パラパラ‥

 という音が空耳で聞こえて来たような気がする。

 雨だ。シリアの舞は雨を表しているのだ。


 シリアが踊りで表現する雨は、とてもやさしい「慈雨」のような雨だ。

 水面の青く光る人魚たちも喜んでいる様で、水面がざわざわしながらキラキラ輝いている。


 次は、シリアが大きく両手を揺らしている。ゆっくりとクロールを泳ぐようなその手の動きを見ているとさわさわという音が聞こえてくるような気がした。水流が石の間を揺れ動いて流れていく動きだ。

渓流の流れだ。

 青く光る人魚たちもパシャパシャと水面を揺らして喜んでいる。


 その次は、ゆったりとした動きになった。大河の流れを表しているのが分かる。

 青く光る人魚たちも皆ゆったりと泳ぎ回っている。


 雨が降って、渓流を下り、大河に至る。

 シリアの舞は水の循環を表したものだ。


 観客たちは、シリアの舞が何を表しているのかは良くわかるのだが、運河に集まった青く光る魚たち(観客には青く光る魚にしか見えない)に、シリアの舞の意図が伝わっている様に見えるのを不思議な気持ちで見ていた。


 従者の笛の旋律は、それまではシリアの舞に従うような調べだったのが、突然、激しい調子に変わった。

 シリアの舞も突然、激しく揺れ動くものに変わった。

 嵐が来たようだ。


 水面の人魚たちも一斉に水面に隠れてから、恐る恐る顔を出す。

 シリアは狂ったように舞っている。時には風で折れそうな木の枝を、時には風に引きちぎられる水面を、そして荒れ狂う洪水の川を表す舞になると、人魚たちは一斉に水中に潜ってしまった。


 唐突に、激しい笛の音が止んだ。

 嵐が収まったのだ。

 人魚たちが安心したように、再び水面に顔を出す。

 シリアの踊りは、ゆったりとした「凪」を表すものになっていた。

 そして舞台を見下ろすように輝く月に一礼して舞を終えた。


 人魚たちは、一斉に、ヒレを使って水面を叩いた。それはあたかもシリアに拍手をしているかのようで、シリアに見とれていた観客たちもそれに続いて大きな拍手を起こした。


 拍手の中、運河の水面では不思議なことが起こっていた。

 ヒレに叩かれている水面から、キラキラ光る水滴が立ち上っている。それは次第に勢いを増した。

 まるで雨の様に。

 普通は空から降ってくる雨が、運河の水面から空に向かって雨が降っている(上っている)様に見える。


 キラキラ光る水滴は、ファーレの街の全体を見下ろせるほどまで高くまで上っていくと、そこから弾けるように空の四方八方に飛び散っていく。

 次の瞬間、ファーレの街の夜空にいくつもの虹が現れた。


 月明かりよって見える夜の虹は「月虹(げっこう)」と呼ばれ、見た人は幸せになれると言われているが、滅多に見ることが出来ない。

 それがファーレの夜空に無数に現れたのだ。


 「きれーっ!」

 「夜の虹ってこんなにきれいなんだ。」

 多くの観客が夜空を見上げて歓声を上げる中、

 ミクやリリィも夜空を見上げていた。

 そして僕とヴィーも。


 「水門は、ユウ様達が苦労して造った大切な物なのです。それなのに、そのせいで水精が入ってこないなんて‥‥。それを考えると気持ちが焦って‥‥でもリリィとミクに助けてもらったです。」

 「僕の事を考えて頑張ってくれたんだね。ありがとうヴィー。」

 僕はヴィーの肩を背中から抱いて、一緒に月虹を見上げていた。


 この日を境に、ファーレの運河は何故か水面が青く輝き、白い石造りの街の景観と相まって美しい街並みとして知られるようになるのだった。


     ◇


 「いつまでも月虹に見とれていては駄目よ。お客様が帰って来るからね。お迎えしてから夕食の支度よ。」

 「はい!」

 運河沿いの大邸宅を改装したホテルでは、皆が宿泊客を迎える準備をしていた。

 ここは、昨日オープンしたばかりだ。

 ここではスラム街から移住した子供や女性の中から比較的礼儀正しく出来る人材を集めて、ホテルマンに育成すべく研修が行われてきた。

 その中に、長い黒髪をまとめた小麦色の肌の少女がいた。


 「レネちゃん、体の具合は大丈夫よね。あなたが中心になってお客様をお迎えして。」

 その少女に声を掛けたのは、ミリア姫の側付きメイドのマリナだ。先月から度々このホテルの職員研修を手伝いに来ていた。

 そしてマリナに声を掛けられた少女・レネは、スラム街の崩れかけた元兵舎の一室で絶望的な病床からユウに命を救われた少女だ。


 レネは、ウルドに移ってから、療養しながら周りが心配するくらい懸命に仕事を覚えた。そしてユウが新たな事業を始めるという話を聞いて「お手伝いをさせて下さい」と名乗りを上げたのだ。


 「お帰りなさいませ。お部屋にご案内します。」

 レネをはじめとする新米ホテルマン達の礼儀作法は、公爵家のメイド達が仕込んだものなので間違いないところだ。地方貴族や豪商達が多い来客にも好評のようだ。


 このホテルには、この世界にはあまり無い、いくつかの新しい取り組みを導入している。

 ひとつはスパサロンの試行だ。

 風呂にはホットタブ(浴槽)を備え、ウルドで湧いた温泉の成分を入れてある。僕は当初はウルドの温泉からパイプラインを繋ぎたいと思ったが延長が長くて困難だったため、俗に「湯ノ花」と言われる温泉成分を溶かして使っている。

 そして湯上りにマッサージを行うことにした。

 マッサージに関しては、まだスタッフは素人なので僕が現世日本から持ってきたバイブレーター機能の充電式マッサージ機を使うだけだ。しかしこれが「旅の疲れを癒す」と思いの外好評のようなのだ。

 もう少し練度を高めれば、このスパも商売として成り立ちそうだ。


 もう一つは食事だ。

 厨房スタッフは、ウルド直売所の厨房スタッフによる研修を行い、当面はメニューを絞って提供する。

 そして「「菓子工房ミク」の新作が食べられる」ということをウリにしたのだが、菓子工房ミクのネームバリューが、まだ広がっていないので、それほど宣伝効果は無かった。

 しかし、出された料理とデザートに対する客の反応はすこぶる良好だった。


 翌日、帰り際に当初の予定通り、「感想を聞かせていただくこと」「気に入って頂いたら宿泊費代わりにお心付けを頂く。」という趣旨を説明したところ、

 「こんなに丁寧な接客をする宿は初めてだ。」

 「食事が素晴らしかった。」

 「いや、風呂とその後のマッサージが良かった。」

 「ファーレに来た際には定宿にしたい。」

 など大好評で、中には心付けとして小金貨(十万円相当)を何枚も置いていこうとする貴族や豪商がいて、ロビーで扱いに苦慮したそうだ。


 そして多くの来場者を迎えてスラム街跡地の商店街「名店街」の売り上げも好調の様子だった。


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