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~異世界で貴族になったので、運河に付加価値を付けます①~

第  十  四  話



 「ヤバイわ、この行列。どう考えてもケーキが足りない。」

 ミクが「菓子工房ミク・ファーレ支店」店舗前の行列を見て慌てている。

 「本店から応援を呼びましょうか?」

 心配顔のネネさんに、

 「いや、材料も足りないし‥‥そうだ。本店で作って持って来てもらいましょう。船だったら振動も少ないし安心だわ。お兄ちゃんの言っていた「流通革命」の威力を見せてもらいましょうかぁ。」

 (なんでミクさんが偉そうにするんだろう)と首を傾げるネネさんだった。


 今日は、運河の完成式典が行われる日だ。式典と言ってもお祭り感覚で宣伝してあるのでファーレン公領内外から多くの人がファーレの街に訪れている。特にメイン会場のスラム街跡地には真新しい施設が多いため、物珍しさも手伝って大賑わいとなっていた。


 「オイ、急いで運べ。すげえ量の荷物だ。しかし、こんなに運んで来ても売れるのかね。」

 運河の流通拠点には、荷船から次々に荷物が届く。荷物はウルドからの野菜が満載された木箱が多い。荷下ろしをする作業員も驚くような量だ。

 「「朝採れ野菜」なんて書いてあるけど、ホントなのかなぁ。」

 「ホントらしいぜ。箱の中を見てみろよ。今取ってきたみたいに新鮮だぜ。」

 「ホントだ。俺もこれが終わったら買いに行こう。」


 最近動き出した運河の流通拠点だが、いつもならここからファーレの街のあちこちへ荷物が運ばれるが、今日は「名店街」に運ぶ荷物が多い。

 ユウがスラム街跡地にアーケード付き商店街を造ったが「ショッピングモール」ではこの世界の人に通じないので「名店街」と名付けた。しかしネーミングセンスについては、ミクに文句を言われたようだ。



 「うわっ、すっごい数のお客さんだねえ。でも、ウルド直売所のオープンの時よりましさね。あの時はみんな初めてだったからね‥‥、そこ! 棚が空いてるよ。補充急ぎな。」

 ルー姉さんが、直売所ファーレ支店で目を光らせている。

 ウルドの村長もバックヤードで応援してくれているらしい。


      ◇


 「ユウ、これに僕とリーファが乗るのか? 少し恥ずかしいのではないか?」

 「気のせいです。全然大丈夫です。さあ、乗って下さい。」

 僕は、ロメル殿下とリーファ姫子爵(皆そう呼ぶが面倒なので以下リーファ姫)を花飾りでいっぱいのゴンドラ船に案内した。

 折角、運河のお披露目なので運河を使ったイベントも必要だと思い、お二人の婚約発表パレードを運河で行うことにしたのだ。



 昨日夕方、リーファ姫は公爵家に挨拶に来ていた。

 王宮での一件により、リーファ姫は貴族としての立場を取り戻しただけでなく、フリード子爵を名乗ることを許されていた。


 それを公爵に報告に来た際に、

 「アヴェーラ公爵さま、私は‥‥」というリーファ姫の言葉を遮って、

 「お義母さまと呼べ!」と言って駆け寄った公爵と姫が固く抱きしめ合った。という話をバートさんが鼻をすすりながら話してくれていたのだ。



 「色々あったんだから、ちゃんと皆を安心させて下さいよ。」

 僕はそんなことを言いながら二人をゴンドラ船に乗せた。


 運河の両側に集まった市民の大歓声の中を、二人を乗せたゴンドラが滑るように進んでいくのを見送ると、

 (これだけでも運河を造った価値があったなぁ。)と僕は思っていた。

 いつの間にか隣に来ていたヴォルフに、

 「これだけでも運河を造った価値がありましたね。」

 と声をかけられたのが嬉しかった。


 キャーッ!ロメル殿下よ!

 うわぁ、キレイなお姫様!

 ロメル殿下―っ!

 ご婚約おめでとうございます!

 運河の両岸から二人に向けて歓声が降り注ぐ。


 「良かった‥‥。本当に良かった。」

 運河添いの道に停めた豪奢な馬車の中から、アヴェーラ公爵とバートさんが涙ぐみながら様子を見守っていた。



 「運河完成式典」昼の部は適度に盛り上がってくれればそれで良いが、夕方からの「安全祈願祭」はそうはいかないようだ。

 僕も良く理解出来ない部分があるが、「水精を呼び込む」という目的を果たせるかどうかについて、ヴィーが思い詰めているのが気になっていた。


    ◇


 夕方から始まった安全祈願祭は、前回の収穫祭と同様に大司教様のお祈りから始めていただいた。

 大司教様の権威は、先の災厄を経てさらに増していて、民衆が皆、真剣に祈っている。

 その間に僕は、控えテントの3人の娘達の様子を見に来た。


 「あー、おなか痛くなって来た。帰りたーい。」

 「そんなこと言ってないで、お化粧直しましょう。」

 リリィはミクの扱いには手慣れているようだ。


 「お前達なら大丈夫だ。安心して行ってこい。楽しむことも忘れるなよ。」

 表情が硬いヴィーをシリアが励ましてくれている。


 「おっ、ヴィーには、そなたの励ましが一番効くのであろう。声を掛けてやれ。」

 シリアが僕を見つけて茶化してきた。


 「くそう、リア充めが‥‥」

 ミクが文句を言っている。まあ、元気がありそうで何よりだ。


 前回の収穫祭では、○KB系グループの曲を選んでコスプレ衣装も用意したが、今回はアニメーションの劇中アイドルグループだ。コスプレ衣装なんてあるのかな? と思ったが全くの杞憂で、秋葉原のコスプレショップには、バージョンがたくさんあって選ぶのが大変だった。


 「そろそろ大司教様のお祈りが終わります。お三方のご用意をお願いします。」

 案内の声を聞いてリリィとヴィー、ミクの3人が立ち上がった。


 「みんな、落ち着いていくんだよ!」

 ぎりぎりで間に合って、出演前の3人に声を掛けに来たルー姉さんにみんな駆け寄る。

 「ほらミク、しっかりしなよ。」

 ルー姉さんに元気づけられた3人が、大歓声の中を舞台に向かった。


 今回は、ステージも前回より趣向を凝らしている。

 舞台周りはダウンライトとなっており、薄暗い中を三人がスタンバイした瞬間、照明が3人を照らした。



 キャーッ!!

 見て、カワイイーッ!

 キレイーっ!

 その瞬間、ステージ上の3人を見て火が付いた様に観客が大歓声を上げた。

 今回の衣装はアニメのコスプレなので、この世界の人達の違和感を心配したが大丈夫そうだ。


 音楽が鳴り始めると、直ぐに観客から手拍子が始まった。

 手拍子については、ウルドの村人達が事前に観客たちにレクチャーして回ってくれたらしい。


 今回はセンターのミクがメインボーカルを務めて、両サイドのリリィとヴィーがダンスメインで担当する。

 曲が始まって直ぐに、舞台の周りがオレンジ色の優しい光に包まれた。街の中にも森や農村部ほどではないが、地精霊はいる。彼らの関心は直ぐにとらえることが出来たようだ。


 しかし曲がサビの部分にかかって来ても、運河には何の変化もない。

 やはり簡単に水精は川から運河に入って来てくれないようだ。

 (地上に住む私達が、水精を呼び込むなんて‥‥やっぱりムリなのです? でも水門はユウ様達が頑張って造った物なのです。お願い、怖がらないで‥‥運河に入って来てです。)

 ヴィーが舞台上で水精に思いを寄せていた頃、


 ヴォルフは運河と川の合流地点、水門に来ていた。


 「ヴォルフ、リリィの舞台が生で見られなくて悪いけど、水門のところで川と運河の様子を見ていてもらいたいんだ。」

 そのようなユウの指示を受けて川の様子を見ていたヴォルフが、驚きの声を上げた。

 「なんだこれは!?」


 運河と川を繋ぐ水門の周りに、青く輝く魚のようなもの? が大群で集まっていた。

 魚のようなもの?というのは「魚の様に見えるが良く分からない何か」なのだ。

 ヒレが付いているので魚の様に見えるが、ヴォルフが目を凝らすとそれが手足の先がヒレになっている人の様にも見えるのだ。


 それは川の中に群れになって、運河に繋がる水門のところに集まっている。音楽が始まってから集まって来た「それ」は、まるで川から運河に入って行きたいのだが、ためらっているようにも見える。

 ヴォルフは、ヴィー達がこれを呼び込もうとしていることを直ぐに理解した。


 舞台上の曲は、サビの部分が終盤にかかってきたようだが、運河の様子に変化はない。このことを知らない観客は、3人の舞台に大歓声を続けていた。

 曲が終わったことを告げる大歓声と拍手が、水門にいるヴォルフにも聞こえてくる。

 しかし、水門に集まっている「それ」は、運河に入りたいが、ためらっているように見える。


 (やっぱりムリだったですか‥‥)

 舞台のヴィーが、大歓声の中でため息をつきながら座り込んでしまった時、


 あきらめるなーっ!

 来てくれているぞーっ!

 叫び声が水門の方から聞こえて来た。ヴォルフだ。


 それに呼応して、

 「あきらめないで!」

 リリィが叫んで、舞台の袖に合図を送ると、もう一度音楽がかかった。


 そしてイントロが流れる間に、リリィと目を合わせてうなずいたミクが、誰にでもなく声をあげた。

 「大丈夫、‥‥怖くないよ。」


 その瞬間だった。

 青く輝く1匹の魚が水門から運河に飛び込んで来た。それはものすごいスピードで運河を進み、あっという間に3人が踊る舞台の手前までやって来ると、大きく飛び跳ねた。


 会場にいた多くの人には、それが青く輝くきれいな魚に見えただろう。

しかし、舞台の3人には手足の先がヒレになっている美しい人魚の少年の姿がハッキリと見えた。


 「来てくれたです!」

 「ヴィー、元気出して! もう1回踊るのよ!」

 座り込んでいたヴィーにリリィが手を差し出すと、もう一つ手が出て来た。ミクだ。


 ヴィーが手を伸ばして二人と手を繋いだ瞬間、リリィとミクの目に不思議なものが見えた。舞台の周りのオレンジ色の優しい光の中に、何人もの小さな子供が手を繋いだ姿が見えたのだ。


 曲が始まって3人が踊り出すと、水門から青く光った魚たちが次々に運河に入って来た。


 運河の中をものすごいスピードで泳ぐもの、トビウオの様に水面から跳ね出るもの、たくさんの青い光が舞台を目指して運河を上って来る。


 曲が再びサビの部分にかかって来た時、舞台の下の運河は青く輝く魚の群れで水面が青く輝いていた。


 「ありがとう。来てくれて、ありがとう。」

 曲の終わりに3人が、青く光る運河の水面に向かってお礼を言う姿がとても神秘的に見えて、観客からは暖かな拍手がおくられた。

 水面を見下ろす3人には、運河の水面から顔を出す、青く輝く人魚の群れが見えていた。


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