~異世界で貴族になったので、街に運河を造りました③~
◇
「今回は、前回のユニットにミクを加えた3人で行くからな。」
不安げなリリィとヴィーに対して、喜色満面のミクが対照的だ。
以前スラム街の住民を災厄から救った際、ミクに「2つのお願いをきいて」と言われていたが、その2つ目は、「アイドルになってみたい」と言うものだった。
ミクは大学のサークル活動で「アイドル研究会」に入っていたとかで、前回の「収穫祭」でリリィとヴィーがダンスを披露した話を聞いてから、
「今度やる時は絶対私もやりたい!」と言っていたのだ。
「こんな曲どう?」
ミクがタブレットの画面を見せながら、2人と演目を決めている。
今回は、アイドル育成アニメーションの劇中曲に決まりそうだ。
理由は、アニメーションが360度のアングルでアイドル達のダンスを見せてくれるので、ダンスの動きが分かりやすい事。そして今回の「水精を呼び込む」という目的に曲が合っている事、だそうだ。
「さあ、今夜から特訓よーっ!」
ミクが張り切って声を上げた。
◇
「ちょっとお兄ちゃん、何よ、この二人!」
仕事が終わってから、ウルドの代官所に行くとミクが騒いでいた。
「私が入ると、本物のアイドルの中に素人が入ったみたいじゃないのよーっ!」
3人で練習を始めたところ、リリィとヴィーの踊りのレベルの高さにミクが驚いたのだ。
「前回、いっぱい練習したですよ。」
「そうよね。ユウ様に踊りのコツも教えていただきましたから。」
「ええっ? 踊りのコツって何よ?」
ジト目で見てくるミクに、
「ネットの受け売りだよ。」僕は目をそらしながら答えた。
キュ‥ドドド‥
僕はバイクの後ろにヴィーを乗せると、
「ミク、まだ日はあるし、頑張れよな。」と、他人事の様に声を掛けてウルド代官所を後にした。
ヴィーが不安そうな顔をして言葉少なにしているのが、少し気にかかった。
◇ ◇
ファーレの街全体がそわそわしている。
明日はファーレに新しくできた運河の完成式典があるため、あちこちが騒がしいのだ。
ファーレン公領以外の遠方からも来客があるので、前日からの来客もいる。
運河が出来たことによって街が変わってきたことが、この頃市民も実感してきたようだ。
「試験運行」ということで、運河に定期船が通っている。これまでは、ファーレの街からウルドの直売所に行くには、歩いていくか乗合馬車に乗っていくかしかなかった。
乗合馬車は数が少ないし値段も安くない。かといって歩いてウルドから大荷物を持って帰ってくるのは大変だ。
定期船は、運河ギルドが経費を半分負担しているので安くて便利だ。
ファーレの街にも運河に何カ所か船着き場があるので、荷物があるときには街中の移動でも船を使う市民が増えて来た。
また、これまで治安が悪くて一般市民は近づくことが無かったスラム街も、今は見違えるほどきれいになっている。
運河を運ばれて来た荷物が、ここからファーレの街のあちこちへ運ばれて行くのだ。
そしてその逆もある。ファーレの街のあちこちから運ばれて来た荷物が運河からファーレン公領を離れて国中に、また国外にも届くのだ。
プレオープンだが、スラム街跡地に新たに出来た商店街も既に開店している店もある。
沢山の店舗が並ぶ中で、ひときわ大きな店舗はウルド農産物直売所ファーレ支店だ。かなりの|大店『おおたな』|だが、支店というだけあって、ウルド直売所よりは規模が小さい。
そして、運河沿いの邸宅(まだ名前のないホテル)でも接客が行われていた。
今回はプレオープンであり、まだとてもコンシェルジュとは呼べない子供たちが混じってサービスを行うので、宿泊費は取らずに「心付け」だけ頂くことにした。「ご満足いただけた分だけお心付けを下されば結構です」ということにした。
今回は、感想を貰って今後に活かしていくことの方が大切なのだ。
今回の運河完成式は、全体としてはキチンとした式典というよりもお祭りの装いが濃い。運河や、流通拠点、ショッピングモール等を、ファーレン公領内外にお披露目するのが目的だからだ。
明日は、ウルドの直売所からも応援が来ることになっている。僕の手伝いをしてもらうヴォルフはもちろん、ルー姉さんや村長も支店を応援に来るらしい。
賑やかになりそうだ。