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~異世界で貴族になったので、上司の縁談も進めます⑥~

     ◇     


 翌日フリード子爵家の汚名を晴らすための作戦について関係者を集めて打合せを行った。計画の実行は来月、そのために直ぐに準備に取り掛かることにして、僕は必要な物資を現世日本で調達することにした。

 

 作戦は殿下の名前で王宮に手紙を出すところから始まった。


 フリード子爵家の不正については事実無根であり、再調査の必要がある事。またグラベル伯爵が宰相時に行った横暴は他の貴族の間でも不満としてくすぶっており、解決しておいた方が王宮のために良い事。そのためグラベル伯爵に少し変わった形で尋問したい事、これらを伝えてその可否を確認した。

 答えは直ぐに帰って来た。

「王宮も懸念していた案件であり、よろしく頼む。」とのことだった。


 作戦の内容については、王太后・王子及び宰相だけが知るものとして、王宮内では「かん口令」を敷いてもらった。

 また公爵家を訪ねて来たリーファ姫は、その後、辺境の森の砦にに帰ったことにした。そして僕の家に匿って、外出は控えてもらうことにした。そしてミクを呼んで僕の家に泊まり込みで準備作業を始めてもらうことにした。



 そして作戦を開始した。

最初に仕掛けたのは噂だ。

「フリード子爵家の一人娘のリーファが見つかった。ただし死体で。世をはかなんで飛び降り自殺したらしい。」という噂を王宮に流した。

次いで、王宮内でフリード子爵とリーファ姫の幽霊を見たという噂を流してもらった。


 その噂が地下牢のグラベル伯爵に伝わるのに時間はかからなかった。

「フリード子爵の幽霊が表れた。」という噂は、「グラベル伯爵に恨みを晴らしに来ているのではないか。」となって伝わり「グラベル伯爵のところに現れるだろう」となって広がって行ったのだ。

 下準備が整ったところで、僕らは、王都・王宮に向かった。


 今回のチームは、少人数だ。

リーファ姫を含めて僕とミク及び「影の手」が作戦要員。護衛要員として姫の側近の二人だ。

 また別の大事な仕事を任せていたヴィーが「もう少しで終わるのでリーファ姫と一緒に行きます」とのことで同行することになった。ミクだけでなくヴィーにも、リーファ姫に関する大事な仕事が任せてあったのだ。


       ◇       ◇



 「俺さぁ、今夜どうしても外せない用事があって、地下牢の警備を変わってもらえないか?」

「おい、冗談じゃねえよ! そろそろ今夜あたり来るんじゃねえかって噂じゃねえか!」

王都・王宮の地下牢の入口にある衛士達の詰所では、今夜の夜勤当番のことで言い争いが起きている。

 ここ最近王宮で「幽霊を見た」という噂があるのだ。


 噂では幽霊はフリード子爵とその娘リーファ姫だという。

フリード子爵といえば「グラベル伯爵にあらぬ疑いを掛けられて非業の死を遂げた」ともっぱらの評判であったが、先日「娘のリーファ姫が身を投げた」という連絡が入ったことによって、ますます噂は過熱した。


 ここ最近「王宮に幽霊が出る」という噂が流れ、今では「2人の幽霊がグラベル伯爵を探し回っている。地下牢に現れるのは時間の問題だ」と言われていたのだ。



 夜になり、灯りを付けても薄暗い地下牢、

グラベル伯爵の牢の前では、衛士が愚痴を言っている。

「伯爵様よぉ、わりと平気でいるようだけど、恨まれて祟られてるんだぜ。」

「わ、わしに後ろ暗いことなど無いからな。」

「でも、その割にはこの頃、たまにビクビクしてねえか?」

「そ、そんなこと無いわい!」

 グラベル伯爵は、言葉とは裏腹に明らかに動揺していた。


 その時、地下牢の奥から何か聞こえてきた。


  ‥ラ ‥ベル伯爵は‥どこだー

  グラベル‥伯爵は、どこだー


 「お、おい!なんだこの声は?!」


  グラベル伯爵は、どこだー。

  私の領地を返せー。


 「う、うわーっ! 出た。出たぞーっ!」

 衛士の男は叫び声をあげると、一目散に詰所の方に駆け出してしまった。

「オ、オイ、待て! わしを置いていくな。ワシはここから出られんのだぞ!。」


  ペタ‥ペタ‥

 裸足で石畳を歩くような音が聞こえてくる。


  私は不正などしていないー。

  なぜだー、なぜ子爵家は取り潰されたのだー。

  なぜだー。


 「うわーっ!許してくれーっ! 仕方が無かったんじゃ。仕方が無かったんじゃーっ!」

 グラベル伯爵は、牢屋の隅で震えている。


  なぜだー‥

  なぜだー‥

  ペタ‥ペタ‥

 足音がだんだん離れていく。


 「ううっ‥‥仕方が無かったんじゃ。許してくれーっ! 仕方が無かったんじゃ。」

グラベル伯爵は震えながら、ずっとその言葉を繰り返していた。



 翌朝、

「もう嫌だ。俺はもう嫌だ! 来ちまった。フリード子爵の幽霊がとうとう来ちまった。あれはグラベル伯爵を呪い殺すまで、きっと毎晩来るぜ。俺はもう嫌だ!」

昨夜の夜勤当番だった衛士の男が喚いている。

「そんなこと言ったって、じゃあ誰がやるんだよ。今週はお前の当番だろう。」

「頼む! 変わってくれーっ!」

「いやだよ!」


 そんな騒ぎの中、

「おい、夜勤やらなくても良くなりそうだぜ!」

別の衛士が詰所に駆けこんできた。

「宰相様が、王宮の幽霊騒ぎを何とかしてもらうために「除霊師」ってえのを呼んでくれるらしいんだ。」

「そりゃあいいや。こんなことは専門家に任せるべきだよな。」

「あ、でも立ち合い役の衛士は必要みたいだぜ。」

 えーっ!

 いやだーっ!


 僕があらかじめ王宮内で幽霊騒ぎの噂を流しておいたのは、王宮が除霊師を呼ぶタイミングを自然なものにするためだ。

そして変装した僕らが、除霊師として潜入する作戦だ。


 「私たちは、確実に除霊するために、幽霊が現れた原因を確認して、それに対応することで、幽霊が二度と現れなくなることを目指しています。」

そのように説明した。

グラベル伯爵を追い込んで悪事を白状させなければならないので、幽霊が現れたら直ぐに除霊してくれると思われては困るのだ。

 ちなみに衛士の立ち合いは、「危険だから不要です」と伝えるとすごく感謝された。


 「私たちは、二晩ほど幽霊を調査してから除霊を行います。何を恨んでいるのか、どうすれば解決できるのか、現れなくなるのか。それを知る必要があります。」

衛士達にはそんな説明をして、一日目の夜を迎えた。



 「お、お前達、除霊師だそうだな。早く除霊してくれ。今夜もあれが来てはかなわん。」

グラベル伯爵は、変装した僕とベニに懇願している。

僕らは、簡単な変装をした上で白いフードをすっぽり被っていた。薄暗い地下牢では簡単な変装でも十分通用するようだ。


 「私たちは幽霊を調査してから除霊を行います。何を恨んでいるのか、どうすれば現れなくなるのか確認しますので、今夜と明日の晩は調査のみです。」

「そ、そんな事を言わんでくれ! 早く除霊してくれーっ!」


 悲鳴を上げるグラベル伯爵に、僕は奥の通路を指さした。

「あ、今夜も来たようですよ。」

「えっ? ひ、ひいーッ」 牢屋の隅でグラベル伯爵が悲鳴を上げていると、


  ペタ‥ペタ‥

 足音がきこえてきた。そして、

  グラベル伯爵は、どこだー。

  私の領地を返せー、


 昨晩と同様の声が聞こえて来た。


 「ひいぃ‥‥」

 グラベル伯爵は牢の隅でうずくまる。

(昨夜と同じ反応のようだな。もう少し追い込んでみるか‥‥)

 僕達はあらかじめセットした隠しカメラで、昨日から伯爵の行動を確認していたのだ。


 「あ、伯爵様、壁に‥‥」

 「う、うわーっ!」

 僕が指指す牢屋の壁に、大きくフリード子爵の顔が現れた。

 「うわーっ!助けてくれーっ! 許してくれーっ!」


  なぜだー‥

  なぜだー‥

 「助けてくれーっ! 許してくれーっ!」


 壁に現れたフリード子爵の顔は、プロジェクターで肖像画を映したものだ。真面目な表情の肖像画しかなかったので、やや迫力に欠けるが仕方ない。

 当然、昨夜から聞こえている声も、僕らが加工した声をスピーカーから流しているものだ。


 「助けてくれーっ! 許してくれーっ! お、お前達、何とかしてくれ!」

「いや、まず確認させて下さい。「許してくれ」とはどういうことですか?」

 僕は、伯爵に聞いてみた。

「そ、それは‥‥、許してくれーっ! ゾーディアック卿に言われてやったことなのだ。私の考えではないのだーっ!」

「ゾーディアック卿に何を言われたのですか?」

「ううう‥‥許してくれぇ‥‥」

(もう一押しだな。)

僕は一気にダメ押しをすることにした。


 「伯爵、もう一人来ました。リーファ姫の様です。これは凄い‥‥手に負えないかもしれないな。

‥‥僕らも少し下がります。」

「な、何だ? 何が来たのだ。お前達、何を下がっていくのだ。」


 僕らが後ずさりすると、


 ペタ‥ズル‥、ペタ‥ズルッ‥、

先程の足音よりも小さい足音が、何かを引きずる様な音と共に聞こえてきた。

薄明りの中でだんだん人影が見えて来た。

少女のように見えるが、あきらかに様子がおかしい。

曲がった足を引きずり、傾いだ首の上の頭は、側頭部が割れている。顔は紫色に変色して,腫れあがり、大きなキズがいくつもある。


 「キャーッ!」

期せずしてベニが悲鳴を上げた。

「おい、除霊師が悲鳴など上げるな!」

「すみません。でも、でも‥‥」

僕はベニを叱咤したが、心の中では(いいぞベニ)と思っていた。ベニは本気でガタガタ震えている。

恐ろしい姿になって表れたリーファ姫には、ミクが渾身の特殊メイクを施したのだ。「ハロウィンでやったことがある」ゾンビメイクだ。


 「う、うわーっ!」

 「キャーッ!」

グラベル伯爵の叫び声に驚いて、ベニがもう一度悲鳴を上げる。悲鳴の連鎖だ。


 お父様は死んだーっ、

 グラベルを恨んで死んだーっ、  

 だから‥わたしも‥‥

 お前を恨んで死んだーっ!!


 ガチャン! ガチャン! 

 ゾンビリーファは、絶叫しながら鉄格子を掴む。


 「うわーっ! 許してくれ! 許してくれーっ! あれはゾーディアック卿に言われてやったのだ。

辺境の領地を手に入れろと言われて、フリード子爵に濡れ衣を着せてしまったのだ。でも今は反省している。すみません! ううっ‥すみませんでしたーっ!」

 最後は泣き声を上げて土下座をはじめたグラベル伯爵に、


 ゆるさない‥‥、

 ゆーるーさーなーーい!

 ゾンビリーファは、恨みの叫び声と共にグラベル伯爵を睨みつけた。それが土下座からそうっと顔を上げたグラベル伯爵の真正面にあって、目が合ってしまった。

「ひいぃーっ!」

グラベル伯爵は、絶叫して気を失った。



 泡を吹いて気を失っているグラベル伯爵を確認してから、

「ふうっ‥こんな感じでしょうか?」

演技を終えて、笑顔で僕らの方に向かってくるリーファに、

「来ないで、来ないでーっ!」

ベニが、手の平を前に突き出して涙目で叫んでいた。


    ◇


 「リーファちゃん見事なゾンビだったわ。」

王宮の客室でミクがメイクを落としながら、リーファ姫の怪演を褒めている。

「ベニちゃんも本気で怖がってたもんね。」

「取り乱してすみません。本当に怖かったものですから‥‥」

ベニが顔を赤くして小さくなっている。


 「仕方ないのです。私だってびっくりしたのです。」

ヴィーが唇を尖らして拗ねている。



 グラベル伯爵を追い詰めて言質を取ることが出来た僕らは、ゾンビメイクのリーファに布を被せて荷台に乗せて、地下牢から客室まで運んできた。僕らに用意されていた客室に戻ると、中で待っていたヴィーの前でミクがその布をガバッと剥いだのだ。


 「ギャーーッ!!」

 ゾンビリーファを見たヴィーの絶叫に、王宮の衛士やメイドが「何事ですか?」と集まって来てしまい、ミクがドアの前で平謝りしていたのだ。


 「もったいないけど、ゾンビメイクは落とさないとねーっ。」

ミクがメイクを落としながら、

「でも、お兄ちゃんの家でリーファちゃんの顔の採寸をした初日から比べると、額の傷が随分目立たなくなったのね。」

「はい、ユウ様とヴィーさんのおかげです。」

リーファが微笑む。


 僕は現世日本から切り傷を直す薬や傷を目立たなくする薬を買って来て、リーファに試してみた。そしてヴィーに、ヒーリングを併せて頼んでおいた。

 こちらの人には、異世界の薬は劇的に効くようだが、それにヴィーの柔らかなヒーリング効果を併せてみたところ、緩やかだが確実な効果が見られたのだ。

 今では傷はほとんど分からなくなっている。


 リーファの額の傷の様子を確認したヴィーが、

「今度ロメル殿下に会うときには、傷は分からなくなってるですよ。」 

笑顔で言った。


 「何から何まで、本当にかたじけない。」

側近の大男二人が、僕らの前で膝を付いて胸に手を当てている。

「あはっ、照れちゃうわね。」

ミクは自分たちに向けられた「騎士の敬礼」に大いに照れていた。



 「ヤマダユウ男爵御一行様、王太后様からお話がございますので応接室にお越し下さい。」

僕らに呼び出しがあり、案内された応接室で待っていると、王太后と宰相が現れた。


 「そなた達、久しぶりだな。」

ヴィーと僕を見て笑顔で表れた王太后が、リーファを見つけて表情を厳しくして歩み寄って来た。そしてリーファの前に立つと頭を下げた。

「そなたの父に無実の罪を着せたグラベル伯爵に、宰相としてまつりごとを任せていたのは私です。

先程ユウが魔法の(タブレット)で地下牢の出来事を見せてくれました。グラベルの言質が取れた以上、フリード子爵家の名誉回復を図らねばなりません。本当に申し訳ないことをしました。」


 その言葉を聞いたリーファは、床にペタッと座り込んでしまった。力が抜けてしまったのだ。

そして、はらはらと涙を流して、

「ぶ、無礼をお許し‥ください。ううっ、ううーっ。」。

人目をはばかることも無く泣いた。すると、


 うおーん。

 うおーん。

後ろで獣の鳴き声のような声を上げて、側近の二人も泣いていた。


 王太后が続けて、

「明日にでも王国内にふれを出します。フリード子爵家を取り潰したのは誤りだったと、そしてフリード子爵家は娘のリーファが継ぐことになったと。そなたがリーファ・フリード子爵を名乗るのです。」


 うおーん! うおーん!

 折角の感動的な場面なのに、獣のような鳴き声が一層大きくなった二人を見て「怪獣みたい」ミクが驚いていると、リーファ姫は僕らと顔を見合わせて笑った。


 リーファ姫にとって久しぶりの、心の底からの笑いだった。


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