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~さらわれて異世界にやって来ました⑤~

        ◇    ◇


 「‥‥はっ!」

 気が付くと僕は、自分のアパートに戻ってきていた。 いつもの部屋だ。 明かりを点けて、ソファーに腰掛ける。

「ふうっ‥‥。やっぱり夢だったんじゃないか、まったく・‥‥痛ってーっ!」

 髪の毛をかき上げた手の平に、激痛が走った。僕は、恐る恐る手のひらを確認した。


 「うわーっ!!」

 手の平に、切り付けられた大きな傷があるのを見て、僕は大声を上げてしまった。

「僕は、いったい‥‥どうなってしまったんだ?」


 昼休みに公園のベンチに座っていたら、黒ずくめの変な男に声をかけられて‥‥、頭の中に何かダウンロードされたような気がして‥‥そのあと‥‥。

 目を閉じて今日、起こったことの記憶をたどってみる。すると突然、頭の中に、古い宝箱のような映像が、浮かび上がってきた。

「なんだこれ? ‥‥ひょっとして僕の頭の中にダウンロードされたものって‥‥これ?」

すると次の瞬間、頭の中の映像の宝箱の蓋が「ガタン。ギーッ‥」と開いた。宝箱の中からは、霧が吹き出し、霧の中から黒ずくめのあの男が現れた。

「あいつだ!」

 しかし、頭の中のイメージ映像なので、逃げる必要はない。男は静かに語り始めた。


     

 「いくつもの世界が、並行して存在しており、その世界ごとに時間の流れを持っている。その中には、同一の時間軸を共有している世界がある。 我々は、共通の時間軸を持つ世界が、回廊で繋がっていることを既に確認している。しかし、回廊を繋げる扉がなければ、異なる世界の間を行き来することは出来ない。 ヤマダユウ。お前には、異なる世界の間を渡る「トラベラー」の力があるのだ。」

(僕に、そんな力‥‥「トラベラー?」の力がある? だから、連れていかれたのか?)

僕は、目を閉じたまま、男の話を聞き続けた。


 「異なる世界を渡る時、そこへ行きたいと強く願え。その場所を具体的に思い描け。そして扉を開けよ。お前の力で異なる世界は繋がるであろう。」

(たしかに「アパートに帰りたいって思いながら物置小屋の扉を開けたけど‥‥」)

「ただし、この力は、月の強い魔力を借りて発動するものだ。力が使えるのは、満月の日、その日限りだ。 そしてお前はもうこちら側の世界の人間になったのだ。元いた世界に存在できるのも、満月の日一日限りだ。 時間が迫れば、存在出来なく‥‥る。時が迫れば‥警告が‥‥あらわ‥れ‥‥‥」

 頭の中にイメージされている霧が薄くなっていく。

「ちょっと待って! もう少し詳しく‥‥」

 もっとキチンと聞きたかったが、霧が晴れるとともに宝箱の映像も消えてしまった。



 「こんなことが、あるのだろうか?」

 しかし、手の平の大きな傷はズキズキ痛む。とりあえず傷の手当をしようと救急箱を出す。

「いてっ!」

 救急箱の蓋を開けようとして、今度は二の腕に痛みを感じた。打ち身なのか傷なのか、手の後ろ側らしく確認できないので、洗面所に鏡を見に行く。


 「ええっ、‥‥なんで腕が? 」

 痣にでもなっているのかと、痛む二の腕の裏側を見ようとしたのだが、肘から下が鏡に映っていない。

( さっき言ってた‥‥この世界に存在出来ないってこと? ‥‥警告が現れるってこと? )

「‥‥いてっ!」

 今度は、頭痛が‥‥。

「うわっ!」

 鏡を見て思わず声が出た。僕の首から上が、鏡には映っていない。

(「警告」か‥‥)


       ◇


 僕は、エーティーエムで限度額を下ろし、アウトドアショップに向かった。生活用品をとりあえず買い、次に武器になりそうな物。それから家電量販店。太陽光蓄電のできる充電器とバッテリーを買い、タブレットは既に持っていたので、アパートに戻って、それらを大きなリュックに詰め込む。

 頭痛や腕の痛みは、あれから無いので、少し時間に余裕があるのだろうか?

 最後に、コンビニでも少し買い物をしてきた。荷物を詰め込んだリュックを背負い、両手にコンビニのレジ袋を持った自分の姿に思わず苦笑する。


 「‥‥扉って、なんでもいいのかな? こっちに来た時も物置小屋の扉だったし。」

 アパートの部屋中にある扉、トイレのドアに手をかけて、もう一度苦笑する。

「いてっ!」

 また、二の腕に、さっきと同じ痛みが走る。 もう時間がなさそうだ。

(こっちに戻って来た時は、「帰りたい。アパートの部屋に帰りたい。」って強く願ったよな‥‥)

 僕は、大きく深呼吸してから、目を閉じてイメージする。

(異世界‥‥ファーレン公爵領。‥‥ヴィーとリリィが待っている湖畔亭の部屋の扉に‥‥繋がれ!)

 強く願いながらトイレのドアを開けると、開いたドアから眩い光が吹き出し、僕は光の中へ入っていく。そして扉が閉まると、何事もなかった様に光も消えた。


        ◇ 


 扉を開けた僕の目に入ったのは、床に座り込んでいる、ヴィーとリリィの姿だった。二人ともしょげかえったような様子だ。

「ただいま!」

 僕が声を掛けると、はじかれたように振り向いた二人の表情が崩れた。

 リリィは、一瞬泣きそうな顔になったが、すくっ、と立ち上がり一礼する。

「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです。」

 ヴィーは座ったまま、表情も崩したままだ。

「心配したです。‥‥殺されちゃったかと思ったです。」

「ごめん。 えーと‥‥寄らなきゃならないところがあって、遅くなった。 ‥‥そうだ。お土産があるんだ。みんなで食べよう。」

 コンビニの袋を掲げる僕に、ヴィーが駆け寄ってきた。



 「なんですか、これは!」

 リリィの切れ長の目が、大きく見開かれている。

「美味しすぎるです!」

 ヴィーが驚きの声をあげる。

「こんな美味しいもの、ファーレの街でも、食べたことないよ!」

 プリンやチーズケーキ、ゼリーなど、ルー姉さんも加わって始まったコンビニスィーツ試食会は、大好評だった。

「これも、食べていいんですか?」

「いいよ、食べてみな。」

 日本を出るときに、時間に追われながらも、コンビニに寄ってきて良かった。

(それにしても、スィーツを食べる女の子は、どこの世界でも幸せそうでいいなぁ‥‥。)

 そんなことを考えてニマニマしている僕に、宿屋から来客が告げられた。


 一階のロビーに降りてみると、紳士が待っていて、僕に気付いて笑顔で一礼する。ロマンスグレイの髪に口髭の紳士。溺れた少年を助けた時の執事さんだった。


「夜分遅く申し訳ございません。ファーレン公爵家執事のバートと申します。」

 驚く僕に、笑顔で続ける。

「ヤマダユウ様に、我が主が、ご子息の命を救っていただいたお礼を、申し上げたい意向です。明日、お迎えに上がりますので我が主・ファーレン公爵の居城へおいで下さい。」


 執事さんは、よく通る声で告げた後、僕に向かってもう一度深く一礼した。


完結したのを機会に誤字脱字・てにおは修正を行っています。内容は変えていません。


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