~異世界で貴族になったので、災害に備えます④~
完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。
◇
スラム街からの移住が本格的に始まったので、様子を見に行くことにした。まずは川沿いのテント村だ。ウルドの村に大人数の受け入れを頼んでおいた上に申し訳ないのだが、ここには警備のためヴォルフに来てもらっていた。スラム街からチョットヤバそうなヤツが来るとしたらここではないかと考えたのだ。
テントが立ち始めている中でヴォルフの姿を探していると、
ゴスッ!
という鈍い音と共に立て込んだテントの陰から男が転がって来た。
続いて、
バキッ!
という音と共にもう一人転がって来た。
男が転がって来た元を覗いてみると、案の定チンピラを蹴散らすヴォルフがいた。
「相手は一人じゃねえか!早くぶっ飛ばせ!」
「そんなこと言ったって、こいつ、とんでもなく強ええんですよーっ!」
ヴォルフは5人の男に囲まれているが、既に3人倒れている。吹っ飛んできたヤツが2人いるから‥‥、10人を相手に喧嘩を始めたのか。
「ヴォルフー‥‥」
僕が声を掛けると、
「あっ、ユウ様!違うんです。これは違うんです。」
慌てて襟首を掴んでいた男を放り投げた。
すると「ちくしょう覚えてやがれ!」と捨て台詞を吐いて男達が逃げていく。
「ヴォルフー、手伝いに来てもらっておいて、なんだけどさー。あんまり暴れないでくれよー。」
僕がため息交じりにヴォルフに声を掛けると、
「あのう、この人を怒らないで下さい。私達を助けてくれたんです。」
僕に、物陰から声が掛かった。
声のした方を見ると2人の幼い子供を連れた女性がいた。女性は痩せていて体の具合も良くなさそうだ。
「さっきの男の人達が、私たちに「辛気臭い顔見せるな。テントから出て行け!」って怒鳴ってきて‥‥。私を庇ったこの子が殴られているところに、この人が駆け付けてくれて‥‥」
5、6歳くらいの男の子が鼻血を出していた。
「ヴォルフ!さっきの奴ら、残りも全員ぶっ飛ばしてこい!!」
スラム街には、そこに住まざるを得なくて住んでいる人も多い。この親子は、母親が病気で働けなくなり、家賃が払えずスラムに流れて来た、とのこと。
本来は教会かウルドに行きたかったそうだが、母親の具合が悪かったためスラム街から最も近いこの場所を選んだそうだ。
「ヴォルフ、あまり個人を贔屓するのは良くないんだけど、この親子をウルドに連れて行ってくれないか?」
「俺も、そのつもりでした。」
治安が悪くなりそうな、このテント村には、衛士隊に見回りに来てもらうことにした。
◇
次に僕はウルドの村に行ってみた。
既に100人以上が移住してきており、多くの人が農場で働いているそうだ。最初は畑で盗み食いをする人が少なくなかったそうだが、
「ちゃんと料理したモンの方がずっとうまいんだから、飯の時間まで我慢しな!」
というルー姉さんの呼びかけで盗み食いは無くなったとのこと。
村長に話を聞くと、
「思ったより皆、真面目にやってくれます。働き口があればキチンと働きたい人が多いんじゃないでしょうか?」とのことだった。
ウルドの村では、テントは一時しのぎと考えており、木造の仮設住宅を建築中とのこと。厄災が終わった後も、出来れば100人以上の移住民を確保したいのだそうだ。
教会には行く必要はないと思った僕は、バイクでダウンタウンへ行ってみることにした。ある人に頼み事をするためだ。地震発生まであと10日を切っており、途中の道で引越しの行列にも出会った。
僕が向かった先は、ダレン先生の診療所だ。
古びた診療所のドアを開けると留守の様だった。あきらめて帰ろうとするとドアに張り紙があった。
【スラム街へ行っている】
スラム街へ向かうとテント村に人だかりが出来ていた。バイクを止めて覗いてみるとやはりその中心にダレン先生がいた。
「ダレン先生。」
僕が声を掛けると、
「ああ、男爵様か‥‥。」
病人の治療をしながらのようだが、気のせいか言葉にちょっとトゲがある様に感じた。話をしてみると、その訳が分かった。
「災厄に備えるためにスラムの住人を移住させるってえのは、ありがてえ話だと思うけど、スラムには引っ越しなんか出来ねえ人だって大勢いるんだけどな。」
「はい、そう思って今日は相談に来たんです。」
「ええっ?」
ダレン先生は、治療の手を止めて僕の顔をまじまじと見た。
僕は今日、一つの決心をして先生に会いに来ていた。先日ヴォルフが助けた親子に聞いたのが、
「私よりも具合の悪い人がいる。動けるだけ私の方がまし。」
僕はその話を聞いて自分の浅はかさを思い知らされ、前々から考えていたことを試してみようと思ったのだ。
以前、ウルド領に来たばかりの時に、重病の子供を目の前にして気が動転した僕は、現世日本の薬(抗生物質)を与えてしまったことがあった。もしも身体に異変をきたしたらどうしようと思って心配したが、果たして、
薬は劇的に効いて、病気は通常では考えられない様なペースで回復したのだ。
病人を無理にでも移動させる、この無理を通すために、僕はダレン先生に現世日本の薬を使ってもらおうと思ったのだ。
「これはポーション(魔法薬)か? こんな丸薬みたいなヤツは初めて見るが‥‥、そもそもポーションなんて偽物ばかりだからな。」
「疑うのも無理はありません。でもこれは実際に病気の子供を急激に回復させています。」
「うーん、しかしなぁ‥。」
そんなやり取りをしているところに、
「ダレン先生、うちの子を! うちの子を見てやって下さい!! お願いします。」
女性が泣きながら飛び込んできた。
「これは、ヒドイな‥‥」
老朽化した兵舎の一角、奥の部屋に寝かされていたのは、10歳前後の少女に見えた。はやり病から肺炎になったという彼女は、先程、血を吐いたそうで枕元が血で汚れていた。
「今日が山、というか、明日まで持たない。」というダレン先生の見立てだった。
僕は、思い切って声を上げた。
「ここにポーションがあります。効き目の保証はできませんが使ってみてください。」
少女の診察を終えてから、古い兵舎の外に出たところで、
「男爵様よぉ、あんたが好意でやっているのは分かるが、もう手の施しようが無い病人に、期待を持たせるだけ酷かも知れないぜ。」
「それも分かりますが、僕は可能性を信じたいんです。人は‥特に子供は、これからの未来を切り開く可能性を誰でも持っていますから。」
それを聞いたダレン先生は、僕の目を睨みつけるように見て、
「スラムの住人でもか!? 男爵様はスラムに生まれた子供でもそうだと思っているのか?!」
僕はダレン先生の目を見返して、
「当たり前じゃないですか!! 生まれによって未来は決まってしまうものじゃない!」
ガシッ!
急に手を握られて驚いた。ダレン先生が僕の手をがっちり握って、目を丸くして僕の顔を見つめている。
「ヤマダユウ様、あんたホントに貴族か? いや、そんなことはどうだっていい! 何であんたみたいな人が俺と同じ考えをもっているんだ?!」
その時、
「先生!大変です! うちの子が、うちの子がーっ!」
先程の少女の母親が、泣きながら駆け込んで来た。
「信じられない。本物のポーションだったのか‥‥。」
先程まで息も絶え絶えだった少女が、ベッドに起き上がった状態でダレン先生に脈を診てもらっているのだ。
「こんなスゴイ薬を頂いても‥‥うちではお金が払えないのですが‥‥。」
恐縮している母親に、
「安心して下さい。お金はいりません。僕にとっては、この移住計画が成功する方が重要なのです。」
「男爵様よぉ、気を遣わせねぇように言っているんだろうけど。その言い方は身も蓋もねえぜ。」
ダレン先生にあきれられてしまった。
しかし、結果的に今日ダレン先生に会いに来た目的が果たせた。現世日本の薬を使ってみてもらおうと思っていたのだ。持ってきた薬は大まかに3種類ある。抗生物質と消毒薬と栄養剤だ。ダレン先生に大まかな効果を説明して使ってもらおう。
そして先生と信頼関係が作れたら、もう少し色々援助していこう。この先生を味方にしておけば、この先も心強そうだ。
重病人の移動が可能になったことで、スラムの住人たちの引っ越しは、ほぼ完了した。ほぼというのは、2世帯ほど「俺達は神の言葉なんて信じない」「俺達から家を横取りしようとしているだけだ」という人達がいたからだ。
幸い1階で出口のそばなので、地震が起こったらすぐに逃げるようにと伝えておいた。