~異世界で貴族になったので、災害に備えます③~
完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。
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僕はウルド領で協力を取り付けた後、そのまま現世日本へ向かい、備蓄できそうな食料や簡易テント等を大量に買い付けて来た。食料は以前から話を付けてあった穀物店で、古米(正確には古古米)を大量に安く譲ってもらったのだ。
「では、公爵家で100人の受け入れ、お願いします。」
翌日、僕は公爵家に来ていた。スラムの住民の一時避難先として、公爵家とファーレ大教会を選んだのだ。僕は公爵と交渉する前に、ウルドの村で400人の受入れを取り付けて来たことを大きな声で話した。会議室の外まで聞こえるような大声でだ。
公爵は、
「ぐぬぬ‥‥、公爵家で金は出してやるから、スラムの住民達が住むところはお前が探せ。ただし、1ヵ月分だぞ。それ以上の金は出せん。」
「ありがとうございます。」
ウルドの村で400人受入れの協力を取り付けたのは大きかった。
公爵家やファーレ大教会という有力組織が100人程度の受け入れを受諾せざるを得ない状況となったのだ。これで一応、スラム街の住民全員の移住先の目途が立った
◇
僕らの力が使える満月の3日目の最終日、僕はミクに予知の再確認を頼んだ。
スラム街を前にしてミクは、パンパンと自分の頬を手のひらで叩き、気合を入れている様だった。
しばらく目を閉じていたミクだが、もう一度自分で頬を叩いてから真剣な表情になって僕に向かった。
「お兄ちゃん、予知したんだけど‥‥見えないの。霧がかかったようになっていて、良く見えないのよ。」
ミクは申し訳なさそうに呟いた後で、
「でも、恐ろしい災害の映像が見えなくなっているって言うことは、未来は改善されているんじゃないかしら。このまま頑張ってね。」
「ああ、頑張るよ。」
霧がかかって見えない、というファジーな予知は予想外だったが、未来は悪くなってはいないようだ。このまま頑張って行こう。
◇ ◇
災害発生まで15日となった今日、僕は大司教様をはじめとする教会の神官達とスラム街に来ていた。「教会で施しを行う」として食料の配布を行うことを名目に、人を集める事にしたのだ。
スラム街の多くの住民が集まって来て長い行列を作っていた。やはりというか集まった人達の身なりはみすぼらしく、生活苦がうかがわれた。大司教は、そんな行列の人達に優しく声を掛けて回った。
「大司教様って言ってたよな。そんな偉い人が俺達に声を掛けて下さるなんてありがたいなぁ。」
集まった人達がそんな話をしながら大司教を見ていた時だった。
突然、空から大きな声が聞こえてきた。
『民よ聞け。この地には、かつて神に背いた者がいた。この地は鉄槌を受けねばならん。備えよーっ。備えよーっ。』
その声は人間の声とは思えない様な、低く重苦しい声だった。それが四方の空から降ってくるように聞こえて来たのだ。
な‥なんだ!?
この恐ろしい声はなんなんだ?!
鉄槌って、いったい何なんだよーっ!
集まった人たちが、恐怖に慌てふためく中、大司教が声を上げた。
「皆さん、慌てないで下さい! これは神の声です。神が地上の民に、災厄の兆しを教えて下さっているのです。神の声を聞きましょう!」
そして大司教が空に向かって両手を上げた時、
『大司教よ。そなたに神の啓示を下す。受け取るが良い!』
再び恐ろしい声が辺りに響いたと思った次の瞬間、
ドン、ドドーン!!
雷のような大音響が辺りを打ち震わせた。
キャーッ!
うわーっ!
皆が驚きの声を上げて逃げ惑う中、大司教はその場に膝を付き、倒れた。
大司教様―っ!
神官達が駆け寄った。
神官に抱き上げられた大司教は、
「大丈夫です。神の啓示を頂いただけです。私のことなどより、神の、神の啓示を皆に伝えなければなりません!」
「大司教様、大丈夫ですか?!」
僕が駆け寄ると、
「ユウ殿、皆に神の啓示を伝えねばなりません。説法の用意を先にお願いします。」
「はい!」
僕は、準備のために駆け出しながら考えていた。
(大司教様、名演技です。そしてここまでは筋書き通り大成功だ。)
神の声は「影の手」に事前に設置してもらったスピーカーから合成音声を流したものだ。
僕は、施しの後に行う予定だった大司教様からの説法の準備を指示した。と言っても、仮設ステージ代わりの馬車の荷台をセットするだけだ。
そして僕と大司教様は、ステージの準備の最中に、今後の住民達の避難場所を相談するふりをしていた。
「皆さん、私の傍に集まってください。もう恐れることはありません。神は私に全て伝えて下さいました。」
不思議なことに大司教の声は、スラム街全体にまで届いている。それ程大きい声を出しているとは思えないのにだ。
「これも神の奇跡なのでしょうか?」
神官の青年たちが興奮気味に話をしている。
(すいません。ステージ上にセットしたマイクと、荷馬車に積んであるアンプ付きスピーカーの効果です。)
僕は純真な青年達に、心の中で詫びた。
大司教からは、「神の啓示をお伝えする」として、次のようなことが伝えられた。
・今日から15日後に、この地に災厄が訪れること。
・災厄は「地揺れ」と「大火事」であると神はおっしゃった。
・災厄は一度きりで、災厄が去れば再びこの地に住めること。
その上で、スラム街の住民には一時的な引っ越しのための準備をしてほしい旨を伝えてもらった。引っ越し先について、3カ所を想定していることも。
①ファーレ大教会 大教会で庭の整備の手伝いをしたり、神官の手伝いをしながら過ごす 100名程度受け入れる。
➁川沿いの仮設テント 公爵家が用意する仮説テントでこれから始まる公共事業の準備を手伝いながら過ごす 100名程度。
③ウルドの村 ウルドで農作業や直売所の仕事を手伝いをしながら過ごす 400名程度。
それぞれの受け入れ地で、労働力となれる人が働けば良くて、子供や高齢者は家族として同伴して良い事とした。
「ウルドの村でそんな大人数の受入れは大丈夫なのか」と心配する声があったが「前々から代官と村長から人手不足を相談されていた」と言って押し切った。
しかし、翌日以降の調整が大変だった。3カ所の振り分けの人数調整が思ったより大変だったのだ。
今回の「神の奇跡」のような出来事で教会に行きたがる人が多くなってしまった。また、スラム街から移住してきたことで差別されることを恐れた人達は、川沿いの仮設テントを望む人が多かったのだ。
結果、
①大教会 約150人
➁川沿いテント村 約150人
③ウルドの村 約300人
という内訳になった。
「約束の人数より多い」と公爵に文句を言われそうだが押し切ろう。希望を元にして調整した結果だ。僕のせいではないのだ。
◇ ◇
「ユウ様、報告がございます。」
僕が、市政官執務室で移住調整状況の確認をしていると、耳元に声が掛かった。(誰もいないはずなのに?)と、僕が驚いてキョロキョロいると、
クスクス、という聞き覚えのある笑い声が聞こえて来た。
「シアンか?」
「そうです。」
いつの間にか僕の目の前に「影の手」のシアンが立っていた。隣にはベニが立っている。
クスクス笑っているシアンにベニが、
「もう‥‥、私まで、ユウ様を驚ろかそうとしていると思われるの、嫌なんだけど。」
「だって俺達が玄関から受付を通して入ってくるのも変だろう。」
先日は気が付かなかったが、ベニはかなりの美少女のようだ。切れ長の瞳で長い黒髪をポニーテールの様に縛っている。シアン同様、鼻から下は黒布で覆われていて見えないのが残念だ。
「ユウ様、報告があります。ガードナー伯爵の尻尾が掴めそうです。」
影の手に依頼していたのは、財務担当の市政官長ガードナー伯爵の疑惑の調査だ。これまでは、なかなか尻尾を出さなかったようだが、影の手の隠密と僕の「魔道具」によって暴くことが出来そうだ。
「執務室で、商人と金の受け渡しの相談をしているのを確認しました。今夜、夕食を取りながら受け渡しを約束していました。」
「良くやってくれた。ところで、もう一方の伯爵の領地の方はどうだった。」
「はい。ユウ様のお見立ての通り、領地の方では派手にやっておりました。」
ガードナー伯爵は、国境付近の辺境に広大な領地を持っているのだが、シアンの報告によれば、その領内に秘密の別宅を持ち、ハーレムを造っているらしい。いくら伯爵の地位を持っているとはいえ、自宅の居城でぜいたくな暮らしをした上で別宅にハーレムを造るのは金が要るはずだ。
「横領や不正をする輩は、金の使い道側から調べるのもいいです。」というのは、バートさんの助言だった。
◇
夜のファーレの街は初めてだ。
僕は、シアンから聞いたガードナー伯爵が金の受け渡し場所に指定した店「月の湖亭」に来ていた。シックな店内で料理も美味そうだ。「今度ヴィーを連れて来てみようか」などと考えていたら、ガードナー伯爵が入って来た。
伯爵は、近所の商人のおじさんのような雰囲気の服装をしていた。予め予約した席に先に来ていた商人と合流するようだ。僕はテーブルをいくつか挟んだ席に座っていた。
予め席を予約してくれると僕らも助かる。盗聴器やカメラが仕掛けやすいからだ。
伯爵がワインを頼んだ後で、早速本題に入るようだ。僕は小型受信機に繋いだイヤホンで伯爵たちの会話を確認した。
・これまでと同じやり口で、請求書の水増し分を2人で分ける。
・伯爵様はあまり手を出していないのだから、半額は取り過ぎだろう。6対4くらいが妥当ではないのか。
・私が決裁しなければ通らない予算だし、元々知恵を授けたのは私だろう。
そんな会話の後で2人はニヤニヤと笑った。
時代劇に出てくる悪代官と大黒屋のようだ。
今日の目的は、証拠を押さえるだけなので、僕は早々に店を後にした。
◇
翌日、市政官長の執務室で、昨日のやり取りの一部始終を聞いていたこと、そしてその会話の録音を聞かせてから、ガードナー伯爵と交渉を始めた。
伯爵は、額の汗を拭いながら、
「きっ貴様、何が狙いだ!?」
「まだ、特にありません。ただし当面の僕の計画について、全て予算を認めて下さい。」
「そんな‥‥無茶を言うな!貴様がやろうとしているのは、大規模な事業だそうじゃないか。
‥‥さては貴様、ドレン子爵と組んでおるな。最初からばかに仲が良いと思ったのだ。だいたい‥‥」
ちょっとめんどうくさくなって来たので、
「では、仕事に戻りますので」と部屋を出ようとした僕に、
「貴様、少し痛い目に合わないと解らないなら‥‥解らせてやるぞ。」
今度は脅しをかけて来た。
「あなたが荒事に使う「ガイル兄弟」は、トバク一家の傘下ですよね。僕はトバクさんと上手くやって行こうってことで話はついています。ガイル兄弟は使わない方が良いですよ。」
僕の言葉に伯爵は、口を開けたまま椅子からずり落ちそうになっている。伯爵が、ガイル兄弟という奴らを荒事に使うこともシアンから報告を受けていたのだ。
「頼む、公爵様には、公爵様には言わないでくれーっ!」
「しばらくは言いませんよ。僕も事業予算を認めてもらう都合がありますから。」
僕は、伯爵の執務室を後にした。