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~異世界で貴族になったので、災害に備えます➁~

完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。


         ◇    


 公爵の城に戻った僕らは、放心状態のミクの介護をヴィーに頼み、緊急会議を行った。

ヴィーは、ミクを抱きかかえて歌を聞かせていた。ダークエルフであるヴィーの歌声にはヒーリング効果があるようだ。



 「地震の規模はそれほど大きくないようです。しかし、スラム街の老朽化した建物と密集したテント等に住んでいる人達のほとんどが死傷します。被災前に移住先を探して移転させる必要があります。」

 僕から一連の状況報告を聞いたアヴェーラ公爵は、目を閉じてしばらく黙っていたが、その後も目を閉じたままで、いくつか確認してきた。


 「被害は、ダウンタウンのスラム街に集中しているのか?」

「はい。」

「その他のところでは、ほとんど被害は出ないのだな?」

「はい。」

「そうか‥‥。」

 目を閉じて考え込むアヴェーラ公爵に、僕がしびれを切らして立ち上がった時、


 「ユウ、これは難しい問題なのだ。」

 ロメルが静かに呟いた後で続けた。

「しかし、私の考えはユウ、君と同じだ。」


 「ロメル! 言葉は慎重に選べ。」

アヴェーラ公爵が、目を開けてロメル殿下をけん制したが、ロメル殿下はこれに構わず続けた。


 「私は、ユウの考えに同意します。例え領民登録がない人達でも、移民でも、‥‥ひょっとしたら逃亡奴隷が混じっているかもしれない。それでも、ファーレの街で暮らしている。ファーレの街で生きている人達の命を救いたい。そしてその人達の暮らしをもっと良くしたい。‥‥私は、そう思います。」

「相変わらずの理想主義だな、お前は。そんな考えでは財務担当のガードナーは口説き落とせまいな。そして私も、公爵家の私財を投入して、そんな話に乗ることは出来ない。」


 アヴェーラ公爵とロメル殿下は机を挟んで睨み合う膠着状態になってしまった。


 「殿下、事は急を要します。別室で2人で相談しましょう。」

しびれを切らした僕の言葉に、アヴェーラ公爵は、

「勝手にしろ。ただし、事の経緯についてはバートから報告を受ける。」

そして席を立って退席しようとして立ち止まり、振り返った。

「お前達は、領民としての権利を持たない者達への肩入れを、どこまでやろうとしているのか?

これが領地運営を圧迫すれば、ロメル、お前に責任を問わねばならないし、ユウは領内で多くの敵を作る。よくよく考えて事を進めることだ。」


 アヴェーラ公爵が部屋を出てから、ロメル殿下と僕はドアに向かって深く頭を下げた。


 「ユウ、すまないな。この国には明確な身分制度があるのだ。そして領民税を納めない住民を領主が庇護する必要も無いのだ。」

「いえ、殿下こそ大丈夫なのですか? アヴェーラ公爵は、「お前に責任を問う」とおっしゃいました。」


 黙り込む二人にバートが語りだした。

「領主たるもの、一時の感情に流されて事を起こしてはなりません。その過程、結果が何を生むのか‥‥何を生み出すようにさせるかを考えねばならないのです。‥‥しかし、その辺りの企ては、ユウ様の得意とするところではないのですかな?」


 「バートさん!」

「バート!」

僕とロメル殿下は、バートさんが厳しい言葉の中に励ましを含めてくれたことに勇気づけられた。

(そうだ。 考えろ! 考えるんだ!)


 「バート! 領内の地図を持ってきてくれ。それと地区ごとの領民登録資料を。」

ロメル殿下は、バートさんに必要な資料の準備を命じた後、僕の手を握った。

「ユウ、私は明後日王都へ戻らなくてはならないが、今日1日2人で全力で考えよう。そして有力者の助力が必要であれば私が根回ししよう。」


 廊下でメイドや執事補佐役の者たちに資料の準備を命じた後で、バートは2人のいる振り返った。

「この案件でロメル殿下とユウ様は、様々な新しいものや仕組みを生み出すでしょう。しかし2人は、今の領内に収まりきらない物を生み出してしまうかも知れません。それでも良いのですね。アヴェーラ様‥‥」


 期待と不安が入り混じった複雑な思いで、会議室の方を見ているバートだった。


          ◇


 「では、ユウ頼んだぞ。」

「はい。殿下の方もお願いします。」

 翌日、ロメル殿下は公爵居城を後にした。王都へ向かう途中で領内の有力者に僕への助力を頼んでくれることになっている。


 そして僕に心強い手駒を貸してくれるそうだ。通称「影の手」と呼ばれる、いわゆる密偵部隊だそうだ。公爵から「ガードナー伯爵を探ってもらいたい。」と言われた時も「必要な手は貸す。」とは言われたが、このような部隊がいることまでは知らされていなかった。


 僕はロメル殿下を見送った後で、後宮の裏庭へ来るように言われて、バートさんから庭木を剪定している若い庭師を紹介された。

「ここにいる5人を束ねるシアンです。」

 紹介された若者は華奢な体形の少年のような見た目で、作務衣のような濃紺の衣装に身を包んでいた。前髪を長めに垂らした上、マスクの様に鼻から下に黒布を巻いているので顔の表情はつかめないが、線が細く女性と紹介されればそう思ってしまうような外見だ。

 シアンと呼ばれた若者は、ペコリと頭を下げた。


 (しかし、ここにいる5人って?)と僕が不思議に思ったのを察してくれたらしく、シアンの「出て来い」という呟きの直後に、いきなり僕の前に5人の庭師が現れた。


「うわっ!」

僕は飛び上って驚いた。

「すみません。ユウ様。この者たちは気配を絶って潜んでいたのです。」

バートさんが僕に説明していると、

「クスクス‥」

シアンが笑っているのを、

「これシアン、失礼であろう。」

バートがいさめている。


 「すいません。でも、この方は凄いことをやってのけるのに、何ていうか、笑ってしまうようなところもあるんですよね。」

クスクス笑いを収めると真剣な顔に戻り、

「私たちは、ロメル殿下に拾われて今の命がある身です。殿下から「あなた様のお役に立つように」と言われております。何なりとお申し付けください。」

 シアンが膝をついて頭を下げると、5人が後ろにそろって並んだ。

「シュッ‥って並んだ! シュッ‥って!」

 僕が驚いていると、またクスクス笑われてしまった。



 「早速、君たちに頼みたいことがあるんだ。」

 僕は、シアンと女性の庭師(ベニと名乗った)を自宅に呼び、小さな機械を「魔道具」だと説明して手渡した。

「ガードナー伯爵の尻尾を掴みたいんだ。」

 僕は公爵から「探っておけ」と言われた財務担当市政官ガードナー伯爵の周辺に、小型カメラと盗聴器を仕掛けることを依頼したのだ。


           ◇


 僕は「影の手」に仕事を頼んだ後、ファーレの大教会に来ていた。大司教に協力を依頼するためだ。

なお、僕が来る前にロメル殿下が大司教に会って根回しをしてくれている。



 「大司教様、お力をお貸しください。」

「ロメル殿下に、だいたいの話は聞いたよ。ところで君には聞いておきたいのだが、君に協力することで、教会に、そして僕に、どんな利益があるのだろうか?」

テーブルを挟んで微笑む大司教の顔を見ながら僕はロメル殿下の言葉を思い出していた。

「大司教には、きちんと利益を示してあげると交渉が上手くいく」と。


 「今日から19日後に、ファーレの街で地震災害が起こることが分かりました。」

「ロメル殿下にもその話は聞いたが、それは確かな事なのかね?」

「はい。間違いなく起こります。そして大勢の人が亡くなります。」

「なんと‥‥そんな話は、異国の賢者である君の言葉でなければ到底信じられないが‥‥。君はそれにどう立ち向かおうとしているのかね。そして私と教会に何を求めているのかね。」


 まるで値踏みをするかのような目で僕を見つめる大司教に、僕は勝負をかけた。

「この大災害を予言して、多くの人を救う「お役目」を大司教様にお願いしたいのです。」

ゴクリとつばを飲み込んだ大司教が、

「もう一度聞く、地震は、間違いなく起きるのだね。」

「それは間違いありません。」


 僕の言葉に大司教は「ふーっ」と大きなため息をついてから、

「やろうじゃないか! しかし、やるからには僕と教会の権威がしっかり示せるような筋書きを頼むよ。」

「はい、そこは任せて下さい!」

(さあ、賽は投げられた。もう後には引けないぞ。)

 僕は自分が武者震いしているのが分かった。



 次に僕が向かったのは、ウルド領の代官所だ。

僕の顔を見た途端にリリィは「急いでみんなを呼んできます!」と出て行った。


 ヴォルフに話を聞くと、昨日ミクを連れて戻ったリリィと相談したのだそうだ。

「恐らくユウ様は私達に協力を要請してくれるはずだから、いつでもお応え出来るようにしておく。」として、村長とルー姉さん達にも声掛けしてくれてあったのだ。


 代官所の会議室にはヴォルフとリリィの他に村長とルー姉さん、そしてミクが直ぐに集まってくれた。僕は早速相談をはじめた。


 「みんな聞いてくれ。今日は皆にお願いがあって来たんだ。ウルド領にお願いしたいのは、スラムの住民400人程度の一時受け入れだ。ただし、受け入れるだけじゃなく、農作業や直売所の仕事を手伝わせながら、職業訓練もして欲しいんだ。」


「よ‥400人ですか!?」

 村長が驚くのは無理もない。ウルド領の人口が最近少し増えたとはいえ、200人台なのだ。人口よりも多い人数の受け入れという話だ。

「この話を受けてくれるなら、僕は直ぐに準備にかかる。必要な物を揃えに向かいたいんだ。」


 腕を組んで話を聞いていたヴォルフが、

「村長、やりましょう! 俺はユウ様のやろうとしていることが、ユウ様の変えようとしている未来が見たいんだ!」

「ヴォルフ‥、皆はどう思う。」


皆の顔を見渡すと、ルー姉さんが、

「直売所は、みんなの頑張りで加工品の生産力がすごく上がってる。農産物の生産量も。最初は「こんなに大きなお店造ってどうすんの?」って思ったけど、今ではお店が狭いくらい。

そしてミクのお菓子も、直売所の売り場が狭すぎてすぐ売り切れちゃって‥‥、そういうところも段々に解決できるんだよね。ユウちゃんの目指しているところでは。」

「ああ、そうだよ。でも簡単じゃないんだ。見ず知らずの人達を大勢受け入れて、一緒に仕事をしていかなきゃならないんだ。」

「そうかぁ‥‥そうだよね。」

僕の言葉に、ルー姉さんが唇を噛む。


 するとルー姉さんの後ろに隠れるように座っていたミクが、

「ルー姉さんだったらきっと大丈夫だよ。最初はプンプン怒るかもしれないけど、最後は絶対受け入れてくれる。」

 ルー姉さんの顔を見て、いたずらっぽく笑ってから続けた。

「それに、お兄ちゃん、400人は一時避難で、ウルドで職業訓練してから、希望者や適性のある人だけ残ってもらう感じなんでしょ。」

「うん、そういう風になる予定だ。」

ミクは幼く見えても現世では大学生だ。理解してもらえて助かる。


 話を黙って聞いていた村長が、立ち上がると会議所の窓を開けた。窓の外を見ると、代官所の庭にたくさんの住民が集まって来ていた。村長は、庭に集まっている人たちにも聞こえるような大きな声で語りだした。

「ユウ様が来る前は、わしらの村は皆貧乏で、毎日生きていくのがやっとで、皆、下を向いて暮らしておった。それが今はどうじゃ。自分たちの作った野菜や加工品を沢山のお客が買いに来てくれて、皆の顔にも自信が溢れておる。これもみなユウ様のおかげじゃ。ユウ様が村を救って下さったのじゃ!

それなのに‥‥わしは情けない! ユウ様に直ぐにお返事が出来なかったことが情けないのじゃ!

皆が、皆が協力してくれるなら、わしらに出来ないことなど何もない! そうだな皆の衆!」


 そうだ、そうだーっ!!

 ユウ様、水臭いですよ。俺達に何でも命じてくれればいいのに!

 何でも言ってくださいよーっ!

 俺達だってユウ様に恩返しさせてくださいよ!


 集まった村人達が、声を上げてくれた。


 僕は、代官所を飛び出して集まったみんなの中に飛び込んでいった。ヴォルフ達も僕に続いた。

僕は皆の中心で右手を高く掲げて声を上げた。

「みんなありがとう! やるぞーっ!!」


もう僕には何の不安も無かった。

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