~異世界で貴族になったので、街づくりに取りかかります④~
完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。
◇
翌日、「街づくりにあたって、お前のスラム街への対応について確認しておきたい。」というアヴェーラ公爵に呼ばれて、僕は城に来ていた。
「以前王都で話していたが、お前のスラム街の改善案はまとまっているのか?」
「まだイメージくらいです。しかし、公爵様が「スラム街は必要悪」と言われましたよね。その辺りのお話を聞かせていただけるとありがたいです。」
「おう、覚えていたか。その話ならば、バートも呼んでおいたほうが良いな。」
呼び鈴で呼ばれたメイドがバートさんを呼んで来てくれたので同席してもらった。
「ユウ、お前のいた世界とは違って、この世界では我々貴族階級と平民では身分が違う。これは当たり前のことだ。」
「はい、それは分かっております。」
「しかし、場合によっては、それ以下の身分の者もいる。」
「‥‥奴隷とかですか?」
「それもあるが‥‥勝手に領内に流れ込んだ難民など、生活が苦しい者も多いのだ。」
アヴェーラ公爵の顔が少し険しくなった。
「私の領地はかなりキチンと領民の管理がなされている方だ。概ね9割以上の領民の家族構成や年齢などを把握しているのだ。そして領民登録というものをしている。」
公爵がフフンという顔をして自慢げ言うので、
「それはすばらしいですね。」と、感心して見せて、
「残りの1割が難民ですか?」
「お前、何を聞いていたのだ。元々の領民の1割は把握できておらん。その他に難民がいるのだ。」
「あ、そういうことですか、すいません。」
「話を戻す。スラムに暮らす住民の多くは、この様な者達が多い。これらの民も暮らして行かねばならんが、領民登録もしていない者にいい仕事は回ってこない。‥‥自ずと人のやらない様な仕事をしてもらうことになる。」
「続きは私から。」とバートさんが引き継いだ。
「下水路のドブさらいや肥溜めの汲み取り作業等、人のやりたがらない仕事をして暮らしを立てる人達が、スラムには多くいます。また、いわゆる裏社会の仕事とでも申しましょうか。お判りいただけますか?」
「はい、分かりますよ。犯罪組織や非合法なことを生業にしている‥‥」
「なんだお前、分かっておるではないか。ボンボンのような顔をしておるのに。」
驚いたアヴェーラ公爵が、口を挟んだ。
(フィクションで知ってるだけです。Vシネマとか‥。あ、でも盗賊団とは戦ったなぁ‥‥)などと僕は考えていた。
「貴族に町娘が乱暴されたとか、息子が殺されたとか、理不尽なことがあっても、身分制度の中では、余程しっかりした証拠と後ろ盾がなければ、泣き寝入りになってしまいます。そんな場合に復讐を依頼できる裏の組織もあると聞きます。」
「必殺〇事人みたいですね。」
「おや、ユウ様のいた世界にも同じような組織があったのですか?」
「え‥ええ。ま、まあ‥‥。」
「極端な例として裏社会の話をしました。ダウンタウンには、さらにその中のスラム街にも
世の中が成り立つための役割があるのです。」
「自分よりも辛い立場の者がいるということが、平民たちの身分制度への不満を紛らわせるという役割もあるのだ。」
最後はアヴェーラ公爵が、バートさんから引き継いだ。
「ロメル殿下は、その辺りも改善したいとおっしゃっていませんでしたか?」
「あいつは理想主義者だからな。しかし、お前に良くロメルの考えが分かったな。」
僕はアヴェーラ公爵と目を合わせて向き合った。
「僕も同じ考えだからです。」
◇
「バートさん。僕の態度、少し生意気だったですかね?」
アヴェーラ公爵は、僕の言葉に「ほう‥ならやってみろ」と僕を睨んで呟き、そば付きメイドがハラハラし始めたところで、急用で呼ばれて退席していた。
「そうですな、少しだけ。」
バートはそう答えたが、考えは別だった。
(公爵様は、退席しながら笑みを浮かべておいででした。自分と相反する意見を持つロメル殿下。その殿下とユウ様が同意見であることに‥‥)
「ヤバかったかなぁ?今は臣下だからなぁ‥‥」
首を傾げる僕を、バートさんは笑顔で見つめていた。
この後、僕はバートさんから、ダウンタウンの「顔役」の情報を聞いた。
これから僕がやろうとしているダウンタウンの改良計画「大規模区画整理」を断行するために、事前調整が必要なメンバーを聞き出していたのだ。
◇ ◇
「リリィ、すまないね。手伝ってもらっちゃって。」
「水臭いことを言わないで下さい。ヴォルフも「俺は行かなくていいの?呼ばれてないの?」って大騒ぎだったんですよ。」
僕はリリィを連れてファーレの街のダウンタウンに来ていた。スラム街も近い辺りだ。以前、リリィに「教会の奉仕活動でこの辺りに来ていた」と聞いていたのだ。
「ユウ様、立ち寄りたいところがあるのですが、よろしいですか?」
「いいよ。どこ?」
「診療所なんです。」
リリィはダウンタウンで教会の奉仕活動がある時に、必ず顔を出していたところがあった。ダウンタウンの中にあって貧困者にも差別なく治療を行う名物医師のいる診療所だ。
「ダレン先生、いらっしゃいますかー?」
リリィが、古びた診療所のドアを開けると、聞こえて来たのは子供のうめき声と男の怒鳴り声だった。
「おい、喉詰まらせるな! 助かるものも助からないぞ!」
「はい!」
怒鳴り声が響く診療所の中では、少年が嘔吐していて、助手と思われる女性が背中をさすっていた。
奥で白髭のお爺さんが、もう一人の少年の口に指を突っ込みながら指示を出していた。こちらも食べたものを吐かせているようだ。
それを見たリリィが、直ぐに駆け寄ると爺さんに、
「何かお手伝いすることはありますか?」
「おお、この子達が腐った肉を食っちまってな。まずは全部吐かせなきゃならねえんだ。」
食べた物を吐き始めた少年をリリィが引き受けて、背中をさすっている。
取り合えず二人の少年の容態が落ち着いたところで、
「あれ、ひょっとしてリリィちゃんかい?」
「はい、ダレン先生!」
ようやくリリィに気付いたようだ。
◇
「いやぁ、リリィちゃん。しばらく見ないうちにキレイになったねえ。」
診療所の庭でお茶を飲みながら、僕達はダレン医師と顔を合わせた。
「あ、そうだ先生、ご紹介します。この度、市政官に就任されたヤマダユウ男爵です。」
「へえ、リリィちゃん。いい人に仕えているんだね。」
白髭の爺さんは僕をろくに見もしないでそう言った。
「はい!」
元気よく答えるリリィだが、僕はダレン医師に聞いてみた。
「まだ、僕が「いい人」とは、限らないんじゃないですか?」
「えっ、そりゃあ分かるさ。自分を放っておいて、従者が汚いガキの世話なんか始めたら、たいていの貴族は怒り出すからな。」
「そんなもんですか?」
このダレン医師は、腕がいいのに治療費も満足に払えない住民達を長年相手にしているそうだ。
そんな話を聞いた僕が「援助したい」旨を申し出ると、
「ますます、らしくない貴族様だぜ」と、僕のことを「好ましくも変わり者だ」と言って笑った。