~異世界で貴族になったので、街づくりに取りかかります③~
完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。
◇
ウルド直売所の前では、ルー姉さんが心配顔でウロウロしていた。もう日が傾きかけている。
「もうとっくに帰って来るはずなんだけど、遅いわねぇ。またユウちゃんが調子に乗って余計なこと言って、公爵様と揉めてるんじゃないでしょうねぇ?」
想像で文句をいっていると馬車が見えて来た。
「ただいまーっ!」
荷馬車の上でミクが何かを掲げている。その両脇でヴィーとリリィが、手を振っている。どうやら上手くいったようだ。近づいて来るとミクが掲げているのは額のように見える。
「ただいま戻りました。」
「お帰りなさい。上手くいったみたいね。ところで、その立派な額に入っているのは何?」
「じゃーん! 公爵家御用達の免状です。」
馬車から降りたミクが得意げに高く掲げた。
「ええっ?!」
読んでみると、
「『コバヤシミク、この者が作る菓子は、アヴェーラ・ファーレン公爵が高品位と認め「公爵家御用達」を名乗ることを許す』‥って、すごいじゃない!」
よく見ると蜜蠟で公爵家の印も押してある。
「すごい。すごいよ、ミク!」
ルー姉さんがミクを抱き上げる。騒ぎを聞いて直売所からみんなが出て来て、さらに大騒ぎになった。
僕は皆の顔を見て、ある決心をした。
「リリィ、ヴィー、みんなを直売所の会議所に集めてくれないか。」
「はい! ‥‥ユウ様? 今日の報告だけじゃないんですか?」
「うん。それだけじゃないんだ‥‥。」
リリィは、僕の表情を見て何かを感じ取ったようだ。
「出来るだけ多くの村人を集めてほしい」という僕の言葉と、それを伝えに来たリリィの顔を見て村長は、
「ユウ様がどのようなご決断をしようとも、わしらはそれに従い、微力ながら応援します、とお伝えください。」
と静かに言った。
ヴィーは、先程から一言も口を聞いていなかったが、村長の言葉を聞いて小さく頷いた。
◇
「ミク様のお菓子が、公爵様にも認められたんですってね。」
「すごい、また直売所の名物が増えたよね。」
「そのご報告なのかなー?でもみんなもう知ってるよね。」
集まった村人たちがガヤガヤしている会議所に、僕が入っていくと、
「おめでとうございまーす!」
という掛け声とともに、大きな拍手が起こった。
僕は拍手が収まるのを待って静かに語った。
「僕がここに来てから約一年になるけど、今まで本当にありがとう。」
何言っているんですか!
これからもお願いしますよ!
そんな声が掛かる中で僕は静かに切り出した。
「僕は、ウルドの代官を辞めようと思っているんだ。」
えーっ!?
何でですか?
私たちを見放すんですか?
会場が大騒ぎになりかけた時、
「皆の者静まれい!!」
いつも物静かな村長が大声で皆を一括してから、静かに語りだした。
「ユウ様は男爵様になりなすったのじゃ。もうウルド領の事だけを考えていればいいお立場ではなくなってしまった。そうですな。」
「うん。公爵様から「ファーレで働いてくれ」って言われているんだ。」
皆が落ち着いてきたのを確認してから続けた。
「ウルド代官の後任は、ヴォルフに任せるつもりだ。これまでどおり皆と一緒に汗をかいて、皆を守って、同じ釜の飯を食う。‥‥そんな代官だ。」
ヴォルフが立ち上がって皆に軽く一礼する。
ルー姉さんが立ち上がった。少し難しい顔をしている。
「ユウちゃんは、ファーレに行っちゃうの?」
「そうなるね。」
「ヴィーちゃんはどうするの?」
(ここで聞くなよ)と思ったが、
「連れて行く。」
僕が答えるとルー姉さんは、少しの間下を向いて「さみしくなるよ‥‥」と呟いてから、
「あたし達に、ドーンと任せておきなさいよ!」
胸を叩いて宣言した。
そしてワンテンポ置いて、
「でもこれからも相談にのってね。」と付け足した。
「もちろんだ。ウルドは僕の実家みたいなものだから‥‥」
「そうじゃ、いつでも帰って来て下され。」
僕の言葉に村長が何度もうなづきながら同意してくれた。
◇ ◇
「ここがお前の執務室だ。割といい部屋だろう。」
「「割と」どころじゃないです。すごい部屋です。」
スイーツ試食会から5日後、僕はファーレの公爵の城と隣接するファーレ執政官詰所に来ていた。詰所と言っても市役所の役割があるので石造りの大きな建物だ。執務室も豪華でウルド領のバンガローみたいな代官所とは雲泥の差だ。
ファーレの街を治める執政体制として、三人の「市政官」が置かれている。
財務担当の市政官は、ガードナー伯爵で「市政官長」ということだ。
警備、土木担当の市政官は、軍人上がりのドレン子爵。
そして僕が就く内政・商工業担当の市政官だ。
それぞれの市政官の下に現世日本の市役所にもある様な部署が置かれている。
公爵から紹介された僕を見て、
「随分お若いな。しっかりやってもらわないと困りますぞ。」と、ガードナー伯爵。
「前々からお噂を聞いております。一緒に仕事が出来て光栄です。」と、ドレン子爵。
という第一声だった。
ドレン子爵は、先の大戦でバートさんと同僚だったということで、バートさんの僕に対する評価をそのまま受け入れてくれている様だ。ありがたい。
一方のガードナー伯爵には気になることがあった。公爵から「お前に少し伯爵について探ってもらわねばならん事がある。」と言われていたのだ。
(いきなり同僚(というより上司?)の内偵なんて気が重いなー。)
そんなことを思いつつ、僕はファーレの市政官の初日を過ごしていた。今日は所内の業務確認と引継ぎだ。引継ぎで分かったことだが、前任の市政官は横領で左遷されたらしい。
◇
初日は定時で詰所を後にした。
僕とヴィーが住む宿舎は公爵家から「当面はこちらで用意するところに住め」と言われ、お言葉に甘えてしまったが失敗だったかも知れない。
僕らに用意されたのは、公爵家の敷地以内の屋敷だったのだ。
「ただいまー。」
「お、早かったわね。まっすぐ帰って来たのね。感心感心。」
帰宅した僕を迎えたのは、ヴィーではなく、ミリア姫と姫付きメイドだった。
「あれ? ヴィーはどうしたんですか?」
「お母様が用事があるそうで後宮よ。で私がヴィーにそれを伝えるついでに、新居をのぞいてこいって言われたのよねー。必要な物があるか聞いてみろって。」
と言いながら家の中をキョロキョロ見回している。
「まだ、なんにもないわねー。」とか言いながら家の中を見回すミリア姫の顔を見ながら、僕は先月、王都を出る前に公爵に言われたことを思い出していた。
◇
「ユウ、ヴィーの出生について少し話がある。聞いておけ。」
「えっ? は、はい。」
アヴェーラ公爵は、ヴィーについて気になっていたそうだ。
公爵は、ヴィーのことを一目見た時から強く気にいったが、それは既視感のせいではないかと以前から考えていたのだが、先日、王太后と会って少女時代のことを語り合った後、唐突に幼い頃の記憶を思い出したというのだ。
「私は10歳の時にヴィーに会っている。辺境の森を治めるダークエルフの族長の娘だった、ヴィーに会っていたのだ。」と。
アヴェーラ公爵が10歳の時、まだ王都に住んでいたころの話。
旅の経路の途中、公爵家一行は辺境の森に隣接した街道沿いで小休止していた。幼いアヴェーラは、習い始めた乗馬を遊び半分でやっていた。その時、野犬に驚いた馬が暴走し、アヴェーラは馬と共に深い森の中へと迷い込んでしまった。
泣きながら森を彷徨うアヴェーラを救ってくれたのは、自分と同い年のダークエルフの可愛らしい娘だった。その娘は、森を収める族長の家にアヴェーラを案内し、その夜は一緒に寝てくれた。
翌日、森の中から街道まで案内してもらい、無事に公爵家一行に合流出来た。
「ダークエルフに限らずエルフは成長が遅く長命だ。10年前と大して変わらないヴィーに比べて、私はかなり変わってしまったからな。会っても分からないだろう。」
「公爵様は今もおきれいですよ。」
「取って付けたような、お世辞はよい。」
ヴィー本人には、そのうち確認するつもりだ、としながら、
「話はここからだ。私はな、お前たちの結婚には反対ではない。ただ、ヴィーの出自によって正妃にするか側妃にするかは、考えねばならん。」
「前にも言いましたが、僕には関係ないです。側妃なんてありえません。」
「そう言うだろうと思っていたが、聞けユウ。ヴィーが族長の娘であれば貴族と同等だ。正妃にすべきだ‥‥」
「なら問題ないじゃないですか。」
アヴェーラ公爵は「そうだな」と言った後、少しの間を置いて、
「話は変わるが、うちのミリアもそろそろ年頃で‥‥検討している嫁ぎ先があってな。」
「そうなんですか?」
「あんな風に育ててしまって、今は少し後悔もしているのだが‥‥」
僕はメイド達と一緒に騒いでいる姫の姿や、先日ミクにお礼を言ってくれたことを思い出しながら、
「でも、思いやりもあるし‥‥貴族の基準は判りませんが、とても良い娘さんだと思いますよ。ん?‥‥平民じゃないんだから失礼な言い方でしたか?」
首を傾げる僕の姿を見て、アヴェーラ公爵が微笑んで大きく頷いた。
「お前にミリアを嫁がせようと思っている。私が気にしていたのは正妃の順位だ。」
「ええっ?」
驚く僕に対して何かスッキリした顔で、
「お前がミリアを好ましく思っているなら、もう正妃の順位も当事者同士で決めれば良いか。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。困ります。第一、ミリア姫のお気持ちは?」
「それは問題ないと思うぞ。」
「えーっ?!」
先日アヴェーラ公爵は、ユウにファーレの市政官を任ずること、当面、近くに住ませることをミリア姫に話した。その時に、
「ところでお前は、あいつのことをどう思う?」
「うーん。頼りなさそうに見えて‥‥でも頼りになる? まぁ、あれでも私のナイトですからねぇ。」
微笑みながら語る娘を見て思った。
(この子が、こんな風に微笑んで男の事を語るのは、ロメルとユウくらいだな‥‥)
社交界では、年頃の娘でしかも公爵の娘ともなれば引く手数多となる。しかし、公爵家の後ろ盾を狙って近づいて来る男ばかりで、ミリアはへきへきしていたのだ。
◇
「ねえ、「何か欲しい物は無い」って聞いてるの? ねえってば!」
「あっ、は‥はい。すいません。」
先日の事を思い出していた僕は、ミリア姫の顔が目の前にあって焦った。
「ボーっとしてぇ‥‥何か欲しい物はないの?」
「そうですねー。 あ、取り合えずベッドが無いと困るな。今日は床に何か敷いて寝るか‥‥。」
「じゃあ、ベッドは私が見繕ってあげるわよ。それからねー‥‥」
家の中を見回すミリア姫の後ろ姿を見て、僕は小さくため息をついた。
◇
同時刻の公爵居城では、アヴェーラ公爵にヴィーが呼ばれていた。
「ヴィー。 そんなに固くならずともよいのだ。」
「でも‥‥。」
ヴィーの様子を見ると、呼び出された理由の察しが付いているようだ。
「ヴィー、お前とユウの婚姻についてだが‥‥」公爵が切り出すと、
「私は、今のままで十分なのです。正妃の立場など望まないです。ただ‥‥ただユウ様のおそばにいられれば、それだけで‥‥」
ヴィーは、以前の様に取り乱したりせず落ち着いている。それを確認したアヴェーラ公爵は、ヴィーの両手を取った。
「そうではない。お前達2人の婚姻は祝福する。お前のことは側妃に、などとも言わん。ただ‥‥、一つ頼みがあるのだ。」
「ひょっとして‥、ミリア姫様のことですか?」
アヴェーラ公爵は、驚いてヴィーの顔を見てから静かに言った。
「‥そうだ。」
「最近何となく、そう感じるようになったです。そうすると余計に、私がユウ様と一緒にいてはいけないかと‥‥」
アヴェーラ公爵は、ヴィーを抱き寄せた。
「すまん。お前に心配をかけた。私からの頼みは一つだけだ。ミリアも受け入れてくれまいか?」
「でも、その場合は‥‥」
「2人とも正妃だ。そうでなければユウがミリアを受け入れまい。そして今は私も、それが良いと思っている。」
「アヴェーラさまぁ‥」
アヴェーラ公爵は、涙ぐむヴィーをもう一度抱きしめた。
◇
「ただいま戻りましたです。ユウ様何してるですか?」
「あ、お帰り。ヴィー。」
僕は、取り合えず今日の寝床を確保するために、床に絨毯を重ねていた。
「今日の寝床を確保しなきゃと思って‥‥。」
「あのう、ごめんなさいです。「今日は後宮に泊まりに来い」って言われてたです。」
「あ、そう? じゃあ、そうするか。」
「でも、折角用意して頂いたので、ここでいいです。」
「そうかー?」
僕らは、後宮の差し入れで夕食を済ませて、少し家の中の片付けをしてから寝床に入った。やっぱり、絨毯を重ねても床の上では寝床としては固い。僕らはその上に毛布に包まって寝転がった。
「うーん、やっぱり固いなー。」
「でも‥‥」
「何?」
「‥‥幸せなのです。」
僕らは抱き合って眠りについた。