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~さらわれて異世界にやって来ました④~

完結を機に誤字脱字・てにおは修正をしています。内容は変えていません。

          ◇ 


 宿に戻った僕は、カフェ給仕兼・宿の受付のルー姉さんに事情を話した。ルー姉さんは、二人をまじまじと見ながら、

「可愛い娘達だけどさぁ、あんた一人で‥‥二人も相手にするのかい?」

「相手‥‥って、そんなことより、二人に何か、着るものを用意してもらいたいんですが、お願いできますか?」

「とりあえずあたしの古着でいいよね。‥‥あ、お金は貰うけどね。安くしとくからさ。」


 ルー姉さんの案内で、二人は体を洗って、着替えさせてもらっている。それを待つ間に、僕は部屋で考えた。

(何もかもが‥‥リアルすぎる。)

 僕が今いるこの部屋の窓には、ガラス窓は無くて、木戸だ。今、腰かけている固くて薄いベッドマットには、スプリングや樹脂スポンジなんか入っていないようだ。

 あの黒ずくめの男に、知らない世界に連れてこられたんじゃないのか?


 途中で兄ちゃんが助けてくれて、逃げ出せたけど‥‥。


 「ねえ、ユウちゃん。ちょっと見て。」

 ルー姉さんに連れられて二人が部屋に入ってきた。 布袋みたいな服から、この世界の普通の女の子が着るのだろう、ふわっ、としたスカートとブラウスだった。このまま、カフェメイドさんが出来そうだ。

「二人とも、良く似合うよ。」

 普段は、女の子にお世辞なんか言わないけど、夢の中だし。 二人とも可愛いし、よく似合っているし。


 「そうだ、二人の名前を教えてよ。」

「‥‥リリィ と申します。」

 色白の少女が答える。立ち姿も背筋がしっかり伸び、きりっとしている。

「ヴィー‥‥です。」

 ダークエルフの少女は、こちらの様子をうかがうようにしている。 


 「そうだ、ユウちゃん聞いてよ。 さっき、二人が体を洗っているときに、リリィちゃんの顔も少し洗ってみたのよ。そしたらさ、なんか黒い色が薄くなった気がするのよね?」

「そういえば、‥‥そんな気もする。」

 俺とルー姉さんに顔をのぞき込まれて、リリィと名乗った少女は、少し困惑している。

「この子は「呪い」とか言ってたけど、あたしは毎月、街の大教会の礼拝に行っているからね。呪いなんか、怖かぁないよ。」

 ルー姉さんは、腰に手を当てて鼻息荒く言った。


 僕は、少し考えてから、

「そうだ。ルー姉さん、油がないかな? 料理用とかランプ用とか、何種類かあるとありがたいんだけど、それと、小麦か何かのヌカがあれば用意してもらいたいんだ。」

「えっ、‥‥ひょっとして、何かいい方法を思いついたの? さすが異国の賢者さまっ!」

 ルー姉さんは、早速、道具を揃えてくれるようだ。

「異国の賢者様‥‥ですか?」

 不思議そうな顔でヴィーが僕を見る。上目遣いでのぞき込む顔は、さらに可愛い。

「いや、そういう訳じゃ‥‥、市役所の生涯学習教室の染み抜きの知識だし‥‥。」


  

 用意してもらった三種類の油を少し指先に付けて、順番にリリィの顔に塗ってみた。少し時間を置いた方が良いため、持っていたハンカチでヌカを包んだパフを作っておく。それを優しく押し当てながら、油を吸い取ってみる。


 するとランプの油を塗ったところが目に見えて色が落ちてきた。

「おおっ、落ちてるよ、ユウちゃん! さっすが、異国の賢者様!」

( ‥‥いいんだけど。ルー姉さん、賢者様っていいながら「ユウちゃん」呼びなんだ‥‥。)

 黒い色がだんだん落ちてくると、白い肌の綺麗な顔が際立ってくる。

( まつ毛‥‥長いなー。)

 目を閉じているリリィに見とれていると、ルー姉さんが、

「ねえ、ひょっとして、呪いっていうのも、嘘なんじゃない?」

「嘘じゃありません。朝、間が覚めたらこうなっていて‥‥、母上に、呪いだと言われました。」

 抗議するリリィにルー姉さんが、

「だからさ、あんたが娼館とかに売られないように‥‥・。あんたの身を守るための嘘さ。」

「あ‥‥。」


 話を聞くとリリィの家は、取り潰されてしまったが騎士の家だったそうだ。母親が離れ離れになる娘の身を案じて一計を図ったのかもしれない。

 ヴィーは、旅の途中で奴隷商に捕まってしまったとのこと。他の国ではダークエルフがこの様に忌み嫌われるような扱いを受けることは少なく、油断していたそうだ。


 「あの‥‥、ありがとうございました。これからよろしくお願いします。それであなた様のことは、何と御呼びすればよろしいですか?」

 リリィは、丁寧なお辞儀をした上で尋ねてきた。

(リリィは、綺麗で礼儀正しいなぁ‥‥)

「ご主人さまって呼ぶですか?」

 ヴィーが上目遣いでのぞき込む。

(ヴィーは、可愛いし‥‥)


 「そんなに鼻の下を伸ばして‥‥、まぁ、良かったわねぇ。」

 ルー姉さんは、油の入っていた皿などを片付けながら、ふと、部屋の窓から外を見て、何かに気付いて声を落とした。

「ねぇユウちゃん。下の道を危なそうな奴らが、うろついているわよ。二人も気を付けてね。」

 僕も窓から外を見てみると、

「あっ、あいつら!」

 奴隷市場で見かけたヤバそうな奴らが、何かを探すようにうろついている。



 「あいつを探せ!」

「俺たちから、女をかっさらいやがって!」

「金も、結構持ってそうだったしな!」 


 その時、ふいに上を向いた奴と、僕は目が合ってしまった。

「あっ、あの野郎! この宿屋の二階にいるぜ!」

 僕は慌てて頭を引っ込めたが、もう遅い。

「ヤバい! ルー姉さん、二人をどこかに隠して!」

「あんたは、どうすんのさ?」

「とりあえず僕は、ここから離れた方がいいでしょ!」


 奴らが玄関口で宿屋の人と揉めている間に、僕は裏口から外へ出ると、少し距離を稼いでから、奴らに聞こえるように叫んだ。

「おーい、こっちだ。バーカ!」

「あの野郎! あんなところにいやがったぜ!」

 挑発した僕を見つけて追ってくるのを確認してから、僕も走り出した。僕は高校時代に陸上をやっていたこともあって、足の速さには少し自信があったのだ。


         ◇ 


 「ヤバっ‥‥あいつら、結構体力ある。」

 夕暮れ時の街を、もうずいぶん走り回っている。石造りの街、ファーレの街の中に逃げ込んだのは、ルー姉さんが言った「衛士を呼んでくる」までの時間を稼ぐだけのつもりだった。なので、あいつらを巻いたら宿に戻るつもりだったのだ。

 暗くなってしまったら、土地感が無い僕は、動けなくなってしまう。

「いたぞ! こっちだ!」

 奴らに囲まれでもしたら、本当にヤバい‥‥。路地を見つけたので、逃げ込もうとして入った瞬間だった。


 「この野郎っ!」

「うわっ! 痛っ!」

 路地側から追ってきた奴と鉢合わせして、いきなりナイフで切り付けられたのだ。顔面を庇った手の平を切りつけられた。焼けるような痛みが走る。 

 通りに戻って、また走りだす。どこか逃げ込むところを探さなければ‥‥。


 切り付けられた手が痛い!

 走り疲れて‥‥苦しい!

 路地を見つけて入った。

 もう辺りは暗くなりはじめていて、大きな満月が僕を照らしていた。

「‥‥帰りたい。なんでこんなことになったんだ。 もう帰りたい! 元の世界、アパートの僕の部屋に!」


 (しまった。行き止まりだ!)

 駆け込んだ路地は袋小路になってしまっている。

「追い詰めたぞー!」

 僕を追ってきた男が、仲間を呼ぶために大声をあげた。


 「ヤバい‥‥ヤバい!」

 ぼくは、慌ててどこか隠れる場所を探して辺りを見渡したが、もう逃げ場がない。

「道を塞いで囲め! 逃がすな!」

 小刀やナイフを持った男三人に道は塞がれた。

「へへっ、もう観念しろよ。」

 三人は、じりじり迫ってくる。僕は、何処かに逃げ道はないかと必死で辺りを探して、目についた物置小屋に駆け寄り、扉に手をかけた。もう、どこかに逃げ込むしかなかった。

(夢なら覚めてくれよ。もう、帰りたい!‥‥アパートの僕の部屋に!)

 僕が小屋の扉を開けた瞬間、開いた隙間から眩い光が吹き出して驚いたが、僕はもう飛び込むしかなかった。僕が小屋の中に入って扉が閉まると、何もなかったように光も消えた。


 「なんだ今の光は? ‥‥まあいいや、バカめ。こんなところに逃げ込みやがって。」

 扉を開けた男が、物置小屋の中に向かって、

「もう観念しろぉ‥‥って、オイ、いねえぞ!」

「そんなはずねえだろうが‥‥、あっ、ホントだ。」

「どうなってるんだ? あいつどこ行きやがった!」


 ユウを追い詰めたはずの小さな物置小屋の中には、誰もいなかったのだ。


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