~異世界で宿敵と向き合います③~
◇ ◇
ファーレン公領から王都に向かうルートは、二通りあるが、正規ルートというべき街道には、検分所が設置されている。検分所では、王国が禁制にしている麻薬や毒薬等の違法な積み荷の有無や、人相書きが回っているお尋ね者がいないか等がチェックされる。
もう一方のルートは、道が悪く危険な区間もあるが、検分所は設置されていない。検分所を通りたくない者が選択するルートは自ずと決まってくるのだ。
その裏街道を行く馬車に、黒布で顔に覆面をした男達とともに、手足を縛られたヴィーが乗せられていた。
馬車が悪路の区間に差し掛かって揺れが酷くなった時、
「う、うーん‥‥。」
「おっ、お目覚めかい、ダークエルフのお嬢ちゃん。」
馬車の振動で目を覚ましたヴィーに、黒覆面の男の一人が声を掛けた。
「えっ、だ‥‥誰なのです? ‥‥あっ、ユウ様は? ユウ様はダイジョブなのですか!?」
「おいおい、男の心配よりも自分を心配しろよ。まあ、あの男なら、転倒した時に頭を打って昏倒していたが、たいした怪我はねえだろう。」
それを聞いたヴィーは小さくため息をついてから、キッと、覆面の男に向き直った。
「な、なんで、こんなことするですか?」
「詳しくは言えねえが、あんたを人質にして、ウルドの代官を王都に呼びよせるまでが俺たちの役目だ。でも安心しな。あんたには「手を出すな」ってきつく言われているからよ。」
覆面からは目しか見えないが、鋭い目をした男だ。この男に逆らわなければ害は無さそうだ。とりあえず自分の身が安全そうなことを確認すると、やはりユウのことを考えてしまうヴィーであった。
(ユウ様は、きっと私を助けに来てくれるです。でも‥‥それでユウ様が危ない目に合うのはイヤなのです。)
◇ ◇
公爵の居城の裏手、後宮の中庭に先発隊の衛士達と僕らが並んでいる。衛士十人はロメル殿下、バートさんを先頭に整列し、その脇に僕、ヴォルフとリリィが続く。
僕たちの前に立つアヴェーラ公爵が、
「今回の目的は、まずは、ヴィーの奪還。その上でグラベル伯爵の怪しい「手駒」を出来るだけ叩く。そこまでだ。グラベル伯爵本人と、怪しげな‥ゾルディアック卿とやらは、今後締め上げていけばよい。 いいか、深追いはするなよ。」
念を押すように命じた。
「分っております。グラベル伯爵を糾弾するためには、まだ、確たる証拠がありません。今回は、伯爵がアジトに囲っている手駒を叩きつつ、何か証拠を掴んでまいります。」
ロメル殿下が答える。
「私も直ちに王宮に向かう。病に臥せっている王子のお見舞いと、王太后に会っておく。お前たちも、首尾よくことを済ませた後は、王宮に合流せよ。」
「はい。」
ロメル殿下たちは馬に乗って、僕らはバイクで隊列を組んで出発した。
それを見送ってからアヴェーラ公爵も侍女達と支度を始めた。公爵は後発の衛士隊十人を伴って王宮に向かうことになっている。
どれ程陰で悪事を働いていても、グラベル伯爵はこの国の宰相であり、王子が病に臥せっている今、王宮で一番権力を持っていることに変わりはない。そのグラベル伯爵と事を構えるには、王太后にアヴェーラ公爵から話を通しておく必要があるという訳だ。
従って今回は「公爵家が護衛を伴って王子のお見舞いに伺う。」という体裁を取れる人数に絞っている。。
しかし、アヴェーラ公爵には、腑に落ちない点があった。王太后・バーシアのことだ。
アヴェーラ公爵と王太后・バーシアは、二人とも公爵家出身の親戚の間柄であり、幼いころから御学友としても過ごしてきたため、気心も知れている間柄だ。
いくら王子が病に臥せっていようとも、聡明な王太后バーシアが、グラベル伯爵のような男を野放しにしていることが気になっていた。
◇ ◇
王都の中心にある王宮。巨大な城の裏手にある建物・後宮の王子の寝室。普段ここには、王家とごく僅かな側近たち以外の出入りは出来ないのだが、最近はやむを得ない事情から、この部屋が王子の執務室のようになっている。
「やはりあの時に、グラベルの助言を聞いて、狩猟会には出ない方が良かったな。」
「いや、しかし狩猟会は、王子が主役ですからな。お立場を考えずに、私は王子のお体のことだけを考えてしまって‥‥無理を申しました。」
ベッドで上半身を起こす色白の青年・クラン王子は、宰相のグラベル伯爵と歓談している。
元々線が細く少年のような容貌だったクラン王子は、先月の狩猟会から帰った直後に倒れて以来、床に臥せっている。そのため元々色白で線の細い容貌が、肌も更に白くなり、ますます美少年めいた容貌になっていた。
「私を思ってくれる「先読みのグラベル伯爵」の助言を聞いておけば良かったのだ。」
「恐縮です。しかし王子がご静養されている間は、ご心配なく。私めに政務をお任せください。」
「すまないな‥‥頼んだぞ。」
寝室は広く、王子のベッドと少し離れたところにソファーとテーブルがある。そこで静かに紅茶を飲みながら王太后バーシアは、何とか平静を保っていた。
「グラベル殿、王子の体に障りますゆえ、今日はその辺で‥‥」
「おお、王太后さまのおっしゃる通りですな。そろそろ失礼いたします。」
グラベル伯爵は、立ち上がると王太后と王子にそれぞれ一礼してから退出した。
グラベル伯爵が退出するのを見送ってから、小さくため息をついた王子は、
「母上は、少しグラベルに対して当たりがきつい様だが…」
「クラン‥‥いえ王子、あの者に気を許してはなりません。あの者の采配によって、この王宮の中でも気を許せる者は、ごく僅かになってしまいました。」
「母上は、心配し過ぎですぞ。グラベルの先読みの才によって我が王国が助けられたことは、数知れずではないですか?」
「それが不気味だというのです。政における結果の予測ならともかく、あの者の「先読み」は、手あたり次第ではないですか。雷が落ちる場所や、火事が起こることなど、魔道の預言者の様ではありませんか。」
「雷は落ちやすい場所を、火事は厨房での用心を促すためだと申しておりました。母上の方こそグラベルを疑いすぎで‥‥、ゴホッゴホ‥」
「クラン!」
王太后は、せき込む王子に駆け寄ると、背中をさすりながら侍女から手渡された水を王子に飲ませる。
「すみませぬ、クラン。あなたは、今は体を治すことだけを考えて下さい。母がつまらぬことを言ったばかりに、すみませぬ。」
(今のこの子に心配はかけられません。‥‥だからアヴェーラ、早く来て!)
少女時代からの親友・アヴェーラ公爵の突然の訪問が秘密裏に告げられたことは、王太后バーシアにとって、とても心強く、何より嬉しいものだったのだ。
◇
「ここで少し休憩しよう。」
僕らとロメル殿下の小隊は、王都へ向かう街道の検分所にたどり着いていた。バートさんの見立てでは、ヴィーをさらった奴らの馬車は、検分所が無い裏街道を行くであろうから、我々よりも時間がかかったはずだ、とのことだ。
我々は相手が考えるより早く王都に到着し、機先を制することで優位に戦いが進められるはずだ。
◇ ◇
明けて翌日。
王都ガーラの中心にある王宮から少し離れた郊外の古城。
二十年以上前に城主だった貴族も亡くなり、長い間住む人も無く、手入れされずに庭木も荒れ放題で幽霊屋敷のようになっていたものを、宰相のグラベル伯爵が買い上げたという話だ。
「今後、改修をして使っていく」とのことで時々出入りする人を見かけるのだが、中には少し怪しいというか、ガラの悪そうな男達がいるそうだ。
さらには「夜中に怪物のような大男が出入りしているのを見た。」というような噂話もあり、近隣の住人は気味悪がっているが、持ち主が王都で隆盛を極めるグラベル伯爵であるため、苦情も言えずにいるようだ。
「おらっ、さっさと歩け!」
「そんなに引っ張ったら痛いです。」
「文句言わずに歩け!」
その古城の尖塔の中、
ヴィーは、手首を縛られたロープを、覆面の男に引かれて、尖塔のらせん階段を上らされている。
(ご主人様は、ダイジョブだったでしょうか? )
自分が囚われの身となっているのに、ヴィーの頭に浮かぶのはユウのことばかりだ。
長い階段を上らされたので尖塔の上部なのだろうか。階段を上ったところは部屋があるようだ。中央の通路を挟んで両側に同じ造りの二つの扉があった。
ヴィーは、そのうちの一つに入れられるようだ。入口の扉には鉄格子のはまった窓があった。部屋に押し込まれる瞬間、相向かいの部屋の中が、その窓から少しだけ見えた。
(‥‥! 女の子がいるです?)
鉄格子の窓から見えたのは、きれいなドレスに身を包んだ少女の姿だった。一瞬見えただけだが強く印象が残った。
(なぜか、ご主人様に雰囲気が似ているのです。)
そのことで。
覆面の男は、ヴィーを部屋に押し込むと、
「大人しくしていろよ。水や食い物は後で届けてやる。」と言い残すと扉の鍵を閉めて行ってしまった。
閉じ込められた石造りの小部屋には、ベッドと椅子があるだけだ。窓が一つあるのだが高い位置にあり、椅子の上に立っても覗けそうにない。天井は板張りになっている。
ヴィーは馬車の中では最初に気を失っていた時以外は眠れなかったので、少し眠くなってきた。
少しベッドでウトウトしていると、何やら天井からギシギシ音が聞こえるような気がして目を覚ました。
(上にも部屋があるですか?)
ギシギシと音がするので天井を見上げていた時だった。
いきなり天井の板が一枚「ぱかっ」と開いた。
「えーっ! なに!?」
驚いて声を上げるヴィーに天井裏から声がかかる。
「大きな声を出さないで。久しぶりの話し相手なんだから。」
開いた天板から顔をのぞかせたのは、先程見えた向かいの部屋の少女だった。
◇
「あたしも人の事言えないですけど、こんなところで何してるですか?」
「うーん、あなたと同じ囚われの身なんだけど‥‥話せば長いのよね‥‥。」
壁際の天井から、いくつもの結び目を作ったひも状のシーツがぶら下がっている。さっき彼女が天井裏から下りてくるのに使ったものだ。
彼女は年の頃は、十五、六歳だろうか、ヴィーより少し小柄で幼く見える顔立ちなので、見た目よりは年上なのかもしれない。
しかし、目の前にすると、やはりユウに雰囲気が似ている。髪の色、肌の色、しゃべり方まで。
少しウェーブがかかった髪を肩より少し伸ばした可愛いらしい感じの少女だ。しかし、先程のドレス姿ではなく、シャツにドロワーズという下着姿だ。
「こんな姿でごめんなさい。ドレスが汚れていたら、天井裏の通路がバレちゃうかも知れないから」
「あなたも捕まってるですか?」
「私は、軟禁状態‥‥とでもいうのかしら、違う世界‥‥いえ、遠くの国から連れてこられたの。」
ヴィーの問いかけに少女は、遠くを見るような表情で、ため息をつきながら答える。
「あなたのお名前は、なんて言うですか? あたしはヴィーです。」
「(未来)ミク‥‥小林未来といいます。この国では、変わった名前でしょう。」
(名前まで、ご主人様と雰囲気が似ているのです。)
ヴィーは、不思議な思いでミクを見つめた。
「あ、やっぱり内側に入ってたです。」
ヴィーがポケットから何かの小箱を取り出した。ヴィーは、いつものデニムのショートパンツではなくダポっとしたワークパンツにポロシャツというスタイルだった。
「ご主人様のお土産で、「きゃらめる」っていうですよ。こうやって、むいて食べるです。」
紙包みを取って「甘くて美味しいですよ。」といいながら渡そうとしたが、ミクの反応がおかしい。固まってしまっている。
「あなたの服って‥‥。」
「えっ、ご主人様から貰ったですよ。「今日は、ばいくに乗るからこれ穿け」って。破けちゃったけど、おかげであんまり擦りむかないで済んだです。」
ヴィーは、バイクが転倒した時に破れてしまったワークパンツを撫でながら、もう一方の手でミクにキャラメルを食べさせた。
「あーんして‥‥はい。」
キャラメルを口に入れられて、ミクの止まった思考が動き出した。
「ホントに‥‥キャラメルだ! それにその服装。ねえ、あなたのご主人様っていう人。私と同じところから「来た」のかもしれない‥‥。」
「ええっ!?」
ヴィーとミクは顔を見合わせた。
「じゃあ、ミクもさらわれて来たですか?」
「うん。私には「先読みの力がある」って言われて‥要は予知能力ね。さらわれて来てからは、月に一度、満月の日に伯爵様とお会いして、聞かれたことの予知をするんだけど‥‥。
予知と言っても、あくまでもその時点の予知なのよね。同じことを翌日に予知すると結果が変わっていることもあるの。それと多くの人が絡む事象の予知は、それだけ不確定要素が多くなるみたいで‥‥。自然現象とかの予知の方が確実みたい。」
ヴィーの顔が ??? となってしまったので、ミクは話題を変えた。
「でも大学の農学部で学んだ知識の方も役立ったみたい。畑を荒らす害獣を追い払うために、野草から毒の抽出をやったのよね。」
「野草から毒を抽出したですか?」
今度の話は、ヴィーの得意分野のようだ。
「うん、ベルフールっていう花の根から濃縮して毒素を抽出したのよね‥‥。」
「ミク‥‥それ、獣には効かないです。人族にだけ効く‥‥強力な麻痺毒です。」
「ええっ!?」
ミクが大きく目を見開いて、ヴィーの顔を見返した。
「どうしよう。もし誰かに使われていたら、私‥‥。」
「ミクは知らなかったことなのです。ミクが悪いわけじゃないのです。」
震えながら頬に手を当てるミクの肩を、ヴィーが抱き寄せた時、
ブーン‥‥
と、蜂にしては、大きな羽音を立てて高窓から何かが入って来た。見上げたヴィーの顔が、ぱあっと明るくなった。
「ああっ!ご主人様の使い魔なのです。」
「ちょっと、大きな声を出さないで!‥‥って、これドローンじゃないの!」
大声で喜ぶヴィーの口を塞ごうとしたミクだが、自分が驚きの声をあげてしまった。
口を塞いで顔を見合わせる二人のそばをドローンがゆっくり着陸した。