~異世界で宿敵と向き合います~
砂煙を上げて転倒したバイクの脇で、僕とヴィーは道に投げ出されていた。
二人でバイクで出かけていたところに、いきなり目の前にロープが現れたのだ。
あらかじめ地面に這わせてあったロープを道の両側の茂みの中から引っ張ったようだ。
脳振とうを起こして意識が混濁する中で、僕は、茂みの中から現れた男達がヴィーを馬車に担ぎ込むのを見ていた。
(やめ‥ろ‥、やめ‥‥)
口はわずかに動くが、自分の声が出ているのか、いないのかさえ分からない。そんな僕のそばに黒布で覆面をした男が一人、歩み寄ってきた。
「娘は預かる。返して欲しければ王都へ来てくれ。ここに書いてある場所で連絡を待て。」
僕を見下ろして、折った紙のようなものを僕の顔のそばに落とした。
◇
「ユウ様! 大丈夫ですか? しっかりして下さい!」
ヴォルフの声で目を覚ました僕が、周りを見渡すと、ヴォルフの他に、心配顔のリリィとバートさんが僕を見下ろしている。
(身覚えのある部屋だ。どこだろう?‥‥あ‥‥、城の後宮の客室だ。いつか来たことがあるなぁ。 でも何でここにいるんだろう‥‥!)
「そうだ! ヴィーがさらわれたんだ!」
僕は寝かされていた長椅子から立ち上がろうとしてよろけ、駆け寄ったヴォルフに肩を掴まれて椅子に座らされる。
「ユウ様、まだ立ち上がらないで下さい。」
「ヴィーが、さらわれたんだ! 放せよ!」
肩を押さえるヴォルフの手を振り払っていると、
「ユウ! 落ち着け! 」
僕を一括する声に振り向くと、アヴェーラ公爵とロメル殿下が部屋に入ってきた。公爵は僕に歩み寄ると長椅子に腰掛けた僕を優しく抱き寄せた。
「ヴィーが心配なのは皆同じだ。まずは、ロメル達が調べたことを聞け。そのうえで対応策を練ろう。」
アヴェーラ公爵に抱き寄せられると、バラの花のような香りとともに、なぜかとても懐かしく感じる匂いがして、僕は落ち着くことが出来た。
アヴェーラ公爵とロメル殿下、バートさんと僕がテーブルを囲み、リリィとヴォルフは、僕の後ろに座っている。
テーブルの上には、覆面の男が置いて行った紙が置いてある。その紙には、このように記してあった。
『王都・三番街・黒猫亭で連絡を待て』
「ユウ、先月の調査団の中にいた怪しい文官だが、やはり宰相・グラベル伯爵の手の者の様だ。「ゾルディアック卿」と呼ばれる怪しい男で、顔に蛇の入れ墨があるそうだ。」
アヴェーラ公爵の言葉に、一堂に動揺と緊張が走る。
ウルド領合併の妥当性を確認するため王宮から調査団がやってきたが、その中に黒マントに身を包んで顔に包帯を巻いた怪しげな男がいた。
僕はあの時、この世界にさらわれて来た時の感覚が蘇っていた。
「なぜか僕は、さらわれた時に体験した痛みを伴った嫌な感覚を右手に感じました。今思えばその男の気配を感じたからだと思います。」
「ゾルディアック卿‥‥とやらは、ユウを確認するために来たのでしょうか?
そして彼を送り込んできたのは、グラベル伯爵‥‥。となると、ユウを異世界からさらってきたことにも宰相が絡んでいたのでしょうか?」
「恐らくそうであろうな。」
ロメル殿下の言葉に公爵が頷く。
「そうだとすれば、ヴィーさんが、さらわれた理由は‥‥」
バートさんの言葉に被せるように公爵が、
「人質を取ることでユウを手元に呼び寄せて、従わせようとしているのであろうな‥‥」
公爵の言葉に、ヴォルフは拳を握りしめ、リリィは唇を噛みしめている。
「ただ、そうであれば‥‥ヴィーが、酷い目に合っている可能性は低いだろう。」
「そうでしょうか?」
心配顔の僕に、
「ああ、まずはユウを懐柔して従わせたいはずだ。‥‥酷い目に合うのは、ユウが従わなかった時‥‥ユウを更に脅す必要が生じた時だろうな。」
公爵の言葉に、リリィとヴォルフは、心配顔でユウの顔を見ている。
その時、
ガタン!
急にロメル殿下が立ち上がった。
「ユウ、すまない。詫びてどうなるものではないが、この国の宰相たる者がこのようなことに関わっているとは‥‥本当にすまない。」
ロメル殿下は、僕に向かって深々と頭を下げた。
「殿下おやめください。殿下がそのような‥‥。」
そのやり取りを見ていた公爵が、
「おまえが詫びても、何の役にも立ちはせんぞ。」
「公爵様、そのような物言いは、殿下に‥‥」
バートさんの言葉を手で遮る公爵の表情に僅かな笑みを見つけて、バートさんが「はっ」として口を噤む。
「詫びるだけか? お前は、ユウに詫びるだけなのか!」
言葉を荒げる公爵に、その場が静まり返る。
(ヤバい‥‥何か言わなきゃ。)と僕が思った瞬間、公爵が「ちらり」と視線で僕を制した。
(‥‥?)
ガタン、
ロメル殿下が、再び立ち上がって握りしめた拳を見つめながら、
「異世界から何の咎も無い人をさらって来て、自分に従わせるために、更にその身内を誘拐するなど‥‥そのような非道を行うゾーディアック卿とグラベル伯爵は許せません! しかし‥‥しかし公爵家が、国の宰相と「ことを構える」などあって良いものでしょうか‥‥。」
苦渋の表情を浮かべる公太子を見て、公爵が静かに呟いた。
「公爵家だからこそ、やらねばならぬ時もあるのではないか?」
「は、母上?‥‥よろしいのですか? ならば‥‥ユウ! 私も手を貸すぞ!」
「うむ。だが慎重にな。おそらくグラベルの奴は、叩けば必ず埃が出ると私は睨んでいる。ヤツの尻尾を掴むのだ。
それに先月からクラン王子が病に臥せっておられる。王子をお見舞いするために王都を訪れるのは、なんら不自然なことではあるまい。そして我々が王都へ向かう道中は護衛も必要だ。
なあ、ナイトの二人よ。」
公爵は僕とヴォルフに向かって微笑んだ。
「は、はい!」
「ヴォルフ。僕が先月、向こうの世界から持ってきた「あれ」を用意してくれ。」
「は、はい。」
ヴォルフとリリィの表情に一瞬、緊張が走ったが、リリィは僕を見つめて静かに頷いた。
出発の準備のため、ヴォルフとリリィをウルド領代官屋敷に返した。そして「王都から新たな情報が入っているはずだ」として席を外したロメル殿下とバートさんを待っている間、僕はアヴェーラ公爵と二人、テーブルで向き合っていた。
「あのう‥‥公爵様が、ロメル殿下を「けしかけた」様に見えましたが、良いのですか?」
「ああ、あれで良いのだ。お前も感じていると思うが、あいつは慎重な男だ。色々と考えて自分を抑えつけてしまう。もっと思うがままに行動して欲しいのだが‥‥」
公爵は、小さくため息をついた。
「でも公太子様は、お優しく生真面目ですから、周りのことを色々と考えてしまうのでしょうね。しかし公爵様、殿下が自ら前線に立ってよろしいのですか? 危険だと思いますが? 」
「ん? ああ、お前は知らんかもしれんが、あいつはこの国の最強戦力の一人だぞ。」
「‥‥ええっ?!」
驚く僕にかまわず、公爵は、事も無げに続けた。
「先の大戦が始まった時、ロメルはまだ十四歳だったが、父である先代公爵は既に亡くなっていてな‥‥
剣の腕に秀でていたロメルは、ファーレン公領軍の総大将を務めることになった。戦の中であいつはさらに剣の腕を磨き、大戦が終わる頃には、「王国の剣豪五指に入る」と言われるようになっていた。」
「そんなに強いんですか?」
僕が驚いていると、公爵は少し嬉しそうにしながら、
「まあな。それから大戦のときに副官を務めたのがバートだ。奴も剣豪五指に入っているぞ。」
何となくそれは分かる気がする。普段の身のこなしも隙が無いような気がするし。
「それは心強いですね」
公爵は、僕の言葉に微笑んで、
「ユウ、お前との出会いが、ロメルに刺激を与えている。今まで‥‥今もそうだが、あいつは「公太子としてのふるまい」にとらわれ過ぎて、自分の行動を押さえつけている。私は、お前との出会いによって、殻を破って成長するあいつに期待しているのだ。」
小さくため息をついて「とんだ親バカだな」と苦笑している。
「僕は初めて殿下にお会いした時に、領内の政策相談にのらせて頂きましたが、初めてお会いした方なのに「この人の力になりたい、お手伝いがしたい。」と強く思いました。その気持ちは、今でも変わっていません。」
僕の言葉を聞いた公爵は、テーブル上の僕の拳に両の掌を重ねてきた。
「本当だなユウ。本当だな。よろしく頼むぞ。」
「はい、僕で良ければ。」
公爵の瞳が、少し潤んでいた。