~異世界でも彼女が出来そうです⑤~
完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。
◇ ◇
翌日、僕らは代官所で久しぶりに四人そろって過ごしていた。僕は、今後のファーレン公領との合併に向けた準備について、まずは身内から相談していこうと思っていたところだったのだが、
「代官様! 代官さまーっ!」
玄関扉をドンドン叩く音に続いて、領民が代官所に飛び込んできた。
「代官様! か、怪物が現れて、暴れています。ファーレの衛士さんが戦っていますが、苦戦しています。」
「怪物っ‥‥て! 何それ?」
「分からないんです。とにかくデカくて強くて、衛士さんも、やられちゃうかもしれません。」
ミリア姫の誘拐事件以来、農産物直売所の警備のために、公爵領から、衛士隊を派遣してもらっている。午前、午後3人ずつ交代制で昼食付きなので、ちょうど昼の時間帯の今は、6人いるはずだ。
その衛士隊が、かなわないとは、どんな怪物なのだ。
リリィが、真剣な表情で僕とヴォルフ前に立った。
「私も、お供します。」
「待ってくれ、今回は急を要するから、僕達だけで直ぐに行く。」
「そうですか‥‥」
リリィは、少し悔しそうにしていた。というのも、先日僕らは新しい武器を導入し、リリィもそれを使えるように訓練中だったのだ。
ヴィーは、心配そうに僕を見た。
「大丈夫だ。」
僕は、ヴィーに笑って見せてから、ヴォルフに声を掛けた。
「ヴォルフ、行こう!」
「はい!」
◇
僕らがバイクで駆け付けると、既に二2の衛士が倒れており、4人の衛士が戦っていた。衛士達が相手にしているのは、身の丈が2メートルを大きく超える大男? が、2人の様だ。
しかし、上半身裸の二人の大男は、肌の色が灰色で、良く見ると額に角が生えているように見える。そして衛士達が、大剣を振って戦っているのに対して、大男たちは素手で戦っている。
「あっ、代官殿! お気をつけ下さい。オーガです!」
衛士の一人が、僕たちに振り向いて声を掛けてくれた時だった。
「オラ、よそ見してんじゃねーよ!」
オーガと呼ばれた怪物のような大男が、野太い声をあげながら、衛士の頭を横から殴りつけた。
ゴシャッ、
嫌な音とともに衛士が吹っ飛ばされた。
5、6メートルあまり吹っ飛ばされた衛士は、そのままピクリとも動かない。
「ユウ様! オーガは、皮膚が厚くて頑丈です。普通の剣士では、剣が通りません。」
ヴォルフの声は緊張していたが、取り出した拳銃・パイソンの装弾をすばやく確認している。落ち着いているようだ。
僕の拳銃・グロックの装弾は、出がけに確認していた。十五発入っている。
衛士の1人が、隙を見てオーガの横腹に切りつけた。
ドシッ
という鈍い音が出ただけで、オーガの皮膚は切れることも刺さることもなかった。
「いてーなぁ!」
言うや否や、受けた剣を掴んだオーガは、もう一方の拳で衛士の横腹を殴り飛ばす。
ドボッ
という音をたてて、先程の衛士よりも吹っ飛ばされた衛士も、やはりそのまま動かなくなった。
「衛士さん! 後は僕らが引き受けます!」
僕は、残った2人の衛士に声を掛けた。僕らの武器・拳銃が、どの程度通用するか分からないが、衛士達では、このまま全滅してしまうだろう。
「なんだ。お前らが遊んでくれるのか?」
オーガが、僕たちの方を見た。
改めてみるとデカい。ヴォルフが、1メートル90センチ位あるのだが、オーガ達は、2メートルを大きく超えている。筋肉もすごい。こんなやつに殴られたら、ひとたまりもないだろう。
2体のオーガが、それぞれ僕とヴォルフと対峙することとなった。
僕と対峙したオーガは、
「すぐ死んじまいそうなチビだなぁ。」
ニヤニヤしながら、ゆっくり距離を詰めてくる。
額から二本の短い角を生やし、口からは、オオカミのような犬歯をのぞかせている。
僕とオーガの距離が7、8メートルとなった時、僕は拳銃の引き金を引いた。
パン、パン、
2発の弾は、頭部に命中して、オーガは大きく上半身をのけ反らせた。しかし、倒れる気配はない。ゆっくりと上体を起こすと、
「痛ってえなあ、この野郎!」と、僕を睨み付ける。
良く見ると、額に2発の銃弾がめり込んでいる。
「ユウ様、逃げてください!」
叫ぶヴォルフに向かって、もう一方のオーガが、
「お前は、てめぇの心配してろ!」
飛びかかった。
パン、パン、パン、
グロックの引き金を引く。オーガに拳銃が効かなくても撃つしかなかった。
(ちくしょう。新しく手に入れたアレを持ってくればよかった。リリィにも来てもらえばよかったかなぁ。)
僕が後悔していると、
ドン! ドン!
隣でヴォルフのパイソンが、大きな発砲音を立てる。
ヴォルフに撃たれたオーガが倒れたのを見て、ホッとしたのもつかの間、オーガは弾丸がめり込んだ額から血を流しながら立ち上がる。
「この野郎。ぶっ殺してやる!」
怒りに震えてヴォルフを睨み付けている。
僕が相手にしているオーガも、数発の弾を上半身に受けたが、その時に立ち止まるだけで、ものすごい顔で僕に向かってくる。
「痛ってえーなぁ、この野郎っ!」
向ってくるオーガに僕は夢中でグロッグを撃ち続けた。
パン、パン、パン、
しかし、今度は立ち止まりもせずに、僕に手を伸ばしてくる。この大きな手に捕まってしまったら、もう終わりだろう。僕は、弾が切れるまで撃ち続けるしかなかった。
「ユウ様―っ!」
ヴォルフの叫び声が聞こえた時だった。
ズン‥ズズン、
僕に襲い掛かっていたオーガが、膝をついて前のめりに倒れた。首から血を流してビクビクと痙攣している。
ヴォルフの方を見ると、ヴォルフの前にもオーガが倒れている。
「1発では、貫通しなかったので、同じところに重なるように2発撃ち込んだら倒せました。」
少し興奮しながら言っている。
(至近距離とはいえ、同じところに重なるようにって、どこの〇ティーハンターだよ。)
「ユウ様が倒したオーガは、首に当たった弾が貫通していますね。ひょっとしたらオーガは、首だけは、皮膚が薄いのかも知れませんね。」
僕が恐る恐る覗き込んでいるのに対して、ヴォルフは、オーガが絶命していることをしっかり確認している。
「その通りだ。良く気付いたな。さすがユウとヴォルフだ。」
声に振り向くとロメル殿下だ。すぐ後ろでは、バートさんが馬上で息を切らしている。
「ユウ様、ご無事でなによりです。」
2人に続いて10名程の衛士が、隊列で駆け付けてくれていた。
訓練中だった殿下達が、衛士同士で危険を知らせあう「のろし」に気付いて駆け付けてくれたのだ。
「夢中で撃ちまくっていたら、たまたま首に当たったようです。」
僕が、安堵のため息をつきながらロメル殿下に言うと、
「しかし、無事でよかった。オーガ2体と遭遇したら、並みの衛士や兵士では20人いても全滅させられてしまうからね。」
駆け付けた衛士達は、次々と馬を降り、オーガに倒された衛士のもとへ駆け付けている。
衛士2人は亡くなってしまったようだ。布が被せられている。倒れていた2人も重傷のようで、直売所の客室に運ばれて、手当を受けている。
僕は、布が被せられた2人の衛士に向かって手を合わせた。横にいたヴォルフも僕にならっている。
「すみませんでした。お借りしている大事な衛士さんを‥‥。」
僕が公太子殿下に頭を下げていると、横から声が掛かった。
「いいえ、代官様とヴォルフさんが駆け付けてくれなかったら、我々もやられていたでしょう。ありがとうございました。」
助かった2人の衛士が、お礼を言ってくれた。
「その通りだ。私からも礼を言う。ありがとう、ユウ。」
公太子殿下も、僕をねぎらってくれた。
亡くなった2人の衛士が運ばれていくのを、ロメル殿下とバートさんが並んで騎士の敬礼で見送っているので、僕とヴォルフも、その横に並ばせてもらった。
「ふうっ‥。この国に来てから初めて‥‥魔物? と対峙しましたが、恐ろしいものですね。」
僕が、大きなため息をつきながら言うと、ロメル殿下は、
「ああ、そうだろう。しかし‥‥腑に落ちないことがある。先の魔国との大戦以来、魔物はこの辺りまでは入って来ていなかったのだ。それなのになぜ突然オーガが、ここに現れたのだろうか?」
思案顔で首を傾げている。
「あのう、そのことなのですが‥‥。」
無事だった衛士が、状況を説明した。
◇
直売所の食堂で昼食を終えた衛士達が、午前と午後の班による引継ぎをしていると、
「キャーッ、誰か助けて!怪物よーっ! 」
悲鳴が聞こえてきた。
庭に出てみると、二体の大きな化け物・オーガに逃げ惑う人たちがいた。
「な、なんで、こんなところにオーガが?」
驚く衛士に、
「よく分からねえけど、あの馬車の荷台から出てきたらしいです!」
逃げながら、領民の男性が指さした先には、幌付きの荷台馬車が止めてあった。
衛士達は、わけが分からないまま、突然現れて領民に襲いかかろうとしているオーガと戦うことになった。
話を聞いたロメル殿下とバートさんは、
「何者かが、オーガを馬車の荷台に乗せて、ここへ連れてきた‥‥。」
「そう考えるのが、妥当でしょうな。」
厳しい表情でうなずき合っている。
しかし、「何のために‥‥、誰が?」という怪しい疑惑が残った。
「ユウ様―っ!」
呼び声に僕が振り向くと、ヴィーが駆け寄ってくる。
「ユウ様っ、ご無事で良かったですーっ!」
いきなり抱き着いてきたヴィーに、
「ちょ‥‥今、殿下とか、バートさんとかいるから‥‥」
僕が、ヴィーの肩を掴んで体を離してから、言い聞かせようとしていると、
「なんだユウ、冷たいな。恋人同士が、無事を確かめるのに、何の遠慮がいるというのだ。」
ロメル殿下がニヤニヤしている。
「そうですよね。公爵様の前で、愛の告白をして頂いた仲ですからねぇ。ヴィーさん。」
バートさんもニヤニヤしながら、追い打ちをかけてくる。
「ハイです!」
元気に答えて、僕の腕に手を絡ませるヴィーだった。
ユウとヴィーの二人を、直売所の建物の陰から商人風の二人の男が覗いていた。
「おい、オーガ二体が、やられちまったぜ。こいつは、本当にとんでもない奴だな。」
「ああ‥、これじゃあ、本人を捕まえて連れて行くのは難しいな。」
二人は、うなずき合うと、鋭い目つきでヴィーをにらんだ。
「やっぱり、捕まえていくなら娘の方だな。」
◇ ◇
ドドド‥
オーガ事件から2日後。
僕は、後ろにヴィーを乗せてバイクを走らせていた。今日はヴィーと2人で、ファーレの街で買い物をしながら、少しファーレン公領を回ってみることにしていた。
後ろからヴィーの鼻歌が聞こえてくる。不思議なメロディーだが、とても耳に心地良い響きだ。
「ご機嫌だな、ヴィー。」
「はい! ユウ様と二人でお出かけするのは楽しいのです。」
そう言われてみれば、なかなか二人で出かけられなかったな。こんなに喜ぶなら、時々二人で出かけることにしよう。
僕がそんなことを考えながら、林の中を通る道にさしかかった時だった。
ババッ!
突然ロープのようなものが目の前に張られて、僕らのバイクに引っ掛かった。
ズザザーッ!
「キャーッ!」
砂埃を上げて僕らのバイクは転倒し、僕とヴィーは、バイクから投げ出された。
すると、茂みの中から、顔を黒布で覆った四~五人の男たちが出てきた。
「おい、気をつけろよ。こいつは、盗賊団を全滅させて、この前はオーガまで倒したんだ。」
「大丈夫みたいだぜ。頭を打って昏倒してるぜ。」
「オイ、女の方を早く運べ!」
「男の方も、さらって行けるような気がするけどな。」
「ダメだ。馬車の中で目を覚まして魔法を使われたら、俺たちが只じゃ済まねえ。」
僕は昏倒する意識の中で、気を失ったヴィーが馬車に運びこまれるのを見ていた。
「‥‥めろ。や‥め‥」
口はわずかに動くが、自分の声が出ているのかどうかも分からない。そんな僕に向かって、黒布で覆面をした男が一人、近づいてきた。
「女は預かる。返して欲しければ、王都へ来い。そしてこの宿屋で待て。」
男は僕の頭のそばに、折った紙のようなものを落とした。