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~異世界でも彼女が出来そうです④~

          ◇     ◇


 王都ガーラ、

 城壁に囲まれた王宮に隣接した宰相グラベル伯爵の別宅では、普段あまり使われない奥の客室に来客を迎えていた。

 黒いフードをすっぽり被った来客を案内した後で、客室から出てきたメイド達が、ひそひそ話をしている。

 客室にむかうグラベル伯爵は、廊下ですれ違いざまにメイド達をジロリと睨んだ。

「客室には、誰も近づけるな。それからお前たちも、つまらんうわさ話などするなよ。客人は顔に傷があってあのような恰好をしておるのだからな。」

「は、はい。すみません。失礼します。」

 睨まれたメイドたちは、大きくおじぎをすると、そそくさと去っていった。


「人払いをしたから、フードを外しても良いぞ。ゾルディアック卿。」

 グラベル伯爵に促された男が、頭をすっぱりと覆っていたフードを外す。

 痩せた青白い顔の男の頭部には、蛇の刺青が幾つもあった。スキンヘッドの後頭部から右頬にかけて一匹、同じく左の額にかけて一匹。そして左の眉毛に代わる様に一匹。特に眉毛の位置の刺青は、表情に応じて動くので、本当に生きている蛇のように見えてしまう。


「ファーレン公領に現れて、今はウルド領の代官をしている男は、そなたが異世界から連れてきた男に間違いないのか?」

「それは、会ってみなければ分かりませんな。しかし、私の「蛇」によって記憶情報を注入していますから、会ってみれば、その残滓が残っているでしょうから確認できるでしょうな。」

 伯爵に問われて、ゾルディアック卿は答えた。

「ならば、そなたも「調査役」としてファーレン公領に派遣することにしよう。 その男が、真にそなたが連れてきた男であった時には、我々に従わせるための「弱み」も併せて探ってくるのだぞ。」

「宰相様の仰せのとおりに致しましょう。」


 夕暮れの宰相宅を後にする馬車の中、

「私が見つけて連れてきた異世界人であれば、お前は私のものだ。待っておれよ。」

 ゾルディアック卿は、フードの下で小さく唇の端を釣り上げた。



           ◇       ◇


 ヴィーを公爵のところに迎えに行ってからひと月後、

 ファーレン公領・公爵の居城では、王宮からの調査団への対応が行われていた。

 公爵領は、隣接する直轄領のウルド領を領地に加える替わりに、公爵領内の西側の領地の一部を王家に返上する。返上された領地は、当面は、ウルド領の代わりの直轄領となり、王家が褒賞用の領地等に用いていくことになるだろう。


 面積がほほ同じで、土地の地目も同じ耕作地であることから、普通であれば特に問題は無いはずだ。

 また、ウルド領を公爵領に合併する大義名分は整っている。過去の経緯を確認したところ、ユウの睨んだ通り、かつて他国の支配下だったころから街を洪水から守るために、対岸の現ウルド領が遊水地のような役割を果たしていたことが確認された。


 調査役として、王都から派遣されてきたのは、五人の文官の男たちだった。そのうちの一人は、王都を立つ前に火傷をしたということで、顔を包帯で覆い、目の部分だけが見えている。

 調査役に確認してもらうために、王立図書院から過去の経緯資料を取り寄せ、現地調査では、ウルド領の地形条件等もしっかり確認してもらった。

「「これで文句があるなら言ってみろ」と言えるような説明が出来ているようだな」

 アヴェーラ公爵が城で鼻息荒く言っていたが、調査役を派遣した宰相の目的は別のところにあった。


 現地調査でウルド領の案内役を努めたヤマダユウが、調査役の役人たちに越流堤防や遊水地の働きを説明しだが、その姿を、顔に包帯を巻いた調査役の男がジッと見つめていた。しかし、それを気に留める者はいなかった。

「匂いが残っておるぞ。お前の体に潜り込ませた「蛇」の匂いが‥‥。 やはりお前は、私が連れてきた男なのだな。さすればお前は‥‥私のものだ。」

 包帯の男が、小声でつぶやく声を聞いていた者もいなかった。


「ユウ様。右手‥‥、どうかしたんですか?」

「あ‥‥ああ、ヴォルフ。なんでもないよ。」

 先刻から僕の右手が、妙な違和感と鈍い痛みを感じていた。そしてなぜか、あの時の感覚がよみがえってきている。

 この世界にさらわれてきたあの日、右手の中をズブズブと何かが潜り込んできたあの時の感覚が、なぜか蘇ってきていたのだ。



          ◇     ◇


 ヴィーを後宮から連れ帰った後は、すぐに王宮からの調査団を迎える準備をしなければならなかったので、僕は、ヴィーとゆっくり過ごすことも出来なかった。今日ようやく調査団は調査日程を終えて、王都への帰途についた。


「ただいまー。」

 案内を終えた僕が、代官所へ戻ると、ヴィーが一人で留守番していた。


「あ‥、お帰りなさいです。ご主人様。」

「ヴィー。 もう、ご主人様じゃないだろう。」

「あ、はい。‥‥ユ、ユウさま。」

 ヴィーは、まだ、僕を名前で呼ぶことに照れがあるようだ。モジモジしながら名前を呼ばれると、何だかこっちも照れてしまう。


 今日のヴィーは、いつものポロシャツにデニムのショートパンツではなく、生成りの綿のシンプルなワンピースを着ていた。これも僕が、現世日本の〇ニクロで買ってきたものだ。


「うん。やっぱり、そのワンピースも似合うよ。」

「あ、ありがとうございます‥‥です。」

 今日は代官所の執務室に誰もいないので、僕は少し不謹慎かなと思いながらも、ヴィーに歩み寄ると、柔らかな頬に手を当てた。するとヴィーは、少し驚いた表情をしながらも、僕を見上げて (それほど身長差は無いけれど) 釣り目がちの大きな瞳をゆっくり閉じた。

 僕とヴィーの顔が、息がかかるくらいまで近づいた時、


「ユウさまー! いらっしゃいますかー?」

 ヴォルフの声が、ドカドカという足音と共に聞こえてきた。それに続いて、

「ヴォルフ、待ちなさい! いきなり入っちゃダメよ!」

 リリィの声が聞こえてきた時には、既にヴォルフは、ドアを開けていた。

「えー、なんでですかお嬢‥‥。あ、ユウ様。‥と、ヴィーもいたのかー‥」


 執務室にヴォルフが入ってきたので、僕は、慌ててヴィーから離れた。

「えーと、あの書類は、どこに置いたかなー。」

 僕はとりあえず何かを探すようなふりをしたが、ヴィーは恨めしそうな顔をして、唇を尖らせている。


 ヴォルフに続いて部屋に入ってきたリリィは、ヴィーの表情を見て何かを察したらしく、「あちゃー」という顔をした後で、ヴィーに向かって手を合わせて (ごめんね)というように口を動かしている。


「ユウ様、この前頂いた拳銃の「らばーぐりっぷ」ですけど、すごく良いです。なんていうか、撃った時の衝撃を吸収する感じがします。」

「あ、‥ああ、そう? それは良かったよ。」

 座って話を始めたヴォルフに、僕が適当に話を合わせていると、リリィがツカツカと歩み寄って来た。

「ヴォルフ! 帰るわよ!」

 リリィがいきなりヴォルフの耳を引っ張って、立ち上がらせようとする。狼の亜人であるヴォルフの耳はとても掴みやすく、引っ張りやすい。

「えー? 今、来たばっかりじゃ‥‥って、痛っつ、痛いです。お嬢! 何するんですか。」

「いいから帰るわよ。もうっ!」


「お嬢、どうしたんですか? 何怒ってるんですか? お嬢! み、耳が痛いです!」

 ヴォルフは、リリィに耳を引っ張られながら執務室を出て行った。


 僕が、「ふうっ」と、ため息をついて、苦笑いしながらヴィーを見ると、ヴィーは恨めしそうな顔でこちらを見ている。

 僕は、もう一度ヴィーに歩み寄ると、執務室のドアが閉まっていることを確認してから、もう一度、ヴィーの頬に手を当てた。

 しかし、何だか、ドアのあたりに違和感があるので、動きを止めた。

「どうしたですか、ユウ様? ‥‥チュウしないですか?」

 僕は、恨めしそうな顔のヴィーに「ちょっと待って」と、手で合図しながら、忍び歩きでドアに近づくと、思いっ切りドアのノブを引いた。


「きゃっ!」

「うわっ!」

 ドアに張り付いていたのであろうリリィとヴォルフが、執務室の中に倒れ込んできた。


「お前ら‥‥。」

 あきれ顔で見下ろす僕と、恨めしそうな顔のヴィーを交互に見て、リリィが慌てている。

「あ‥‥あの‥‥えーと、ヴォ、ヴォルフが‥‥。」

「えーっ、俺ですか? お嬢、そんなぁ‥‥」

 ヴォルフが、自分のせいにされそうになって慌てている。

 いつもキチンとしているキャラクターのリリィには、「逢引きを盗み聞きしようとした」という自分が置かれた立場が耐えられないのか、気の毒なくらいにキョドった挙句、ヴォルフのせいにしようとしているのだ。


「ヴォルフが、どうしたんだよ。」

 いいところを邪魔されて頭に来ていた僕も、ちょっと面白くなって来た。

「ヴォルフが、どうしたっていうんだよ。」

 床にへたり込んでいる二人に歩み寄り、さらに追い打ちをかけてみた。


「あ、あの、ごめんなさい。私が、私が‥‥」

 リリィが、顔を真っ赤にして言い訳を始めたので、僕も「許してやるか」と思った時、ヴォルフが突然、立ち上がった。


「すいません。俺が‥‥俺が、お嬢を誘って盗み聞きしようって言いました。お、女の子の口説き方が聞けたら‥‥、聞いておきたかったから‥‥。」

「えっ‥‥?」

 リリィが、ヴォルフを見上げて驚いている。

(これは、面白い事になってきたのでは?) と思った僕は、更に追及した。


「なんでだよ。なんでそんなことを聞きたいんだよ? ヴォルフ。」

ヴォルフは、喉の奥に詰まった言葉を絞り出すようにして語る。

「お、俺は、も、もう少しで正式に「騎士(ナイト)」の称号を頂きます。‥そうしたら、そうしたら‥‥」

(ヴォルフ、がんばれ。)

 僕は、心の中でヴォルフを応援していたが、横を見るとヴィーは、胸の前で拳を握りしめて、

「ヴォルフ、がんばるのです。」

 もう心の中ではなく、声に出してしまっている。


「あ、亜人の俺なんかが、‥‥身分違いかもしれませんが、お嬢に言いたいんです。「俺と一緒になってくれませんか」って! 「そして、騎士の家を再興しませんか」って!」

 顔を紅潮させたヴォルフが大きな声で言った。


「ヴォルフ、良く言った! リリィ、リリィ! どうする?」

 僕の問いかけに、みんなが一斉にリリィの顔をみた。

 リリィは床に座ったまま、口を開けて驚いたような顔をしていたが、次第に顔がくしゃくしゃになったかと思うと、子供のように「うわーん。」と声を上げて泣き出し、大粒の涙をぽろぽろこぼしながら、

「よろひく‥‥よ、よろひく、お願いひます。」と、ヴォルフに頭を下げた。

「そんな、お嬢、顔をあげて下さい」

 ヴォルフが駆け寄り、手を取り合って二人が見つめあう。

 二人がいいムードになっている時、


「キャーッ! リリィ! ヴォルフ! 良かったのですーっ!」

 ヴィーが、両手を突き上げて叫んだかと思うと、執務室の窓に駆け寄り、窓を開け放って身を乗り出した。

「ヴォルフが、リリィに結婚を申し込んだのですーっ!  リリィは、「よろしくお願いします」って、言ったですーっ!」

 窓を開けて大声をあげるヴィーに、リリィとヴォルフが慌てた。

「ちょっと、ヴィー!」

 リリィが、止めようとして駆け寄ったのだが、

「よがったですーっ! よがったのですーっ!」

 泣きながら叫ぶヴィーを、リリィは、背中から愛おしそうに抱きしめた。


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