~異世界でも彼女が出来そうです③~
◇ ◇
「この花の苗は、もう少し隙間を空けて植え替えるです。「少し狭い」って言ってるです。」
「こっちの花は、お水を減らして下さいです。「こんなに水は要らない」って。」
ヴィーは、後宮のメイド達と花壇の手入れをしている。
昨日、バートさんから、
「ユウ様には、ヴィーさんを後宮でお預かりしていることを、お伝えしてありますよ。 それから、ユウ様は、ヴィーさんを探し回っておいででしたよ。」
という話を聞いていた。
「せっかくだから、少しゆっくりしていけ。」という公爵様のお言葉があった。しかし、ユウのことを考えると落ち着かないし、後宮のようなところで来客扱いされても、かえって居心地が悪い。
メイド達と同じ制服を借りて「お手伝いするです。」ということにしたのだ。
公爵家のメイド、特に公爵や公女のそば仕えは貴族や大商人の家の娘が行儀見習いで勤めていることが多いと聞いていたが、想像よりも大らかな娘たちが多いようだ。
それはミリア姫の人柄によるところが大きいのかもしれない。
お茶の時間は、ミリア姫を囲んでメイドもみんな一緒に談笑しながら過ごす。盛り上がり過ぎて大声になると、お目付け役のメイド長に睨まれるのだが‥‥。
お茶の時間を終えて、午後の清掃に取り掛かろうとした時だった。
ヴィーが何かを感じて身を固くした。近くにいたミリア姫がそれに気付いた。
「どうしたの、ヴィー?」
「‥‥来たです。」
暫くすると、
ドドド‥‥
という音がみんなの耳にも聞こえてきた。ユウの乗るバイクの音だ。
「ご主人様が来たです。」
ミリア姫は、心配顔のヴィーの肩を抱いて、
「ヴィー、安心して。私達は、あなたの味方よ。絶対に悪いようにはしないわ。」
そして声を上げた。
「誰か、お母さまに伝えて来て。敵襲よ!」
鼻息荒いミリア姫を見てヴィーは不安になった。
(ホントに悪いようにならないですか?)
そのことに。
◇
僕は、公爵の城に着くと、正門で衛士たちにあいさつを済ませて、後宮に向かってバイクを走らせ、後宮の中庭に入ったところでバイクを止めた。バイクを降りて、ゴーグルを外し、後宮の玄関口に向かって歩き出すと、視線の先に仁王立ちの二人が見えた。近づいていくと、
「早かったな、ユウ。」
「えー、遅いくらいじゃなーい。」
アヴェーラ公爵とミリア姫だ。
少し離れたところでは、バートさんが僕に向かって拝むようなポーズで謝罪の意を示している。
僕は、意を決して二人に歩み寄っていく。
「聞いておろうが、ヴィーは、うちで預かっておるぞ。」
アヴェーラ公爵の鼻息が荒い。
「おるぞ。」
ニヤニヤしながらミリア姫が続く。
「すみません。ご心配おかけしました。ヴィーが、お世話になっております。」
「そんなことは良いのだ。」
「良いのだ。」
「私は、お前の気持ちが聞きたいのだ。」
「聞きたいのだ。」
(アヴェーラ公爵はともかく、ミリア姫は何なのだ。 (いつまでこれが続くんですか?)という苦情の視線をバートさんに向けると、バートさんは更に平謝りのポーズをとっている。
「ユウ、お前はヴィーを、どうするつもりなのだ。」
アヴェーラ公爵の声のトーンが変わって、ミリア姫のおふざけも終わった。
「迎えに来ました。」
僕が答えると、公爵は、フンと鼻息を荒くして続けた。
「そんなことは分かっている。その後のことを聞いているのだ。お前が私に仕える時には、国王から爵位を授けてもらうつもりだ。その先のことを考えたときに、ヴィーをどうするつもりなのか、と聞いておるのだ。」
僕は、「なんだそんなことか」という顔をして答えた。
「関係ないですよ。一緒にいますよ。」
アヴェーラ公爵は、僕の顔を見て、大きなため息をついてから、たしなめる様な静かな口調に変わった。
「お前は、この世界の常識に疎いから、そんなことを平気で言うのだ。私のように力を持ったものが好き放題するのは良いのだ。 しかし、力を持たないものは、いろいろと気を使って処世していかねばならんのだ。嫁選びも、その一つだ。わかるだろう。」
僕は、諭すように語るアヴェーラ公爵の目を真っ直ぐ見て、答えた。
「そんなことになるなら、僕は爵位なんかいらないです。」
「お前‥‥」
アヴェーラ公爵が、再び大きなため息をついてから、続けようとしたときだった。
「ダメです! ご主人様は、もっと偉くなって! もっとたくさんすごいことをして! もっとたくさんの人たちを幸せにするです!」
ヴィーが、後宮の玄関から飛び出して来た。
「ヴィー! そなたは、まだ引っ込んでおれ!」
アヴェーラ公爵の声を合図に、メイド達がヴィーをとり囲んで行く手を阻んだ。困惑するヴィーにミリア姫が駆け寄り、肩に優しく両手を添えた。
「ヴィー。もう少しの間、お母様に任せて‥‥お願い。」
アヴェーラ公爵は、ヴィーが落ち着いた様子を見てから続けた。
「お前は、これまでヴィーに手を出さなかったようだが‥‥、ヴィーのことを、本気で想っているのか?」
(なんでそんなことを、公爵様に言わなきゃならないんだ。)という不満があったが、正直に話した。
「ほ…本気です。でも、奴隷の立場の女の子に、手を出すなんて出来ません。」
「ふうっ。」と小さくため息をついてから、アヴェーラ公爵は、ヴィーに視線を向けた。
「聞いたかヴィー。こいつの考えは、この世界の男とは違うのだ。」
声を掛けられたヴィーは、僕の言葉に頬を紅潮させながらも、不思議そうな顔をしている。
「先ほど、「爵位に就いても関係ない。一緒にいる。」と言ったな。お前はヴィーをどうしたいと思っているのだ。」
アヴェーラ公爵は、さらに、たたみかけてきた。
(ええーっ、何でそんなことまで、ここで言わなきゃならないんだよ。)と僕が思っていると、アヴェーラ公爵の口元が少し緩んだのが分かった。
(ちくしょう。そういうことか‥‥)
アヴェーラ公爵をよく見ると、(ほれ、早く、言わんか、ほれ!)とばかりに、手でも合図している。
僕は、大きく息を吸い込んでから答えた。
「ヴィーのことが、す、好きだから、ずっと…、ずっと一緒にいたいんです!」
その途端、
キャー! 言ったわ!
ヤッターッ!
ミリア姫とメイド達が歓声を上げた。飛び上がって喜ぶメイド、手に持ったカゴから花びらを撒くメイドもいる。
そして大騒ぎしながら、メイド達がヴィーの手を引いて僕の前に連れてきた。
「ほれ、ヴィーになんか言ってやれ。」
アヴェーラ公爵が、鼻息荒く催促する。
「ヴィー、僕と‥‥」
言いかけた僕に、ヴィーが泣きながら抱きついてきたので、僕の公開処刑はそこまでとなった。
ミリア姫とメイド達が、僕たち二人の周りを囲んで、花びらを撒いてはしゃいでいた。
◇
僕はバイクの後ろにヴィーを乗せて夕焼けの道をウルド領に向かった。途中、ヴィーは言葉少なだったが、ずっと僕の背中に強くしがみついていた。
ドドド‥ ド、
ウルド領代官所に戻ると、僕のバイクの音を聞きつけたのか、代官所の扉が勢いよく開いて、リリィが飛び出してきた。
「ユウ様、ヴィーは? ヴィーは、どうしました?」
息を切らして僕に駆け寄ったリリィは、うつむきながら僕のバイクから降りるヴィーを見つけて声を掛けた。
「ヴィー!」
リリィに声を掛けられても、ヴィーは、うつむいたままだ。。
「‥‥ヴィー?」
再び声を掛けられて顔を上げたヴィーは、リリィの顔を見た途端に泣き出しそうな顔になった。
「リリィ、‥‥あのね‥‥」
今にも泣き出しそうなヴィーを、リリィが優しく抱きしめた。
「リリィ‥‥あたし、幸せ‥‥幸せなのです。」
「良かった‥‥本当に良かったね。ヴィー。」
ヴィーの髪を撫でながら、安堵の笑みを浮かべるリリィの目も潤んでいる。
「おーう! おう、おう‥‥」
大きな声に驚いてみんなが振り向くと、ルウ姉さんが、みんなが引くほど号泣しながら、両手を広げて駆け寄ってくる。
「ユウちゃん。やっぱりあんたは、あたしが見込んだ通りの男だよ。」
片手でヴィーの肩を抱きながら、もう一方の手で、僕の肩をバンバン叩きながら大泣きしていた。