~さらわれて異世界にやって来ました③~
完結したのを機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。内容は変えていません。
◇
歩き進んでいくと整備された林は終わり、一部自然林と接しているようだ。(整備された保養地は、この辺りまでか)と思った辺りで少し広場のように開けた場所があり、何か人が集まっている。
さっきの保養地のオープンカフェとは違って、のどかで明るい雰囲気ではなかったが、何か売っている市場のような雰囲気だ。市場で行う「セリ」のようなやり取りをしているように見える。
「ええっ!?‥‥マジですか?」
覗いてみた僕は驚いて声をあげてしまった。木箱の上に板を置いた商品棚のような台の上を見ると、檻に入れられた少女がいる。
檻の脇には足を鎖に繋がれた少年が見える。
「人身売買? ‥‥それとも奴隷市場?」
とっさに俺は木陰に身を隠して様子をうかがった。
驚いたことに「奴隷市場」のような場に集まっている人達は、普通の人達のように見える。
職人風の男、貴族のボンボンのような若い男や商人風の男もいる。やはりというか、やばい事をしていそうな目つきの悪い男達もいた。
(この夢の世界では、人身売買は、合法化されているのか?)
いろいろ考えながらも、僕も人の輪の中に入ってみることにした。
「この集まりは、ど、奴隷市場なんですか?」
僕は、職人風の男に声をかけてみた。
「ああ、そうだよ。見りゃ分かるだろう。」
「僕は旅の途中で、近くに宿を取っているんですけど、この国に来たのは初めてで‥‥。」
「ああ、東の方には、奴隷禁制の国もあるらしいなぁ。」
「‥‥あ、 そ、そうなんですよ。」
僕は適当に話を合わせながら、市場の成り行きを見守った。
「さーて、ここで今日の変わり種を紹介するぜ!」
奴隷商人の男が、ステージ端の檻に被せてあった布を取り払った。檻の中には二人の女性、というより少女が入れられていた。すらりとした色白の少女は漆黒の長い髪を後ろで束ねており、きちんと正座をしていた。横顔がとてもきれいだと思った。
もう一人は、小麦色の肌にプラチナブロンドというのだろうか、銀髪の肩までの髪に、大きなつり目がちの瞳の美少女だ。二人とも穀物を入れる布袋に頭や腕を出す穴を開けただけのような、粗末な服を着せられていた。それでも二人ともきれいだった。
「一人はダークエルフ。 もう一人は、‥‥おい、こっちを向け。」
奴隷商の声に応じた色白の少女が、顔をこちらに向き直した。
そのとたんに、
「うえっ! なんだありゃ?」
「きれいな娘だと思ったのによぉ。」
人々から驚きの声が上がったので、僕ものぞき込んで驚いた。切れ長の目を伏せた少女の顔面は、痣なのだろうか? 左半分がどす黒かった。
「ダークエルフの方は言うまでもないが、もう一人の娘も「呪い持ち」でこんな姿だ。だから二人まとめて安くしとくぜ! さぁ、値を付けてくれ!」
(エルフって言った‥‥。ここは、エルフがいる世界なのか‥‥?)
良く見ると小麦色の肌の少女は、銀髪から覗く耳の先が尖っているよう見える。
奴隷商の声を合図に始まるはずのセリが始まらない。皆、ひそひそ話をするばかりだ。
僕も職人風の男にいろいろ聞いてみた。
「あの子の顔は、‥‥呪い? であんな風になってしまったんですか?」
「さぁ‥‥、分からねえが、売り手が不利になる様な条件をわざわざ教えるんだから、嘘じゃねえんだろうなぁ。」
「それと、僕の故郷では、ダークエルフ?が呪い持ち?なんて言わないんですけど‥‥この国では、そういう扱いなんですか?」
「ああ、この辺りではダークエルフには悪い噂があるからなぁ。あんた国は? ‥‥ああ、東の方だって言ってたな。あんたの国ではどうだか知らねえが、この辺りじゃあダークエルフは忌み嫌われていて、普通の奴は手を出さねえな。」
(とてもきれいな女の子なのにダークエルフって、そんな風に扱われているのか‥‥)
「みんな出足が悪りいな。よーし、二人まとめて小金貨二十枚でどうだ! 仕入れ値も出ねえぜ!」
僕のカバンにはずっしり重い感覚がある。執事さんからもらったお礼の小袋には大金が入っていた。大金貨が二枚と小金貨が二十枚近く。
さっきカフェ(宿屋)で、宿代を確認するときに貨幣のレートも聞いてみていた。小銀貨十枚で大銀貨、大銀貨十枚で小金貨、小金貨十枚で大金貨だそうだが、庶民は大金貨なんて生涯お目にかかることもないそうだ。一番下には銅貨もあるそうだが。
宿代が二食付きで一泊小銀貨五枚だった。宿代が一泊五千円とすると、だいたい小銀貨は一枚千円くらい? とすると大銀貨は一万円、小金貨は十万円! 大金貨は百万円!! すごい大金を貰ってしまったものだ。
(きれいな娘達だけど(買えちゃうけど)僕が奴隷を買うなんてなぁ‥‥)
「おい、奴隷商のオヤジよう! もう少し安くならねえのか? 呪い持ちとダークエルフじゃあ「使い道」も限られるだろう。どうせ娼館にだって売れねえんだろう?」
大きな声をあげたのは、いかにもヤバい感じの男達四、五人のグループの一人だ。
(何処にでも、ヤバそうな奴はいるんだなぁ‥‥)
僕はそいつらの会話に聞き耳を立てた。
「いくら若い娘でも、呪い持ちとダークエルフじゃなぁ、手ぇ出すわけにもいかねえしなぁ‥‥」
「おっ、おめぇ、呪いが怖えのかよ。」
「うるせえな。じゃあ、お前はどうなんだよ!」
「へっ、オレは、呪いなんか怖かぁねえぜ。」
「じゃあ、試してみるか。」
ヤバそうな奴らのグループは、下卑た笑いを浮かべながら大声で談笑している。
(こんな奴らの手に、あの娘たちが渡ったら、‥‥きっと酷いことになるだろう。)
「ぼ、僕が買います!小金貨二十枚出せます!」
手を挙げて声を出してしまったことに自分でも驚いた。
僕は注目を浴びながら、ざわつく人の輪の中から奴隷商の前に駆け寄った。
奴隷の所有には少し手続きがあるようだ。
奴隷商の使用人から「旦那の名前の頭文字の「焼き印」を押せますが、どうします?」と聞かれたが当然固くお断りした。
隷属契約書?を作りながら、何か呪文のようなものをかけられている二人を改めて見る。
ダークエルフだという少女は、小麦色の肌に肩までの銀髪、ややつり目気味の大きな目。その中の深い灰色の瞳が印象的な美少女だ。
もう一人の少女は、俯いていて顔の表情はわからない。けれども立ち姿だけでとてもきれいな娘であることが伺われる。だからこそ顔の半分を占める痣は気の毒だ。「呪い」というのがよく分からないが、何とかしてあげたい。
「こちらが二人の隷属契約書です。」
二人をボーっと見ていたら、奴隷商の説明が割って入った。当たり前だけど初めてのことなので説明に聞き入ってしまった。
そんな僕の姿を、先程のやばい奴らのグループが舌打ちしながら見ていたことには、気付かなかった。
「とりあえず、いったん宿に戻ろう。」
僕は二人を連れて公園の石畳を引き返すことにした。その僕たちを一人の男が距離を置いて付いて来ていた。僕はそれに気付かなかったが、娘二人は、何かを感じているようだった。
木陰に隠れて付いてくる男の後ろ姿は、背が高く、なぜか頭の上にフサフサの耳があった。