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~異世界でも彼女が出来そうです~

完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。

       ◇     ◇


 洪水の時に僕とヴォルフが決壊させたウルド領の堤防は、応急的な復旧が終わり、今は「越流堤防」として本格的な工事が進んでいる。これは僕が現世日本の治水技術を提案したもので、堤防を一部分わざと低くしてある。

 洪水時には、この低い部分から川の水がウルド領内に流れ込んで「計画的な氾濫」を起こすことで川の水位を下げ、対岸のファーレの街を守ることになる。先の洪水時に水につかった川沿いの集落は移転させ、広大な畑の部分が水に浸かることになる。


 この越流堤防を建設して、ウルド領内耕作地を遊水地化することは、ウルド領がファーレン公領の一部となることを前提としており、ウルド領をファーレン公領に組み入れる件については、既に公爵家から王宮へ上申書を出している。


 しかし、アヴェーラ公爵が懸念した通り、宰相から「本件については、妥当性を確認すべき」という意見を出され、調査役が王宮から派遣されることになっている。調査役にこの施策の合理性を理解してもらうためにも、工事が大急ぎで行われているのだ。


 「おい、聞いたか? 代官様のうわさ。」

「ああ、「公爵様に召し抱えられる」ってぇ話だよな。」

「ずっと、ウルド領の代官様でいてくれると思ったんだけどなぁ。」

 ユウがアヴェーラ公爵に「私に仕えないか?」と勧誘されたことは、しばらくは秘密にするはずだったが、噂が広がってしまったようだ。堤防工事の労働者たちが、休憩時間に噂をしているくらいなのだから。


           ◇


 「村で噂されていることは、本当なのですか? 代官様が公爵家に仕えるというのは。」

 代官所の会議室で、僕は村長に詰め寄られていた。

「うーん、半分本当かな。」

「ええっ‥‥それはどういうことですか?」

「経済的にまだ安定していないウルド領は、ファーレン公領の庇護を受けられる方が良いし、その場合に僕は、公爵家に仕えていた方がいい。でもウルドの代官はしばらく兼任するつもりだよ。少しずつ準備しながら、無理なく進めるつもりなんだ。」

「しかし‥‥」

「それに、公爵に仕えてもウルドはファーレン領に合併されるんだから、僕がウルドに関与し続けることはできるよ。」

「それを聞いて、少し安心しましたぞ。」


 村長は、小さくため息をついた後で、

「それと、もう一つよろしいですかな。先日、リリィさんとヴィーさんを奴隷から解放しましたが‥」

「うん。大司教様に、前からお願いしてあったんだよね。」


 奴隷制度があるこの国では、奴隷から解放される方法もいくつかある。奴隷の所有権を持つ者が同意すれば一定金額を教会に寄進して、隷属の呪縛から解呪・開放してもらう方法が一般的なようだ。

「ここの暮らしも落ち着いてきたから、二人とは新しい関係を作りたいと思ってさ。」

「……そうですか。」

 村長のけげんそうな顔が何を意味しているかを、その時の僕には理解出来なかったのだ。


           ◇    ◇


 農産物直売所で、ヴィーは台所の配置換えを手伝っていた。直売所では季節毎に変わる農産物によってフードコートのメニューを変えているので、調理道具も変わってくる。ヴィーは、ルー姉さんに「持って来て」と頼まれた土鍋が見つからなくて、さっきから納戸に入って探している。

 ヴィーが奥の棚を探していると、納戸の隣の部屋から何やら話し声が聞こえてきた。薄い板を隔てているだけの隣室から聞こえてくるのは、ご婦人方のおしゃべりの様だ。


 「‥‥ねぇ、聞いた? 代官様、ファーレン公爵様に召し抱えられるらしいわよ。」

(あ、ご主人様のうわさなのです。)

「そうそう、噂では、男爵様になるんじゃないかって‥‥。」

(ふふん、さすがご主人様なのです。)

 ヴィーが納戸で鼻息を荒くしていると、噂は続く。

「でも代官様には、びっくりしちゃったわよね。 リリィちゃんとヴィーちゃん。奴隷から解放したでしょ。」

(あ…、あたしたちの話になったです。)

 ヴィーは、盗み聞きのようで気が咎めたが、今さら隣の部屋から声をかけるのも気まずいので、黙って聞いていた。


 (あ、土鍋あったです。)

 ヴィーが土鍋を見つけて手をかけた時、

「リリィちゃんとヴィーちゃんのこと、代官様はずっとそばに置いておくと思っていたのにね。」

 それを聞いたヴィーの顔が曇る。

 確かにそれは、ヴィーも気になっていた。

(ご主人様は「これからは新しい関係になるから。」と言っていたけれど‥‥)


「リリィちゃんは、ヴォルフさんといい感じだからいいけど、ヴィーちゃんのことは、どうするつもりなのかしら‥‥」

「やっぱり、放逐されちゃうんじゃないかしら‥‥」

(えっ‥‥放逐?!)

「だって、男爵様になったら、どこかのお嬢様と良縁を作らなきゃ、いけないでしょ。」

「そうよねぇ。ヴィーちゃんがいたら、困るわよねぇ‥‥」

( ‥! )

 ガッシャーン!

 納戸の中から大きな音がした。ヴィーが、棚から土鍋を落としてしまったのだ。


「ど、どうしたの?」

 音に驚いたご婦人2人が、隣の部屋から顔をのぞかせて、ヴィーがいることに驚く。

「あっ! あら‥‥ヴィーちゃん、居たのね…。」

「ケっ‥‥ケガしなかったかしら。気をつけてね。オホホ‥‥。」

 愛想笑いしながら、そそくさと去っていく。


 「あたしがいると、ご主人様の邪魔になるですか‥‥だから、奴隷から解放したですか。」

 ヴィーは、放心したような表情でつぶやくと、フラフラと外へ出て、空を見上げた。

「ご主人様は、偉くなった方がいいです。その方が‥‥、その方が、もっとたくさんの人を幸せに出来るです。」

 ヴィーは、そのままフラフラと歩きだした。


        ◇     


 ヴィーは、フラフラと街道を歩き、川を渡り、ファーレの街まで歩いて来てしまった。

 すれ違う人が増えた街中の雑踏で、ようやくそのことに気づいた。

(こんなところまで来ちゃった。もう、このまま戻らない方がいいかも‥‥です。)

 そう思うと、急に寂しくなってきた。

「このまま戻らないなら、ご主人様のお顔を、ちゃんと見てくれば良かったです。」

 つぶやいてから、再びフラフラと歩きだすと、すれ違う人が、自分の顔をチラチラ覗き込んでくる。中には、気の毒そうにのぞき込むご婦人もいる。


 (そうだった。ウルドでの暮らしが楽しすぎて、忘れていたです。あたしは、この国では忌み嫌われているダークエルフなのです。やっぱり、ご主人様のそばにいては、いけないのです。)

 そう思ってうつむいた拍子に、しずくがパタパタとこぼれて、石畳の路面を濡らした。

 自分が泣きながら歩いていたことに気づいて、ヴィーは慌てて頬の涙をぬぐった。


 「おや、ヴィーさんではありませんか?」

 すれ違いざまに止まった馬車の中から声をかけられた。

 振り返ると、公爵家執事のバートさんだった。


 「おや‥‥、これは、いけませんね。」

 バートさんは、ヴィーが泣いていることに気づくと馬車を降り、抱きかかえるようにしてヴィーを馬車に乗せた。


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