~代官になったので、盗賊と戦ってみた⑤~
◇ ◇
「ユウ、これが「温泉宿」か? 良いではないか。」
「ようこそおいで頂きました公爵様。まだ開店前で不慣れなところもございますが、ごゆっくりお過ごしください。」
僕が出迎えた公爵様ご一行は、アヴェーラ公爵とミリア姫、そして末っ子のラング殿下も一緒だ。従者として執事のバートさんと公爵・姫様・殿下付きのメイドが一人ずつだ。メイドといっても、貴族や豪商の家の娘が、行儀見習いや公爵家との縁を作るために来ている場合が多い。
バートさんにもメイドさんにも今日はゆっくりしてもらおう。なお、護衛の衛士隊が、直売所の庭にテントを張っていて、何か物々しい雰囲気になっているのだが、彼らにも食事くらいは振舞おう。
「温泉宿」は、僕の故郷・日本の温泉旅館のイメージを強く打ち出している。玄関ロビーに大きな花瓶を置いて花を活けてあり、館内では浴衣(簡単に着られるタイプ)を着て、リラックスしてもらうことにしている。
そして風呂は、内湯と露天風呂の両方を整備した。内湯は、こちらの世界でヒノキに似た木をヴィーに探してもらった。お湯を張ると木の香りが漂う。なお、防虫効果もあるそうだ。
露天風呂は、岩風呂にしてみた。どちらもヴォルフの力作だ。僕が、タブレットの写真を使ってイメージを伝えると、見事に日本旅館風の岩風呂を再現してくれたのだ。
「うわーっ、いい香り。」
「ほう、こんな風呂の楽しみ方があるのか‥‥」
内湯の木の香りは、アヴェーラ公爵とミリア姫にも好評だ。
「どうぞお湯の方もお楽しみください。温泉には、様々な効能があるそうです。ユウさま‥‥いえ、代官が確認しましたところ、この温泉には疲労回復と美肌効果があるそうです。」
メイド服のリリィが案内している。
「いい湯であったぞ。温泉というのは、いいものだな。」
「お母さま、私、露天風呂にも入りたいです。」
「姉上様。そっちのお風呂なら僕も行くーっ!」
「おう、行ってまいれ。私は部屋でくつろいでおるぞ。」
公爵家の皆さんは、温泉がかなり気に入っていただけたようだ。
末っ子のラング殿下は、普段は風呂嫌いなのだそうだが、ここの露天風呂は気に入ってくれたらしい。キャッキャとはしゃぐ声が聞こえてきた。
次は食事だ。食事は公爵の要望「お前の故郷の料理」に応えたものだか、かなり冒険しているので、気に入ってもらえるだろうか。
◇
「食事は、こちらの部屋で召し上がっていただきます。」
食卓の大きなテーブルには、前菜が少し乗っているだけだ。
「焼きたてを召し上がっていただきますので。」
僕が案内すると、リリィとヴィーが「たれ」の小皿を配るとともに、グラスにビールを注ぐ。みんな黄色く泡の出る飲み物に驚いているようだ。しかし、その驚きは不満交じりのものだった。
「おいおい、ユウ。我々にビールを飲ませるのか?」
アヴェーラ公爵が呆れたように聞いてきた。
「はい、公爵様。ビールがこの国で労働者の酒であることは存じております。しかし、これは僕の故郷から取り寄せたもので、この国のビールとは全く別物です。僕の国ではビールを冷やして飲みますので、井戸水で冷やしてあります。まずは一杯、騙されたと思ってお召し上りください。」
僕の勧めにみんなしぶしぶ口をつける。
(風呂上がりに、口を付けてもらえれば、こっちのものだ。)
「ぷはっ‥‥こ、これは!」
「これは、うまいですね。」
アヴェーラ公爵もバートさんも驚いている。
「では皆さま。これから私の国の、このビールに最も合う料理をご紹介していきます。まずは、「餃子」を召し上がりください。」
大皿に焼きたての餃子を出すと、皆、そのビジュアルに一瞬がっかりして、その後、食べてみて、そしてビールを飲んで歓声が上がる。
「なんだこの料理は? ビールと合うな。」とアヴェーラ公爵、
「貧相な料理に見えたのですが、すごくおいしいです!」とミリア姫にも好評だ。
「では、もう一つの料理もお召し上がりください。「焼き鳥」です。」
大皿で焼き鳥が出されると、再び、予想通りのリアクションだ。
「おいおいユウ、これはないだろう。これこそ労働者の酒のツマミだろう。」
「召し上がってみてください。きっと驚きますよ。」
「そうかぁ? しかし確かに、この香りには、そそられるものが‥‥! 美味いではないか!」
「ホント! 美味しい! なんでこんなものが、こんなに美味しいの?」
不思議がるアヴェーラ公爵とミリア姫に、説明することにした。
「「秘伝のタレ」を故郷から入手しました。でもそれだけではないのです。ウルド領では、以前から炭焼きをしていましたが、炭焼き窯を改良して高温が出せる炭が焼けるようになりました。その炭で焼くと、香ばしくて、とても美味しい焼き鳥が出来ます。」
「焼き鳥は種類がたくさんあります。餃子もまだまだ焼きますので、たくさん召し上がってくださいね。」リリィが、追加の皿を持ってくる。
「ビールのお代わりあるです。あと、ご主人様がもってきたワインもあるです。女の人はこっちのほうがいいかもです。」ヴィーがお代わりを進めている。
厨房では、ルー姉さんとヴォルフが中心となり、厨房を切り盛りしてくれていた。
◇
「ここは、いいな。気にいったぞ。」
客間に戻ったアヴェーラ公爵は上機嫌で窓から外を眺めている。川から近いので、風が心地よさそうだ。
「城から馬車で一刻(一時間)程度であったか‥‥、ここから城へ通えなくもないな‥‥」
「絶対ダメです!」
冗談に聞こえなくて、僕とバートさんがハモった。
「まったく‥‥公爵様に度々来られたら、たまんないよ‥‥。」
僕が文句を言いながら廊下を歩いていると、ロビーにラング殿下がいた。岩風呂に置いておいたアヒルのおもちゃでヴィーと遊んでいる。
最初に出会った時、溺れて意識を失っていた殿下が兄ちゃんにそっくりだと思ったのだが、改めて見るとそんなに似てないんだな。サラサラの銀髪でクリクリ目の可愛らしい少年だ。
そんなことを思った時だった。
「ユウ、蛇に気を付けろ!」
ラング殿下がいきなり僕に向かって大声をあげた。しかし、その声はラング殿下のものでは無かった。僕にとっては懐かしい声だが……。
「ええっ! 兄ちゃん?」
驚いて殿下を見ると急にふらっとよろめいて倒れそうになり、慌てて僕とヴィーが手を伸ばして支えた。
「ヴィー、聞いた?」
「はい‥でも今の声は‥‥殿下の声じゃなかったです‥。」
気を失った殿下を抱いて、ヴィーは不思議そうな顔で見つめている。
「‥‥兄ちゃんの声だった。」
「やっぱり‥‥」
「えっ?」
僕の言葉になぜか同意したヴィーに驚いていると、
「今一瞬ですが殿下は‥‥ご主人様をいつもお守りしているあの優しい光に包まれたのです。ひょっとしたら‥今のは「ご主人様のお兄様の言葉」かも知れないのです。」
ヴィーは優しく殿下の髪を撫でている。ラング殿下は安らかな寝息を立てていて、体調に問題はなさそうだ。
僕は殿下の穏やかな寝顔を見ながら考えていた。
「蛇に気を付けろ」って、いったいどういうことなんだい?兄ちゃん。