~代官になったので領地をプロモーションします⑥~
完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。
◇ ◇
開店から三日目、収穫祭の最終日。
夕方に「奉納の儀」を行う特設ステージの準備が直売所の隣で進められていた。
特設ステージは板張りの仮設の舞台で、四方10メートル位の大きさだ。奥に奉納棚として野菜や果物を載せる棚を作った。
「お酒もあった方が、ジン(精霊)は喜ぶです。」
ヴィーの進言通り、酒も奉納する予定だ。
この地の豊穣を約束してくれた神様に感謝するのは建前で、メインは地精霊だ。ヴィーによると、「地精霊が多く留まっている土地は豊作が続く」とのことだ。
先程、奉納の儀の主役の一人「舞姫」シリアが到着したのを、ルー姉さんたちが大騒ぎしながら出迎えていた。直売所の客室でスイーツや加工品を食べさせているらしいが、どれも好評の様子で安心した。
もうすぐ夕方だ。大司教様もそろそろ到着するだろう。「奉納の儀」の準備を始めよう。
◇
「皆さま、お待たせいたしました。これより、「奉納の儀」を始めます。」
僕のアナウンスで、収穫祭を締めくくる「奉納の儀」が始まった。
夕暮れせまる特設ステージの前には、ひょっとしたら1000人近くいるのではないか、というくらいの大勢の人が集まっていた。
「奉納の儀」に舞姫シリアが来ることは、表立って宣伝していない。混乱を避けるためだ。しかし、いつの間にか噂が広がってしまったようだ。
舞台上にはマイクを用意して、アンプ付きスピーカーを舞台両袖にセットした。みんなには「声を大きくする魔法道具」と説明しておいた。
「みなさん、ウルド領の収穫祭においでいただき、ありがとうございます。
おかげさまで、我がウルド領は、神様が約束してくれた豊穣を迎えました。
今日は、大司教様がお見えになっていますので、神様に感謝の祈りをささげていただきます。そして、この地のジン(精霊)に感謝するため、舞姫・シリア様に舞を奉納していただきます。」
おおーっ!
いいぞー!
観衆は、僕の案内に弾かれたように大歓声を上げた。
「では皆さま。一緒に祈りましょう。」
大祭司様には、最初にお願いして正解だった。敬けんなお祈りは、先に済ませてもらうに限る。
それでも1000人の民衆が一斉に祈りをささげる姿は、信者でない僕でも敬けんな気持ちになる。
「この後、あたしたちが踊るですよね。」
「私たちでいいのかなぁ、って感じなんですけど‥‥」
祈りの間、静まり返る大観衆を舞台の袖のテントから覗いて、ヴィーとリリィは首をすくめて恐縮している。2人は〇kB系グループのコスプレ衣装を着ていたが、これは僕が秋葉原で買って来たものだ。
「大丈夫だ。自信を持っていけ! 楽しくやればいいんだ!」
僕は、無責任に2人を送り出した。
♪ ♪ ♪
現世日本の○K○系グループの曲が流れ、聞いたこともない音楽に観衆は戸惑っていたが、ヴィーとリリィが舞台に上がったとたんに、大歓声が沸き上がった。
なーに?! あの2人!
キレー!
不思議な衣装だけど、すごくカワイイ!
コスプレ衣装に身を包んだ2人が、音楽に合わせて踊り始めると、期せずして会場の一角で手拍子が始まった。ウルドの領民達だ。それは直ぐに会場全体に広がっていく。
それに驚いてヴィーとリリィは顔を見合わせたが、ヴィーがいたずらっぽく笑うと、それを見たリリィも一瞬で笑顔に変わった。
夕暮れで薄暗くなり始める頃合いだが、観衆の後ろの方からでもなぜか舞台が明るく見えた。
ステージにはかがり火を焚いてあるのだが、明るく見えるのはかがり火の灯りだけではないようだ。二人が踊り始めると、舞台の周りを優しい光が包み始めたのだ。
舞台上では、ヴィーが踊りながら何かつぶやいている。リリィが聞き耳を立ててみると、
「‥‥に豊穣をありがとうです。」
「みんなが元気にすごせました。ありがとうです。」
「ご主人様に巡り会わせてくれて……ありがとうです。」
(お礼を言っている? 誰に向かって‥‥?)
不思議に思いながら踊るリリィが、舞台上に何か気配を感じて「はっ」とした。
(!!、‥‥子供?)
今にも笑い出しそうな、楽しくてたまらない、というようにはしゃいだ子供が、すぐ近くにいるような気配がする。‥‥しかも大勢‥‥?
「リリィ! もっとあたしと合わせるです!」
ヴィーに言われて、自分のダンスをヴィーにシンクロさせていくと、
(ええっ?!)
背中に羽の生えた小さな子供達が、舞台の上で一緒に踊っているのが、一瞬だけ見えた。
リリィが驚きの表情を見せると、ヴィーが、
「ジンがとっても喜んでるです。リリィ! 最後まで頑張るです!」
「はい!」
♪ ♪ ♪
ヴィーとリリィは、最も盛り上がる「サビ」の部分の激しいダンスを懸命に踊った。
そんな2人の踊りを、舞台の袖から真剣な表情で見つめる目があった。舞姫・シリアだ。
「初めて会った時から、ジンに愛でられている娘であることは分かっていたが、‥‥これ程ジンの気勢を高められるとは‥‥。私が責任を持って仕上げなければいかんな。」
シリアは、真剣な表情で2人の踊りを見つめていた。
フィニッシュのポーズを決めた後、2人が大歓声を浴びながら舞台を降りてきた。2人とも息を切らせながらも笑顔だ。
2人をねぎらいながら大歓声が収まるのを待って、僕はシリアを紹介する。
「皆様お待たせしました。舞姫・シリア様、お願いします。」
シリアは、静かに舞台に上った。
付き人の笛の音が響き始めると、その穏やかな旋律に促されるように会場が静まり返っていく。
シリアは舞台の上で仰向けに寝そべり、舞台を笛の音だけが流れていく。
やがて、笛の旋律が変わったかな? と思った瞬間、唐突にシリアの腕が「にょきっ」と立ち上がった。そして両の手の平が「ぱかっ」と開いた瞬間、
「芽が出た!」
観客の子供が、思わず声を上げてたしなめられていたが、心配いらない。会場の全員が同じことを思っただろうから。
シリアが身をくねらせながら立ち上がる。観衆には、その姿が懸命に伸びる若い芽に見える。
いや、若い芽にしか見えないから不思議だ。
シリアが体を揺らす。強い風が吹きつけて、若い芽がそれに耐えているように見える。
折れそうになってしまうのを必死に耐える。
それを見た観衆は、自分も強風に身をさらしている様に感じてしまい、一緒に耐える気持ちになった。
今度は、強い日差しが照り付けているようだ。シリアが恨めしそうに空を見上げながら、しおれてしまいそうになるのを耐える。
これには観衆も、のどの渇きを感じた。
がんばれーっ!
観衆の中から声が掛かる。
空から何か落ちてきた様だ。シリアが手のひらに何かを感じて、表情を「ぱあっ」と明るくする。恵みの雨が降って来たのだ。
会場の全員が、ほっと胸をなでおろす。
これらの全てを、シリアは自らの所作「舞」で表現している。
やがて大きく育った若い芽は、大輪の花を咲かせた。シリアはこれを、広げた両手を回して輝く様な笑顔で表現している。
その瞬間、会場は、割れんばかりの拍手と大歓声に包まれた。
大歓声の中で、舞台が更に明るく温かい光に包まれていた。
舞台の袖で、その光を見つめてヴィーが胸の前で手を合わせていた。それを見たリリィもそれにならう。
光は、オーロラのように舞台を包み込みながら空に伸びていく。そしてウルド領全体を見渡せるほど、空高くまで上ると、中心の一点に収束して次の瞬間、大きく弾けた。
それは小さな光の雨となって、ウルド領に広く降り注いだ。
「どうやら、うまくいったようだな。」
舞台から降りてきたシリアは、額の汗をぬぐいながら空を見上げてつぶやく。
「しかし、これほどのジンの気勢に包まれて舞うのは久しぶりだ。そなた達のおかげだな。」
笑顔のシリアに声をかけられたヴィーとリリィは、
「そ、そんな、とんでもないです。」
手の平を突き出して後ずさりしながら謙遜していた。
舞台の奥に用意していた果物や野菜が、いつの間にか無くなっている。酒の瓶も空になっていた。
そして領民たちは、翌朝、一晩に育ったとは思えない程、たわわに実った野菜をみて、驚くことになる。
そして収穫された野菜のおいしさに、もう一度驚くことになるのだった。
◇ ◇
農産物直売所の開店から、10日が過ぎたが、来客の数が減る気配はない。「神の恵みを受けたウルドの農作物を食べると病気にならない」とか、「神の恵みを受けたから、ウルドの農作物は美味しい」とか、うわさも広がっているようだ。
しかし、心配事が出来た。直売所の評判を聞いたのか、「ガラの悪そうな男たちが数人で、様子をうかがうようにしていた」というのだ。
僕は何かあった時のために、防犯ブザーを店員に持たせることにしていた。
そして僕とヴォルフは、いざという時のために、銃の練習も密かに続けていた。
しかし、思わぬ事件が発生してしまった。
◇
「ユウ様! 直売所で誘拐だそうです!」
代官所の執務室にヴォルフが飛び込んできた。
「ええっ!? 誰が誘拐されたの?」
僕が心配したのはリリィとヴィーだが、今日は2人とも代官所にいる。ほっと胸をなでおろしていると、頭からの流血で白い制服を染めた若い衛士が担ぎ込まれてきた。
「すみません。ミリア様が‥‥姫様が、さらわれました!」
息も絶え絶えに訴える衛士だが、
「ええっ? それ誰?」
僕には聞いたことがない名前だった。
「ロメル殿下の妹君の‥‥ミリア姫様です!」
「ヴォルフ! 銃とバイクを用意しろ! 行くぞ!」
「はい!」
話を聞くと、公爵家には三人の嫡子がいて、ミリア姫は先月まで、王家・国王の王宮に、礼儀見習いに預けられていたものが、帰ってきていたというのだ。
どうやら直売所の評判を聞いて、お忍びで来ていたようだ。
なお、犯人の一人には、頬に大きな傷があり、このあたりで有名な盗賊団「トバルの蛇」の幹部の男に間違いない、ということだった。
急いで支度をしながら、これらの話を聞いて出かけようとした時、
「ご主人様っ! 待ってです。」
ヴィーが駆け寄って来て、何か呪文のような言葉を唱えつつ、手で空を切った。
「ジン(精霊)が、ご主人さまをお守りしますように。」
呟きなが僕にしゃがむ様に促すと、額に口づけをした。目には涙をためている。
「大丈夫だ。俺が命に代えても、ユウ様をお守りする。」とヴォルフ。
「あなたも無事に帰ってきて!」
リリィが声を上げる。
「大丈夫だ。きちんと無事に帰ってくる。 ヴォルフ、行くぞ!!」
「はい!」
僕とヴォルフは、バイクに跨るとアクセルをふかした