~代官になったので領地をプロモーションします⑤~
◇ ◇
「ユウちゃん。応援に来たよ! あ、「代官様」って呼ばないとまずかった?」
収穫祭・直売所オープンを10日後にひかえ、完成した農産物直売所に力強い応援が来た。
湖畔亭のルー姉さんだ。
直売所では野菜を売る以外にも、簡単な料理やスイーツが食べられるフードコートも予定していたが、開店準備が忙しく、僕がメニュー作りまでは手を出せずにいた。結果、茹でたトウモロコシとジャガイモくらいしかメニューがない状況となっていたのだ。
「この野菜や果物を使って、簡単にいっぱい作れそうなものを考えるんだね。」
「そうです。お願いします。」
僕とルー姉さん、リリィとヴィーに、直売所で働いてもらう領内の女性たちを加えて、メニュー検討会を開くこととなり、直売所内の台所に集まってもらっていた。
「前にやった試食会で、カボチャで作った‥‥「ぷりん」ですか? あれ美味しかったですよね。」
「そうそう、おいしかった。」
リリィとヴィーの話に、女性たちも同意している。
「でも、あれだと、何か…、もの足りないんだよな‥‥」
僕が首をかしげると、ヴィーが思い出したように
「ご主人様が、お土産に持ってきてくれるやつには、黒い蜜みたいなのが付いてるです。」
「あー、カラメルソースか。‥‥でも砂糖自体が、今、まさに開発中だからなー。」
この世界の庶民が、甘味に飢えていることが分かったので砂糖を開発することにした。サトウキビに似た植物は割と簡単に手に入り、川沿いの湿地で栽培も始めているが、砂糖の製造は難航していた。茎から絞った汁を煮詰める段階で、焦げ付いてしまうことが多かったのだ。
「あーっ! 今も煮詰めている真っ最中でした。」
一人の女性が、慌てて鍋を見に行く。
「あー、焦げ始めてるー。」
慌てて鍋を火から下ろし、焦げ付かないように急いでかき混ぜていると、
ほわーん、と、
甘く香ばしい香りが漂い始めた。これにヴィーとリリィが反応した。
「この香りじゃない?」
「そう、これなのです!!」
2人は顔を見合わせた。
これまで砂糖を作る過程では、鋳物の鍋で煮詰める時に焦がしてしまうことが多かった。
このため「今日は土鍋でやってみた」とのこと。見るとちょうど茶色の水あめ状になっていて、カラメルソースに見えなくもない。これをカボチャプリンにかけてみたところ、
「すごく美味しい。」
「こんな美味しいもの、初めて!!」
「ユウちゃん、偶然出来たものだけど、こんなおいしいお菓子は湖畔亭でも、いや、ファーレの街のお店にだってないよ!」
ルー姉さんの太鼓判も貰って、ウルド領直売所スイーツ第一号「カボチャプリン」は、偶然完成した。
◇ ◇
「私たちが、これを踊るですか?」
タブレットで現世日本の○KB系グループのダンスを見せると、ヴィーとリリィは、不思議そうに見入っていた。
収穫祭には、メニュー作りの他にもう一つ課題があった。「稀代の舞姫・シリア」が、奉納の舞を踊ってくれるのだが、その前座でヴィーが踊ることが条件になってしまったことだ。
「だったら、リリィも一緒にね。」
「ええっ?」
僕のムチャ振りぶりに驚いたリリィだが、ヴィーにすがるように見つめられて、了承せざるを得なかった。
2人に現世日本の○KB系グループのダンスを躍らせるのは、稀代の舞姫と同じ土俵で比べられてはたまらないので、路線を変えることにしたためだ。ビデオを見ているうちに、最初は不思議そうに見ていた2人も、「楽しそう。」といういい反応に変わっていった。
2人は直販所の準備作業が終わった後、代官所で夜遅くまでダンスの練習していた。村人たちは、夜遅くになると代官所から聞こえてくる、聞いたこともない音楽を不思議そうに聞いていた。
いよいよ明日、ウルド農産物直売所がオープン初日を迎える。ファーレの街中に横断幕も貼らせてもらった。最後にもう一度、ヴォルフとヴィーに街中を宣伝して回ってもらった。
また、オープンに向けて店員を募集する中で、代官所の「学校」に通っている子供たちの計算能力が、すでに実践レベルになっていることが判明し、12歳以上の子供には店の手伝いをしてもらうことにしていた。
◇
「眠れないですか?」
寝付けないで、代官所の庭に「学校」の長椅子を出して1人でウイスキーを飲んでいた僕に、ヴィーが声をかけてきた。
「大丈夫です。ご主人様のすることは、全部うまくいくです。」
「そうかなぁ…。」
「ご主人様は、異国の賢者様なのです。」
「確かに他の世界の成功事例の知識があれば有利だと思うけど、僕の場合は、運がいいだけじゃないのかなー。」
「そんなことないです。私たちエルフには、ジン(妖精)や、その人を守る「加護」の力が見えることがあるです。ご主人様には何か、こう‥‥すごく強い加護が見えるです。それが、ご主人様を守っているです。」
「えっ、‥‥そうなの?」
「はい、ご主人様と同じ色の‥‥暖かい光ですから、ごく身近な方で、若くして亡くなった方がいるですか? その方が、ご主人様をずっと守っておられるで‥‥」
(‥! 兄ちゃん!)
僕は思わずヴィーを抱き寄せた。
「ご、ご主人様、どうしたですか? あれ、泣いてるですか? どこか痛いですか、ご主人様?」
「きっと大丈夫。うまくいきます。」
リリィが、2階の窓から2人の様子を見ていた。
◇ ◇
「何処からこんなに人が来たのよーっ!!」
「分からないです!」
「あんた達、調子に乗って宣伝しすぎなのよーっ!!」
農産物直売所の開店初日は、ものすごい人出になった。
ルー姉さんに文句を言われたヴォルフが、僕に助けを求める。
「ユウ様、お客さんは徐々に増える予定じゃなかったんですか?」
「しょうがないだろ! 僕は仕入れの追加を手配してくるから、店の中は、みんなで頼むぞ!」
ルー姉さんの苦情はヴォルフに任せて、僕はバックヤードの様子を見に行くことにした。
僕の予定では、こんな感じだった。
①「神の祝福を受けたウルドの農作物」 このブランドバリューに引かれた人たちが、一定来てくれて農産物を買ってくれる。
➁加工品や農作物の味には自信があるので、買ってくれた人たちの口コミで、だんだん顧客が増えていく。
③結果、多くのお客を迎えることが出来る。
こんな予定のはずが、いきなり③になってしまったのだ。
「村長!もう商品が足りなくなりそうですよ!」
「はい。お客さんの数を見てそう思いました。追加の収穫をしているので、もうすぐ店頭に並べられるはずですじゃ。」
「ありがとう! みんなも頼むね!」
「はい!」
バックヤードでは、僕が指示する前にみんなが動いてくれていた。それでも商品は昼過ぎにはなくなるだろう。初日は早仕舞いになりそうだ。
◇
「本日はお越しいただき、ありがとうございました。商品が無くなってしまったので、今日はこれで店終仕舞いとします。ありがとうございましたー。」
挨拶を済ませて入り口の扉を閉めると同時に、みんな床に座り込んでしまった。
「こんなにお客が来てくれるとは、思わなかったですね。」
「わしらが作った野菜を、ファーレの街の人達がこれほど認めてくれるとは思わなかった。しかし、みんなご苦労じやったな。」
村長は、店員たちの労をねぎらっていた。
「「かぼちゃぷりん」何個売れたと思う? 300個だよ。良く作ったよね、あたしたちも。」
「でも、効率よく準備すれば、もう少し作れるかも。」
「ジャガイモは茹で時間がかかるから、早く茹でられるトウモロコシを増やした方がいいんじゃない?」
ルー姉さんたちは、疲労困憊の中でも既に課題を見つけて対応を考えている。
みんなの顔をみると、疲れているはずなのにみんな笑顔だ。
これなら明日からも、うまくいきそうだ。