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~さらわれて異世界にやって来ました➁~

完結したのを機会に誤字脱字修正・てにおは修正を行っています。エピソード追加等内容修正はしていません。

          ◇ 


 霧の中を歩いている。


 ダウンロードのような行為の後、黒ずくめの男は僕の手を引いて歩き出していた。

「そろそろ帰りたいんだけど。」

 さすがに夢でも、もう気分が悪くなってきた。

「帰れませんよ。‥‥もう。」

 振り返らず答える男。この男の手をさっきから振りほどこうとしているのだが、なぜか手が離れない。

 霧の中だが、前方は薄明るく見える。しかし、後方を振り返ると暗い。深い暗闇だ。

「帰れない」ということなのだろうか‥‥。

 この男の手を振りほどくことが出来たとしても、この暗闇の中を引き返せるのだろうか。


 この悪い夢が、早く覚めることを祈るしかない。



 「貴様っ、何者だ! 邪魔をするな。」

 霧の中で前を歩く男が声を荒げた。濃い霧でよく見えないが、前方に誰かいるのだろうか。

「どうしたんだ。誰かいるのか?」

 僕は目の前の男に聞いたのだが、答えはもっと前方の霧の中から聞こえてきた。


 「ユウ、その男について行っちゃだめだよ。」

「えっ‥‥?」

 僕は、霧の中から聞こえた声に驚いた。僕のことを知っている? この男の子の声は‥‥。

 この懐かしい声は!?



 「こっちだ!」

 大きな声に「はっ」とすると、いつの間にであろうか、黒ずくめの男の手は解かれ、僕は小さな手に引かれて走り出している。

「ユウ。こっちだ。走れ!」

この声の主‥‥そしてこの手、間違いない。小さい頃いつも一緒だったから。

「兄ちゃんだ!」


 兄ちゃんと思える手は、肘から先が見えない。その先は霧に隠れている。しかし、これは兄ちゃんの手だ。間違いない。僕を黒ずくめの男から助けてくれたのだ。

「貴様ら、待て! 待つのだ! お前が手を放すと私は‥生きていられな‥‥いっ‥き‥‥」

 追いかけてくる男がよろける。言葉も何だかろれつが回っていないみたいだ。僕を捕まえようとして伸ばしてくる手も何かおかしい。

 さっきまで僕の手を引いていたのは、若い男だと思っていた。しかし、その手はしわくちゃで、まるで老人の手のようだ。


 「待っ‥て‥ま‥‥マ‥‥」

 声もさらに弱弱しく、その手も見る見るうちに、さらにしおれて干からびていく。そして、つまずいてよろけた男は前のめりに倒れ、その拍子に黒布がはだける。

 ミイラのようなになってしまった男は、もう立ち上がることも出来なそうだ。

 僕たちは、男を後にして走った。


 僕達は、しばらく走って男が追いかけてこないのを確かめてから立ち止まった。相変わらず肘から先は霧で見えないのだが、懐かしい声が語りかけてきた。

「ユウ、お前がどこに行っても、俺はお前を見守っているからな。強く生きろ。」

「うん。ありがとう。 兄ちゃん。」


 いやな夢だと思ったが、悪い夢ではなかった。兄ちゃんに会えたのだから。

 そうだ、兄ちゃんに会えたなら、伝えなければいけないことがある。

「兄ちゃん、僕、情けなくてゴメン‥‥あの時、僕にもっと勇気があれば‥‥」

 辺りがだんだん明るくなってきた。霧が晴れていくとともに、繋いだ手の感触も弱くなってくる。

「ユウ、オレは、もう行かなきゃいけないんだ。 どこに行っても、強く‥‥」

  ビュッ!

 一陣の強い風が吹いて、霧が晴れた。


 霧が晴れると兄ちゃんの手は、もう消えていた。



         ◇    ◇


 霧が晴れると、僕は広い草原に一人で立っていた。丘の上のようなところで、どこかの街が見下ろせる。大きな街のようだ。

 草原にはサラサラと風が吹いている。

「ここは、どこなんだろう。」

 夢の中なのだから、いつか来たことがある場所ではないだろうか。しかし、夢にしては妙にリアルだ。踏みしめる草の感触も、風に乗ってくる草の香りまでも‥‥。


 古典的だが、試しに二の腕をつまんで思い切りつねってみた。 痛いだけで目が覚めることはなかった。


 夢が覚める気配がないので、僕は丘から見下ろせる街へ向かってみようと思った。周りを見渡してみると草原の中を一本の道が通っていた。下に見える街まで続いていそうだ。

 その道を歩きながら自分の服装を確認する。現場から帰ってきた時のままの洋服、靴、肩から掛けたカバン。今日は、野外の仕事だったので、チノパンツにポロシャツ。アウトドア系のしっかりした革靴だったので未舗装の道でも歩きやすい。今日、この靴をはいてきて良かったと思った。

 夢の中だけど。


         ◇


 丘を下ると、街に入る手前に林があった。きれいに下草が刈られた林の中には石畳の遊歩道?が通っていて、整備された森林公園のようだ。

 遊歩道を歩いていくと、林が開けた場所があった。近づいてみると大きな池が見えた。池のほとりには、オープンカフェのようにテーブルとイスがあって、くつろいでいる人がいる。その後ろにはカフェの店舗だろうか、建物が並んでいて、公園というより保養地のようだ。

 池のほとりに、人だかりが出来ていたので、僕は人だかりに入って、中を覗いてみた。


「何てことだ! 殿下‥‥いや、坊ちゃま! しっかりして下さい!」

 ずぶ濡れの子供が倒れていて、その周りでおろおろする大人が数人。今しがた「坊ちゃま」に声をかけた執事風の紳士と数人のメイド達だ。

(ここのオープンカフェは、メイド&執事カフェなのかなぁ‥‥。)

 中世ヨーロッパ風の執事とメイドのようなスタイルなので、そんなことを考えながら近づいてみた。


(子供が池に落ちて溺れたのか?  でも、夢の中のことだからなぁ‥‥)

 しかし、倒れている少年の顔を見た瞬間、僕は人垣をかき分けて少年に駆け寄っていた。

「‥‥チアノーゼ起こしているじゃないか‥‥。呼吸も‥‥してないじゃないか!」


 「なんだ貴様! でん‥‥坊ちゃまに気安く触れるなっ! 無礼者!」

 執事風の紳士に肩をつかまれても、怒鳴られても怯まない。

「早く! 僕が心臓マッサージをするから、人工呼吸と気道確保して! まだ間に合うかもしれない!」

 僕が、両手で少年の胸を押す心臓マッサージを始めると、怒鳴っていた執事は、しゃがんで僕の顔をのぞき込んできた。

「そなた‥‥、医術の心得があるのか?」

「医術っていうか‥‥市役所で、救急救命‥‥の、講習を受けたことがあります。」

 必至で、心臓マッサージを続けながら答える。

(今度は助けたい。‥‥今度こそは。)


 蒼白となった少年の顔は、あの時の‥‥兄ちゃんが、溺れて亡くなった時の顔にそっくりだったのだ。


 「がんばれ、‥‥がんばれ!」

 祈るような気持ちで少年の胸を押し続ける。

「ゴボッ‥‥うええッ!」

 唐突に少年が水を吐き出した。今度は抱きかかえて水を吐かせる。

「坊ちゃま!」

 執事が駆け寄る。

「がんばれ、水をしっかり吐き出すんだ。がんばれ!」

 少年に声をかけて、背中をさすりながら、僕は空を見上げた。

(‥‥兄ちゃん。 僕、助けられたよ。‥‥今度は、助けられたよ!)


  

 「なんと‥‥、なんとお礼を申し上げてよいか‥‥」

 執事風の紳士が深々と頭を下げる。少年は天幕の下に寝かされ、メイドが顔をぬぐっている。

「坊ちゃまをお助けいただき感謝します。その‥‥事情により、こちらの身分を明かすことが出来ませんが‥‥、いずれきちんとしたお礼を致します。‥‥まずは、まことに失礼ながら、これをお納め下さい。」

何やらずっしり重みのある小袋を渡されながら、お礼を言われた。

「こちらが名乗れず、まことに失礼なのですが、お名前を伺うことは出来ますか?」

額の汗をぬぐいながら恐縮する相手に、こっちが恐縮してしまう。名乗れないのは、なにか事情があるのだろう。

「山田 ユウ と申します。」

「ヤマ‥ダユウ?‥‥様? 御支度もですが、変わったお名前ですね。異国からの旅の方でいらっしゃいますか?」


 周りを見渡すと執事さんとメイドさんだけでなく、カフェの給仕さんやお客さんたちも、ひと昔前どころではなく、中世の頃の貴族や街の人ってこんな感じだった? というような姿で、まるで僕だけが変わった格好の外国人の様だった。


         ◇


 「あんた大活躍だったね! 異国のお医者様なの? それとも‥‥賢者様?」

「坊ちゃま」の一行が引き揚げた後、オープンカフェのお姉さんに「お茶でも飲んでいきな。」と声をかけられたのだ。


 声をかけて来たのは、「ルー姉さん」と名乗る給仕のお姉さんだ。

清潔そうな生成りのエプロンを付けた人懐こい笑顔のお姉さんは、興味津々で僕の顔をのぞき込んでくる。

(どうやら夢の中みたいなんですけど、ぜんぜん目が覚めなくて‥‥なんて言えないよなぁ。)

「旅の‥‥途中なんですけど、道に迷ってしまったようで。」

「そうなのかい? じゃあ、今日はうちに泊まったら? うちは「湖畔亭」っていうんだけど、宿屋もやっているんだよ。」


 オープンカフェスペースの後ろに、カフェの店舗らしき建物が見える。二階が宿屋だそうだ。太い木の柱に石造りの壁。周りにも同じような造りの建物が並ぶ。

(夢の中なら、記憶にある風景じゃないのかなぁ。海外旅行は行ったことがないし、映画の中のシーンだとしたら‥‥中世歴史映画? それともファンタジー映画? て、ことになるのかなぁ。)



 僕は、ルー姉さんに勧められるまま、ここの宿に部屋を取って、とりあえず辺りを散策することにした。林の中に整備された石畳の道を歩きながら、僕は考えていた。

「ここはファーレン公爵領の領都・ファーレの街の北側にある保養地で、公爵家が整備したんだよ。水遊びもできるから、これからの時期が「かき入れ時」なんだよ。」

さっき、聞いていないことまで、ルー姉さんが教えてくれた。


 今、僕が感じている木々の香り。心臓マッサージで少年の胸を押した手の感触も‥‥。夢にしては、あまりにもリアル過ぎる。 ふと思い出して、腕をまくって見る。


 最初に降り立った草原で、腕を思い切りつねったところは、赤から紫色に変わっていた。

 





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