~代官になったので領地をプロモーションします③~
◇
「ヤマダユウ、よく来てくれた。それにしてもすごい騒ぎだったな。城まで聞こえて来たぞ。」
城内・迎賓の間で、アヴェーラ公爵が笑顔で僕たちを迎えてくれた。
「どうやら大司教様のおかげの様なのですが‥‥。」
すると公爵は、何かを思い出したように、
「…ああ、あれのせいじゃな。持ってまいれ。」
するとメイドが絵本のようなものを持ってきた。
「教会で売っていたのだが、街で大人気の絵物語だそうだ。」
絵本のタイトルは、「友愛の絆」
表紙で二人の男性が固く抱き合って涙を流している。一人は公太子殿下のようだが、もう一人は誰だろ う?‥‥僕か!?
「本物のご主人様より、背が高いです。」
「そのようですね‥‥あっ、いえっ‥」
絵本を見て、素直な感想を言うヴィーに、同意したリリィが慌てている。
「そうよな、顔もずいぶん凛々しいが、どうやらユウのようだぞ。」
アヴェーラ公爵は、かなり面白がっている。
絵本は、概ね事実に沿っているのだが、ところどころで美化・脚色されている。
洪水が今にもあふれそうなファーレの街を心配して、ウルド領内では村人達が「どうかファーレの街を助けてあげてくれ」と僕に懇願している。これを受けて僕は、涙を流しながら堤防を切っている。
濁流が領内に流れこむ様を、涙ながらに見つめる僕と領民達。
そして支援物資を届けにきた公太子殿下と僕が、抱き合って涙を流している。
最後に大司教様が、この地に豊穣が訪れることを宣言して、めでたし、めでたし、となっていた。
僕が、赤面して椅子からずり落ちるほどに脱力していると、アヴェーラ公爵はしばらく笑っていたが、まじめな顔に転じて立ち上がった。
「ウルド領代官・ヤマダユウ、此度の働きにファーレン領主として感謝する。おかげでファーレの街は救われた。」
アヴェーラ公爵が僕に歩み寄り、僕も立ち上がって固く握手を交わした。
「我々こそです。公太子さまのご支援とご計らいでウルド領は救われました。」
「これからも、末永い付き合いを望んでいるぞ。」
「こちらこそよろしくお願いいたします。」
僕とアヴ―ラ公爵が、固い握手を交わすと、大司教が立ち上がって拍手を始めた。次いでその場の全員が立ち上がって大きな拍手となった。
拍手が終わって全員が座った時に、
「また、絵本になっちゃうです。」
ヴィーが、ぽつりと言ってから、慌てて口を押えた。
すると、キッ と、アブェーラ公爵が大司教の方を睨む。
「絵本にする時は、美人にしてくれよ。分かっておるな、大司教!」
◇
場所を別室に移して、僕は、アヴェーラ公爵とロメル殿下との交渉に入っていた。
「前回試飲していただいた酒と同じものを5本お持ちしました。そしてこちらは、風味が異なるものを試飲用にお持ちしました。」
僕は、前回試飲してもらった「○ントリーのちょっと高めのウイスキー」とは別に、試飲用としてスコッチウイスキーとブランデーを持ってきてみたのだ。
早速、ブランデーをグラスに開け、試飲した公爵が恍惚とした表情になる。
「これは‥‥深いな、ユウ。なんと深い味わいだ……」
「気に入っていただけたなら、こちらもお持ちしましょうか?」
僕の言葉に公爵は、ハッとして我に返ったように、
「いやダメだ。流通させるのは、いかん。エルフの百年酒の価値を下げる。エルフ族とは、森林資源で交易がある。友好関係は保っておきたいからな。」
「なら、公爵家でお楽しみになる分だけお納めするという形で、いかがですか。」
「良い。よいぞ!それでいこう!」
僕は、上機嫌の公爵にもう一つダメ押しをしておくことを考えていた。
「公爵様、これもお試しいただけますか?」
「何じゃ、それは?」
「「奇跡のしずく」と呼ばれる美容薬です。」
「‥‥美容薬とな?」
僕は、高品質で人気の高い日本製の化粧水を持参していた。同じく少し高めの洗顔フォームと合わせて使ってもらうように、公爵付きの侍女に説明を聞いてもらった。
「もし使ってみて、お気に召したなら、こちらも定期的に納品いたします。」
「うむ、分かった。そなたを信じて使ってみよう。」
◇
夕食会も済み、僕たちは客室に移動していた。
リリィとヴィーは、露出はやや少なめだが、可愛らしい夜着に着替えていた。
(うーん、このカワイイ2人と同じ部屋で寝るのは、意識してしまうなぁ‥‥)と僕が、悶々としていたときだった。
「失礼します。ヤマダユウ様。夜分に申し訳ありません。公爵様が御呼びです。至急おいでください。」
先ほど化粧水の説明を聞いてもらった侍女が部屋にやって来た。
僕は慌てた。考えられるのは、化粧水での肌トラブルだ。
現世日本の化粧品が、この世界の人間に合うとは限らないではないか。僕としたことが功を焦ってしまった。
一応、リリィとヴィーにも来てもらうことにした。
功を焦って失敗したとしたら、大変なことになるのではないか? 僕達は、公爵が待つ部屋へと急いだ。
「ユウ、すごいぞ! まさに奇跡のしずくじゃ!」
化粧室のような部屋に案内されると、アヴェーラ公爵は、夜着の薄絹を1枚まとっただけの姿で仁王立ちで興奮している。
確かに、顔のツヤとハリが先程までよりすごく良くなっている気がする。
2人のメイドが、シースルーの前の部分を手で隠していて、僕も目のやり場に困る。
「ユウ。これはすごいことになるぞ。王侯貴族の奥方は、こぞってこれを欲しがるだろう。」
ウイスキー5本の買取金額が大金貨5枚、「美容薬」は5セット持ってきたものを全て、大金貨2枚でお買い上げいただいた。これに加えて、仕入れ等必要経費として大金貨3枚頂くことが出来た。ちなみに、試飲用の酒2本は献上させていただいた。
この資金は、これから盛り上げるウルド領の施策「ブランド農作物」に活かしていこう。
◇ ◇
「ずいぶん進んできましたね。この建物のことは、何と言いましたか?」
「農産物直売所です。」
「そうそう、そうでしたね。ファーレの街角にも野菜などを売る「市」が立ちますが、それを建物の中に集合させるようなもの‥、と伺っておりますが?」
「そうですね。そんな感じですが「取れたての野菜を売る」ということをウリにします。それと調理した加工品も売ります。」
「これほどの大店は、ファーレの街にもそうそうありませんよ。」
公爵家執事のバートさんが訪ねてきてくれた。いつもの公太子殿下の「様子を見てこい」だ。
ウルド領では、整備の済んだ畑に野菜が育ち始めている。畑は一区画が広い長方形で、幅の広い農道が、碁盤目状に整備してある。そんな広大な耕作地と街道に面したところに農産物直売所が建築されている。
「畑の中にも、ずいぶん広い道が整備してあるのですね。」
「はい、荷車や馬車を使って、効率良く収穫作業が出来るようにしてあります。」
「なるほど‥‥。」
バートさんは大きくうなずいて感心しているが、なにか腑に落ちないように首をかしげている。
「しかし、先ほど通ってきて、ファーレの街からこの直売所までの街道が、きれいに整備されたことに驚きました。ファーレの市民が来ることを想定していると思いますが、その‥‥申し上げにくいのですが、ここまで投資しても、それほどの売り上げが見込めるものでしょうか?」
「もちろん、そのための戦略も考えています。」
僕は、ウルド領振興施策「ブランド農作物」の最後の詰めを考えていた。
肥沃な畑で順調に育つ野菜は、豊作を迎えるだろう。しかし多くを売り上げるためには、広報・広告を含めた販売戦略「プロモーション活動」が必要だ。
「収穫祭の開催等で、「神の祝福によって豊穣を迎えたウルドの農産物」を大々的に宣伝するつもりです。」
「うーむ、ユウ様の企ては、とどまるところを知りませんな。」
バートさんが帰った後、僕はいつもより早めに代官所の宿舎へ帰って来た。明日は満月だ。明日は朝から現世日本へ向かい、重要ないくつかの要件を済ませる予定だ。
先月、大事な約束を取り付けた相手とも会う予定になっている。
目的は、武器の調達だ。
◇ ◇
「本当にベース(基地)に入って来れるんだね。君は、どんなコネクションを持っているんだい。」
「僕のコネクションではないんです。僕は、あくまで雇われの身なので。」
黒人の男性が僕に向かって微笑む。○メリカ軍○須賀基地内のA2倉庫に僕は来ていた。
彼とは、前回日本に帰って来た時に、基地の近くのショットバーで知り合って意気投合して(そうなるように立ち回ったのだが)こんな約束を取り付けていた。
「君が基地の中まで来てくれるなら、取引できるよ。」
手に入れたいのは拳銃だ。○メリカ本国での販売価格の10倍の値段で購入することで取引の約束をしていたのだ。
僕はこの約束を取り付けた後、基地内の様子をフェンス越しに確認し、鍵を掛けなそうなドアを見つけ、そこへ「移動」することにしたのだ。
「鍵を掛けなそうなドア」があるのは屋外トイレ。その最寄りの建物がA2倉庫だったのだ。
このトイレのドアに確実に移動するため、フェンス越しだが写真も撮り、具体的にイメージすることで移動することが出来た。
これからウルド領は現金収入が増えてくることが想定され、防犯対策も必要になってくる。当面は、公爵領から衛士隊を借りることにしているが、自衛手段も必要だ。
僕は、自分用にオートの最新型ハンドガン、ヴォルフに持たせるつもりで操作が簡単で威力の高い大型のリボルバーを、それぞれ2丁ずつ手に入れた。
また、先月バイクショップに注文しておいたローライドタイプの中型バイクを2台購入し、アパートへ運んでおいた。そのあと秋葉原の専門店で恥ずかしい思いをしたりしながらも、必要物資を購入した。
◇ ◇
「だだいま。」
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
帰りは深夜になったが、みんな待っていてくれたようだ。バイクの持ち込みは、片手で扉をあけながら、片手でバイクを押さなければならないので、運び込むのに苦労した。
「なんですか。これは?」
バイクを運びながら不思議そうに見るヴォルフに、
「うーん、‥‥鉄の馬? ヴォルフと僕が乗るんだ。」
「えっ、俺もですか?」
「そう、明日から特訓ね。」
「はっ、はい。」
明日からは、出かけるときはバイクを使うことにしよう。でも、ファーレの街の中で乗るのは、当分遠慮しようかな。大騒ぎになっても困る。
そして、拳銃は森の中にでも行って練習をすることにしよう。