【番外編】~余談ですが~ 聖獣ノワ編① 我は聖獣、大切なお役目があるのだ。
番外編を追加する都合上、「連載中」の表示に戻っていますがご了承ください。
あと何話かアップする予定です。
◇ ◇
「ノワ、 ノワーッ。 出てきておくれ。」
大司教様の声が聞こえる。我をお呼びのようだ。行かねばならぬ‥‥しかし、眠い。起きねばならんのに‥眠い‥。
大教会の庭で、使用人の娘の膝で日向ぼっこをしていた我に、お呼びが掛かったのだ。
起きねばならぬのに‥‥眠い。
大司教様からお呼びが掛かるなど、一大事である。直ぐに起きねばならんのに、ぽかぽか陽気と娘の膝の心地よさが、まるで魔物の呪いのように我を眠りに縛り付ける。この戦いに打ち勝って、我は大司教様の元に駆け付けなければならぬのに‥‥、この戦いは熾烈を極め‥‥
「ノワ、大司教様がお呼びだよ。なんだ、ねているのかい? しょうがないなぁ。」
ひょい、と若い神官の男に抱き上げられ、我の戦いはあっけなく終わった。
「この子を連れて行くといい。その手の事には、頼りになるはずだよ。」
大司教様が我を紹介しているのは、「ユウ」と呼ばれたちょっとへんてこな男だ。
ぱっと見は弱弱しく見えるのだが、不思議と力強いオーラに覆われている。
ユウは、我を大司教様から受け取り、懐に入れると「鉄の馬」とかいう魔物にまたがった。
その途端、
ドドド!
という凄まじい咆哮を上げたその魔物は、物凄い勢いで走り出した。
「びっくりしたかい? ごめんね。」
声を掛けられて我は、ユウにしがみ付いていたことに気付いた。
別にびっくりなどしていないが、少し驚いただけだ。この男、やはり只者ではないようだ。
◇
「きゃあ! 闇ヒョウなのですか?!」
ユウの家に着くと、我を見て歓喜するダークエルフの娘に迎えられた。
我の事を子猫としか思っていないユウとは違って、さすがにダークエルフだけあって我の事を分っているようだ。
しかも美しい。我はこれほど美しい娘を今まで見たことが無かった。
この美しい娘は「ヴィー」という名のようだ。
ヴィー殿に抱かれると、森の匂いと少し甘い香りがした。
「闇ヒョウは、出来るだけ抱いてあげると良いのですよ。すごく頼りになるですよ。」
やはりヴィー殿は、我の事を良く分かっている。
ヴィー殿は抱き方も上手い。抱かれていると直ぐ眠くなってしまいそうだ。
ヴィー殿は、我を膝に乗せてしばらく裁縫をしていたが、
「出来たのです!」
と言うなり、裁縫で作った布で我をくるんで抱き上げた。
「これならノワを抱っこしたまま、家の事が出来るですよ。」
ヴィー殿は、柔らかな胸で我を抱くように固定すると、鼻歌を歌いながら家事を始めた。
ヴィー殿の胸に抱かれて、その歌声を聞いていると、なぜか自分が生まれた森の事を思い出した。
生まれて直ぐに親とはぐれてしまった我だが、ヴィー殿に抱かれていると、母上に抱かれていた時の事を思い出す。しかし、母上とはぐれてしまってからは、森の中では、他の獣から逃げていなくてはならなかった。
比較的他の獣と会わないで済む街道沿いをフラフラと歩いている時に、
「君は、ひょっとして「闇ヒョウ」じゃないのかい?」
人間に見つかって捉えられてしまったのだが、それが大司教様だったため、我は命を救われ、教会で大切に育てられることになったのだ。
「ユウ様、ちょっと抱いていて下さいです。」
ヴィー殿は、夕食の支度でかまどの火を使う時だけ我をユウに預けた。
ユウは「ちょっと過保護だろう」などと言いながらも我を抱いた。文句を言うわりには、抱き方も撫で方も上手い。さすがに魔物を手なずけるだけのことはある。
ヴィー殿にそのことを指摘されると「僕はネコを飼っていたことがあるから、扱いは慣れている。」等と無礼な事を言っていた。
しかし、ヴィー殿は過保護で我を抱いている訳ではない。友好を深めているのだ。
闇ヒョウは、共に暮らす群れの仲間を守護する性質があるので、ヴィー殿はそれを知っていて、友好を深めているのだ。
夜になれば、我は強い力が出せる。2人ともしっかり守ってやらねばなるまい。
「ノワも一緒に寝るですよ。」
ヴィー殿は、我を抱いてベッドに入った。
我は、夜になれば強い力が出るので、守ってもらわなくても大丈夫なのだが、ヴィー殿が我と一緒に寝たいのであればお供しよう。
そう思ってベッドに入ってしばらくした頃だった、
目を覚ますと、ベッドの中でユウが、我の姿に驚いている。
ムリもあるまい。昼間の我は情けなくも小さな子猫のような姿だが、今は闇ヒョウの本来の姿になっていたのだから。
それにしても、先程から玄関の方から怪しい気配がしている。
ベッドから降りて様子を見に行きたいのだが、ヴィー殿に抱き着かれて身動きが取れないのだ。スヤスヤと眠るヴィー殿を起こさないようにするためにはどうしたらよいかと、考えていたのだ。
「お前、ひょっとしてノワか?」
ユウもようやく我だと解ったらしい。気付くのが遅いぞ。
しかし、ヴィー殿の腕を優しく解いてくれている。気は利くのだな。よしよし、頬ずりをしてやろう。
おっ、そうしているうちに怪しい奴が家の中に入って来てしまった。仕事をせねばならん。ベッドから降りよう。
我が足音も立てずにベッドから降りた時、
「入って来たです。」
ヴィー殿も気が付いて起きてしまったようだ。しかし、安心されよ。直ぐに追い払って見せよう。
ウォーーンン!!
我の咆哮が怪しい奴を蹴散らした。
しかし、まだ少し残っているな。もう一回だ。
ウォーーンン!!
我の咆哮には魔を払う力がある。玄関から入って来た怪しい影の気配が、2度の咆哮で完全に散り失せたのが確認できた。
「もう大丈夫なのです。」
ヴィー殿が安心した様に微笑んでいる。
「ノワ、おいで。」
ヴィー殿が両手を広げて我を迎えてくれているベッドに飛び乗ったが、危うくずり落ちそうになった。いつの間にか体が小さくなっていたのだ。張り切って力を込め過ぎたらしい。
「ノワ、ありがとうです。」
ヴィー殿の柔らかな胸に抱かれると、森の匂いと甘い香りがして、我は直ぐに眠くなってしまうのだった。