~代官になったので領地をプロモーションします~
完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。
◇ ◇
トンカン、トンカン、
金づちの音がウルド領の代官所に響く。
「ヴォルフさーん。ちょっと、ここ見てもらえませんか。」
「おう。今行く。」
代官所は今、増築工事をしている。ロメル殿下が運んできてくれた支援物資の食料や生活雑貨(あの後に第二陣も届いたのだ。) を入れておく倉庫も必要だし、もともと手狭だった会議室を増築して会議棟にしたかったのだ。
「皆さーん、お茶が入りましたー。休憩にしてくださーい。」
リリィとヴィーが、お茶を運びながら声をかけている。
僕は工事の様子を見ながら村長と相談していた。代官所の会議室は工事中なので、食堂のテーブルで向き合っていた。
「道の補修や洪水被害の後片付けは、大体終わりましたよね。代官所の増築も、もう少しで終ります。これからは、領内の産業の基盤を整えていこうと思います。」
「産業の基盤‥‥ですか?」
「はい、もちろん農業が中心となりますが、領内で加工品も作れるようにしていきたいのです。そしてゆくゆくは、第三次産業も取り入れたいですね‥‥あ、失礼しました。独り言です。」
僕が調子に乗ったために、村長が「???」という表情になってしまった。
洪水時にウルド側の堤防を決壊させたことによって、大量の土砂が領内の耕作地に流れ込んだ。
もともと、このウルド領は、ファーレの街を洪水被害から守るために、遊水池の役割を果たしていたのだ。先々代公爵がウルド側にも作ってくれた大きな堤防によって、洪水が領内に溢れることは無くなったが、同時に洪水氾濫によって土地が肥沃になる働きも失われていた。
しかし、今回の氾濫によって畑には肥沃な土が大量に入った。
ウルド領が持っていた遊水地の役割は今後解明されていくだろう。
僕は、これからの領内における施策展開を村長に話しておくことにしたのだ。
「大事なことが一つあります。大司教様の宣言「神の祝福による豊穣」ですが、これを必ず実現させなければなりません。」
「えっ? でもそれは、わしらが心配しなくとも神様がお約束してくれたことじゃぁ、なかろうか?」
村長が、不思議そうな顔で首をかしげている。
「村長。あれは僕が大司教様にお願いして言っていただいた言葉なので、神の啓示があったわけでは無いんです。「豊穣」は、僕らが頑張らなければ訪れません。」
「ええーっ! ‥‥ぐっむ‥‥。」
僕は、大声を上げた村長の口を慌てて押えた。
「村長、落ち着いて聞いてください。考えがあってのことです。」
「こっ、これも代官様の‥‥く、企てなのか。」
村長は、脱力してテーブルに突っ伏してしまった。
「村長、しっかりして下さーい。」僕が呼びかけると、ガバッと跳ね起き「大変じゃー。」と小声でつぶやいた。
「大変ですけど、ウルド領振興のまたとない機会です。頑張りましょう。」
村長は大きくため息をついた後で、意を決したような表情になった。
「わしらは、何をすれば良いのですか。」
「はい、それを説明します。」
「ぶらんど‥‥農作物ですか??」
「はい、ブランド農作物です。」
「なんですかな、それば?」
眉間にしわを寄せながら聞いてくる村長に、僕は説明を続けた。
「農作物や工芸品の中で、名産物や特産品と言われるようなものには、何かしら付加価値が付いているものが多いのです。」
「付加価値‥‥ですか?」
「はい。僕はこの国に来て日が浅いので、よくわかりませんが、ファーレの街に何か名産物はありませんか?」
「名産物かどうか分かりませんが‥‥」村長は、何かを思い出すように、話し始めた。
「ファーレの‥‥大教会のすぐそばに、焼き菓子の店があって、あれは有名じゃなぁ。買って帰ってきて食べてみると、それ程うまいもんでも、ないんじゃが‥‥」
「それです!」
「えっ?」
僕が人差し指を立てて指摘すると、村長は驚いた。
「大教会のすぐそばで売っているから、礼拝に来た人は、つい買ってしまう。それは「大教会の傍で売っている菓子」が、「大教会のお土産」という付加価値となって売れるのです。」
「ふむ、大教会のすぐそばで売るから、大教会のお土産として、つまらない菓子でも売れる、という訳か。」
「そういうことです。」
「しかし、わしらの村に、そんな付加価値はあるんじゃろうか?」
首をかしげる村長に、僕はもう一度人差し指を立てて、
「あるじゃないですか。「神の祝福」が! 我々がこの地で作る農作物は「神の祝福を受けた農作物」になるのです。
我々は、収穫期に豊作を迎えて、「神がもたらした豊穣」を実現してみせるのです。そして「神の祝福を受けたウルドの農作物」として大々的に売り出しましょう!」
「実現してみせるといってもなぁ‥‥。」村長が弱気なので、だめ押しをしておく。
「豊作を実現しなければ、大司教様が嘘つきになってしまいますよ。」
「なっ‥‥」村長は、言葉を失い、しばらくしてから、
「勝算はあるのでしょうな?」と、怖い顔で僕に聞いてきた。
「もちろんです。」
「ふうーっ」と村長が、大きなため息をついた時「失礼します」と、リリィがお茶を運んできた。
配膳するリリィに村長が礼を言いながら、
「おぬしらのご主人は、本当に大したお方じゃな。」
村長の言葉に、リリィは少し驚いた表情をしたが、メガネを「スチャッ」と直しつつ満面の笑みで、
「はい! 信じて付いていけるお方です。」と、元気に答えた。
村長は、リリィの後ろ姿を見送ってから、僕の目を真っ直ぐ見て、
「わしらも信じて付いていきますぞ。」
決意を噛みしめる様に言ってくれた。
◇ ◇
ぼくは、会議所の増築工事が終わった代官所に、領民の代表を集めて、今後、栽培する作物について話し合うことにした。領民に、自分たちで作物を選ぶところから参加してもらうことにしたのだ。
そのために、まずは「試食会」を開くことにした。
現世日本へ行き、試食用の野菜を大量に買い込んできたのだが、満月の日が少し前だったため、生野菜として試食できるものは少ない。
【ジャガイモ】茹でて塩を振っただけのものと、今は品薄だが、油の供給も見越してフライドポテトを用意した。
【カボチャ】煮たもの。それを練り固めて井戸水で冷やし、プリンのようにしたもの。カボチャは、この世界にもほほ同じ物があるが、甘みは少ない。
【トウモロコシ】茹でたもの。この世界にも、ほぼ同じものがあったが、製粉用で甘みが少ない。
【トマト】カットしただけ。この世界にも、ほぼ同じものがあったが、酸味が強く調理用。
【メロン】カットしただけ。ただし、マスクメロンのような高級品種ではなく、栽培しやすい品種。
なお、現世日本から持ち込んだこれらの野菜と比較するために、ファーレの市場から買ってきてもらった野菜を数種類用意した。
結果は、概ね予想通りだった。
ジャガイモとトウモロコシは大好評。「茹でるだけで、こんなにおいしい野菜があるとは!」
みんな目を丸くしていた。なお、フライドポテトは、取り合いになってしまった。何とか油の供給を考えなければならない。
カボチャは、この世界にもほぼ同じものがあるということで、スイーツにチャレンジしたのだが、カボチャプリンは、女性陣に大好評だった。
トマトとメロンは、いうに及ばす大好評。どうやら皆、甘味に飢えているようだ。並行して砂糖の開発に取り組む必要がある。しかし、話を聞いたところ、茎をかじると甘い汁が出るというサトウキビのような植物が、こちらにもあるらしい。この入手を急ぐことにした。
「あれほど美味しい野菜も果物も、今まで食べたことがありませんでした。」
試食会の後で、村長と世話役に残ってもらい、打ち合わせを行うことにしたが、村長たちは「うまかったなぁ。」と試食会の余韻に浸っている。
僕の領地経営戦略「ブランド農作物」は、農産物とともに加工品も売り出していく予定なので、調理も考えた野菜選びだが「豊穣」を実現するためには、栽培が簡単なことも重要だ。
今回紹介した野菜と果物すべて「ぜひ作ってみたい。」ということになった。