~最終話 異世界国づくり後編⑤~
◇ ◇
トンカン、トンカン、
ファーレ大教会の隣に大きな建物が造られていた。
「順調みたいだね、ベルガさん。」
「ああ、ユウ様。お疲れ様です。」
総監督を務める職人ギルド長・ベルガさんに声をかけると笑顔で返事が返ってきた。
今、建設を進めているのは学校だ。
これまでも「王立院」等の貴族達が通う学校はあったが、庶民の子供達のための学校は無かった。しかし、ウルドでリリィが教えた子供達の実践的な活躍を見てから、庶民の子供のための学校の必要性が高まっていたのだ。
「初代の校長先生は、リリィ ってことで、よろしくね。」
「ええっ?! そんなのムリです!」
リリィは、僕の無茶振りを初めは固辞していたが、大司教様が後ろ盾の「理事長」になってくれる事や、リリィが校長になった方が大公家(元公爵家)の支援が受けやすいことを説明すると、「夫の了解が得られたら‥‥」と渋々了解した。
実はヴォルフには、もう根回しが済んでいるのだ。すまんリリィ。
そしてリリィから出された条件は「養護担当」として、ヴィーに協力して欲しい、とのこと。こちらは問題無いだろう。
一方、ヴォルフは、男爵から子爵になっていたが、正式な役職はウルド村の代官だった。そんなヴォルフに、ロメル王から新たな役職が提示された。
公都ファーレの衛士隊長だ。
これまでロメル自らが務めていた経緯もあり、最初は固辞していたヴォルフだが、ロメルの「僕の時は形式的だったけど、君には実際に街を守って欲しい。」と言われ、引き受けることにしたのだ。
僕も「魔導騎士団」の団長を退き、ゾラに団長を任せることとした。
僕は宰相という立場に加えて、王国との産業連携という役割が出来たからだ。
魔物とのこれまでの戦いによって、僕の仲間達は高い地位や要職を得ているが、彼らにはこの街をその目で俯瞰してもらいたいのだ。平民や下級貴族出身の彼らが上の立場からこの国の政|まつりごと|をどうとらえるか? これからの国造りにとって大切な視点になるはずだ。
そんな中、気になっていることが一つある。
この頃、ヴィーが時々考え込んでいる時がある。何か心配事でもあるのだろうか。
機会を見つけて聞いてみようと思った。
◇ ◇
ドドドド、
僕はバイクの後ろにヴィーを乗せて、ファーレン公爵領・現大公直轄領内を回っていた。
今後の振興施策を考える上で領内を回ってみようと思い、それにヴィーを誘ったのだ。
まずはファーレの街を回ってみると、街は活気に溢れていた。
運河を行きかう船には多くの荷物が積まれており、それが集積される流通拠点から街中へ行き渡っていく。
また、多くの人が行きかう街には、様々なファッションに身を包んだ人達が見られ、服飾産業は既に地域の風土に根ざした独自進化を遂げているようだ。これを王都で展開したら、どんなことになるのか楽しみだ。
次に、久々にウルドに行ってみて、直売所に顔を出した。
直売所は増築を重ねた結果、ちょっと人の導線コがントロールしにくくなっているようだ。それを指摘すると、スタッフは合点がいった様子で、早速改善すると言っていた。
ウルドの代官所にも寄ってみると、以前のまま、ログハウスのような建物のままだった。僕とヴィーが、懐かしさに見上げていると、後ろから声がかかった。
「そろそろ建て替えましょうか、と申し上げたのですが、代官のヴォルフさんが「このままがいい。」って言うものですから。」
振り向くと、村長がいた。その後ろにルー姉さんとウルド直売所のスタッフが来ていた。僕らの来訪を聞いて来てくれたのだ。
「ヴォルフがそう言ったのも、分かります。ここは、僕たちの始まりの場所だから‥‥」
代官所で少し話をしたが、ウルドの村では食と農に関する様々な取り組みをしていて、それを周辺地域で役立てている。
最近では、ミクがラズロー伯爵領から見慣れない根野菜持ち込んで来て「これを使って何か料理を考えて。特産物にしたいの。」そんな無茶振りもあったそうで忙しそうだ。
「国内には、以前のこの村のように貧困にあえいでいる村が、まだあるはずです。そんな村を見かけたら、私たちと同様に助けてあげて欲しいのです。」
村長の言葉に、ルー姉さんもうなずいた。
「そんな村を見つけたら必ず応援します。その時はウルドのみんなも協力して欲しい。」
村長と握手を交わしてウルドを後にした。
その後、ヴィーの希望で東部領のセレスの泉に立ち寄ることにした。
ドドド‥
バイクを止めたが、ヴィーが僕にしがみついていて降りようとしない。
「ヴィー、どうしたんだ?」
ヴィーは、しばらくうつむいていたが、意を決した様に僕を見て、
「ユウ様! ユウ様は、元いた世界に帰れるとしたら‥‥帰りたいですか?」
「突然どうしたんだ!? ヴィー?」
「ゾーディアックがいなくなった今、ユウ様を縛るものは何もないと思うのです。ユウ様は元いた世界に帰りたくないのですか?」
僕らはバイクを降りて話をした。
「うーん、月に一度は行けるからなぁ‥‥」
「もしも、帰れることになって‥‥例えば、行ったきりになっちゃうけど、向こうの世界に帰れることになったら、帰りたいですか?!」
真剣な表情になっている。
「どうしたんだよ、ヴィー?」
「ゾーディアックがいない今、セレス様にお願いすれば‥‥強い力があれば、帰れるかも知れないのです。そうなったら、ユウ様は、元の世界に帰りたいですか?」
「ヴィー‥‥」
「一度しかない人生の‥‥100年もない一生を‥‥後悔のないように生きなければいけないのです! だから、だから‥‥」
話の途中から涙を流し始めたヴィーを、僕は抱きしめた。
ヴィーは人と同じ寿命になったことで、人生を真剣に考えたのだろう。そして自分のことより僕の人生を本気で考えてくれたのだろう。その中で、僕が元居た世界に帰ることが一番の幸せなのではないか、という思いが頭をよぎったのだろう。
「セレス様に相談したら、ユウ様は、元居た世界に帰ることが出来るそうです。」」
決意に満ちたような表情を見せるヴィーの後ろに、いつの間にかセレス様が立っていた。足元のテレス様が心配そうな表情で僕らを見上げていた。
「ヤマダユウ殿、ヴィーに相談を受けて貴方の魂を見せてもらいました。貴方の魂からは魔物の残滓は消えています。それによって貴方にかけられていた呪い‥‥制限といったほうが良いかもしれませんが、それも消えています。」
「それは‥どういう事ですか?」
僕の問いにセレスは静かに語った。
「ゾーディアックという魔物は、貴方をこちらの世界にとどめるために制限をかけた様です。自分が道具として使おうとしている貴方が、必ずこちらの世界に帰ってくるための‥‥。一定時間以上貴方が向こうの世界にいられないようにする制限をかけたのです。
しかしその制限は、もうありません。
でも魂が安定していられる世界は一つだけです。ヤマダユウ殿、貴方が生きていく世界を選ぶのです。
元居た世界か、こちらの世界、どちら一方を選ぶ事が出来ます。
今の私は、満月の力を使わずとも、貴方を向こうの世界に送り返すことが出来ます。
今夜、回廊を造りましょう。異なる世界を繋ぐ回廊を。よく考えておいて下さい。あなたの残るべき世界を。」