~最終話・異世界国づくり前編⑦~
◇ ◇
グラント王国・クラン王子の戴冠式の当日、僕とミクは式典の手伝いのため王宮に来ていた。
ミクは、式典後のパーティー料理で、デザートを任されていたのだ。
先日、ミクが紹介された時のこと、
王太后の紹介でやって来た小娘が、パーティー締めくくりのデザートを担当するという事が伝えられると、王宮の料理人達が猛反発したが、ミクの持ち込んだ焼き菓子を食べた途端に態度が豹変した。
「これほど美味い焼き菓子は食べたことがない!」
「生菓子を作らせたら、いったいどんなことになるのだ!?」
料理人のプライドよりも好奇心が勝ってしまったのだ。
そして実際にミクが試作として作ってみせた生菓子に、王宮の料理人達が驚愕したのは言うまでもない。
◇
「王宮の警備を外部の者に手伝ってもらうなど、納得いきません。」
「そう言うなよ。4人だけだからさ、受け入れてくれよ。」
詰め寄る王宮警備隊の若い衛士を、隊長のバルガスがなだめている。
「そもそも俺の方から頼んで来てもらったんだからさぁ。」
「ええっ、バルガス隊長自らですか? いったいどんな人達なんですか?」
「おっ、ちょうど来たようだぜ。」
バルガスの視線の先には、こちらの向かって歩いて来る男女の姿があった。
女性はリリィとベニ、男性はヴォルフとゾラだった。
「こ、この方達は‥‥ひょっとして!?」
若い衛士がヴォルフとゾラを見て驚いている。「剣豪5指」に亜人として初めて選ばれたヴォルフ、魔道騎士団副団長のゾラ。この2人の武勇は、王国にも広く知れわたっていたのだ。
「そうだ。ファーレン大公国の魔道騎士団、古代竜との戦いの英雄達だぜ!」
バルガスが紹介すると、
「それを言うならバルガスさんだって、その1人だろう。」
ヴォルフが笑顔で返した。
「彼らの魔道具は、遠距離から正確に攻撃出来る上に強力だ。もしも突然刺客が現れた時には、俺達よりも確実に仕留められるんだ。」
バルガスの紹介に、
「バルガスさんには、先日助けて頂きましたから、ご恩返しと思って参りました。」
丁寧に答えるリリィに、
「こんなにきれいな人が、古代竜と戦った魔道具使いなのですか?」
若い衛士が頬を染めて驚いていた。
◇
「ロメル殿、色々とありがとうございます。本日もどうかよろしくお願いします。」
王宮に到着したロメル公太子を、王太后バーシアが自ら出迎えた。ロメルは戴冠式に出席する予定となっていたが、予定よりもかなり早く到着していた。
本日行われる戴冠式自体は形式的なもので、段取り通りにやれば、特に問題は無いのだが、その前に行われる国内領主貴族達との会見が問題であったのだ。
先日、ロメルの元を訪れ、王国を離反してファーレン側に寝返ろうとしたベリル侯爵だったが、彼は、僕らにゆすられるネタを提供しただけとなった。彼を追求したところ、彼らはこの会見で離反を表明しようとしていたことが分かった。
会見の様な表立った場で離反を表明することで、王子の信用を失墜させると共に自分達に同意する仲間を増やすことが目的だと白状した。
その情報を事前に手に入れた僕らは、この会見を逆にクラン王子に有利になるように利用することにしたのだ。
◇
先日、クラン王子がファーレン公爵領に滞在中に、このベリル侯爵離反の情報が入ったので、僕らはクラン王子と対応策を練ることが出来ていた。
「王国内で信頼できる領主貴族は居ますか? 例えばセダム公爵との関係はいかがですか?」
「うん。‥‥恥ずかしながら信頼できる有力者は、セダム公爵くらいしかいないんだ。」
ロメルの問いに目を伏せて恥じ入るクランに、
「ベリル侯爵と双璧の勢力ですね。セダム公爵が味方であれば心強いです。」
笑顔のロメルにつられてクランも笑顔になった。
「うん、何かと頼りにしていて、戴冠式の準備もセダム公爵を中心に進めてもらっているところだ。」
「ベリル侯爵の不満は、ひょっとしてその辺りから出たのかもしれませんね。自分が家臣の頂点には立てなそうで、不満を抱くことになった?」
首を傾げる僕に、
「それは分からないが、セダム公爵が味方に付いておられるなら、尻尾を掴んだベリル侯爵の方は上手く使うだけだな。」
怪しく笑うロメルだった。
セダム公爵は、(旧)グラント王国の3人の公爵の中では、最も穏健派・慎重派の初老の男性で、
アヴェーラ公爵をして、「グラント王国の良心」と言われる御仁だ。
僕もロメル殿下から「カント公爵を良く諌めてくれていたし、ファーレン公爵と連携領主達が離反・建国するにあたっても、慰留を求めてきた。」という話を聞いたことがある。
「セダム公爵には、会見の場で王子を応援してもらえるように根回しておこう。」という事になった。
そして、クラン王子が王都へ帰る日、ミリアはアヴェーラに相談していた。
「戴冠式(その前の会見)という、大事な行事を前にしたクラン王子の側に居させて欲しい。婚礼前だが、グラント王宮に行かせて欲しい」と。
それを聞いたアヴェーラは、色々と表情を変えながら悩んだ後、
「行ってまいれ。ただし、戴冠式が終わったら帰って来るのだぞ。お前との、別れの準備は‥‥全く‥全く、出来ておらぬのだから。」
ミリアを強く抱きしめたのだった。