~最終話・異世界国づくり前編⑤~
◇
街に出ていたミリア達をアヴェーラが出迎えた。
ミリアが、何かすっきりした顔をしていたので、
「楽しめたようだな。」
声を掛けると、
「はい。後はお兄様とユウにお任せしようと思います。」
笑顔で答えていた。
「ロメル殿、ヤマダユウ殿、ご相談があるのですが‥‥」
ミリアが連れて来た絶世の美姫が、ロメル殿下の執務室を訪ねて来た。
僕とロメルは、立ち上がったまま、あ然と見とれてしまった。
「え? ああっ! ごめんなさい! クランです。着替えてきます!」
顔を赤くして駆け出すクラシス姫ことクラン王子に見とれていると脇腹に激痛が走った。
「いってぇ!」
ミリアが僕の脇腹を思いきりつねったのだ。
「お兄様、何を見とれているのですか!? リーファに言いつけますよ!」
「クラン王子か? もともと美しいとはいえ‥‥化けるものだな。」
あごに手を当てて感心するロメルに文句を言っている。
「まったくもう! 男って、まったくもう!」
「ちくしょう。‥‥なんで抓られるのは僕なんだ。」
脇腹をさすりながら、納得のいかない僕だった。
着替えを済ませたクラン王子と僕達は、ロメル殿下の執務室で話し合うことにした。「邪魔しないから聞かせて」とミリアも隣のテーブルに着いた。
「カント公爵の言っていた「国是」だが、民を苦しめるような国是は、正直言って僕も受け入れがたいんだ。‥‥しかし、多くの領主貴族達を納得させる術を、僕は持っていない。今の領地を保つためには、国是を受け入れるしかないのだろうか‥‥」
心優しいクラン王子は、やはり悩んでいたのだ。
「クラン王子は、民の暮らしも守りたいけれど、領主貴族達には離反して欲しくないんですよね。」
僕が少し意地悪な言い方をすると、
「そうだ‥‥僕は君達のように大胆な行動はとれない臆病者なんだ‥‥」
クラン王子が目を伏せると、別のテーブルにいたミリアが、
「ユウ! 嫌な言い方しないでよ!」
口を挟むと
「君は黙っていなさい。」
ロメルに制されると、口を尖らせた。
「あのう、ところでクラン王子。国是って、そもそも守らなきゃいけないんですか?」
「ユウ、貴方何言って‥‥」
口を挟もうとしたミリアが、ロメルに睨まれて、慌てて手で口を塞いだ。
それを横目に僕が、
「国王が、「自分はこのように思う。」って言えば、それが国是で良いんじゃないですかね?」
「ええっ?!」
驚いたクランがロメルを見ると、ロメルは笑って頷いている。
「クラン王子は戴冠式で正式に国王になるのですよね。」
「そうだが‥‥」
「その時に、「これまではこうだったかも知れないけど、今後はこうするからね。」って言っちゃえばいいんじゃないですか。」
「ええっ!? そんな簡単に‥‥」
考え込む王子に、
「「所信表明」ってヤツです。」
それまで黙って聞いていたロメルが、
「殿下、貴方はグラント王国を、どんな国にしたいですか?」
「ええっ? 突然言われても、直ぐには‥‥答えられない。」
言葉に詰まるクランに、
「貴方が、グラント王国を、こんな国にしたいと思う。その考えが国是となるのでは、ないですか?」
ロメルにそう言われると、
「私が、どんな国にしたいと思うか、‥‥それが国是?‥‥」
驚いたような顔をしているクランに、
「王子がどんな国づくりをしたいか、それをこれから、少しまとめてみませんか?」
僕が声を掛けると、
「では‥‥聞いてくれないか? やってみたいことが沢山あるんだ!」
パッと笑顔になった、
その後、ロメルの執務室にグラント王国の地図や王都の地図を持ち込んで、議論が始まった。
農業に話が及ぶとミクを呼び、産業・職人の話になった時にはギルドからギルド長を呼んだ。途中で作業を手伝わせるためにワグルを合流させた。
クランの考えや、やりたいと思うことを語ってもらい、それを付箋紙に書いて地図に張っていく。地図が付箋紙でいっぱいになると、ワグルが項目ごとに整理していく。
「面白いやり方ですね。」
ワグルが思わず呟いた言葉に、
「うん。とても面白い!」
クランが笑顔で同意してくれたことに、ワグルが恐縮している。
ミリアがミクに頼んで差し入れの軽食を届けてもらった。それを食べながら、僕らは夜遅くまで議論した。
時が経つにつれて打ち解けてくると、クラン王子も含めて僕らは床に車座に座り込んで議論した。手ぶりも交えて、時にはちょっとした口論になったり、笑い合ったり、良いアイディアにはみんな揃って同意したりした。
一度退席したミリアが、長時間に及ぶ議論を心配して様子を見に来たが、ドアの隙間から中を見て入るのを止めた。
それを後ろから見ていたマリナが思わずつぶやいた。
「ミリア様が大好きな光景‥‥その中に、クラン王子も入って頂けるなんて。本当に良かったですね。」
ミリアがのぞいた部屋の中には、少年のような笑顔で議論するロメル、ユウ、そしてクランがいたのだ。
僕らは、まず王子が、国をどのような形で繁栄させていきたいと考えているかを確認した。
クラン王子から聞き出したことを整理すると、次のような事だった。
これまでの王国のやり方では、領地の運営は各領主に一任されていたので、同じ産業で領地同士が競合してしまったり、特定の資材や農産物が余ったり不足したりもした。
王子はこの状態を改め、適材適所で地場産業として発展させることを望み、それを王宮で交通整理することで解決したいと思っていた。
そして僕が繊維産業で作り上げたサプライチェーンに強い興味を示し、王国の地場産業にも、これに取り組んでみることにしたのだ。
この地場産業の保護育成を国の発展の柱とする時に、産業の原動力である民をどう守っていくか、その役割を領主貴族達にどう果たさせていくか、それこそが、グラント王国の国是となるのだろう。
それが、今回のクラン王子の到達点となった。
もうじき朝日が昇って来そうな時間となり、「今日は、もう休もう。」となった時だった。
「至急ご報告したい案件がございます。」
影の手を伴ってバートが入って来た。その後ろには心配顔のミリアもいる。
「クラン王子は、もうお休みになる。その後にしよう。」
ロメルが声を掛けたが、
「いいえ、王子様に関係するというか、王子様に重要な案件でございます。」
「どうしたというのだ?」
「「それが‥‥」
バートがクランの王子の方に目をやりながら、言いにくそうにしているので、
「言ってくれ、多少の事では驚かないから。」
クラン王子が笑顔を作って見せた。
バートは、「ふう」と一つため息をついてから、
「ベリル侯爵がロメル殿下との会談を望んでおるようです。どうやらグラント王国側から離反しようとする動きがあります。」
それを聞いた王子が、フラッとしたのを、
「王子! しっかりして下さい!」
僕とワグルが慌てて支えた。
「すまない、ちょっと疲れているだけで‥‥大丈夫だ。」
王子は、健気に気丈に振舞っているが顔色も優れず、ショックは大きいようだ。
ベリル侯爵家は、ラートル侯爵家と並ぶ、国内の双璧ともいえる大貴族だ。その当主のベリル侯爵が離反すれば、その影響は大きいだろう。ともすれば、多くの貴族がそれに続くかも知れないのだ。
「そうなった場合‥‥ファーレン大公国は、受け入れるのだろう?」
クランに力なく問われたが、
「えっ? 「今さら」って感じですよねえ。殿下。」
「そうだな。ユウ、何て言っただろうか?、大事な決戦の後から味方になろうとする者達の扱いを‥」
「外様ですね。」
「そう、それだ。歓迎されると思ったら大間違いだよな。」
憤慨している2人を見て、不思議そうにしているクランだが、ロメルは続けた。
「僕らは、命を賭して誓い合った上で、古代竜との戦いに臨んだのだ。今さらクラン王子を裏切って、我らに着こうとなどと考える輩には、ユウ、どうする?」
「ネタを押さえて、揺すりましょうか?」
「そうだな。魔法の鏡(録画)を仕掛けて、会うことにしよう。」
悪い顔になっている2人を見てミリアが、
「もう! 悪だくみばっかりしてぇ!」
しょうがないわねぇ、などと小言を言いながらクラン王子には、
「この2人に任せておけば、悪いようにはならないと思います。あっ、でも悪だくみしようとしているんだから、説得力ないですよね。」等と言って笑顔を見せてくれる。
(いつでも‥‥僕を励まそうとしてくれる。)
クランが目をやるとミリアは、
「ユウと会ってから、お兄様まで悪だくみを覚えちゃったわ。」
口を尖らせて、ブツブツ言っている。
その顔を見たクラン王子は、目を閉じて大きくうなずいてから、
「ミリア姫! もし、もし良かったら‥‥私の‥‥グラント王国に来てもらえないだろうか?」
顔を紅潮させて言った。
それを聞いたその場の全員が、「おお!?」と思ったのだが、
「ええ。ユウ、いいですわよね。今度は、皆で王都へ行って色々確認しましょう。」
ミリアは「お兄様はどうされます?」等と言いながら、全く気付いていない様子だ。
ロメルは大きくため息をついてから、
「クラン王子、ミリアはこれでも成長したのです。特に、領主と領民の信頼関係には、心を砕いて、貴方の助けになるでしょう。」
「ええ、民を守っていく事を国是としようとするなら、グラント王国には絶対に必要の存在だと思います。」
ロメルとユウは何を言っているのだろう? というような顔をしているミリアに、
「ミリア‥‥、クラン王子は、先程なんとおっしゃったのだ!?」
ロメルに問われたミリアは、首を傾げながら、
「‥私の、‥グラント王国に来てもらえない‥だろう‥か‥!!」
両手で口を押えた。
気づいてもらえたことに安心したクラン王子が、
「最近気が付いたのだが、私は、幼い頃から貴方と会うのが楽しみだった。王宮に行儀見習いに来ていた頃は、貴方と一緒にお茶を飲むために、母上に私室に呼んで頂くように頼んだのです。」
照れながら語るクランに、ミリアは真っ赤になってうつむくだけだった。
「いざとなると、割とだらしないんですね。」
「ユウ、こんな時に仇を取らないでやってくれ。やっと気付いたんだから。」
僕とロメルの冷やかしに、ツカツカ寄って来たと思うと、
「いってぇ!!」
再び僕は、脇腹をつねり上げられた。