~最終話・異世界国づくり前編④~
◇ ◇
グラント王国王宮を訪ねてから1か月後には、ファーレン大公国建国祭とグラント王国・クラン王の戴冠式を行うことになっている。
しかし、当初の予定と変更したところがあった。魔国との戦闘があって準備が遅れたファーレン大公国の開国式は後にして、グラント王国・クラン王の戴冠式を先に行うことにしたのだ。
なお、この2つの式典は、魔国との戦闘のため約2ヶ月間延期した上での実施となった。
これについて、来賓宛てに手紙を出して延期を伝えたが、それをそのまま受け止めた国は少なかったようだ。
多くの国が、祭典の準備が遅れているか、あるいは内乱でも起こって国がまとまりきらない、どちらかの言い訳のために、「魔国との戦闘」という話をでっち上げている、と考えたようだ。
そして実際に魔国の侵攻を確認すると、今度は「魔国との戦闘があれば国が傾くはず」「開国祭どころではないだろう」として、侵略のスキを覗うかの様に間者を回してくる国もあった。
僕らはこれに対抗するために、忙しい準備の中で新たな作業を行うことになったが、これについてはまた後日のことだ。
◇
「お兄様、ユウ。クラン王子からお返事が来ました。」
ロメル殿下の執務室にいた僕達に、ミリア姫から声がかかった。
クラン王子の人柄を確認しておきたい、と考えたミリアが「ファーレン公爵領にご招待するので、おこし頂けませんか?」と声を掛けていたのだ。
しかし、手紙は2通来ていた。クラン王子からの「時間が取れることになったので伺いたい。」という返事の手紙の他、もう1通。ロメルとユウ宛に、王太后からの親書が同封されていた。
王太后からは、
「クランには迷いがある様です。どうか王としての心得について、クランの相談に乗って頂きたい。」旨が記してあった。
それを見た僕とロメル殿下は、少し考えてから、
「僕らに、相談するってことは、僕らの考えで良いってことですよね。」
「そういう事だろうな。」
顔を見合わせてニヤニヤしていたが、
「ちゃんとクラン王子からお話を聞いて下さいね。それと、面白がって変な事を吹き込まないで下さいね!」
ミリア姫に、きつくくぎを刺されてしまった。
◇ ◇
10日後、バルガスを始めとする少数の護衛を伴って、お忍びでクラン王子が到着した。
まずは、クラン王子の要望に応えてファーレの街を見てもらってから話を聞くことにしていた。
「ミク、相談があるの。前に言っていた‥‥「男の娘」っていうの? あれ出来ないかしら?」
王宮に呼ばれていたミクが、ミリアに声を掛けられた。
「誰ですか?! 誰を変身させるのですか? ひょっとして‥リーファちゃんの弟のアレク君かしら? でも子爵様ですよね。大丈夫ですか?」
興奮しているミクだったが、
「この方をお願いしたいの‥‥」
ミリアに案内されて貴賓室に入ったミクに紹介されたのは、クラン王子だった。
「うわっ、美少年!!‥って、クラン王子様ですよね?! 大丈夫なんですか? 王太后様にばれたら怖いんですけど‥‥ってすみません。」
驚いて興奮しているミクに、
「先日、グラント王国をお訪ねした時に、クラン王子にファーレの街をご案内するお約束をしたの。でもお忍びにしないといけないから、変装して頂こうと思って‥‥」
ミリアは仕方ないので感を出しつつ、いたずら心も隠し切れずにいた。
「分りました。仕方ないですね。やりましょう。」
ミクも「仕方ない」を言い訳にしつつ即答した。
しばらくした後、
「こ、これが僕‥‥?」
鏡に映る「絶世の美姫」にクラン本人も驚いていた。
「はい!! 「これが僕?」頂きました!!」
ミクが、ガッツポーズをした腕をぐるぐる回していると、
「ほう、面白そうな事をしておるではないか。」
背中に受けた聞き覚えのある声に、その場にいた全員の血の気が引いた。
「あの、あの、‥‥これは、ですね‥」
仁王立ちのアヴェーラ公爵に、ミリアとミクが言葉に詰まっていると、
「アヴェーラ様、これは私の「街を見たい」という願いを叶えるために、ミリア姫が知恵を絞ってくれたもので‥‥」
ドレス姿の美姫・クラン王子が、アヴェーラの前に進み出て来た。
その姿を目の前にしたアヴェーラが、手をわなわなさせたと思うと、後ろ手に組み、
「きちんと護衛は付けて行け! それと人混みには入るなよ! 王子の身に何かあったら一大事だからな!」
ミリアとミクに命じた。
「寛大な処置、感謝いたします。」
すがる様に見つめるクランに、
「良いのです。お早く、お出かけください。」
笑顔で送り出すと、
(危ない、危ない。‥‥抱きしめそうになった。)
冷や汗をぬぐいながら後ろ姿を見送った。
「しかし、ミリアの奴。不安な気持ちを紛らわすために、ふざけているのではあるまいな‥‥」
◇
ミリアがクラン王子を街に連れ出したのは、確認したい「気がかりな事」があるからだ。
『民を豊かにするなど愚かだ。民は生かさず殺さず納税を優先せよ。』国是としてこれを主張したカント公爵に対して、王宮はこれを否定出来なかった。結果、ロメルが独立を宣言することになった。
ミリアの気がかりは、「クラン王子自身が、この国是をどう考えているのか?」ということだ。
当然ミリアは真逆の考えだ。クラン王子が、気の優しい御仁であることは分かっている。しかし、この国是に対する考えが自分と違っていては、妃として国王に協力していくことが出来ない。
これが、ミリアの一番の心配事だったのだ。
街や市民の暮らしぶりを見てもらい、クラン王子の本音・心根を少しでも知ることが出来たら‥‥。ミリアは、それを考えていたのだ。
「それでは予定通り、まずはミクのお店に向かいましょう。」
◇
菓子工房ミクの店の周りには人だかりが出来て、騒然としていた。
「ミリア姫様が、異国のものすごい美姫をお連れになった!」
衛士達が立ち並ぶテラス席の周りに、多くの市民が集まってしまったのだ。
「大変な騒ぎになっちゃったわね。」
ミリアが、驚きの声をあげると、
「申し訳ありません。僕、いや‥わ、私が、わがままを言ったせいで‥‥」
「何をおっしゃいます。私がクラ‥クラシス様に街を見て欲しかったのです。」
テラス席のテーブルには、ミリア、ミク、護衛役としてリリィとベニが同席し、クラシス姫ことクラン王子を囲んでいた。
「せっかくだから、クラシス様に、うちの新作ケーキを召し上がって頂きます。」
ミクが紹介すると、ワゴンでケーキと紅茶が運ばれてきた。
紅茶が配膳され始めたが、どうやらメイドの手が震えているようだ。国賓を相手にするなど初めてのことだから無理もない。
(まずい‥)と、ベニとリリィがフォローに入ろうとした時だった。
ガシャン!
カップがテーブルの上で倒れ、
バシャッ!
紅茶が、クラシス姫のドレスにかかってしまった。
「熱っ!」
ああっ!
メイドが青くなって立ちすくむと、
「何をするか! 無礼者!」
側に立っていた衛士が、メイドを取り押さえようと駆け寄って手をかけた時、
「止めなさい! 手荒なことは許しません!」
クラシス姫が立ち上がって衛士を一喝した。
その間にもリリィとベニがクラシスに駆け寄り、ドレスの紅茶を拭きとっている。
「も、申し訳ありません‥。ごめんなさいぃ‥‥」
消え入りそうな声で涙を流しながら頭を下げるメイドは、よく見るとまだ少女のようだ。
クラシスは、その少女に歩み寄ると、
「失敗は誰にでも有ります。これからは気を付けなさいね。ほら、ドレスは拭いてもらって、もう乾いてしまいました。」
ドレスの裾を広げて見せると、席に戻って、
「では、外国にも名声が聞こえ来る、菓子工房ミクのケーキを頂きましょう。」
ニッコリと微笑むクラシスは、本当に美しかった。
うわーっ! なんてステキなお姫様なんだ!
お美しいのは見た目だけじゃない! 心までお美しいんだ!
集まった市民達の拍手喝さいが沸き上がった。
それに対してミクが、
「ごめんね。もう少し静かにしてもらえるかな。テラス席を選んだ私も悪いんだけどね‥」
声を掛けて市民の騒ぎを収めていた。
「うわぁ、美味しい!」
ケーキを頬張って微笑む、クラシス姫ことクラン王子を見つめて、ミリアも微笑みながら大きくうなずいていた。
その後、街の中を見て回ったが、クラン王子の、
「民がみんな笑顔なのは、いい街だという証。いい政が行われている証です。」
クランの言葉に胸を撫で下ろすミリアだった。