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~異世界で代官になったので、領地を経営します⑤~

完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。


          ◇     ◇


 夜が明けて明るくなってきたので、僕らは川沿いの耕作地に向かって歩いた。

 耕作地に着くと既に水は引いていたが、洪水が流れ込んだ耕作地の状況は思った以上だった。大量の土砂が流れ込み、あちこちに流木が流れ着いている。最早ここが、畑だったとは思えないほどだ。


 「ひどい‥‥」

 リリィは、言葉を失って立ちすくんでいるが、ヴィーは突然僕の手を握って来た。

「逃げるです! ご主人様!」

「大丈夫だよ‥‥。うん、これなら大丈夫だ。」

 耕作地の様子を見てうなずいている僕に、ヴィーはしびれを切らせている。

「ぜんぜん大丈夫じゃな‥‥」

 僕は、ヴィーに引かれる手を、ぐっと引いてその身を抱きよせた。ヴィーの髪を撫でながら自分に言い聞かせるように、

「ありがとう。 でも、これなら、本当に大丈夫だ。」

「あ‥あう?‥‥あう‥‥」

 ヴィーは顔を紅潮させて言葉にならない。リリィとヴォルフも、その様子を見て少し安心したようだ。

「あ、あちらに、皆さまおいでの様です。」

 リリィが指さす方「もと畑であった洪水跡地」の中心に領民が集まっていた。


 

 「代官様よぉ、やっぱりひでえ有様じゃねえか!」

「そうだ、そうだ!」

 僕を迎えた領民たちが騒ぎ立てるが、僕は落ち着いて彼らの様子を見ていた。

「これ程ひでぇとは思わなかったぜ。俺たちの畑が、一面ひざ丈くらいまで土に埋まっているじゃねえか!」

「そうだ、そうだ!」


 しかし、わめき立てる男達の中で、何人かはしゃがみこんで地面を触っている者がいる。

「おい、こりゃあ‥‥」

「ああ、これなら。」

 よく見ると土をいじって何やら興奮しているようだ。

 僕はそれを見て、村長と目くばせしてから大きく頷きあった。


 「皆の者、聞いてくれ!」

 村長が声をあげた。

「わしは夕べ、代官様と話をしたのじゃ。これ程のことをしでかして、何か狙いがあるのかと。」

「公爵領を守るためじゃねーのかよ。」

「そうだ。そうだ。」


 ヤジが飛ぶ中で、しゃがみ込んで土をいじっていた男が「はっ」として立ち上がった。

「狙いって‥‥まさか、この土か?」

 村長が、大きくうなずきながら、

「そうじゃ。そのまさかじゃ。代官様は、ファーレの街を守ると同時に、この領地の痩せた畑に、肥沃な土を流し込むことを企てたのじゃ。皆の者! 足元の土を良く見てみよ!」


 「ええっ、そんな‥‥」

 確かに、よく肥えていそうな土が、広大な耕作地一面に堆積している。

「たしかに‥‥、こんないい土だったら、なんでも作れそうだよなぁ。」

「これだけ、地面が上がったら、水はけも良いかも知れねえ‥‥。」

 皆に少し笑顔が戻ってきたが、

「でもよう、今年の収穫はどうするんだよ。こんな畑でも、収穫があるはずだったのに‥‥」

 心配顔の領民たちに僕は、

「それは、代官所で考えます。皆さんを飢えさせるようなことは、絶対にしません。」

「大丈夫なら、いいけどなぁ‥‥。」

 領民達に大見栄をきったものの、僕には不安もあった。

(公爵家から前借りしたお金があるけど、この人数の食糧費となると、大丈夫かなぁ‥‥)


 その時、遠くから声が聞こえてきた。


 「おーい!ユウ!! 大丈夫かー!」

 声の方を振り向くと、大きな荷車を運ぶ隊列がこちらに向かってくる。先頭の人が手を振っている。聞き覚えのある声だけど‥‥。

「誰…えっ? 殿下? ロメル殿下じゃないですか!」


 ロメルは、衛士隊の真っ白な制服を泥はねだらけにしていた。顔に付いた泥をこすった跡もある、しかし、泥で汚れているが、輝くような笑顔だ。

「ロメル殿下って誰だ?」

「知らねーよ。そんな偉そうな人。」


 僕らのところに駆け寄ってきたロメルを目の前にして、領民たちは顔を見合わせていたが、

「ファ…ファーレン公の公太子殿下でいらっしゃいますか!?」

 村長は、気が付いたようだ。慌てて膝をつく。

「待て、良いのだ、良いのだ。今日は私が、皆にお礼を言うために来たのだから。」

 ロメルは、領民たちの前に立つと、地面に片膝を付いて胸に手を当てた。騎士の敬礼だ。

「ウルド領代官ヤマダユウと領民の皆に、ファーレン公爵名代として、公太子ロメルがお礼を申し上げる! ウルド領のおかげでファーレの街は救われたのだ!」

 そして、深く頭を下げた。隊列を組んできた衛士たちも、領民の前に整列すると、一斉に膝をつき一礼する。

「えっ、いや、そんな。ははーっ。」

 今度は、領民たちが、ひざまずいた。


 そしてロメル殿下は、荷車に積んできた大量の荷物に向かって手を掲げた。

「見舞いの品があるんだ。収穫が無くなっても心配しないでくれ。今年は、公爵家が責任をもってウルド領を養わせてもらう。」

「うわーっ、すげえ!」

「これなら安心だぜ。」

 領民たちは、一斉に立ち上がって小躍りを始めた。


 領民達か大騒ぎをする中、リリィがヴォルフにもたれかかった。

「私は、ユウ様にお仕えすることが出来て、本当に幸せです。」

「俺もです。ユウ様といると、俺みたいなやつも誇りを持っていられます。」


 

 僕は、公太子殿下に、今回の行動に至った考えを話した。

 ウルド領の川沿いの広大な耕作地は、これまで対岸のファーレの街を洪水から守る「遊水池」の役割を果たしてきていたのではないか? 洪水時には、ウルド領側に洪水があふれることで川の水位を下げ、ファーレの街を守る役割だ。その役割から以前はウルド領側の堤防は小さくなっていたのだろう。


 他国の領土から王国の領土となった時に、それは伝わらなかったのだろう。先々代公爵が良かれと思ってウルド側の小さな堤防を大きくしてくれたことによって、「ファーレのための遊水地」であったウルド領に、洪水被害は無くなったが、氾濫によって土地が肥沃になる働きもなくなり、農地が瘦せていく一方となってしまったのではないか。

 ウルド側の堤防を切って、ファーレの街を救うと共に、氾濫によって領内の耕作地に肥沃な土が流れ込むことを期待したが、これほどうまくいくとは思わなかったこと、などだ。


 「ユウ、まったく君というヤツは‥‥。そうだ! もう一つお礼があるんだ。そろそろ来る頃なのだか‥‥。」

 ロメル殿下が辺りを見渡して「おっ、来たか。」と声を上げた。

 豪奢な馬車が近づいて来るのが見えるが、ぬかるみにはまってしまったようだ。衛士隊が慌てて駆け寄る。中から「大丈夫ですよ」というようなやり取りをして降りてきたのは、白い法衣の人物だ。


 ロメル殿下は歩いて近づいてくる法衣の人物の方へ手をかざし、領民に紹介した。

「ファーレの大教会から、大司教をお連れした。」

「えーっ!」

 領民たちは、ソワソワと慌てだした。

「どうしよう。大司教様の前で、こんな恰好じゃあ‥‥」

 ウルドの領民は、ファーレの住民と同様に信仰心が高いのだが、みすぼらしい格好で教会に行くことに気遅れして、なかなか街の大教会に行けない者が多かったのだ。


 大司教がやって来ると、皆、大司教の前で膝をついて、胸の前で手を合わせる。大司教は、領民に向かって静かに、しかし、良く通る声で語りだした。

「皆様のおかげで、ファーレの街と我が教会は救われました。本日は、お礼を申し上げるとともに、ウルドの皆さまに神の祈りを捧げにまいりました。」 

「大司教さまー!」

「うわーん!」

 大司教の声を聴くと、女・子供は、泣き出す者が出てきた。


 そして、大司教が祈りを捧げ始めると、それまで曇っていた空に変化が生じ始めた。雲の切れ間から一条の光が、こちらに向かって差してきたのだ。

「うわーっ!」

「神様ーっ!」

 領民は感動して大騒ぎしているが、僕はロメル殿下に、こそっと聞いてみた。

「不信心で申し訳ないのですが、偶然ですか、これ?」

「いや。ちょうど晴れ間の出る頃合いを、見計らったと思うよ。そういうことに長けているんだよな、彼は。」

 しかし続けて、

「おい!虹だ。今度は虹が出てきたぞー。」

 領民が指さす先には、大きな虹が現れていた。

「まさか、虹まで‥‥」僕が驚いていると、

 ロメル殿下も、「こりゃ参った」と、額に手を当てて笑っている。


 僕はこの光景を見ているうちに、今後の領地経営のヒントを思いついた。

「いいことを思い付いちゃいました。大司教様に、お願いごとをしても大丈夫でしょうか。」

「ああ、今日の君のお願いなら、大抵のことは聞いてくれると思うよ。」


 僕はロメル殿下の許可を得て、大司教様にお願いをすることにした。お祈りが終わって馬車の中で休憩していた大司教様を訪ねると、思ったより若く、穏やかで気さくそうな方だ。

「ウルド領代官のヤマダユウと申します。本日は、わざわざお越し頂きまして、ありがとうございます。」

「君が、ヤマダユウか。ロメル殿下から、面白い男だと聞いているよ。」

「恐縮です。ところで、お願いが二つありまして。」

「言ってごらん。ファーレを救った君の願いだ。私に出来ることで、教義に反していなければ、出来るだけのことをしよう。」


 僕が二つのお願いと、その理由を説明すると、大司教様は「面白そうだね」と言って二つとも快く応じてくれることとなった。

「じゃあさっそく、一つ目いこうか。」

「ありがとうございます。お願いします!」



 「みんな、集まってくれ。大司教様から、お話があるそうだ。」

 僕は、大司教様の前に、再び領民を集めた。

 大司教は先程と変わって真剣な表情になっており、領民も少し緊張の面持ちだ。


 「みなさんに申し上げておくことがあります。今しがた、私に神の啓示がありました。」

「えっ、なんだろう。」

「また、厄災じゃなければいいけど‥‥」

 ざわつく領民たちは、皆一様に不安顔だ。


 「ウルドの領民たちよ、よく聞きなさい。神の啓示を伝えます。

ウルドの民は、自らを犠牲にして、ファーレの街を、ファーレの民を、そしてファーレの大教会を、救ってくれました。神がそれを見逃すはずがありません! 神はこのウルドの地に、祝福を約束してくれました! 神の祝福によって、必ずやこのウルドの地には、大いなる豊穣が訪れるでしょう!」

 大司教は、法杖を高く掲げて宣言した。


 「うわーっ!」

「大司教様万歳!」

「ウルド領ばんさーい!」

 領民達は、皆、飛び上って大騒ぎしている。


 大騒ぎの領民たちを見ながら、僕とロメル殿下は馬車の荷物の陰で話し合っていた。

「ユウ、こんな騒ぎにして、本当に豊作に出来るのか?」

「大丈夫ですよ。最新の農業知識と……いざとなれば、化学肥料とかも使えますからね。」

 僕が人差し指を立てて自信満々に言うと、公太子殿下は首をかしげたが、直ぐに笑顔になった。

「よく分からないけど、自信はありそうだな。」

「はい。うちの領地は、これから「ブランド農作物」で盛り上げることにします!」


 少し首をひねりながらも微笑む公太子に向かって、僕は、ガッツポーズで宣言した。


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