~異世界で最後の戦いに臨みます⑥~
◇ ◇
「これは‥‥!? すごい武器だというのは分かりますが、持ち歩くことは出来ませんね。」
「そうだね。僕がいた世界では装甲車‥‥えーと、武装した大きな車や船に積んであった物を外したものだよ。」
僕は米軍基地の「J」に、「対物ライフルよりも強力で、人力運搬出来る武器」という注文をした。
それに応えてJは武器を探してくれた。
一つはRPG。
そしてもう一つは、25ミリ機関砲だった。(人力運搬出来るかはあやしいが‥‥)
「廃棄する車両から外して倉庫にしまってあった」というものを、2基(2丁)入手した。
「大丈夫だ。固定砲台‥‥いや固定でもないか‥‥、ドワーフの工房に上手く使えるようにしてもらうから。」
「それと、ここの採掘場の横穴ですけど、てっきりユウ様は、作戦に使うものだと思っていましたが、‥‥埋めてしまうなんて思いませんでした。」
「私もヴォルフと同じ意見です。」
リリィとヴォルフが顔を見合わせている。
「ここを見てヴォルフ達が、そう思ってくれるなら成功だ。作戦を聞いてくれ。」
僕は、ヴォルフとリリィに、作戦を説明した。
そして既にドワーフの工房は、僕の注文に答えるべくフル回転で作業を進めていた。
◇
薄暗い地下牢に、似つかわしくない人影がランプを手にしてやって来た。
ミリア姫だ。
ランプの灯りの先には、鉄格子の中でうな垂れているマリナがいた。
ミリアの来訪に気付くとマリナは立ち上がって、鉄格子を掴んだ。
「ひ、姫様! 姫様が、この様なところに来てはなりません!」
「ヴィーに聞いたわ。始めはヴィーを南方に逃がそうとして呼び出したそうね。」
鉄格子を掴むマリナの手の甲に、自分の手を重ねた。
「姫‥さま‥」
鉄格子の冷たさとの対比で、マリナには余計にミリアの手が暖かく感じられた。
「姫様っ! ううっ‥‥申し訳ありませんでした。」
泣き出したマリナを見つめるミリアの瞳も潤んでいた。
「あなたとベレン伯爵がやったことを‥‥間違っていない、という人もいるかもしれないわ。
でも、あなた本当に‥‥「私は分かってくれる」なんて思っていたの?」
「そ、それは‥‥」
鉄格子を背にしてミリアとマリナは、背中を合わせて座っていた。
鉄格子のすき間で触れている背中に、ミリアの温もりを感じられることがマリナには嬉しかった。
「ユウとお兄様が見ている未来は、今までとは全然違う新しい世界‥‥。そして、それを実現していくのは、ユウに魅せられて、ユウの周りに集う者達。
マリナ、あなたもその一員だと思っていた。‥いえ、一員だったはずよ。」
「ううっ‥‥」
うつむくマリナに、
「あなたが、本当に「私を思ってやったこと」だと言うのなら‥‥あなたは私を分っていなかった、ということよね。」
「す、すみません姫様。私はお父様には逆らえないのです。‥‥愚かな事してすみませんでした。」
下を向いて、悔し気に唇を噛みしめるマリナを見て、ミリアはうなずいた。
「そう‥‥解ったのならいいわ。」
ミリアは背中を合わせて続けた。
「私ね、まだ内緒だけど、いろいろと考えていることがあるの。だけど、一人じゃ心細くて‥‥。
貴方に手伝ってもらいたいけど、みんなも簡単にはあなたを許せないでしょう。
例えば‥‥貴族の地位を捨てて、ただのメイド、ただの使用人に身を落としても、私について来てくれるなら‥‥」
「お手伝いがしたいです!!
姫様のお側に立てない、ただの使用人でもいい!
背中しか見ることが出来なくても! お供が‥‥お手伝いがしたいです!!」
即座に答えたマリナに少し驚いた後で、
「私はね‥‥、いえ、今はまだ言えないわ。また来ます。 追って沙汰を待ちなさい。」
立ち上がると「じゃあね」と軽く手を振ってから、ミリアは帰っていった。
ミリアの後ろ姿に、マリナは立ち上がって背筋を伸ばして一礼した。
◇ ◇
魔物の軍勢は国境付近まで進行しており、迎え撃つファーレン公領を中心とする連合軍は、相手の数を削りながらファーレン公爵領での決戦に備える作戦を展開していた。
魔物の軍勢は、ファーレン公爵領に迫りながらも、確実にその数を減らしていたのだ。
城の会議室ではロメルとユウを中心として作戦会議が行われていた。
「現在、魔物達は国境付近にいて、この速度だと10日程度でファーレン公爵領へ到達します。」
僕が報告するとロメル殿下が、
「魔物の軍勢の接近は、そろそろ領民に隠しておくのが難しくなって来た。この辺りで相手の兵力を大きく削れないか? その上で領民に公表して避難体制を整えたいんだ。」
「そうですね。僕もそれを考えていましたが、これまでは、作戦に適した場所が無くて‥‥」
「ではやはりあの場所で、何かの作戦を実行するのですね?」
ゾラが聞いてきた。
ゾラの魔道騎士団は、ユウに指示された必要物資を揃えて、とある場所で準備を進めていたのだ。
「うん。地形的に窪地でなければ、効果が薄れるからね。」
「ユウ。どんな作戦なんだ。僕にも教えてくれ。」
身を乗り出すロメルに僕は答えた。
「はい。魔道の「毒霧作戦」です。」
◇ ◇
「ちくしょう。1匹ずつ相手にすれば、大した相手じゃないが、こう数が多くては大変だな。」
「ああ。でも指示された作戦では、俺達は奴らを誘導すればいいみたいだぜ。言われた通りにやってみようぜ!」
「そうだな。もうひと頑張りだ!」
ドルー隊長の指揮する騎馬隊が、オークやゴブリンの前衛部隊を追い立てている。
爆炎魔法をきっかけにして、魔物の軍勢の前衛部隊と本隊の間に隙間を作った。さらに数発の爆炎魔法でその空間を広げると、そこにドルクとバルク、ラートル侯爵領の精鋭達が割って入り、本隊を出来るだけ抑える。
そして、ドルー隊長が指揮する騎馬隊が、魔物の前衛部隊を決められた場所に追い込んでいくのだ。
ドドド‥‥
準備を進めていた魔道騎士団に地響きが近づいてくる。
「おい、魔物の軍勢が来るぜ! 準備は良いか?」
「ああ、大丈夫だ。でも俺達、なんでこんな仮面付けなきゃいけないんだ。息苦しいし、不気味なんだよな。」
ドワーフ工房で作ってもらったガスマスクを付けた魔道騎士団のメンバーが、薬品が入った桶を並べていた。
「奴らが目視出来る距離まで近づいたら、こっちの液を桶に混ぜて逃げるんだよな‥‥って、オイ! 来たぜ!」
「よし。入れろ!」
「おわっ! すげえ匂いだ!」
「吸うな! 毒霧だぞ!」
「うへえっ!」
魔道騎士団のメンバーは、馬に乗ってその場を離れた。
少し離れた場所の本部テントから、ドローンで状況を確認していたゾラは、
「そんなに簡単に毒霧が作れるのか? ユウ様も実験的な作戦だって言っていたけど‥‥。おっ、奴らが来たぞ。」
ドルー隊長達の騎馬隊に追いやられてオークとゴブリンの前衛部隊が窪地の湿地帯にやって来た。ここなら、騎馬隊も足を取られて不利になるはずだ。
オークとゴブリンたちは、窪地の中央部に集まって陣形を整え始めた。
しかし、何やら動きが悪い。ふらついている者が多く、そのうちにバタバタと倒れ始めた。
ユウが仕掛けた毒霧は、塩素ガスだった。
現世で入手しやすい材料で試行した作戦のため、この世界の魔物達に効果があるかどうかは、不安だったが、化学物質の効果はてき面だった。
「おい‥‥俺達ホントにユウ様の敵に回らなくて良かったな。」
「ああ、本当だぜ‥‥」
本部テントのモニターで、自分達が追い込んだ魔物が全滅するのを見て、ドルー達は息をのんだ。