~異世界で最後の戦いに臨みます③~
◇ ◇
ガタガタ‥
砂塵を上げながら走る馬車の中で、メイド姿のヴィーは膝を抱えていた。
「思ったより大人しいな。でもよぉ、姉ちゃん、いったい何をやらかしたんだい? 伯爵様から命を狙われるなんてよ。」
「良いじゃねえか、大人しくしていてくれりゃあ、俺達は手間が省けるぜ。」
馬車には2人の男が乗り合わせていた。そして操者の男がもう1人。
「何にせよ、楽な仕事だぜ。いいご褒美も付きそうだしな。」
馬車がファーレの街を抜け、さらに耕作地帯を抜け、森林地帯にさしかかって来たところで、中の男が操者の男に声を掛けた。
「おい、もう少し行ったところで、一旦止めてくれ。」
その会話を聞いたヴィーは、
(そこで殺されるですか? どうせ殺されるならもっと遠くが良いのです。ユウ様に見つけられないくらい‥‥遠くが良いのです。)
膝を抱えて目を閉じたヴィーは、先程城で言われたことを思い出していた。
◇
「ヴィーちゃん。あなたには申し訳ないけれど、古代竜を覚醒させては絶対にいけないの。古代竜を覚醒させたら、いくらユウ様でも敵わない‥‥殺されてしまうわ。
あなたはとりあえずラートル侯爵領まで逃げて。その後は、南方の大陸にでも渡って‥‥」
マリナは城の裏庭で手配した馬車にヴィーを案内すると、金貨の袋を渡した。
「マリナ、待ちなさい。」
ベレン伯爵が声を掛けて来た。
「お父様、どうしてここへ?」
驚くマリナに目もくれず、
「おい、やれ!」
「ヘイ!」
連れて来た3人の男達に命じると、
「ちょっと‥何するです‥‥モガモガ‥」
ヴィーに猿轡を噛ませて手首を縛っている。
「ちょっと、あなた達、何をするのですか!?‥お父様!?」
突然のことに驚くマリナに、
「マリナ、よく聞きなさい。この娘の血が、恐ろしい古代竜を覚醒させるのだろう。
この娘は友達なのかも知れないが、もしも古代竜が覚醒してしまったらどうする。いくつもの国が滅び‥‥どれ程の人が死ぬと思っているんだ。
それに、お前が仕えるミリア様が、ヤマダユウ殿に嫁ぐのに、この娘は側妃に下がることもしないそうじゃないか? 私はそんなことは許さんぞ!」
「お‥お父様‥‥」
◇
馬車から外の景色を見ながらヴィーは考えていた、
(マリナさんも否定出来なかったのです。私はやっぱり、公爵家にとっては邪魔者なのです。そして、覚醒した古代竜には、いくらユウ様でもかなわないのです。)
「よし、ここで一旦止めろ。」
馬車は森林地帯にさしかかったところで停められた。
「おい、降りろ。」
手首を縛られたロープを引かれてヴィーは馬車から降ろされた。
(ここで殺されるですか、でも、どうせ殺されるならもっと遠くが良かったのです。ユウ様に見つからないくらい‥‥)
そんなことを考えていると、男がいきなりメイド服の襟に手をかけて来た。
ビリビリ!
上着が引き裂かれたのだ。
「きゃあ! 何するですか!」
驚いたヴィーが、悲鳴を上げて後ずさりした。
「こんなきれいな娘を、直ぐに殺しちまうなんて、もったいねえ。 少し楽しませてもらうのさ。」
「おう、そりゃいいや。」
もう一人の男も、腕まくりをして迫って来る。
「い、いやです!」
ヴィーは男の手を振り払って逃げ出した。
(殺されてもいいと思ったけど、こんなのはイヤ!)
本来、林の中を走るのは、ヴィーなら得意のはずだが、手首を縛られている上、メイド服があちこちに引っ掻かかる。たちまち男達に追いつかれ、ヴィーは引き倒された。
「やだ! こんなのイヤーっ! 助けて! ユウ様―っ!!」
「うるせえ!」
バシッ!
男がヴィーの頬に平手打ちを食らわせてから、
「観念しろ! 誰も来やしねえよ!」
上着をさらに引き裂こうとした時、
パン! パン!
乾いた音が林の中に響いて、
「うぐうっ‥」
男が倒れた。
(この音は‥‥まさか‥‥)
ヴィーが上体を起こすと、果たして、
そこにはユウが立っていた。
(本物のユウ様なのですか?)
「ヴィー! 大丈夫か!?」
(ユウ様の声だ。来てくれたのです!)
「来ないで下さい!!」
ヴィーは立ち上がると、よろけながらユウから逃れようとした。
「私なんか。私なんかいない方が良いのです! 死んだ方が良いのです!来ないで下さい!」
掌を付き出してユウを拒絶するが、ユウは歩みを止めない。
「ダークエルフは、やっぱり忌むべき者です。ユウ様にも、みんなにも迷惑かけるです!だから、だから‥‥」
膝から崩れたヴィーを、ユウも膝を付いて抱きしめた。
「僕にはヴィーが必要なんだ! 死んだ方が良いなんて言うな! 絶対言うな!!」
抱きしめられると、少し躊躇ってから、ヴィーがユウの背中に手を回した。
「うわーん!」
子供のように鳴き声を上げたヴィーに、リリィも駆け寄って背中から抱きしめた。
「アヴェーラ様だけじゃない! ロメル殿下もミリア様も、みんなあなたの味方よ!」
「そうだ。そして俺達は、お前の味方って言うだけじゃない。家族‥‥兄弟みたいなもんだろう!」
ヴォルフも声を掛けた。
「ひぐっ‥ひぐっ‥」
僕がヴィーの背中を撫でている間に、影の手が男達を縛り上げていた。
「おい、お前達は誰の命令で動いていた。ベレン伯爵か?」
ヴォルフの問いかけに、
「なんだ、分かってるんなら縄を解いてくれよ! 俺達は言ってみりゃあ「お役目を果たしていた」ってもん‥‥」
ボグッ!
男が言葉を続けることが出来ずに大の字に倒れた。
ヴォルフが顔面を蹴り飛ばしたからである。
「こいつらを連行してくれ。」
男達を影の手に頼んで、僕らは城へ戻った。