~異世界で最後の戦いに臨みます①~
少し間隔が空きましたが、今後、月2回くらいのペースで(エピソード単位で)アップしていきたいと考えていますので、よろしくお願いします。
◇ ◇
「ロメル! 開国式と戴冠式の日程は、もう少し調整できなかったのか!?」
「いや母上、外国からお越しになる方々にしてみれば、双王国のそれぞれの式典が連続する方が好都合なんですよ。」
「だからといって、我らファーレン大公国の開国式の僅か7日後に、グラント王国・クラン王子の戴冠式など、無茶な設定をしおって‥‥」
ため息交じりのアヴェーラ公爵だが、
「まあ、お客様の都合を優先すべきでしょう。」
ロメル公太子は笑顔だ。
ファーレン公爵領は、一か月後に連携している領地と共にファーレン大公国として建国祭を迎える準備中だ。
そしてその7日後にグラント王国クラン王の即位・戴冠式があるのだ。
「それはそうと、国賓達の接待を、ほとんどうちで引き受けるそうだな。」
「はい。我々の開国及び戴冠式後、来賓たちには我が領‥いや、我が国に5日間滞在して頂き、グラント王国の王都へは、式典前日に送り届ける日程です。」
再びため息交じりにアヴェーラが、
「国賓級の来客を5日間も接待するのだぞ。相当な負担であろう。」
「ええ、でもユウは張り切っていますよ。
接待に乗じて特産物の売り込みをして貿易に繋げるとか‥‥「5日じゃ足りない」なんて言っていますよ。」
「まったく、あいつは‥‥。」
アヴェーラはため息を付きながら苦笑いした。
◇
「ええっ! 私が国賓の皆様に説明するのですか!?」
「そうだよ。効率的にご案内するために、お客様を2組に分けるからさ。僕が同行してガイド役になるから、ミクにウルドの農業と直売所の説明をしてもらって、ワグルには東部領やスート子爵領の農地開発や流通網整備の説明をしてもらうよ。」
僕は、城の会議室で開国式の役割分担の打ち合わせをしていた。
「隣国の王族や、その代理の方がいらっしゃるのですよ! 私なんかじゃ‥‥」
怖気づくワグルに僕は、
「ワグルだって男爵になったじゃないか。大丈夫だよ。」
ミクも、
「大丈夫だよ。そんなこと言ったら私なんか、貴族でも何でもないのよ。」
「いや、ミク様はユウ様の妹君ですし、国中から「食と農の賢者」なんて言われているじゃないですか。」
「えーっ! そんなの皆が勝手に言っているだけだよ。とにかくさ、外国との貿易に繋がるチャンスなんだから、頑張ろうよ。」
ミクも励ましてくれているので、もう少し追い込んでも大丈夫かなと思い、
「ミクは晩餐会の総監督もやるんだぜ。ワグルにだって、僕の補佐として、もっと仕事をやってもらわないと困るんだ。がんばってもらうからね。」
「は‥‥はい! 頑張ります。」
メイド姿のリリィとヴィーは、お茶の給仕を手伝いながらこの様子を見ていた。
「みんな、大変なのです。」
「でも、いよいよアヴェーラ様がおっしゃっていた「国づくり」が実現するのね。なんだか夢みたい‥‥。」
「夢みたいな事を、本当にしちゃうのがユウ様なのです。」
打ち合わせをしているユウの顔をヴィーが笑顔で見ていると、
「ヴィーちゃん、あなたにお客様が来ているみたいよ。」
駆け寄ってきたメイドに声を掛けられた。
「ヴィーにお客様なんて珍しいわね。「姉」としては、ご挨拶をしておいた方がいいわね。」
先日『姉妹の契り』を交わして以来、何かにつけて「姉として」などと言っているミリア姫が、ヴィーへの来客を聞きつけて応接室へ向かっていた。側仕えのマリナも伴っている。
◇
客室のドアを開けたヴィーを待っていたのは、初老のダークエルフだった。
「ヴィー様!」
「ルト?!」
ルトと呼ばれた男は、ヒューマンでいえば50歳くらいに見える。長命なダークエルフであることを考えれば数百歳になっているのかもしれない。
「いったいどうしたのです? 突然訪ねて来るなんて‥‥」
ルトと呼ばれた男は、ヴィーに一礼してから静かに口を開いた。
「お父上が‥、族長様が亡くなられました。」
「ええっ? お父様が‥‥どうして?! いったい何があったのです?!」
「それが‥魔国の使いという者が里に訪れまして‥‥」
ドアをノックしようとしたミリアは、客室から聞こえる緊迫した声に手を止めて、マリナと顔を見合わせて、
(入って行ける雰囲気じゃないわね。盗み聞きみたいで悪いけど‥‥)
部屋の外で話を聞くことにした。
「魔国って、‥まさか兄上様と何か関係が‥‥」
驚いた表情のままヴィーは、自ら言葉を制する様に手で口を覆った。
「はい‥‥ヴィー様の兄上、ザード様は、魔国へ行ったきり戻られませんが、どうやら亡くなっているご様子です。魔国は、今度はヴィー様を狙って里へ来たようなのですが‥‥。先ずは話を聞いて下さい。」
ルトは、先月ダークエルフの里で起こった出来事を話し始めた。
◇
ダークエルフの里はグラント王国の北方、辺境の森の中にあるが、ヒューマンには詳しい場所は特定出来ていない。ヒューマンとは交易など必要がある時にだけ出向いて、会う様にしていのだ。
「族長様、ルトです。只今戻りました。‥‥族長様ーっ!」
使いで出かけていたルトが、館の入り口ドアで声をかけたが、返事がない。
「族長様―っ! ギド様―っ! 上がりますよーっ!」
「勝手知ったる主の家」とばかりに屋敷に上がり込んだルトは、族長の執務室へ向かった。
「族長様っ!!」
部屋に入ったルトの目に飛び込んできたのは、血だまりの中に倒れる族長の姿だった。
「い、いったいどうしたのですか?! しっかりして下さい。族長様!」
ルトに抱き起こされると族長・ギドは、ゆっくりと目を開けた。
「お、おお‥‥ルトか‥」
「いったい何があったのですか!?」
「魔国の‥‥魔国の者がヴィーを狙っておる‥‥ザードは‥魔国に行っておったザードは、す‥すでに殺されているようだ‥‥ゲホ、ゲホッ‥」
「ええっ?ザード様が‥って、し、しっかりして下さい! 族長様!」
ヴィーの兄ザードは、部族の生き残りのためには魔国に従属するべきだという考えを持っており、ヴィーが家にいたときには、意見が合わず口論が絶えなかった。
ある日、魔国に身を寄せるとまで言ったザードに対して、父であるギドはそれを止める事が出来ず、それに反発したヴィーが家を出て来たのだった。
「ルト‥‥わ‥私はもうだめだ。だから伝えてくれ。私の身に起こった事を、私が聞いたことを‥ヴィーに伝えて‥‥くれ。」
族長・ヴィーの父親は、最後の力を振り絞って語り始めた。
自分の身に降りかかった出来事を。
◇
バタン!
乱暴に扉を開けた音に族長・ギドは驚いて、
「ルトか? 扉はもう少し優しく扱ってくれんか。もう古い家だから‥‥」
ドカドカと上り込んできた複数の足音に気付いたギドは身構えた。ルトではなさそうだ。
「ヴィーという娘がいるだろう。ザードの妹のヴィーだ。出せ!」
「なんだ貴様らは?!」
族長の書斎に土足で入り込んで来たのは、盗賊のような風体の3人の男達だ。
「ヴィーはおらん! いたとしても貴様らのような輩に差し出すわけがなかろう!」
「ふーん、あんたが族長のギドだよな? 」
リーダーのような男が腰に差した小刀を抜いて、
「おとなしく言うことを聞いた方が身のためだぜ。お前ら、娘を探せ!」
「ヘイ!」
2人の男が他の部屋に向かった。
「無駄だ。ヴィーは、おらん。」
落ち着きはらった族長・ギドの態度に、
「ちくしょう。どうやら本当みてぇだな。」
「兄貴、ホントに居ねえみたいですぜ!」
家探しをしていた2人が戻って来た。
「ちっ、やっぱりルガーノの旦那が言った通り、グラント王国のファーレン公爵領まで行かなきゃだめか。まあ、だめもとで来たんだけどな。」
「なに? ヴィーはそこに居るのか?」
「ああ、そうみてぇだな。ザードとかいう奴の血だけじゃ足りねえみてえでよ。妹の血も必要なんだよ。」
「なに! 貴様らザードをどうしたというのだ?!」
驚きの表情を見せるギドに、
「知らねえなら教えてやるよ。ザードってヤツはな、魔国の切り札「古代竜」(エイシェントドラゴン)を目覚めさせるために、全身の血を絞ったら、死んじまったってよ。」
「な‥!? 貴様! それは本当か?!」
ギドが男に掴みかかると、
ズブッ‥
「うぐっ‥」
ギドの腹部に刀が付き立てられた。
崩れる様に倒れたギドを見下ろして、
「冥土の土産に教えてやるよ。あんたの息子の生き血はな、古代竜を目覚めさせるのに必要だったのさ。
でも古代竜は、まだ完全には覚醒出来ねえんだってさ。古代竜を完全に覚醒させるには、ダークエルフの族長の血を引く血が、もう一人分、必要なんだってさ。
でもよ‥考えてみれば、これから何百年も生きる奴の生き血なんだから、そのくらいの御利益はあるかも知れねえよなぁ.。」
「な‥‥なんだと‥‥」
「でもよ、あんたの血じゃダメみたいなんだよな。あんた族長だけど、もう何百年も生きてるんだろう。そんな出涸らしの血じゃあダメみてえなんだよ。
おい! 帰るぞ。やっぱりグラント王国に行かなきゃダメみてえだ。」
「ま‥待て、貴様‥ら‥」
男達は族長の館を後にした。
◇ ◇
王国北部・辺境領が接する辺境の森のさらに北側に、魔物たちの支配領域「魔国」がある。
その魔国では、隣接するヒューマンの国・グラント王国侵攻を狙いながらも、それをなかなか果たせずにいた。
先の大戦で苦戦した剣豪五指の存在に加え、ヤマダユウの魔道騎士団の存在があったからである。
魔国による近年で最も規模の大きな侵攻となったのは、「ゲラン事変」であった。
この時は、ゲラン伯爵にファーレン公爵領を侵攻させるように仕向け、それに魔物の軍団を加えた。
多数のオーガと黒牙狼、さらにジャイアントオーガを投入して衛士隊不在のファーレン公爵領を攻めたにも関わらず、ヤマダユウの魔道騎士団に大敗を喫してしまった。
この時の戦力は、これまでの戦では小国を攻める規模と言ってよい戦力だったのだ。
これ以降魔国は、新たに強力な魔物の育成に注力する様になっていた。
「ゾーディアック卿、「古代竜」の覚醒は進んでいるのか?」
「はい、キルバンス大公様。300年の間、眠りについていた古代竜を覚醒させるため、ダークエルフの中でも特に血の濃い者の生き血を与えました。
それによって古代竜は目覚めましたが、完全に力を覚醒させるためには‥もう一人分、血族の濃いダークエルフの血が必要です。」
顔にいくつもの蛇の入れ墨がある男、ゾーディアック卿が玉座に跪く。
ゾーディアックは、ここ数か月の間、魔国の主・キルバンス大公の居城に籠っていた。
300年前から、この城の地下室に眠る古代竜を蘇らせるためである。
「大丈夫なのかなあ‥‥。この餌やりの役目は、「みんな恐ろしがって長続きしない。」って言われているんだよなーっ‥。」
地下ヘ続く暗い階段を、ヤギを連れた男が心配顔で下っていく。
階段を下りきったところで、男が辺りを見回した。
「ドラゴンてえのは、どこにいるんだろうなぁ‥‥」
グルル‥‥
暗闇の中に、うなり声のようなものが響いて来た。
「ん? 何か聞こえたな?」
声のした方向を見て、男が暗闇に目を凝らした。
突然、暗闇の中に大きな二つの目が光った。
「う、うわっ!」
驚きの声をあげた次の瞬間、
バグッ!
巨大な口に上半身を咥えられた男は、長い首によって高く持ち上げられた。
男は少しの間、足をバタつかせていたが、バキバキという音をあげながら飲み込まれてしまった。
メエエェ‥
暗闇の中に残されたヤギも、やがて同じ運命を辿った。
「すまんな。これが、エサやりが長続きしない理由だ。」
ゾーディアックが薄い唇の端を吊り上げながら、ランプを持って入って来た。
ランプの灯りに照らされて、ウロコが赤黒く光る古代竜の姿が浮かび上がった。
◇
ファーレン公爵の城、応接室では、
「父上が、魔国の手の者に殺されたですか‥‥」
「はい、残念ながら‥‥」
ヴィーがルトからの報告を聞き終えたところだった。
「ヴィー様、お逃げください! 南方が良いと思います‥‥出来るだけ遠くへ!」
「‥‥。」
ヴィーは、ルトに進言されても何も言えず、両手で二の腕を抱いて震えていた。
そこへ
「ヴィー!!」
ミリア姫が駆け込んで来た。
「ごめんね。盗み聞きみたいになっちゃったけど‥‥。ユウに相談しよう‥‥お兄様にも。二人なら絶対何とかしてくれる。絶対、何とかしてくれるわよ。」
ヴィーを強く抱きしめた。
部屋の外に留まっていたマリナは、小さくうなずいてから前方を睨むように顔を上げた。