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~異世界で代官になったので、領地を経営します④~

完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。



 「代官様。川が‥もう溢れそうです!」

 村の世話役の男が代官屋敷に駆け込んできた。

「分かった。確認に行ってみる。危険だから、僕とヴォルフだけで行く。」

 僕は、ヴォルフに事前に指示してあった道具袋を担がせて川に向かった。



 「こ、この堤防……だ、大丈夫なんですか?」

 川に着いて堤防に上ると、ヴォルフが驚きの声をあげた。堤防は土で出来ているため、長時間の洪水で水を吸って、歩いて分かるほど柔らかくなっていた。

 川の勢いはさらに増し、茶色の水が「ごうごう」と音をたて、うねりを上げながら流れている。もう川の水が堤防の上にあふれ始めているところもある。


(もうじき、どこかで堤防が決壊するだろう。もしもファーレ側の堤防が決壊してしまったら、大災害になる。それを防ぎながらウルド領にも有益かもしれない選択肢もあるが、‥‥これは大きな「賭け」だ。しかし、迷っている時間はない!)

 僕は、深く深呼吸してからヴォルフに伝えた。


 「ヴォルフ、こちら側の堤防を切ろう!」


 「えっ、ユウ様、今なんと‥‥」

 愕然とするヴォルフに、今度はしっかり命じた。

「ヴォルフ。こちら側の堤防を切れ! 決壊させるんだ! 少し切り込みを入れれば、そこからどんどん崩れるから。いいから早くやるんだ!」

「し、しかし‥‥」

「やるんだ!!」

「は、はい!」


 ヴォルフは、道具袋からツルハシを取り出し、堤防の頂上部分を削り始めた。 堤防の上に出来た水路のような流れだが、水を吸ってグズグズになった堤防だ。直ぐに周りを削って大きな水の流れになっていく。

「もういい、引き上げるぞ!」

「は、はい!」


         ◇


 この様子は、対岸の公爵居城、尖塔からも確認することが出来た。

「公太子様! 大変です。ユウ様と供の者が、ウルド側の堤防を削って‥‥ああっ、流れが大きくなって‥‥堤防が決壊します!」

 遠眼鏡で覗きながらバートが叫ぶ。

「み、見せてみろ!」

 遠眼鏡を奪い取るようにして、公太子が遠眼鏡をのぞくと、すでに濁流がウルド領内に流れ込み始めた。いったん堤防が崩れ始めると、その流れはどんどん堤防を削り広げ、大きな濁流となって領内の耕作地に押し寄せていく。

「ユウ‥‥何てことを‥‥」


 愕然とする公太子の隣でアヴェーラ公爵が、

「しかし‥これで、我が領都・ファーレは、救われるのではないか。」

 静かにつぶやく公爵の言葉通り、川の水位はどんどん下がっていく。そして、その代わりに濁流がウルド領内を蹂躙していく。 


 「殿下、上流では、水位が下がってきたそうです。じきに、こちらでも下がるでしょう。」

 伝令係の明るい声が響くが、ロメル公太子の顔は晴れない。

「ユウ‥‥。こんなことをして君は、‥‥君は大丈夫なのか?」 

 

          ◇ 


 同じ頃、ウルド領代官屋敷では、屋根に上って川の状況を見ていた領民たちが、驚きの声をあげた。

「あれは代官様とヴォルフさんだ。堤防の上で何やって‥‥うおいっ?! 堤防を削ってるぞ!」

「ああっ、水が! 川の水が俺たちの畑に!」

「うわーッ! 決壊したぁ!」

「代官様が、堤防を決壊させたぞーっ!」

 屋根の上で川を見ている男たちが、頭を抱えて叫ぶ。


 それを見上げていた村長は、茫然としてつぶやく。

「そんな‥‥代官様。なぜ、なぜそのようなことを。‥‥あなたは私たちをお救い下さるのではなかったのか?」


 「この2人を、捕まえておけ!」

 村の世話役の男がリリィとヴィーを指差して叫ぶと、2人の前に、数人の男たちが立ちふさがった。

「今、分かったよ。今度の代官様は、私腹は肥やさないけど‥‥ファーレン公爵の回し者だったんだな!」

「あんな畑でも、少しは収穫があったんだ。」

「川沿いの村まで水びたしだ。どうしてくれるんだ。」


 怒りに震える男たちが口々に叫びながら、二人に手を伸ばそうとした時、

「リリィせんせーを、いじめちゃダメ!!」

「ヴィーちゃんをいじめないで!」

 数人の小さな子供たちが駆け出して2人の前に立ち塞がり、小さな手を広げる。

「みんな‥‥。」

目に涙をためたヴィーが、目の前に立ち塞がってくれた子供を後ろから抱きしめる。


 リリィは唇をかみしめて立ち尽くしていた。

(何か、‥‥何かお考えがあってのことですよね? ユウ様!)


  

 「二人には、手を出さないでくれ!」

 代官屋敷に戻った僕が叫ぶと、同時にヴォルフがリリィ達と領民たちの間に割って入り、領民たちを睨みつける。

「ヴォルフも手を出すな!」

 僕はみんなの前に立った。落ち着いて話が出来る状態ではないが、この場を納めなければならない。

「堤防は、僕がヴォルフに命じて切らせた。」

 僕の言葉にはじかれたように、怒号と罵声が響く。

「やっばり、わざとやったんじゃねーか!」

「公爵領さえ無事なら、俺たちの村なんて、どうでもいいのか!」

「これじゃあ、今までの代官と変わらねーじゃねえか!」


 しばらく領民達の怒号を聞いてから僕は、

「今日はもう暗くなってきたから、明日みんなで、水が引いた畑を見に行こう。その時に納得いかなければ、今までの代官のように‥‥僕を殺せばいい。」

「そんな! ユウ様―っ!」

「ご主人様! だめですーっ!」

リリィとヴィーの悲鳴のような声が響いた。



 「おい、逃げ出さねえように、交代で見張ろうぜ!」

「そうだな!」

 領民達はしばらく話し合った後、今夜は水没しなかった集落に身を寄せて、明日、川沿いの耕作地に集まるように相談していた。

 見張りの者を残して皆がいなくなった後に、村長が一人残っていた。

「代官様。‥‥私には聞かせてほしいのです。この領地に尽くしてくださるあなたが、この様なことをなさるのは、何か理由があるのでしょうか? それとも本当に公爵領のために‥‥」


 僕の目を真っ直ぐ見て問いかける村長を、代官屋敷に招き入れた。


 僕と村長が、会議室で話をしている間、リリィとヴィーは隣室に控えていた。

会議室から、

「それはもっともですが‥‥」「そんなことが?!」「ええ!そんなことが出来るのですか?」

と、大きな声が上がる度に、ヴィーが心配そうに会議室の方を見る。

「大丈夫。私たちのご主人様を信じましょう。」


 リリィがヴィーの手を握り、優しく声をかけると、ヴィーは小さくうなずいた。


          ◇ 


 日が暮れる少し前、

「何てことを‥‥こんなことをして‥ユウ。君は無事なのだろうか‥‥。川の水が引かなければ、川を渡れないから、衛士隊も出せない。」

 公爵居城の執務室では、ロメル公太子が頭を抱えていた。それを見つめていたアヴェーラ公爵が、公太子に歩み寄り、肩に手を置いて、

「此度の件は、ファーレン公爵名代としてお前に任す。好きにしろ。」

 言い放つと、ツカツカと去って行ってしまった。

「母上、お待ちください。」


 立ち上がって、手を伸ばしたが、アヴェーラ公爵は、もう行ってしまった。ロメル公太子は、座り込んで深いため息をついた。

「ユウ‥‥、君には、何か考えがあるのだろうか? それとも、我が領都ファーレを助けるために、自らの領地を犠牲にしたのか? 僕には君の考えは解らない。僕は「異国の賢者」の君とは違うのだ。公爵領で母の統治に甘える公太子でしかない‥‥。

 名代を任せると言われたが、今から公太子の僕に出来ることなど‥‥あるのだろうか?」


 深くうなだれて考え込む公太子が、はっ、と顔を上げた。

「ある‥‥! あるじゃないか!公太子に出来ること。今から‥‥そうだ! 今から私に出来ること!!」

 突然立ち上がると、公太子は大きな声をあげた。

「バート、 バートを呼んでくれ!」

「はい、殿下。ここにおります。」と、傍に控えていたのであろう執事のバートが駆け寄る。

「バート。大至急手配してもらいたいものがある! それと馬だ。僕の馬を用意してくれ。すぐに出かける。」

「はい!」

 バートは大きな声で答えると、その口元に笑みがわく。


(育ってます。育ってますよ。公爵様!)

そのことに。


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