~異世界で国を興します⑦~
すみません。いっぺんにUPしようと思ったのですが、遅くなってしまいました。 エピソード「異世界で国を興します」の最終話です。
◇
「うまくいった様だな。」
「はい。母上が事前に、王太后と調整して頂いたおかげです。」
王宮での謁見「建国宣言」を終えたロメル達一行が王都公爵邸に戻ると、アヴェーラ公爵に迎えられた。
「アヴェーラ様、どうやって王太后を説き伏せたのですか?」
笑顔のラートル侯爵に、
「母親というものは息子が可愛いものだ。‥‥王太后は人一倍な。そこを突いたのだ。」
アヴェーラも微笑んだ。
◇
2日前のことだ。
王宮では、ロメル公太子から突然、謁見の申し入れを受けた王太后が困惑していた。
先日来、カント公爵との揉め事がさらに過熱していることを考えると、余計な「とばっちり」が回ってくる可能性が高い。また、ロメルが「徒党を組んでいる」領主貴族達を王都に招集させ、連名で謁見の申し入れをしていることも気にかかる。
情報が少なく対応に苦慮した王太后は、
「まずは「突然に無礼である」とでも言って、断っておきなさい。」
宰相にそう命じて、今後の対応を考えていた時だった。
「王太后様、アヴェーラ公爵様がお見えになっております。」
「何!? アヴェーラが来ていると申すのか? そんな予定は無かったであろう?」
「はい。突然、お忍びでいらしたご様子です。」
側仕えからアヴェーラ公爵の突然の来訪を聞かされた。
「どうしたのですか突然に‥‥先ぶれを出してくれれば、気の利いた菓子の準備くらいは出来たのに‥‥」
王太后がアヴェーラ公爵を迎え入れようとすると、
「申し訳ありませんが、人払いをお願いしたいのですが‥‥」
アヴェーラの顔は穏やかであったが、重要な要件であることを思わせる声色だった。
「なにぃ?! 独立!?‥‥建国!? 双王国だと!?」
メイドも退出させた私室で、アヴェーラの話を聞くと王太后は声を荒げた。しかし、少し思案した後で、アヴェーラの目を見て、
「現王家を‥‥我らを打ち倒して建国しようとは、思わなかったのですか?」
静かに尋ねた。
「国を割る戦を起こして、王国を焦土にしたいとは思わない。それにロメル達のやろうとしている政は、周辺国にとっても好ましくないものだろう。
周辺国を敵に回すのは時期早々だ。当面は双王国として二つの王朝が一つの国に共存出来るのが良いと思う。」
人払いした後なので、普段使いの言葉で淡々と答えるアヴェーラだが、それを聞いた王太后は、鼻息を荒くして、
「戦になっても自分たちが負けることはない、とでも考えているようね。」
嫌味を込めて言ったのだが、
「ああ‥、剣豪五指は我々側が全て独占しているし、ヤマダユウの魔道騎士団もある。さらには国内で武勇を誇るラートル侯爵家とフリード子爵家もこちら側だ。」
嫌味も通じないようだ。
「では、今日は何をしに来たというの? 「我が子の強さ自慢に来た」とでもいうのかしら?」
不機嫌そうにため息をついた王太后が紅茶に手を掛けた。
「戦をして現王朝を打倒しようとは思わない。そんなことをしても、ロメルやユウの考える政には、反対勢力が必ず出来るだろうからな。」
「それはもう分かりました。ですが、あなたがわざわざここへ来たのは、何かもっと他に話があるのではないですか?」
王太后は、アヴェーラの顔を覗き見た。
「ああ、その通りだ。ロメルが謁見の場で建国を宣言する。王太后には、それを容認してもらいたいのだ。」
「なに!? 謁見の場で建国?! そ、そんなこと私が容認出来ますかっ!? あつっ!」
驚いた拍子に、王太后がティーカップの紅茶をこぼした。
「あっ! す、すまないバーシア、大丈夫か!?」
アヴェーラが慌ててハンカチを取り出して、王太后の手を拭う。
その手に掌を重ねた王太后が微笑んだ。
「久しぶりに名前で呼んでくれたのね‥‥」
王太后の表情が緩んだのを見たアヴェーラが、小さくうなずいてから切り出した。
「ロメルとユウの考える政は、現王国では多くの貴族に受け入れられないものだ。それを考えた上で、我らはもう一つの国を興し「双王国」として、現王宮と共存を望んでいる、というのは説明したとおりだ。
もしもバーシアが協力してくれるなら、王宮の顔を出来るだけ立てながら、しかもクラン王子の顔が立つ「見せ場」や「実績」を作れるような筋書きを考えているのだが、聞いて‥‥」
「聞かせて頂戴!!」
クラン王子の名を出した途端、今度は王太后が身を乗り出してきた。
「王都でカント公爵領とラズロー伯爵領の衛士が揉めた経緯は聞いているか?」
「聞いているわ。カント公爵が「王都の衛士達を休ませるため、自領から衛士を派遣してくれる」という申し出で、王宮もありがたく思って受け入れたわ。
でも実際は腹心のラズロー伯爵領から多くを出させていたのよね。そのラズローがあなた達に寝返ったことで、衛士同士が争いになった。
王都の衛士まで加わった争いになってしまったけど‥‥結局ロメルが収めたのよね。‥‥ロメルの評判が、また上がってしまったけど‥‥」
ため息をついてから続けた。
「その時に恥をかかされたカント公爵が、腹いせにヤマダユウを襲わせたけど、返り討ちにあって自分の王都邸まで燃やされた、って話よね。
そのカント公爵は王宮に転がり込んできて居候しているわ。「ヤマダユウの悪行」を訴えてうるさいから、少し調べさせたのよ。結局、自業自得じゃない‥‥。」
王太后は、語り終えるともう一度ため息をついた。
「そこまで確認しているなら話は早い。」
アヴェーラがテーブルの上の王太后の手を取って、
「此度の建国宣言は、「カント公爵とロメルの争いが、建国宣言まで発展してしまった」ということにするのだ。
王宮は国是を建前とするカント公爵の主張を否定出来ない、という立場をとってくれればいい。出来ればバーシアには、ロメルを引き留めるような態度をとってほしい。」
「それで? クランの役割は?」
王太后がさらに身を乗り出して来た。
「謁見の場にカント公爵は必ず出しゃばって来るだろう。いや、そうなるようにカント公爵に情報を漏らしておく。そして公爵と言い争った末、ロメルは独立・建国を宣言する。
そうなればカント公爵は、ロメル達を糾弾するだろう。「謀反人だ!捉えよ!」とかな。
しかし、ロメルは謁見に剣豪五指とヤマダユウを連れて行く。そしてユウの魔道騎士団も同行させる予定だ。」
「もし戦いになれば、多くの血が流れるわね。そうなった時には、こちらの王宮警備隊は最悪‥‥全滅するかも‥‥」
王太后は自分の言葉で、顔の血の気が引いていくのを感じた。
「ヤマダユウの魔道騎士団と王宮警備隊が睨み合って、一触即発の状態になっている。クラン王子がその場に居合わせたら、どうするだろうか?」
アヴェーラが王太后に尋ねた。
「争いごとが嫌いで優しいあの子‥‥クラン王子なら、止めに入るでしょうね。‥‥その勇気があればだけど。」
言葉の途中でうつむいてしまった王太后に、アヴェーラが語り掛けた。
「もし、クラン王子が戦いを止めに入ってくれたら、王宮が条件付きでもロメルの宣言を容認してくれるなら‥‥」
それを聞いて、がばっ、と王太后が顔を上げて、
「何を、何を見返りにくれるの!?」
アヴェーラの二の腕を掴んだ。
アヴェーラは、腕を掴む王太后の手の上から優しく手を重ねて、
「独立しても当面の間は、ファーレン公爵領から、これまでの国税相当分を「協力金」の名目で提供し続けるわ。」
「おお‥‥」
「そして重要なのはここよ。これは独立を認める条件として、クラン王子がロメルに認めさせる。‥‥というのはどうかしら?」
「お、おお!」
アヴェーラは、王太后の説得が上手くいっていることを確信していた。
王太后の顔が、息子を思う母の顔になっていたからである。
アヴェーラは、王太后が最近「ある事」に頭を悩ませているのを知っていた。
近いうちにクラン王子に王位を継がせなければならないが、戴冠式を行うにあたり、なかなか良い「きっかけ」がない。
大きな事は望まない、王子の評判を上げる些細な出来事でも起こってくれれば、その話を盛り上げてから戴冠式に繋げたい。そのことに腐心していることを。
今回、ロメル達に独立宣言を許すことは「頼りない王宮・頼りない王子が、独立を許した」という評判となってしまうだろう。
しかし、「ロメル公太子とカント公爵との争い、二つの勢力の争いが、独立宣言まで発展してしまった。」ということにすれば、話は少し違ってくるだろう。
二つの勢力による国を割った戦を回避させた上で、ロメル達の独立にあたって王宮に優位な条件を勝ち取った、となれば逆にクラン王子の評判を上げることも出来るだろう。
戦となったら現王国側が勝てる見込みは小さい。
どうせ独立を許すのであれば、クラン王子の働きをアピールする機会として使った方がいい。
王子の評判が上がったところを見計らって、戴冠式を迎えられれば‥‥。
王太后が顔を紅潮させて思いを巡らせている。
アヴェーラには、その胸の内が手に取るように分かってしまったのだ。
◇ ◇
最近、王都の酒場や井戸端は、こんな話で持ち切りだ。
・ファーレン公爵家のロメル公太子とカント公爵の争いによって、国が割れることになってしまった。
・ファーレン公爵と何人かの領主が独立して国を興し、この国は「双王国」とやらになるらしい。
王都下町の居酒屋で、テーブルを囲む労働者達からこんな会話が聞こえてきた。
「でもよう、よく戦にならなかったもんだな。」
「ああ、俺たちにとっては、それが一番だけどな。」
「でも‥‥クラン王子様が戦を止めたっていうのは、本当なのかなぁ。」
「だよなぁ、病弱王子様だからなぁ。」
すると隣のテーブルで飲んでいた男が、身を乗り出して来た。
「その話、オレ詳しいぜ。兄貴が王宮の衛士なんだ。」
自慢気に「フフン」と鼻を鳴らした。
「教えてくれよ! 一杯おごるからさ。」
「そうかい。じゃあ、教えてやるよ。」
その男は少し自慢げに話しはじめた。
まず、ファーレン公爵家のロメル公太子・ヤマダユウ子爵の二人が行う政に、カント公爵が前々から横やりを入れていたこと。そしてそれが国内を二分する争いになり始めていたこと。
先日の衛士隊の揉め事は、騒ぎをうまく収めたロメルと、恥をかかされたカント公爵が対照的だったこと。
それを根に持ったカント公爵がヤマダユウの暗殺を謀り、争いが過熱したことで王宮でのロメルの建国宣言に発展してしまったこと。
そしてヤマダユウの魔道騎士団と王宮警備隊が睨み合いとなった一触即発の事態に、声を震わせながらクラン王子が駆け込んで来るところで、話はクライマックスを迎えた。
いつの間にか、そのテーブルを店中の客が取り囲んでいる。
クラン王子は戦を回避することを最優先にロメルとヤマダユウを説き伏せ、結果的に建国を容認する事になってしまったが、
その後のトップ会談で、建国を許す条件として王国に有利になる協力関係をロメルに約束させた。
この一連の話の流れは、ロメル公太子とクラン王子を主人公にした物語のようであった。
「あんた詳しいなぁ! 話も上手いし。」
「へっへっへ、実は兄貴の受け売りなんだけどな。」
「でも俺ぁ、王子を見直したぜ。」
「俺もだよ!」
少し離れたテーブルで話を聞いていた若い男が、話が終わったのを確認したように居酒屋を出た。
「うまく噂を広げてくれているようだな。」
影の手の筆頭・シアンは、小さく呟くと夜の街へ消えていった。
ロメルの直属の諜報部隊「影の手」は、街で情報収集や「情報を操作」する手下達を持っていた。彼らは「目と耳」と呼ばれ、普段は市民に紛れて普通の暮らしをしているのだ。