~異世界で国を興します①~
◇ ◇
「そうか。ラズローと手を結べたか‥‥。心配したが、結果としては良かったな。ただ、そうなるとカント公爵の動きが気になるな。面倒なことにならなければ良いが‥‥。」
小さくため息をついてから思案を巡らすアヴェーラ公爵に、公太子ロメルは、
「実は、ご心配の通り‥‥いや、カント公爵が手を下したわけではないのですが、王都で少々厄介な事が起こってしまいました。」
「ん‥何が起こったのだ? 」
伯爵領・ルト村における救助活動が終わった後、ロメルの率いる災害救助隊本隊は、部隊を再編制して半数をそのまま村に駐留させ、ユウが隊長となり、生活再建のための支援を継続する予定だった。しかし、その予定が変更となり、ロメルが全員を率いて帰ってきた。
ラズロー伯爵から別の相談を受けたユウが、急遽そちらの対応に回る事になったためだ。
カント公爵の命令で王都に派遣していたラズロー伯爵領の衛士達が、王都の衛士に迫害を受け、「古城に追い詰められて籠城している」と言うのだ。
◇
事の起こりは、王都に派遣された衛士同士の喧嘩だった。
ヤマダユウの災害支援によって、領地の危機を救われたラズロー伯爵は、カント公爵とたもとを分かち、ファーレン公爵家と行動を共にすると宣言した。それによってカント公爵の命により王都に派遣していた衛士隊も撤退させることにしたのだが、それをカント公爵側の衛士が「卑怯な裏切り者」と蔑んだのだ。
ラズロー伯爵領の衛士隊長ワレンは、「領主様が決めたことだ。何を言われても気にするな。」と部下達をなだめていたが、事件が起こってしまった。
酒場で衛士同士の喧嘩が始まってしまい、その仲裁に入ったワレン隊長が、カント公爵領の衛士と思われる男に、後ろから刺されて大怪我を負ったのだ。
この事件を発端として、王都の全衛士に広がる争いに拡大てしまったのだ。
本格的な争いになれば、カント公爵側よりも多くの衛士を派遣しているラズロー伯爵側の衛士が有利と思われたが、王都の衛士達が圧倒的多数でカント公爵側に味方したのだ。
多勢に無勢となった伯爵領の衛士達は、わずかな水と食料を持って、古城に追い詰められて籠城しているというのだ。
◇
「母上、王都の衛士達と事を構えることになっても良いですか?」
説明の後で、ロメルに好戦的に問われたアヴェーラは、
「バカ者。喧嘩の延長で衛士隊同士が争うなど愚の骨頂だ。そんな争いに加わるな。」
アヴェーラは、しばらく思案した後で、
「しかし、王宮側とすれば、「国を割る様な派閥勢力を造る輩がいるから、このような諍いが起こるのだ」と、言うであろうな。‥‥良いかロメル、この件はお前の「顔」で片付けてこい。それを命ずる。」
「はい! 心得ました!」
ロメルは、アヴェーラの指示を予め予想していたかのように即答した。
(こやつ、私の命令を誘導しおったな‥‥)
舌打ちした後で、微笑むアヴェーラ公爵であった。
ロメルは、執事のバートと数人の護衛のみを伴って王都へ向かった。
◇
ロメル達が王都に向かっている時、
一足先に「影の手」と共に王都へ入っていた僕は、先行して作戦を開始していた。
古城に籠城している衛士達に、秘密裏に水と食料を届けるのだ。
「衛士達が籠城しているのが、あの城とはね‥‥」
夕焼けの中、僕と「影の手」のシアンが王都公爵邸の庭から見上げる尖塔は、以前「王都事変」の際に監禁されたヴィーがミクと出会った場所、そしてオーガと戦ったあの古城の尖塔だった。
夜半過ぎ、たくさんの松明の灯りが古城の周りを囲んでいる。
城を囲む王都とカント公爵側を合わせた衛士は、ざっと見込んで1000人程度だろうか。僕らは、衛士達が野営するテントの裏側から、その様子を覗き込んでいた。
城の中には、ラズロー伯爵領の衛士達・約300人が籠城しているということだ。
「くそう‥‥ワレン、無事でいてくれ。」
この状況に「居ても立っても居られない」として同行してきたのは、伯爵領のドルー隊長であった。大怪我をしているという衛士隊長のワレンは、ドルーの同僚であり親友だったのだ。
「しかし、ヤマダユウ様。いったいどうやって衛士達は脱出すれば良いのでしょうか? 私には、ある程度の犠牲を覚悟して強硬突破させるくらいしか、思い浮かびません‥‥」
心配顔で僕を見るドルーに、
「僕もロメル殿下も、この事案は出来るだけ血を流さないで解決するつもりです。これは衛士同士の喧嘩を発端にした争いですからね。」
「しかし、既に籠城を開始してから4日目です! 水が無くなれば、籠城している仲間たちは、城から打って出るしかなくなります!」
僕は興奮して声が大きくなって来たドルーに、「しーっ」と指を立てて諌めてから、
「シアン、この状況で忍び込めるか?」
僕の問いに、黒装束を着込んだスラっとした青年、シアンは、
「食料を背負ってはムリですけど、手ブラだったら軽いっすよ。」
自信たっぷりに答えた。
「じゃあ、打ち合わせ通り、シアンに先行で忍び込んでもらって、大型ドローンで水と携帯食料を届ける作戦でいこう。」
僕とシアンの少しのんびりした掛け合いに、イライラしてきたドルーは、
「ユウ様、大丈夫なのでしょうな? あまり時間もありませんぞ。」
「そうだね。夜の闇に紛れなければ、いけないからね。」
その僕の言葉に反応したように、いくつかの気配が僕達に近づいて来た。
気配を察して、剣に手を掛けたドルーに、
「慌てないで下さい。ロメル殿下直属の隠密部隊です。」
「影の手」が、しゅっ、と集まって来たのだ。
◇
暗闇の中、松明の灯りが見張りの衛士と野営テントを照らしている。
ミャーゴ‥‥
ミニャー‥‥
ギニャー!
「猫かぁ? 発情期かなぁ? うるせえなぁ‥‥」
見張りの衛士が顔をしかめると、
ギャン!
ギャーッ!
ガタン、ガタン
「うるせえなぁ、今度は喧嘩始めやがったぜ。」
「おい! 何を騒いでいるのだ。」
テント内、見張りの上役とみられる衛士から声がかかる。
「いえ、野良猫がケンカを始めまして‥‥」
見張りの衛士がうんざりした様に答える。その瞬間、衛士達の注意が一瞬だけそれた。
シアンはその一瞬に、楽々と塀を乗り越え、音もたてずに古城へ侵入した。
それを見届けると、茂みの中で猫の鳴き声を発していた影の手の紅一点・ベニが、ペロッと舌を出した。
「よし。じゃあ次は、大型ドローンで水と携帯食を運び込んで。」
僕が影の手に命じると、
ブーン‥‥
低い音がする方向を見て、ドルーが驚いている。まるで「空飛ぶクモ」の様に見える何かが、荷物を抱えて古城に向かって飛び立った。
「僕の使い魔です。」
僕が微笑むと、
「そ‥‥、そうなのですか?」
唖然とした表情で、ドローンと僕を交互に見ているドルーだった。