~異世界で国を興す準備が始まりました⑥~
◇
知らせを受けて伯爵邸から40人の衛士達が村に駆け付けた。衛士達は、馬を降りると辺りを見回して愕然とした。この村は人口150人程度の村で、50軒程度の住宅があると聞いていた。しかし、一面土砂と倒木に覆われた状況で「ここに村があったのだろうか」という風景になっている。形を残している家は数件しかないのだ。
「ひどい有様だな‥‥。」
周りを見回すと人の動きが見えた。倒壊した家屋の残骸を持ち上げようとしている様だ。騎士のような身なりをしているが‥‥。
「あっ、ドルー隊長だ!! 俺達も手伝うぞ!」
残骸を持ち上げようとしていたのは、ドルーと若い騎士だった。
「行くぞ! せーのっ!」
応援の衛士達を含めて住宅の屋根の残骸を持ち上げてみると、その下に子供が2人いるではないか。家の柱材に守られて、ちょうど空間が出来ていたようだ。
「お前達、大丈夫か?!」
ドルーは声を掛けて手を伸ばした。
「あっ! ドルーおじさん。僕達は大丈夫だけど‥‥母ちゃんが‥、母ちゃんが!」
ドルーは抱き寄せようとした子供の腕を掴んで、
「母ちゃんは何処にいるんだ!?。」
「うう‥‥奥‥‥、奥にいるよぉ。「逃げなさい!」って僕達を突き飛ばして、母ちゃんは、埋まっちゃったよぉーっ! うわーん!」
子供が指差す方に目をやると、倒壊した家の残骸にうず高く土砂が堆積している。とても少人数で何とかなる状況ではなかった。
そのような被災家屋が数十件あるのだ。
◇
「公爵様、お願いでございます。」
ラズロー伯爵は、隣接領地のカント公爵邸を訪れていた。
災害対応のため公爵領の衛士を借りられないかと、側近を伴って懇願に来たのだ。
「公爵様の命により、我が領地からは、ほとんどの衛士を王都の守備隊として出征させているところです。なにとぞ、公爵様の衛士をお貸しください。」
王宮への「ゴマすり」のため、「しばらく王都の守りはお任せください」と言ったカント公爵だが、実際は自らの領地からよりも、ラズロー伯爵領から多くの衛士を出させていたのだ。
深く頭を下げる伯爵達に、カント公爵は、つまらなそうな顔をして、
「何だ、そんなことか‥‥」
公爵の反応を見たラズローは、簡単に対応してくれるものと思い、思わず顔を崩しそうになったが、聞こえて来た言葉に耳を疑った。
「災害で領民が足りなくなったら、うちの領地から少し回してやる。それで良かろう。」
「え‥‥?」
伯爵と側近の男が、驚いて顔を上げた。
「聞こえなかったのか? お前の領地で領民が足りなくなったなら、少し分けてやると言っておるのだ。この話はこれで終わりだ。帰れ。」
「そ、そんな!? 公爵様、お助け下さい! 公爵様―っ!」
ラズロー伯爵と側近は、衛士に引きずり出されるようにして公爵家の城を後にした。
「公爵様は、領民など数合わせとしか考えておらんのか‥‥どうすれば良いのだ。
‥いや、こうしてはおれん。伯爵邸の使用人達でも、いないよりは良いだろう。被害のあったルト村へ向かわせるのだ。急げ!!」
伯爵の命により、十数人の使用人たちも村へと向かうことになった。
◇ ◇
被災地で伯爵領による救助活動が始まった頃、ユウの元にも災害の情報がもたらされた。
「ちくしょう、もう来ちゃったのか。 みんな! 準備万端とは言いがたいけど、出動準備だ!」
はい!!
編成された災害支援隊は、ユウの魔道騎士団にヴォルフとリリィ、ヴィー、そしてウルド直売所のスタッフ、さらにファーレの街のダレン医師を中心とした医療チームを加えた総勢50名程だ。これを先遣隊として、後続にロメルを団長とする衛士隊500人の本隊が続くことになっている。
「ユウ、ロメル。お前達に言っておくことがある。」
出発を前にして僕とロメル殿下は、アヴェーラ公爵に呼ばれた。
「お前達に言っておくが、これから手を差し伸べるのは、敵対関係にある者たちだ。もしも争いになりそうになったら、直ぐに帰って来いよ。」
僕は黙ってアヴェーラ公爵の目を見返しただけで、黙っていた。
「私が一歩引いたところから、状況判断します。」
ロメルが答えたが、ロメルの顔を一瞥して公爵は横を向いた。
「バート、お前が判断しろ。もしも万が一にも、こ奴らに危害が加わるようであれば、この善意による行動が、‥‥全て後悔することになってしまうのだ。」
ため息交じりの公爵に、僕は深く頭を下げて、
「行ってきます!」
踵を返した。
◇
僕らは、先日まで滞在していたリーガン子爵領の仮設工房を横目に見ながら、被災した村を見下ろせる丘の上まで来た。
山肌が露わとなった崩落斜面を背にした村では、小人数だが救助活動を始めている様子が見られた。
「では、ロメル殿下の本隊は、こちらでお待ちください。僕らの先発隊が話を付けてまいります。」
「ユウ、無理はするなよ。君たちは、武装解除状態なんだ。そして職人や女性も含まれているのだからな。」
ロメルが見渡すユウ達の先遣隊メンバーは、ウルド直売所のスタッフとしてミクやルー姉さんも含まれていた。そして医療チームにはリリィや女性スタッフが含まれている。
「大丈夫です。直ぐにロメル殿下の本体が動けるように話を付けます。では行ってきます。」
丘を下って被災地へ向かうユウ達を、ロメルは心配顔で見送った。
「おい、あいつらは何者だ?」
瓦礫を撤去する手を止めて、ドルー配下の騎士達が身構えた。丘を下って来る一団に気付いたのだ。騎馬と何台もの荷馬車からなる50人程の一団だ。そして先頭には3台のバイク。
「伯爵様の増援ってことは無いよなぁ。もう使用人まで動員しているんだからな‥‥」
「おい! あれはヤマダユウの魔道騎士団の連中だぜ! 先頭の鉄の馬に乗ったでかい男‥‥最近剣豪5指になったヴォルフっていうヤツだ! そして隣の男は、ゾラっていう魔道騎士団の副団長だ! ちくしょう! ヤマダユウが攻め込んで来やがった!」
「みんな! 作業を止めて戦闘準備だ!」
「ちくしょう。こんな時に来るなんて‥‥」
騎士達は作業を止めて、剣や槍を取って集結しようとしているが、足元がおぼつかない。皆、飲まず食わず、不眠不休で丸一日近く救助活動を行っていたのだ。
中には剣や槍を杖代わりにして歩いて来る者もいた。
それでもヤマダユウの一団を迎え撃つために約40人の騎士たちが集結した。
その様子を見たヴォルフが声をあげた。
「ユウ様、皆、止まってくれ! 俺達は支援に来たが、‥‥相手はそうは思っていないらしい。」
「私とヴォルフさんで、ちょっと話を付けてきます。」
バイクを停めたゾラとヴォルフが、伯爵領の騎士達の元へと向かった。
ヴォルフとゾラは、身構える騎士達と対峙すると、声をあげた。
「みんな、聞いてくれ! 我らが主のヤマダユウ様は‥‥」
しかし、その途端、
「ヤマダユウは、やっぱり卑怯者だ!」
「俺達の窮地に付け込んで来やがったんだ!」
最初に声をあげたのは、ドルーが連れて来た若い騎士2人だった。
「ま、待て、ユウ様が、そんなことをするはずが無かろう!」
「そうだ! そもそもラズロー伯爵が、ユウ様を貶めようとしたにも関わらず、ユウ様は救いの手を出しているんだ。最初から悪いのは伯爵の方だ!!」
ヴォルフとゾラは、ファーレン公領でも一・二を争うユウの信奉者だ。ユウの悪口を言われて黙っていられるはずも無かった。
「なにぃ!」
「なにおうっ!」
双方腕まくりして、今にも飛びかかって行きそうな状態だ。
「ふう‥‥、やっぱり、こうなっちゃうのね。」
いつの間にかヴォルフ達のすぐ後ろに来ていた2人が、ため息をついた。
「ヴォルフさん、ゾラ君、あんた達は引っ込んでて! ヴィー、行くわよ。」
「はいです。」
ミクとヴィーが、包みを持ち上げてヴォルフとゾラの前に出て騎士達の前に立った。
「あんた達! ケンカがしたいんだったらすればいい! でもね、みんなフラフラじゃないの。せめてご飯を食べて、お腹いっぱいにしてからにしなさいよ!!」
「そうなのです。ゴハンを食べないとケンカも何も出来ないのです!」
「この女ども、な、なにを言ってやがる。食いもんで俺達をたぶらかそうとしてるのか?!」
いきり立って拳を振り上げる騎士に向かって、
「いいから食べてみなさいよ!!」
2人が包みを解いて、トレーを突き出した。トレーには、たくさんのおにぎりとおかずが山積みになっていた。
その香りが騎士たちの鼻をくすぐる。
「うっ‥‥」
その香りに先頭の若い騎士がゴクリと唾をのみ込んだ時、
「お、俺はもう、がまんできねえっ!」
後ろから若い騎士が手を出して、おにぎりにかぶりついた。
「うんめえ!」
1人が手を出すと、もう止まらなかった。
「俺にもくれ!」
「俺にもだ!」
たちまちミクとヴィーは、騎士達に囲まれた。
「こらーっ! 貴様らーっ!」
先程ヴォルフ達と言い争っていた騎士が、皆を止めようと必死になっていると、ポン、と肩を叩かれた。
「もう良い。見てみよ。」
ドルー隊長に言われて振り返ると、
「うめえ、生き返るぜ。」
「ありがてえ! もう腹が減ってどうしようも無かったんだ。」
皆、我を忘れてがっついている。
「みんな、慌てないで食べてね。お茶もあるから、喉に詰まらせないでね!」
ミクとヴィーがお茶を配っている。
「ヴォルフ殿、そなたらは剣も持たずに我々の前に現れたのに、申し訳なかった。」
ドルーが、ヴォルフとゾラに頭を下げた。
「そしてヤマダユウ様。あなた方は本当に我々を支援するために来ていただいたのですか?」
ヴォルフとゾラが振り向いた。すぐ後ろに来ていた僕にドルーは声を掛けてくれた。
「はい。これまでの争いごとは一旦置いておきましょう。先ずは救助活動を手伝わせて下さい。」
「そのお言葉、信じますぞ。」
「では、本隊も呼ばせて頂きますね。」
ユウが後方の丘陵地に向かって手を振ると、大規模な兵団が丘を下って来る。ロメルの本隊だ。
「うお‥‥」
驚きの表情を見せているドルーに、
「救助活動は時間との戦いです。大勢動員して、少しでも早く、1人でも多くの命を救うのです。」
僕の言葉にドルーは、
「か、かたじけない‥‥。かたじけない。」
俯いて肩を震わせた。