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~異世界で代官になったので、領地を経営します③~

完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。

       ◇ 


 その日の夕方の代官屋敷は、大変な騒ぎだった。

「晩御飯のおかずを捕まえて来たんだ。見てみて。」

 僕の言葉に期待を膨らませたリリィは、ほかの二人が止めるのを聞かず、僕と一緒に台所で袋を開けた。


 「いゃーッ!」

 リリィは、叫び声を上げると、台所から飛び出して行ってしまった。

「なんだよ。きっと美味しいと思うんだけどなー‥‥」

 僕は、森ダコを塩で揉んで「ぬめり」を取ってから解体した。 山で岩塩が取れるので、岩塩は、ウルド領の数少ない豊富な資源なのだ。塩は、王国の税金がかかるので販売は難しいのだが‥‥。

 他の3人は、僕の森ダコ調理の様子を、台所の入り口から恐る恐る覗いていた。


 「出来たー。森ダコフルコース!」

 はしゃぎながら料理を運ぶ僕を見て、3人はげんなりした顔をしていた。

「おっ、ウマいよ。みんなも食べてみな。」

 味見のために一つ摘まんで、みんなを誘った。


 「そう、言われましても‥‥」

「ヴォルフ、あなた男でしょ。」

「そんな、お嬢!」

 炒めて塩を振った森ダコを、ヴォルフがしぶしぶ口に運んだあと、不思議そうな顔をした。

「‥うまいです。‥なんでだ。なんで森ダコが、こんなにうまいんだ。」


 「えーっ‥‥、じゃあ一ついただきます。」

 恐る恐る口に運んだリリィが、頬を押さえて目を丸くする。

「すごいです。こんな美味しいもの、食べたことがないかも知れまません。」


 「ヴィー、これを食べてみな。ヴィーが見つけた香草で、香りを付けて焼いたんだ。」

 僕が、最後まで渋るヴィーにも勧めると、しぶしぶ口に運んだ。

「あたしは、初めて森ダコを食べたエルフになるかもです。‥‥えっ、なにこれ! 美味しい?」

 その後は、みんな競争するように森ダコを食べた。


 その日の夜は、割と強く雨が降った。この土地の気象は、まだよく解っていないが、まとまった雨も、たまには降った方がいいだろう。このくらいの雨なら、せっかく直した道路や泉が、崩れてしまうようなこともないだろう。


      ◇    


 ダン!ダン!


 明け方の代官屋敷に、玄関の戸を叩く音が響く。

「ウルド領代官・ヤマダユウ様! 急ぎの用でございます!」


 叩き起こされた僕らが寝ぼけまなこで駆け付けると、公爵家から早馬の使いが来ていた。

「上流の村で、昨日から大雨が降っていると連絡が入りました。取り急ぎ、ユウ様にお伝えするようにと、公太子様の仰せで!」

「ありがとう。助かるよ。」


 使いの人の話では、川沿いの街ファーレは洪水に敏感で、魔法を使った通信も用いた様々な手段を用いて上流の雨の状況を確認しているそうだ。

「公太子様から「かなり危険な洪水になりそうだ。」とお伝えする様に言われて参りました。」

もう一度お礼を言って一休みさせた後、使いの人を送り出した。


 公爵家からの使いによると、雨はファーレの街やウルド領の辺りでは、それほどの降りにならなかったが、上流の村では嵐のような豪雨となり、「川の水が堤防からあふれる程」だということだ。

 僕はヴォルフに、すぐに村長と世話役たちを呼んでくるように命じてから、リリィ・ヴィーと共に資材や食料の備蓄状況を調べた。

「洪水の対応は、とりあえず川の見回りと避難所の準備だな。」


 

 駆け付けてくれた村長と2人の世話役、そして僕たち四人は、今後の対応を相談した。まずは、避難場所の設営だが、代官屋敷は川沿いの集落や耕作地より小高い所にある。代官屋敷に領民を集めることにして、村長と世話役にその誘導役を、リリィとヴィーには炊き出しを頼み、僕とヴォルフは川を見に行くことにした。


 川に着いた僕らは、堤防の上に登って川を見渡したが、既に川の水位はかなり高くなっていた。我がウルド領側の堤防は、広大な耕作地を囲むように続いている。

 市役所に勤めていた時に、土木課の課長が言った言葉を思い出す。「洪水は、本当にやばくなると、堤防の上から手が洗える(手が届く)くらいまで川の水位が上がる。」

まだ、そこまではいかないが、まだまだ水位は上がりそうだ。


 対岸を見ると衛士隊だろうか、ファーレの方でも、川を見まわりに来ている人達がいる。

(もしも、対岸で堤防が決壊したら、領都ファーレの被害は、計り知れないだろうな‥‥)

 僕は、水位が下がってくれることを祈りながら、いったん代官屋敷に戻った。


 代官屋敷には、続々と領民が集まって来ていた。皆一様に不安そうな顔で身を寄せ合っている。

「リリィせんせー。」

 小さな女の子が、リリィを見つけて駆け寄る。

「大丈夫だからね。しばらくみんなで、ここにいようね。」

 リリィは、しゃがんで小さな手を握る。僕はみんなに声をかけた。

「みんな。今日は夜明けまで、ここで過ごしてくれ、もしも堤防が切れたら、耕作地だけではなく川の近くの村まで水につかってしまうからね。」


       ◇ 


 同じ頃、ファーレの街でも洪水対応が行われていた。標高の低い土地に住む市民たちを、城の塀の中に避難させている。

 教会にも、たくさんの人が集まっている。領都の安全を願って、大聖堂で祈りを捧げているのだ。

 川では、もしもの時のために衛士隊が集まっているが、魔物の進撃にもひるまない衛士隊でも、洪水の前では無力かもしれない。


 「バート、向こうの様子はわかるか?」

 ロメル公太子は、城の尖塔の物見部屋で、川の様子を見ながら遠眼鏡を覘く執事に聞いた。

「既に、代官屋敷に領民を避難させている様です。ご安心ください。」

「うむ、さすがユウだな。しかし、今回の洪水は危ないかもしれないな‥‥」 


 心配顔で話していると、伝令係が飛び込んで来た。

「失礼します。殿下、川の水は堤防を超えそうな高さまで上がってきたとの事です。」

「分かった。‥‥衛士たちを避難させろ。」

「お待ちください殿下! 勇敢な衛士たちに逃げろなどと‥‥」

 公太子は、一瞬かっとなって目を向いたが、一呼吸置いて静かに言った。

「わが衛士たちには、敵国や恐ろしい魔物たちからファーレ市民を守る大切な役割があるのだ。今は、引くように伝えよ。」

「はっ、分かりました! ただちに!」


 伝令係が、走り去ると公太子は、声をあげた。

「市民の避難状況を再確認せよ。それから、先に命じておいた、穀物倉庫の荷上げを急がせろ。皆、もしもの時を考えて備えるのだ。」

 この様子を執事のバートは、大きくうなづきながら見ていた。そして口元が緩む。

(この様な時に不謹慎と思いますが、有事や厄災事は、上に立つ者を育てるものですね。)

「バート、こんな時に不謹慎だぞ。」


 声に驚いてバートが振り向くと、アヴェーラ公爵も微笑んでいた。


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