~異世界で国を興す準備が始まりました①~
◇
「はぁ‥‥ユウ様は、とうとう子爵様になっちゃったですか。」
帰宅した僕を、ヴィーがため息を付きながら出迎えた。
「うん、面倒くさそうだから男爵のままで良かったんだけどね。」
玄関先でそんな話をしていると、
「ヤマダユウ様、いらっしゃいますか?」
ミリア姫付きのメイドのマリナさんが訪ねて来た。
「公爵様の所へお越しください。ご相談があるそうです。」
「あ、はい。分かりました。」
僕に用事を伝えるとマリナは、ヴィーの前に立った。
「そして私は、ヴィーちゃんにお話があります。」
真っ直ぐに、ヴィーを見つめて言った。
公爵に呼ばれて行かねばならないが、ヴィーとマリナの話の事も気になるところだ。僕が気にしているのに気付いたのか、
「ユウ様は、お城に行って下さいです。女同士の話なのです。」
ヴィーは、笑顔で僕を追い出す様に送り出した。
ユウを送り出すとヴィーは、マリナに向き直った。
「ミリア様の事‥‥なのです?」
「はい。」
マリナは、ホッとしたような表情を見せた。
(ヴィーちゃんは、私がミリア姫の話をしに来たと考えた上で、ユウ様を出かけさせた。ユウ様の事を気にしないでいいようにしてくれたんだ。私も包み隠さず伝えよう。)
「ユウ様が子爵様になられたことで、いよいよ動き出します。‥‥ミリア姫様のお輿入れが。」
「!‥‥」
言葉を発せずにいるヴィーに、マリナが続けた。
「私はベレン伯爵家の出身ということになっていますが、庶子(妾の子供)なのです。本来ならば、姫様のお側付きなどにはなれません。しかし、姫様は「そんな事は関係ない。私はマリナがいい!」と言って頂きました。私は姫様のためなら、何でもできます。この命も懸けられます!」
胸に手を当てて熱く語るマリナに、気後れするような表情でヴィーが、
「そんなあなたにとって、私は‥‥邪魔者なのです。」
下を向いて呟く。
「はい‥‥そうなりますね。」
マリナの返答に、ビクっとしながらも、ヴィーは顔を上げてマリナと目を合わせた。
するとマリナの表情が柔らかくなった。
「ごめんなさい。私も最初はそう思っていました。公爵様にお話を聞くまでは。」
「アヴェーラ様が、何か言って下さったですか?」
少しホッとしたような表情のヴィーに、マリナが頷いた。
「ユウ様のお話をして頂いたの。「あ奴には、我らの常識も価値観も通用しないぞ」って。そしてユウ様が、どれ程ヴィーちゃんのことを大切に想っているか、っていう事も。」
「そ、そうなのですか‥‥」
ヴィーが頬を褒めて俯く。
「「ユウは、ロメルと共に、この国を大きく変えようとしている。そしてミリアもこれに協力しようとしている。マリナ、お前にしてみれば面白くないこともあろう。しかし、大きな視点で物事を見よ。」と、そのようにおっしゃいました。そして、
「ミリアとヴィーの間をうまく取り持て。その役目をお前に任せる。」そうおっしゃったのです。」
マリナはヴィーを真っすぐに見つめて、
「ヴィーちゃん、正直に言って下さい。ミリア様の事をどう思っていますか?」
ヴィーも真っすぐに見返して、
「とても尊敬しているです。聡明で、勇気と行動力があって、でも‥‥公女様とは思えないくらい‥‥大らかで、楽しくて‥‥」
「そうなんです!」
マリナが嬉しそうに同意して、
「いつも私達を楽しませようとしていらっしゃいます。そして‥‥」
「ご自分も楽しんでいらっしゃいます!」「楽しんでいるのです!」
2人で同じことを言ってから噴き出した。
少し笑い合ってから、
「でも、「ゲラン事変」の時の姫様は、本当にステキだったのです。」
ヴィーが、唇の前で掌を重ねて呟いた。
マリナは、そんなヴィーを見つめて、
「ヴィーちゃん‥‥あれは、あなたに触発されたせいもあると思うの。あなたは自分の身を危険にさらしても「自分に出来ることをしたい。」って言ったでしょう。姫様もあなたの考えを聞いたからこそ、あのようなお言葉が出たのだと思うの。だから姫様も、あなたの事をステキだと思っていると思うわ。」
「えー‥‥私なんか‥‥」
ヴィーは頬を染めて照れている。
マリナは、そんなヴィーの顔を見ながら大きく頷いて、
「ヴィーちゃん、「姉妹の契り」って聞いたことがあるかしら?」
「はい。他人同士が教会の仲立ちで姉妹として契りを交わすです。」
「姫様とヴィーちゃんに、この契りを交わして欲しいの。」
マリナの言葉にヴィーは目を丸くして、
「そんな!? そんなこと出来ないです。身分が違い過ぎるのです!」
驚いて反論するヴィーに、
「公爵様にあなたの事を聞いたわ。北の国の、ダークエルフの族長の娘だそうね。だったら貴族と同格よ。」
「あ‥う‥」
マリナに指摘されたヴィーは、言葉に詰まって下を向いた。
「ヴィーちゃん、貴方の出自を表沙汰にしろって言ってるわけじゃないの。姫様の意を組んで欲しいって言っているの。」
「ええっ‥‥?」
顔を上げていぶかしげな表情のヴィーに、
「これは、公爵様の指示じゃなくて姫様が望んでいることなのよ。」
マリナが笑顔で頷いて見せた。
◇
「ユウ、お前が子爵になったことを機に、いろいろ事を進めようと思っている。」
城に呼ばれるとアヴェーラ公爵とロメル殿下、バートさんが僕を待っていた。
そして会議テーブルの上には、王国の地図が広げてあった。
「ユウ、お前にはファーレ市政官を退いてもらう。今後も引き続き市政の相談には乗ってもらうがな。お前には、国内の領主達との連携を進めてもらう役職を創る。」
アヴェーラから目で合図されたロメルが、
「ユウ、先日の王宮での君の話に、強い興味を持った領主達から、技術協力の要請がたくさん来ていてね。」
ロメルが指さした地図には、要請があった領地に印が付けてあった。
地図を見ると、既に連携を深めているラートル侯爵領、スート子爵領、リーファ姫の実家フリード子爵領と最近技術協力を始めたベレン伯爵領、これだけでも地図上のかなりの部分を占める。この他に要請を受けた5つの領地に印が付いている。
それらを合わせると、この国の領土のおよそ半分を占めている。
「これらの領地と連携すれば、経済力はとても大きなものになりますね。」
地図を見て声をあげた僕に、
「経済力でも、‥‥軍事力でもな。」
アヴェーラが呟いた。
「ユウ、君はまだ、争いの事は考えなくていい。多くの領地を、そして多くの民を豊かにすることだけを考えてくれ。」
ロメルがユウを見ながらかけた言葉にアヴェーラは、
「しかし、それが結果的に軋轢を生む。お前が良かれと思ってやっていることを、心よく思わない奴らも多い。それを頭の片隅に置いておけ。」
それを聞いたロメル殿下が心配そうに僕を見つめる。
「ロメル殿下、ご心配なく。僕は繊維産業を興す時に確認していますよね。僕はこの国のより多くの人達が、幸せに暮らせる様にしたい。そのために、多くの仲間を作って行きましょう。」
明るく語る僕にアヴェーラが、
「それが、お前の命を危うくすることになってもか?」
睨むように確認してきた。
「そうです。以前お話させていただきましたね。領民を道具のようにしか思わない領主達と、領民の暮らしを豊かにすることを目指す我々と、‥‥反目し合うなら国を興してしまえばいいと。僕と殿下が、それを目標に据える以上、命を狙われることもあるでしょうね。」
僕の言葉を静かに聞いたロメルが、
「ユウ、ありがとう。私はもう迷わない! 母上! やらせて下さい!!」
目を閉じて僕達の言葉を聞いていたアヴェーラが、静かに目を開けた。
「分った。明日、領内の信頼できる者を集めよ。我らの今後について、私から話す。」