~異世界でサプライチェーンを構築します④~
◇ ◇
ラートル侯爵領から収穫された綿が次々に運ばれてくると、たちまち倉庫がいっぱいになりそうだ。綿花栽培は、侯爵領の土地と相性が良かったようだ。
しかし、これならば洋服の他にも、綿入り布団等いろいろ作れそうだ。製品化を考えよう。
衣料品の生産という産業によってファーレの街に活気が溢れた。女性達はおしゃれになり、街がさらに華やかになって来ると、やはり周辺領民はファーレン公爵領をうらやみ、再び密入領して来る者も増えて来た。
当然、周辺の領主からは不満の声と共に、身分制度上の道義を唱える声が出て来ているようだ。
そんな状況の中、公爵家から僕に呼び出しがあった。僕を子爵に「しょう爵」させるとして、王宮から招へいの声が掛かったというのだ。
◇
僕が、公爵に呼ばれて城に行ってみると、アヴェーラ公爵とロメル殿下が議論しながら僕を待っていた。
「ユウ、良く着てくれたな。しかし母上、どういうつもりなんでしょうね、王宮は?」
「色々考えられるな。これまでは私がいくら「ユウを子爵にしろ」と推しても同意しなかったのだ。しかし今回は「ヤマダユウが国税の増収に寄与していることが確認出来たので、しょう爵させる」と伝えてきている。一応の筋は通っているのだが‥‥。」
アヴェーラは、そう言った後で、
「私が考えるのは、しょう爵のためとしてユウを呼びつけておいて、それに異議を唱える奴らを仕込んでおくのだ。元々、身分制度上の道義を唱えてユウを糾弾したい奴らがいるのだからな。」
それを聞いたロメルが、
「そんなことになれば、私もその議論に参加します。領民の生活を豊かにすることが、結果的に領地の自力を上げる事となり、税収の増加に繋がるのだと。
少なくとも連携関係にあるラートル侯爵やベレン伯爵は応援してくれるでしょうから。」
意気込むロメルに対してアヴェーラ公爵は慎重だ。
「あまり他の領主に無理をさせるのは、気が進まんが‥‥」
「まずは、我々とラートル侯爵くらいに止めておこう。」という様に話にまとまった時、
「殿下ご報告がございます。」
「影の手」シアンを伴ったバートに声を掛けられた。王宮の怪しい動きについての報告があるというのだ。
ラートル侯爵領との協力のために、川を下って荷物を運んでいた船団が、盗賊風の怪しい輩に襲われたというのだ。
幸い護衛部隊が迎撃し、被害は出なかったのだが、その怪しい輩の中に、どうやら宰相の息のかかった者がいたというのだ。
◇ ◇
王宮に到着した僕らを待っていたのは、王太后が「私の意志で設置したわけではない」と前置きする僕を糾弾する会議の場だった。
会議に先立って王太后が、言い訳のような説明をした。
「私は、ヤマダユウを子爵にしようと思いました。しかし、それに異論を唱える者が多いようなのです。皆の意見を聞いておく必要があると思い、集まってもらうことにしました。」
多くの貴族たちが僕を囲む様に配置された会場で、カント公爵が口火を切った。
「そもそもヤマダユウ男爵は、国の根幹である身分制度をないがしろにしている。これは王家が治める国をないがしろにする様なものだ。もっとも‥‥本人がよその国から来た流れ者の平民という身分だったのでは‥‥」
口ひげを撫でながら公爵が、僕を見下ろすように語っていると、
ガタン!
「聞き捨てなりませんね!」
ロメル殿下が立ち上がって公爵を睨みつけた。
「ひ、ひいっ‥‥」
後ずさりをしながら、言葉に詰まる公爵の様子に、
「これ、ロメル。相手は公爵であるぞ。威圧的な振る舞いは止めなさい。ここは議論の場です。」
王太后が制したが、ロメルは、
「「流れ者の平民」という言葉に悪意を感じます。言っておきますが、ユウは初めて会った時から、崇高な理想を持った「賢者」(この世界では学者)です。」
言い終えると、もう一度カント公爵を睨んでから着席した。
「し、しかし‥‥ヤマダユウ男爵が、身分制度の「道義」をないがしろにしていることは、確かでありましょう。「平民は質素にすべし」これが、守られていないから、近隣の領地からファーレン公爵領に民が密入してしまうのでしょう。」
カント公爵に続いてラズロー伯爵が発言した。彼は旧ゲラン伯爵領同様、自分の領地からファーレン公爵領への民の密流出に悩んでいる領主だ。
「「質素」と言うのがどの程度なのか、決まっているわけでは無かろう。領民が健康で豊かに生活できた方が税収安定にも繋がるであろう。」
反論してくれたのはラートル侯爵だ。腕を組んで微動だにせずに発言する姿が、自らの考えの正しさを主張しているよう見みえる。
「へ、平民が過度に着飾ることなど無駄でしょう。と言っているのです!」
ラズロー伯爵は、ラートル侯爵に推し負けないようにと必死だ。
「ユウ。少し君の考えを、皆に伝えてみてはどうかな。」
ロメル殿下が発言を促してくれた。ラートル侯爵も頷いている。
「では、僕がファーレン公爵領で進めてきた取り組みについて、述べてもよろしいでしょうか。」
「よろしい、発言を許します。」
司会役の宰相のガナン伯爵に許可を得て、僕はファーレン公爵領におけるこれまでの取り組みについて説明した。
・ウルドにおける営農は、食料の安定生産、商業的な成功を経て、現在は、周辺領地への技術協力を前提とした試験農場の取組みにまで発展していること。
・領土の基盤整備が、領地経済発展の根幹となるため、治水と交通・流通網の整備を済ませたこと。
・それらの基盤整備を活かして、新しい産業を興すこととしたのが、衣料品を充実させる繊維産業であること。
・その産業によって領内外で生産、流通、消費のサイクルが出来ている。多くの領民が収入を増やし、結果的に税収も上がっていること。
最初は、訝しげに話を聞いていた会場の貴族達だったが、話の途中から多くの者が身を乗り出すようにしてユウの話を聞いていた。
これに焦りの表情を見せていたカント公爵が、立ち上がった。
「もういい! 止めよ! そなたは、そのような口車に乗せて、多くの者を垂らし込んできたのであろう。親の敵に尻尾を振るゲランの息子のように、貴族の誇りをかなぐり捨てさせてな!」
吐き捨てるように言った。
その発言に反論しようとした僕とロメル殿下より早く、
「甥の事を馬鹿にされて、黙っているわけにはいきませんな!」
スート子爵が立ち上がった。
「甥のワグルは、父親の暴挙により伯爵家が取り潰され、始めはふてくされてばかりでしたが、ヤマダユウ殿の政の手腕に魅入られて変わったのです。そういう意味では、「たらし込められた」と言われてもいいでしょう。
しかし、自らの領地に領民を留め置くためには、領主は努力をすべきだ。ワグルは、それをヤマダユウ殿から学んだのです。
厳しい境遇に置かれながら、それを学び取って実行した甥を、私は誇りに思います。」
勇気をもって主張したスート子爵だが、カント公爵は彼を睨みつけた。
「話の論点をそらすな!私は、ヤマダユウが、身分制度上の道義をないがしろにしていることについて指摘しているのだ!」
声を大きくするカント公爵に、
(あなたが話をそらしたのだろう)と多くの者が思ったが黙っていた。2人を覗いて。
「話をそらしたのは、貴方の方だろう!」
立ち上がったロメルに再び威圧されたカント公爵が、王太后に救いを求めて視線を向けたが、王太后がロメルを諌めようとした時、
「わしは、もっとヤマダユウ男爵の話を聞きたかったのに、カント公爵が遮ってしまわれた。実に残念だ。」
ラートル侯爵が大声で苦情を述べた。
この声に、
「そ、そうですぞ。」
同調する貴族が出て来た。
これを見て王太后はイラついていた。カント公爵を救う発言をしようとしてラートル侯爵に阻まれてしまったのだ。司会を務める宰相のガナン伯爵は、これに焦って、
「ヤ、ヤマダユウ男爵は、これまでの話の他にも、この王国の制度に背いていることがあるのですぞ!穀物を大量に輸送する時には、検分所を通さねばならぬ決まりですぞ! それを検分所を通さずに船で輸送したであろう! 」
「知っているのだぞ」と、言わんばかりの顔で指摘したが、その顔を見て僕とロメル殿下が目配せして微笑んだ。
宰相は我々が、検分所を通さずに荷を運んだことまでは把握しているのだろう。しかし、自分が手配した者達が、後ろめたい荷物だからといって手を出したことまでは、把握していないようだ。
ガタン!
僕らの目配せと笑顔に気が付いた王太后が、血相を変えて立ち上がった。
「ガナン!あなたの方こそ、この会議を取り仕切る身でありながら、話をそらしておりましょう。 もう良い! ヤマダユウのしょう爵の賛否は、多数決で確認しなさい!」
宰相のガナン伯爵をキッと睨み付けた後で、ため息を付いて、
「私はもう退席します。終わったら結果を報告に来なさい。」
「ええっ‥‥」
後ろ盾を失って慌て顔のカント公爵達に構わずに、王太后はサッサと退席してしまった。
後宮へ向かう廊下で王太后は、
「ガナンの馬鹿者め。ヤマダユウのやることにちょっかいを出す時は気を付けなさいと、あれ程言ったのに‥‥、きっとガナンの手の者が、積み荷を検めるだけのはずだったのに、欲張って積み荷に手を出したのでしょう。‥‥「魔法の鏡」で証拠を突きつけられて責められるのは、もうたくさんです。」
文句を言いながら、王太后は帰って行った。
王太后が退席した会場で、僕とロメル殿下が笑っていた。
ラートル侯爵領への支援物質運搬の船団には護衛を付けていたが、王宮が関わってくることまでは考えなかったため、防犯カメラ等の設置はしていなかった。
宰相の息のかかった手の者が、監視だけしていればいいものを、積み荷に手を出して、結果として仲間の一人を捕えたのだ。そしてそのような輩は、自分たちのミスは隠して、上には報告しないものだ。
そんな宰相が意気揚々と、僕らの「悪事」の尻尾を掴んだと主張しても、謀略と知略で僕らが負けるわけが無い。
これまでも証拠の動画を突きつけられて、散々な目にあって来た王太后には、僕らの目配せだけで逃げ出すほどの十分な効果があったらしい。
会議が終わってみれば、僕のしょう爵に反対したのは、カント公爵とラズロー伯爵に加えて彼らの腰巾着の貴族3人だけだった。
それに対して、賛成に回ってくれた貴族は10人もいた。そして5人の貴族が回答を棄権した。
この結果を受けて、僕は子爵にしょう爵することになったのだ。
そして同時に、荒廃したゲラン伯爵領の復興に尽力して国税を増やしたとして、ワグルが準男爵となった。
◇
「そうか、ワグルも押し込めたか。それは良かった。王宮にはユウのしょう爵について、ずっと圧力をかけていたからな。それが今になるまでに遅れてしまった詫び代に、ワグルのしょう爵を押し込んでいたのだ。」
王宮で「しょう爵の儀」を終えて、公爵の居城に報告に来た僕とワグルに、アヴェーラ公爵はしれっと言った。
「本当に有難く、有難くお受けいたします。」
頭を下げるワグルに、
「これはテレス婆への「はなむけ」のつもりだ。励めよ、ワグル。」
少し遠くを見る様な表情をした後で、アヴェーラ公爵はサッサと退席してしまった。
その背中に向かってワグルは、床に付く程頭を下げた。