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~異世界でサプライチェーンを構築します③~

      ◇


 洋服の試作品が作れる目途が立ったので、今度は工場の建設を考えなければならない。運河沿いの舟運の便が良いところに、綿花を保管する倉庫と糸紡ぎから機織りまで行う工場の建屋を建築するのだ。

そして、洋服の製造は当面、「問屋制家内工業」で行こうと考えている。縫製してくれるお針子さんの家に材料を届けて、出来上がった製品を問屋が回収する仕組みだ。当面は、この方式で順次「工場制手工業」に移行していけば良いのだ。


 工場の建築は職人ギルドに、材料の配送や製品の回収は、既に機能している運河の流通システムを使って運送ギルドに依頼すれば容易いだろう。


     ◇ 


 半月ほど経過した後、公爵家後宮からの使いが、市政官詰所を訪れた。

「試作品が出来たので確認に来て欲しい。」と。



「どうかしら? うちのメイド達の力作よ!」

 後宮の大広間では、ミリア姫を先頭に各々の試作品と思われる洋服を着たメイド達に迎えられた。

僕が想像していたデザインはクラシックなものだったが、メイド達が作った洋服はバラエティーに富んだもので、この世界のトレンドである中世ヨーロッパ風のテイストの物、見本にした現世日本風の物、地方から来ているメイドが地方文化の要素を取り入れた物まで様々だった。


「素晴らしいです。予想以上の出来です。同じ型の物を何着か作って、色違いを作れば準備完了です。」

僕の言葉に「待っていました」と言わんばかりに、

「そう言われると思って、既に始めているですよ。」

ヴィーが、草木染めで染め上げた服を持ち込んできた。


「ヴィーちゃん、間に合ったのね!」

メイド達が、ヴィーの運んで来た服を囲んで、

「すごい! こんな鮮やかな色になるんだ。」

「これ見て、いい感じじゃない!」


「こら! みんな、静かになさい! 今日はユウに確認してもらうのが目的でしょう。」

ミリアの言葉に、

「すみません姫様‥‥。ですが見て下さい。ヴィーちゃん達がこんなに鮮やかに染めてくれて‥」

メイドの一人が、鮮やかな緋色に染め上がったワンピースを掲げると、

「あら。いいわねぇ!‥‥じゃなくて、それは後にするの。」


 みんなを大人しくさせたところでミリアが、

「オッホン‥‥ユウ、服の出来栄えはどうかしら?」

「素晴らしいです。これなら直ぐにお披露目会が出来そうです。」

キャー!

やったー!


 ミリアは、はしゃぐメイド達を笑顔で眺めながら、

「ところで、お披露目会って、どんな風にするの?」

「それはですね‥‥」

僕は、この後考えているお披露目イベントの事を皆に説明した。


 僕の説明を聞いたメイド達は、

「えーっ!? そんなことするの?」

「恥ずかしくって出来ないわよーっ!」

驚いてから大騒ぎしていた。


「でも、面白そうね。街の人達みんなに見てもらうのには、いいやり方かも知れないわね。」

ミリアは頷いてからユウに、

「折角だから、賑やかなお祭りにするんでしょう?」

「もちろん盛り上げます。そこは任せて下さい。」


     ◇   


「何か、変わった形の舞台ですね。前に造った舞の舞台と比べると、すごく長い通路みたいな部分が付いているんですよね。」

 ここはファーレの街の中心、かつてスラム街だった場所を、地震災害を契機に僕がに作り変えた場所だ。運河の流通拠点近くに、ショッピングモールを建設し、隣接地にイベント広場として使える多目的広場を造ってあった。そこを今回のイベント会場として選んだのだ。

現場監督を買って出てくれたヴォルフと、彼を手伝うウルド直売所のスタッフによって、イベント会場は造られていた。


「そうだな。本当に通路みたいな舞台だな。」

ヴォルフが見渡すステージには、長方形の舞台からT字型に伸びる通路のような部分が付いている。

「でも昨日、ユウ様が連れて来たミリア姫様とミクさんが、すごく喜んでいたから、大丈夫なんじゃないですか?」

「そうだな、「これなら予定通りにお披露目会が出来る」って言ってくれたからな。」


     ◇  ◇



「うわあ、すごい人出だよ!」

「どうしよう、こんな中に出て行けないよう‥‥」

 事前の宣伝とウルド直売所や東部領が多くの屋台を出してくれたこともあって、お披露目会は大盛況となった。 

 その会場にヴォルフ達に造ってもらったのは「ランウェイ」付きのステージだ。そのランウェイの両側を埋める観客たちを、舞台の袖のテントから見て、モデル役のメイド達がビビりまくっているのだ。

「昨日は誰もいなかったから出来たけど、こんなに沢山人が居るのに、あんな通路歩けないよーっ!!」


 これからこの世界に、安くて良質な衣料品を流通させる。それは農業による材料生産、機織り・裁縫による製造業、そして流通から小売り業に至るまでの、サプライチェーンを構成する大きな産業を興していく事になるのだ。

そのためのスタートイベント今日のイベントは、そのスタートとなるお披露目会「ファッションショー・ファーレコレクション」なのだ。



「みんな、今さら怖じ気付いちゃ駄目よ! ユウ、始めましょうか。」

「そうですね。始めましょう。」


ミリア姫と僕が舞台に上ると、大歓声が上がった。

「ミリア様―っ!」

「姫様―っ!」

明るい性格と平民にも優しい振る舞いで、元々人気の高かったミリア姫だが、先のゲラン事変の際に見せた「身をていして領民を奮い立たせた熱弁」によって、人気はさらに上がって高まっていた。

そのミリアに開会の挨拶をお願いしてあった。


「みんな、今日は来てくれてありがとう。

ファーレの街は‥‥いいえ、ファーレン公爵領周辺は、ここに居るヤマダユウが来てくれてから、どんどん素晴らしくなっていくわよね!」

「「おおーっ!」」

「「姫様のおっしゃる通りですーっ!」」

ミリア姫に挨拶をお願いしたものの、内容は知らされていなかったので驚いた。


「このヤマダユウがね、今度は衣服を作って、みんなに届けようとしているの。

私たちのような貴族は、元々着るものには困っていないけど、領民のみんなは、困ってるよね。暑くなったり涼しくなったり、季節が変わっても、中々それに対応出来ない。

それに年頃の女の子でも、あんまりおしゃれも出来ないよね。そんな世の中を変えたいの!

そしてヤマダユウは、服を作る過程で仕事を沢山生み出すことも考えているの。

お願い、みんな! ヤマダユウに協力して! 

そしてみんなでこの領地をさらに盛り上げて行きましょう!}


「「ミリア様―っ!」」

「「ヤマダユウ様―っ!」」

「「ありがとうございます―っ!」」

「「お手伝いさせてくださーい!」」


 この様子を、会場の隅に停めた馬車の中からそっと覗いている者がいた。

「ユウがこの話を持って来たときは「難しいな」と思った。恐らくこの後で「横ヤリ」が入るだろうからな。」

「でもその横ヤリは、我々を決起させる機会にもなるかも知れないですよ。」

「おい、ロメル。気の早い事を言うなよ。」

アヴェーラ公爵とロメル公太子だ。


「しかし、ミリアの成長には驚かされましたね。」

「ああ、嬉しいことだが、驚かされるばかりだ。」


     ◇ 

 メイド達に試作品を作ってもらう前に、僕はアヴェーラ公爵とロメル殿下に相談していた。

「平民の暮らしを向上させることに、王宮や貴族たちの反発はあるでしょうか? 多少の反発ならば、受けて立ちたいのですが。」と。


 封建社会のこの世界では、貴族たちにとって平民は税を搾取する対象でしかない。ひどい話だが「領民は生かさず、殺さず。」というのが、一般的な領主貴族の考え方のようだ。

しかし、僕が行ったウルドでの農業改革やファーレの流通改革によって、確実にファーレン公爵領の領民の生活は豊かになっている。その結果、経済活動全般が活性化し、領地の税収も上がっているのだ。

今回の取り組みは、新たな産業を興してサプライチェーンに関わるさらに多くの領民の生活を豊かにすることになる。


 当然ながら周辺領地の領民達は、これをうらやみ、逆に領主達は苦々しく思うだろう。そんな領主達の中には、「封建社会の道義上の問題」を持ち出してくる者がいるだろう。それは「平民は質素な暮らしをすべし。」という身分制度上の決まり事だ。

そしてこれは、僕とロメル殿下が目指している「民衆が豊かに暮らせる世界」の大きな障害の一つにもなっている。

そんな僕達の背中を押してくれたのは、ミリア姫だった。


 僕の説明に続いて、

「私は、領民には少しでも豊かに暮らして欲しいと思います。そして出来るだけ笑顔でいて欲しいの。そのために努力をする領主と領民の間には、必ず信頼関係ときずなが生まれると思うの。そしてそれは、いざという時には、領主を助けることになるでしょう。」

そして悪戯っぽく微笑みながら、

「ユウの企ては、この国の貴族たちを慌てさせる狼煙のろしになるかもしれないわね。でも‥‥こんな楽しそうな狼煙だったら、上げてみたいわ。」


 笑顔のミリアに唖然としてからアヴェーラは、

「そこまで分かった上でやりたいなら、やってみるが良い。」

ため息を付きながらも笑顔で賛成してくれたのだ。


   ◇


  ♪ ♪ ♪

 軽快な音楽に合わせて、ランウェイを最初に歩いたのは、ヴィーとリリィだった。


 キャーッ!

 あの2人カワイイー!

 着ている服もすてき!

「あの2人知ってる! 舞姫・シリア様のお弟子さんなのよ!」

 2人は現世日本風のワンピースを色違いで着ていた。リリィが藍色でヴィーが黄色だ。

ランウェイを先端まで歩いてから、ターンして観客たちに笑顔を見せて、手を振りながら戻って来た。そしてステージ袖に帰って来ると、

「みんな、落ち着いて行けば、大丈夫だからね。」

「慌てないで、ゆっくり歩くですよ。」

次の順番を待ちながらガチガチになっているメイド達に笑顔で声を掛けてから、2人は着替え用のテントに入って来た。

その途端、

「ギャーッ! 恥ずかしいのです!」

「緊張するわねーっ!」

手を取り合って大騒ぎしていた。


 ギクシャク歩いて、ランウェイの先端で深々とお辞儀をするメイドの2人組に、会場から暖かな拍手と声援が送られると、会場が和やかな雰囲気になった。そしてそれ以降は、メイド達もそれほど緊張せずに済んだ。


 ステージの最後を飾ったのは、ミリアとリーファだった。

ひざ丈スカートのワンピーススタイルの2人が、笑顔で手を振りながらランウェイを歩くと、会場から大歓声が上がった。

その様子を見て「うんうん」と頷きながら、大いに満足していたアヴェーラとロメルであった。


 イベントでは、ファッションショーの後に、機織機の操作実演や、出来上がった反物の見本を見せるコーナーが作られており、工場の従業員募集も行われた。

また、問屋制家内工業として、自宅で裁縫を引き受けてもらう「お針子」の募集窓口が設置されていたが、どちらも大盛況だった。

どうやら労働力確保の方も問題なさそうだ。


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