~異世界でサプライチェーンを構築します➁~
◇ ◇
「男爵様。ラートル侯爵領へのご訪問、お疲れ様でした。お留守の間に職人ギルド長のベルガ様がお出でになりましたよ。」
侯爵領から戻った僕が、市政官詰所に出勤すると秘書が知らせてくれた。
どうやら機織機の試作機が出来たようだ。
「分った、ベルガさんの所に顔を出してみるよ。」
直ぐにベルガさんの工房に向かった。
「どうです。結構しっかり織れているでしょう?」
工房に着くと、ベルガさんが機織機を作動させて説明してくれた。
機織機の試作機は、綿花から糸を紡ぐ「紡ぎ機」と、紡いだ糸を織り込んで布地を作る機織機の二種類を開発することになっていた。紡ぎ機は、糸の太さを調整できるようになっており、機織機も生地の厚みを調整する機能があるようだ。既に試験的に厚め・薄めの生地の試作品が出来上がっていて、反物のように丸めてあった。
僕は、それを手に取って広げながら、
「試作機だとは思えない出来栄えですね。素晴らしいです。」
ベルガさんは、僕の感想を聞くと少し照れたように頭を掻いた後で、
「ユウ様、この試作機を作っている最中に思い付いたんですが、ちょっと複雑になりますけど、少し手を入れれば、模様を織り込むことも可能ですよ。」
目をキラキラさせながら語るベルガさんに、
「いや。現段階では、これでいいです。」
「えーっ、少し手を入れれば作れますから‥‥」
「まずはこれで。」
「‥‥はい。分かりました。」
渋々引き下がったベルガさんに、
「ベルガさん、この機織機はファーレの街に‥いや、この国に住む沢山の人達の生活を大きく変える発明になる予定です。そうなった暁には、色々作って頂きますよ。」
僕の言葉に、再び目を輝かせた。
ベルガさんにはこの試作機を量産してもらうことにして、僕は次の仕掛けを進めることにした。
◇
「ねえユウ、メイド達を集めて何を始めるの? ミクも来ているところを見ると、何か美味しいものを食べさせてくれるのかしら?」
僕の顔を見たミリア姫が尋ねてきた。
ファーレン公爵居城の後宮の大広間に、メイド達に集まってもらっていたのだ。
「残念ながら食べものではないです。皆さんに見てもらいたい物があるのと、皆さんの意見を聞きたくて集まってもらいました。」
僕は持ち込んだダンボール箱を開けて、中身を取り出した。
「あーっ! ユウ様の国の服ですね。ヴィーちゃんとリリィちゃんがよく着ているのを見て、みんな羨ましがっているんですよ。」
ミリア姫の側付きメイドのマリナが声をあげた。
持ち込んだ服をテーブルの上に広げてもらいながら、
「皆さんは、どんな服がお好みなのですか?」
「えー‥‥ヴィーちゃんととリリィちゃんの服を見て、「いいなぁ。」って見ていただけで、自分達が着られるとは思っていないから‥‥」
マリナは、指をくわえるような仕草で羨ましそうに洋服を見ていた。
メイド達には制服が支給されてはいるが、普段着は粗末な素材のものだ。高価な毛織物を買うことは出来ない。
「僕も、この領地の人達に行き渡るほどの服を、国から持ってくることは出来ません。」
僕の言葉に、
「そうですよねぇ‥‥。」
マリナと他のメイドが小さくため息を漏らした。
「でも、この領地でこういう服が作れるとしたら、どうですか?」
僕の声に合わせるようにリリィが入室してきた。
「すみません。ユウ様、試作の反物の納品が遅れてしまって。」
使用人たちと共に、荷台に積んだ反物を運びこんだ。
「染め物の試作も出来たですよ!」
続いてヴィーが、色鮮やかに染まった布を運び込んでテーブルに広げた。
それらを見たミリア姫が立ち上がった。
「ユウ、ちゃんと説明して! 貴方は、何をしようとしているの?」
「ひょっとして‥‥「ファーレコレクション」ってところかしらぁ?」
ミクがいたずらっぽい笑顔で呟いた。
ミクに頷いてから、僕はミリアに向き直った。
「この国の衣料環境に革命を起こします! これから大量に作られる綿花を使って、安くて良質な衣類を一般庶民でも手に入る価格で流通させます。貴族でなくても、誰もがおしゃれを楽しめる世の中になります!」
「うわぁ‥‥」
メイド達が一斉に声をあげてから、ハッとしてミリアの顔を見た。「貴族でなくても、誰もが‥」の発言に対する反応を心配したのだ。
「いいわね。」
笑顔で頷くミリアを確認してから、
きゃーっ!!
すてきーっ!!
メイド達の大歓声が起こった。
「ちょっと待って下さい。まだ出来ると決まったわけではないんです。」
手を叩いてはしゃいでいるメイド達を一旦落ち着かせてから、
「綿花を大量に作る産地は確保しました。そして布地を作る機織機も開発しました。染色もうまくいきそうです。それらによって、生地を作る目途は立ちました。
次は、この生地を使って、街の人達が着たくなるような服の試作品を作らなければなりません。それを多くの人に見てもらって、この計画を多くの人に理解してもらうのです。」
僕の話をミクがフォローしてくれた。
「みんなは、ヴィーとリリィや私が着ているような服が、着たいと思う?」
「着たいです! いつも「素敵だなあ」って思って見てました。」
メイドの一人が声をあげると、
「私も!」
「私も!!」
ミクは、みんなの顔を見回して、
「でもね、必ずしも、この国の女の子の好みにピッタリの物ばかりじゃあ、ないでしょう。」
「そうねぇ‥‥」
メイドの一人が少し考えてから、ヴィーの元へ駆け寄った。ポロシャツにショートパンツスタイルのヴィーを指さして、
「上着の襟はもう少し大きい方が好みかなぁ。あと、こんなふうに大胆に足を出せるのは、足がきれいだからです。足を出すにしても、もう少し控えめでないと抵抗があります。」
「そうそう。ヴィーちゃんみたいな服が着れるのは、スタイルに自信があるからだわ。」
もう一人のメイドが、唇を尖らせながら言ってから、リリィを指さした。
「リリィちゃんが着ているような「ふわっ」としたドレスみたいな服も素敵。」
リリィは、生成りの生地のゆったりとしたワンピースを着ていた。
「でも、ゆったりとした感じでも、スタイルの良さが分かる様な着こなしをしているのよねぇ。あざといわ。」
ジト目で見られて、ヴィーもリリィも照れた顔を見合わせている。
「ちなみに2人の洋服は、お兄ちゃんが選んで持ち込んでくるので、お兄ちゃんの趣味なのよ。」
ミクの言葉に、メイド達が一斉に僕をジト目で見てきた。
「‥‥えーと、話を戻そう。生地があって、見本になる服もある。裁縫が得意な人がいたら、自分たちが着てみたい服を作ってみないか?」
裁縫には得手不得手はあっても、メイド達にとって日常の仕事だ。
僕の言葉に、みんな目を輝かせてミリアを見つめた。ミリアの許可を待っているのだ。
ミリアは、「オッホン」と咳払いしてから、
「ユウの話を最後まで聞いてから、判断します。」
「服を作ってもらったら、ファーレの街の人達に見てもらいます。これから、こんな素敵な服をみんなが着られるようにしたい。そのために、機織りや裁縫の仕事を町の人達みんなに手伝ってもらいたい。そしてゆくゆくは、それをファーレの街の主要産業の一つにしたい。
君達にお願いしたいのは、街の人みんなが欲しくなるような服の試作品を作って欲しいんだ!」
僕の話を聞いたメイド達は、さらに期待を膨らませている。
ミリアは、そんなメイド達の顔を見てから僕に向き直って、
「ユウのやろうとしていることは、領民達におしゃれな服を安価に提供するだけじゃなく、新しい仕事を作って領内を豊かにしようとしているのね。」
「その通りです。」
ミリアはしばらく目を閉じて、ゆっくり頷いてから、
「でも、みんな無理しちゃだめよ。後宮のお勤め仕事をうまく回して、「夜なべ仕事」はしないようにね。」
「‥‥ということは?」
メイド達がワクワクしながら次の言葉を待った。
「お母様には、私がうまく言っておくから、みんな頑張りなさい! ステキな服を作るのよ!!」
「キャーッ! 姫さま、ありがとうございますーっ!!」
「私たち頑張りますーっ!!」
大騒ぎのメイド達を、ミリアは笑顔で見つめていた。