~異世界でサプライチェーンを構築します①~
◇ ◇
ゴト、ゴト‥
広大な農地の中を1台の荷馬車が進んでいく。
「こちらはファーレン公爵領よりも、少し暖かいのでしょうか?」
「そうだな。少し暖かいな。しかし、こんな荷馬車での出迎えですまんな。このように可愛らしい連れがいるなら、気の利いた馬車にした方が良かったかな。」
東部領の収穫祭が終った後、僕はヴィーを連れてラートル侯爵領を訪れた。そして護衛の名目でヴォルフとリリィも同行させていた。
「大丈夫ですよ。この2人には、そういうお気遣いは無用です。」
荷馬車の荷台で、初めて訪れるラートル侯爵領の景色を堪能しているヴィーとリリィに目線を移すと、
「風を感じられて心地良いです。それに、お気遣い頂くような立場ではございません。」
「馬車よりも、周りの景色が良く見えていいのです。」
2人とも笑顔で答えていた。
荷馬車は広大な耕作地の中の一本道を通って、ラートル侯爵の居城へと向かって進んだ。
「ファーレン公爵の城と比べると、装飾も何もないであろう。」
城の通路を歩きながら(飾りっ気も何もないなー)と思っていたところだったので、
「い、いえ、質実剛健と言いますか、いいと思います。」
慌てて答えた。
応接室に入ると、早速ラートル侯爵が切り出した。
「うちの領内では、ここ数年日照り続きで、不作が続いている。領内の財政も厳しい状態だ。」
「はい、そのことを先日初めて聞きました。ロメル殿下も王宮勤めとなって初めて知り得たようです。」
「王宮は、領主同士が互いに助け合ったり、連携したりするのを望まぬ様だからな。助けが必要な時には、王宮の命令で、王宮を通して支援する形にしたいのだろう。」
「それであれば、ファーレン公爵領に命じてくれれば、援助しましたのに‥‥」
「ファーレン公爵領の力を借りる事も、公爵領にそのような力がある事を国内に知らしめる事も、良しとしなかったのであろうな。」
ふう、とため息をついた後で、僕は改めてラートル侯爵と向き合った。
「これからは積極的に連携してまいりましょう。」
「よろしく頼むぞ。」
「ところで、失礼ながらお伺いしますが、当面の食料は足りていますか? もし不足しているなら、色々理屈をつけて融通しますよ。」
「余裕は無い、というのが正直なところだな。して‥色々と理屈をつけてとは?」
ラートル侯爵が身を乗り出してきた。
「これから栽培する作物の種を運び込みますが、その荷と共に「種」と称して食料も運びます。」
「ありがたいな‥‥。頼む。」
領地を繋ぐような幹線街道には、検分所が設置されており、街道をゆく積み荷や人を確認している。表立った目的は、罪人・手配者の確認や麻薬などが流通することを防止するというものだが、穀物等も量によっては検分の対象になる。余剰穀物を他所の領地に譲ったりすると、王宮から高額の税を掛けられるのだ。
「僕はこの後、作物に詳しいヴィーを連れて耕作地の調査に行きますけど、ヴォルフは置いていきましょうか?」
僕が身支度を始める前に、ラートル侯爵に提案すると、
「おう、それは良いな。」
笑顔で答えている。
そのやり取りを聞いて「えっ?」という表情のヴォルフに、
「侯爵様は、剣豪5指に新たに加わったヴォルフに興味があるんだってさ。だから「良かったらお貸ししますよ」って言っちゃったんだよね。」
悪いけど頼むよ、という顔をすると、
「そういう事ならば‥、俺も武勇で名高いラートル侯爵家には興味がありました。よろしくお願いします。」
立ち上がってお辞儀をした。
「じゃあ、リリィも置いていくから、そっちはよろしくね。」
◇
「ヴィー、作物の状況はどうだ?」
「今、植えてある作物は、日照りは苦手なのです。みんな「もっと水が欲しい」って言ってるです。」
僕とヴィーは、侯爵領の農政担当者らと共に耕作地を訪れていた。ダークエルフであるヴィーは、植物と対話する様に状態を理解できる。まるで気持ちを通じ合わせるように。
「やっぱり‥‥、日照りが始まった年から、作物を変えてしまった方が良かったのですね。」
「そうはいっても、穀物を作らない訳には、いかないからな。」
顔を見合わせる農政担当者に、
「公爵領のウルドという村で、色々な作物を試験的に栽培しています。その中から日照りに強い穀物を紹介できますよ。」
僕の話に、皆の顔が明るくなった。
「ウルドで試験的に‥」という話にはチートな裏技があった。現世から品種改良の進んだ作物の種を買って来て、こちらの世界でも育つかどうかを確認しているだけなのだ。
ラートル侯爵領では、食料作物をしっかり収穫できる環境を造りつつ、安心して綿花を栽培してもらう様にしなければならない。
◇
侯爵の城に戻ると、ヴォルフは侯爵家の筆頭騎士達との鍛錬を終えたところのようだ。
ヴォルフも得るものがあったらしく、騎士達と輪になって、手振りを交えての剣術談議に花を咲かせていた。
少し離れたところからその様子を見ているリリィの横顔が、とても嬉しそうで、僕とヴィーも顔を見合わせて微笑んだ。